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06

 俺はBSOにログインすると、フリーダムから風精霊(シルフ)領の首都《ムーンベル》に向けて飛翔した。

 この世界にいるプレイヤーは、俺のように中立地帯で自分の思いのままに活動するタイプと、それぞれの領土に所属して領土戦を繰り広げるタイプの2つに大きく分けられる。

 また風精霊の領土と闇精霊の領土は離れているため、この種族間で領土戦は行われていない。俺の記憶が正しければ、風精霊領と隣接しているのは猫精霊領と火精霊領の2つ。前者とは同盟関係を結んでいるはずなので、実際に風精霊達が争っているのは火精霊達だけだ。

 それだけに闇精霊である俺がムーンベルを訪れれば確実と言っていいほど目立つし、目障りだと思うプレイヤーだっているだろう。領土戦のためにPKが推奨されているだけに、風精霊の中には俺を倒そうとする者もいるかもしれない。

 とはいえ、観光気分で各地を訪れるプレイヤーも存在しているため、正統なデュエルやスパイ行為でもしない限り、滅多なことでは街中で危害を加えられることはない。無抵抗な他種族を狩るというのは周囲に与える印象が悪いからだ。


「……着いた」


 ムーンベルの地に降り立つと共に、俺はしみじみと呟いた。

 全体が鮮やかな緑色をしているこの街は、どの街よりも幻想的な美しさを持っており、夜にはそれがさらに映えて見える。

 そのため偶に見たくなるのだが、BSOは領土関連のことで転移現象がほぼ存在していないため、大陸の中央から南西の端のほうまで来るのに時間がかかるのだ。すぐに来た道を戻らないといけないと考えると、少し憂鬱な気分になる。


「けどまあ……」


 帰りは独りじゃないから来たときよりマシか。

 続いて俺はひなた――この世界では以前はレイだったが今はラクスと名乗っているらしい――と落ち合えてもいないのに、帰り道でどのような会話をしようと考えてしまう。

 誤解がないように言っておくが、別に下心があるわけではない。現実から逃げているだけなのだ。

 闇精霊、黒ずくめ、片手剣2本装備という抜群のコンビネーションもあってか、マジマジと見ている者は少ないが周囲からの視線が凄まじい。覚悟はしていたが、この居心地の悪い場所に長時間居たいとは思わない。

 ――ムーンベルの入り口あたりで落ち合う予定だったが……。

 ぐるりと見渡してみてもシルフ、シルフ、シルフ……首都だけあって数が多すぎる。ラクスはレイのときとは違って現実の容姿のままということだが、こう人が居ては見つけづらい。こちらが目立っているだけに、あちらのほうから見つけてくれないだろうか。


「……ん?」


 ラクスを探しながら入り口周辺を歩いていると、何やら別方向を見ているプレイヤー達の姿が目に止まった。闇精霊という存在以上にシルフ達が意識を向けるものに興味を持った俺は進行方向を変える。

 距離が縮まるにつれて見えてきたのは、男性プレイヤー2人にしつこく話しかけられている女性プレイヤー。俺は困っているプレイヤーは誰でも助ける、といった考えを持つヒーロータイプではないのだが、話しかけられている女性プレイヤーがラクスとあっては放っておくことも出来ない。


「おいおい、シルフでも名が知られているレオパルドさんがパーティーに誘ってくれているんだぜ。何で拒むんだよ?」

「何度も言っているじゃないか。私はここで待ち合わせをしているんだ。それにあなた達のパーティーに入る気はない」

「なんだと!」

「待て、彼女は装備からして新米プレイヤーだ。オレのことを知らないのも無理もない」


 感情を爆発させそうになった小柄な男を大柄の男が制止をかけた。見た感じ俺よりも頭半個分ほど高いそうなので180後半といったところだろうか。

 ワイルドという表現が合いそうな荒削りだが整った顔立ちをしているため、身を包んでいる厚めの銀のアーマーも決まって見える。腰にある大振りなブロードソードもかなり高性能なものだろう。聞こえてきたようにシルフでも名が通ったプレイヤーだろう。


「これからどのようにプレイするにしても、戦闘経験は必要になる。待ち合わせの人物も含めて、しばらくオレのパーティーに参加しないか?」


 ……見ていて気分が良いものじゃないな。

 BSOは現在あるVRMMOでもハードな部類に入る。いくら《飛行》という他にはない魅力があっても、女性プレイヤーの数は多くない。それだけに時として伝説級武器よりも価値が見出す者がいる。

 もしもあの男が善意から言っているのならばどうも思いはしない。が、彼はラクスのような容姿の良い女性プレイヤーをアイドル的な存在とし、自分のパーティーのブランドを高めようと考えているだろう。そのような傲慢さを奴からは感じる。


「へぇ、他種族()も参加させてくれるか」


 会話に割って入った第三者の存在に、この場にいる全てのプレイヤーの意識が集まったような気がした。周囲にいるプレイヤーがどのように思っているかは分からないが、少なからず目の前にいる大男は俺を毛嫌いしているのが分かる。


「ずいぶんと平和になったもんだな」

「誰だ貴様……」

「人に名前を聞くときは、まずは自分から名乗るのが筋じゃないのか?」


 俺の不遜な物言いに、大男の額に青筋が浮かぶ。場の空気がより緊迫した方向に向かったことで、喜ぶの感情見せていたラクスの顔にも不安げなものが表れている。

 小柄な男は大男に憧れでも抱いているのか、はたまた子分としての務めなのか怒りを顕わにしながら口を開いた。


「お前、レオパルドさんを知らないのか!」

「レオパルド? 知らないな。まあ装備からそれなりのプレイヤーだろうとは思うが」

「それなり……レオパルドさんはシルフでもいつも最強の座を争う剣士だぞ! お前みたいなザコがそんなこと言っていい人じゃないんだよ!」


 ザコ……まあ俺の見た目は地味だからな。

 煌びやかな装飾の類は一切ない黒のロングコートにレザーパンツ。髪の色も黒。背中にあるやや大振りの片手直剣も実戦一本で作られているので派手さはない。駆け出しの剣士と思われても仕方がないだろう。

 そのように思う俺はどうとも思っていなかったのだが、気に障ってしまった人物がひとり居たようだ。


「ザコ? ふざけるな。レンさま、じゃない――レンさんは私の憧れの最強の剣士だ!」


 こう口にしたのは、言うまでもなくラクスだ。前に俺に似たアバターを使っていたせいなのか、多少言葉遣いで現実のほうと違っているが、まあゲーム内で違う自分を演じるプレイヤーは少なくない。

 そのため別に変だとは思わないが……ふわぁっとしたラクスがボーイッシュな感じの口調というのは不思議な感じがする。この感覚は、慣れるまで心の隅に引っかかっていそうだ。


「レン? ……黒ずくめに二刀流、貴様がフェイトが言っていた《漆黒の絶剣》か?」


 フェイトという名には覚えがある。シルフの五本の指に入る高い戦闘力を誇り、また全プレイヤーの中で最速で飛行できると噂される実力者だ。

 俺は彼女と前に剣を交えたことがあるため、どれくらいの力量があるのか知っている。そのため個人的に、シルフで最強なのは彼女だと思う。

 ちなみに《漆黒の絶剣》というのは、コネクトをできるようになった頃から言われ始めた俺の二つ名だ。正直に言えば、これで呼ばれるのは好きではない。俺は自分がこの世界で最強と思ってもいないし、探せばいくらでも俺より強い剣士はいるだろう。

 絶剣というのが絶対無敵の剣士という意味ならば、それは間違っていると言える。またコネクトが使えるようになるまで「あいつ、まだバカなことしてんのかよ」と罵倒していた連中が、手の平を返してそう呼んでいるかと思うと喜べないのが当然だろう。


「さあな」

「惚けるか……まあいい。貴様が《漆黒の絶剣》だろうと、ただの闇精霊だろうと構わん。このオレに立てついたからには、ただで済ませるつもりはない」


 お前は何様だ、と思いもしたが、この手の輩に口でやり合うのも面倒だ。人の目がある手前、自分の実力を示すためにもデュエルで決着をつけようとするだろう。そうでない場合は、こちらから話を切り出してさっさと一段落つけよう。


決闘(デュエル)だ。逃げることは許さん」


 男なら逃げるな、といったニュアンスならばまだしも、許さんという自分勝手な物言いには呆れを通り越して笑いがこみ上げてきた。

 そんな俺を見てレオパルドは苛立ちを覚えたようだが、こちらとしてはもっと苛立ってもらったほうがありがたい。対人戦において冷静さを失えば動きが単調になるため、動きが先読みしやすくなるのだから。


「このオレによくもそんな態度が取れるものだ。貴様はよほど自分の力量を過信しているようだな。オレは貴様のような奴が1番嫌いだ」


 レオパルドは、威圧するかのように豪快な動きで腰にある剣を抜き放つ。実に見栄えの良い得物だ。一流の細工職人が装飾をしたのだろう。とはいえ、装飾華美な武器は実戦一本のものと比べて耐久力に劣る傾向にある。

 それにリザはBSOでも最高位の鍛冶師だ。彼女の作ったこの剣達が、レオパルドの剣に劣っているはずがない。まあ見た目の勝負の場合、勝敗はあちらに上がってしまう可能性が高いのだろうが。


「奇遇だな……」


 右手を背中に伸ばし、相棒の柄をしっかりと握る。刀身が鞘から姿を現すのと並行して、俺の意識はモンスターに対峙するときと同じように冷たく研ぎ澄まされていく。


「俺も、あんたみたいのが嫌いだ」


 言い切るのと同時に、勢い良く剣先をレオパルドに向けた。発生した風切り音に恐怖したのか、周囲にいた見物人達は後退。レオパルドは後退しなかったものの、向けられている洗練された薄青い刀身に思うところがあったのか、緊張の色が現れている。

 しかし、自分から決闘を申し込んだだけに引くわけにはいかないのか、右手でウインドウを呼び出して操作した。俺の視界に表示された半透明なメッセージの内容は、流れどおり決闘申請のもの。空いている左手でYesボタンに触れる――直前。


「何の騒ぎですか?」


 凛とした声が響いたかと思うと、見物人達の一部が左右に分かれる。颯爽とした歩きで現れたのは、黒衣の上に純白のマントを纏った少女。明るい金髪が風で揺れると、何かしらの効果が発生しているのではないかと思うほど彼女の顔が輝いて見えた。

 女性の名前はフェイト。凛とした佇まいとボーイッシュな外見、王子のような服装から男女共に人気のあるプレイヤーだ。手にしている得物は、三国志を題材にしたゲームに出てくる関羽が愛用しているものによく似ている。そのため、俺は密かに彼女のことを現代の女版関羽だと思っている。


「レオパルドさん、それに……。両者共に剣を収めてください」

「ふん……フェイト、オレ達は決闘しようとしているのだ。お前に止める権利はない」

「確かに……ですがレオパルドさん、先ほどカグヤさんが話があると探していましたよ。その決闘は、彼女の話よりも優先すべきことなんですか?」


 カグヤというのは、確かこの現在の風精霊の領主の名前だったはずだ。現状には関係ないことだが、それぞれの種族の領主は、月に一度行われる投票によって決定されている。領主になったものは、領土内の税率やその使い道を決めることが可能らしい。

 レオパルドはしばしの無言の後、剣を鞘に納めた。個人的な戦いよりも領主との話を取るらしい。まあフェイトの言葉からして、前々からこの種族の政治にも関わっているようなので、もしかすると領主の座を常に狙っているのかもしれない。


「命拾いしたな……だが次はないと思え」


 そう言い残したレオパルドは、この街で最も高い建物へ向けて歩き始めた。それに伴って、周囲にたむろしていたプレイヤー達も散り始める。

 俺はゆっくりと大きく息を吐いて戦うために高めていた心境を落ち着かせる。決闘しないのにいつまでも剣を出しておくわけにもいかないため、左手で鞘を押さえながら一気に納剣した。


「レンさん……すみません、私のせいで」

「ん? 俺と話すときは普通なんだな」

「え?」

「いや、さっきは少し男勝りに話してただろ?」

「あっ、その……前からの癖で」

「だったらそのまま話せばいいと思うが?」

「レ、レンさ……レンさんにそれはできません!」

「私が言うのもおかしいと思うんだけど、最初の話題からずれてるよ」


 顔に手を当てながら放たれたフェイトの指摘に、ラクスはハッとした顔を浮かべる。俺はやれやれといった感じに振る舞いながらフェイトに話しかけた。


「おい関羽」

「関羽? ……私?」

「君以外に誰が居るんだ?」

「いや私、三国志の英雄じゃないんだけど」


 でも自分の得物をチラチラと見るあたり、それが関羽のに似てるって自覚はあるってことだよな。もしくは俺以外にこいつを関羽だと思っている奴がいるとか……いるなら会ってみたい。


「大丈夫、俺の中で君は女版関羽だから」

「……何が大丈夫なわけ? それに爽やかな笑顔浮かべてるけど、私が喜ぶとでも思ってる?」

「思ってる?」

「それどっち……?」


 感情の変化に乏しい奴だな。そう話したこともないけど、もう少しラクスを見習ったらどうなんだ。


「あなたって見た目に反していじわるな性格してるわよね」

「いじわる?」

「……まさか自覚ないの?」

「いや、ただ君とは大して会話してないと思って」


 リザやコネコ達に言われるなら分かるのだが、俺とフェイトはそんなに顔を合わせたことないよな。俺は中立地帯、彼女はシルフ領で活動しているわけだし。


「よくいじわるって決め付けたな」

「君が人をからかってるのは見てれば何となく分かるから。同じ学校だし」

「……マジで?」

「うん」

「アバター弄ってる?」

「弄ってないけど……まあ髪色は違うけどね」


 何だと……記憶を辿ってみるが思い当たる節がないぞ。まあ俺が知り合い以外に特に関心を持っていないからってのは最大の理由と思うけど。


「……しかし、これほどの外見なら記憶に残っててもおかしくないはずだが」

「まあクラス違うし、話したこともないに等しいからね」

「それなのに俺のこと覚えてるのか? ……まさか」

「いや、それはない――」

「ストーカーか」

「――から……って、何で悪い方向なのよ」

「ん? それは俺は誰とも付き合ったことないし、告白されたこともない。故に自分がモテる男だとは思っていないからだ」

「堂々と言えば納得すると思わないでよ。それとストーカー扱いされるほうが『こいつ、俺のこと好きなんじゃね?』って勘違いされるよりも嫌な奴だっているから」


 何事にもクールに対応する奴だな。さらりと途中のセリフを感情込めて言うあたり、嫌味を言う才能もある気がする。


「そのへんは冗談だ。許してくれ」

「どこからどこまでが冗談なのか分からないんだけど」

「交際経験あたりは紛れもない事実だ」

「何でそこを出すのよ?」

「大事なところだろ?」

「いや、私からしたらどうでもいいところだから……まあいいわ。ここに来るとさっきみたいなことにあるから、あなたみたいな人は中央のほうで好き勝手やってなさい」


 マントをなびかせながらフェイトはこの場から去り始める。

 とっつきにくそうな感じがあったが、話してみると意外とそうでもなかったな。まあ彼女からすれば、俺からとっつきにくそうなどと言われたくはないだろうが。


「ありがとな。あのまま続けてたらやばかったよ」

「……ふふ、それこそ冗談でしょ。あとはおふたりでごゆっくり」


 そこでその返しをするあたり、あんたも見た目と違っていじわるな性格してるじゃないか。まあ嫌いじゃないけど。


「……ラクス」

「え、はい!」

「彼女に言われたし、デートに出発しようか」

「はい……え、デートですか!? そ、そんなデートだなんて……心の準備が。それにこっちじゃ大した服も持っていませんし」

「……ごめん、俺が悪かった」



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