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04

 リザベル武具店を後にした俺達は、中央都市東部にある草原地帯へと向かった。

 この草原地帯に出現するモンスターはオオカミやイノシシなどの動物型とワームやビートルといった虫型、それに植物型だったはずだ。

 状態異常を起こす攻撃にしてくる敵はいるものの、武器を持っている人型と違ってクラフトを使用してこないため、比較的楽なフィールドだと言える。ただ動物型はまだしも、虫型や植物型は気持ち悪い外見をしているものが多いため、慣れのないハルナには酷な相手かもしれない。

 ――でもまあ、彼女は後方支援だし大丈夫かな。

 出発する前に色々と話し合った結果、ハルナは最初は種族特性を活かして回復系のスキルを上げることにしたようだ。また初期の水系統の攻撃魔法も使えるはずなので、慣れてくれば火力支援もできるだろう。リザやタマも《脳筋》寄りであるため、彼女の存在は今後俺達にとって貴重なものとなるはず。


「結構綺麗なところだね」

「そうね。モンスターが出ないならデートスポットになるんでしょうけど」

「リザさん、レンさんとならここでもデートできるんじゃないですか?」

「なっ――な、何でこいつとデートしなくちゃなんないのよ!」


 何気にひどい言われようだ。今のはどう考えてもデートという言葉を出したリザベルと、からかったタマが悪いはずなのに。


「……そうか」

「え、あっ、いや違うから。別にあんたのことが嫌いとかじゃなくて……ほ、ほら、ここじゃモンスターが出るから純粋に楽しめないじゃない」

「ん……別にへこんでるつもりはなかったんだが、場所が違えばしてくれるのか?」


 俺の問いかけに、リザベルの顔は茹蛸のように真っ赤になる。何か言おうするのだが、考えがまとまらないのか声は出ていない。


「……あ、あんたがどうしてもしたいってならしてあげなくもないわよ!」

「どうしてもか……そう言われると……」

「迷うんじゃないわよ! そこはしたいって言いなさいよね。そうじゃないとあたしがバカみたいじゃない!」

「じゃあ今度するか?」

「え……いや、その……」


 したいと言えといったのでそう投げかけたのだが、リザベルは顔を逸らしながらもじもしし始めてしまった。自分から言えと言ったのにこの反応はどうなのだろう。というか、俺はこうなりそうだから途中で止めようとしたのに。


「あの、おふたりが仲良いのは知ってますし、デートするのも構いませんけど、そういう話は別のところでやってもらえませんかね」

「何で不機嫌そうなんだよ? 構わないって言ってたくせに」

「そりゃ不機嫌にもなりますよ。一人身の前でイチャイチャした挙句にデートですよ、デート。リア充爆発しろ! って感じにならないほうがおかしいです」


 まあ言いたいことは分からなくもないんだが……タマは自分が学校の男子の間で人気があることを知らないのか?

 ――いや、きっと知らないんだろうな。リザもそのへんのことは言ってなさそうだし。内心では「あんたはモテるでしょうが」って度々思ってそうだけど。


「リア充爆発?」

「え……そ、そのですね、リア充ってのはリアルが充実している人のことで」

「あぁうん、リア充の意味は分かるよ。ただ何で爆発してほしいのかなって」

「それは……」

「自分は独りで寂しくやってるのに楽しそうにしやがって……のような嫉妬から爆発してほしいと思うわけだ。ついでに言うと、コネコはハルナさんはモテそうだから嫉妬なんかしないんですね……、と思ったに違いない」

「そう、それです! って、人の気持ちを勝手に言わないでくださいよ!」


 と、ポカポカという効果音が合いそうな攻撃を繰り出してきたタマをひらりと避ける。それほど勢いがあるわけではなかったのだが、俺が受け止めてくれると思っていたようで彼女は躓いた。体勢を崩した彼女は、頭から草むらに突っ込んでしまう。スカートの中身が見えなかったのは不幸中の幸いだろう。


「……何で避けるんですか!」

「いや、逆に聞くが何で受け止めないといけない?」

「そ、それは……今の流れ的にです! ――ふぇ!?」


 タマは驚愕の声を上げたかと思うと、次の瞬間には悲鳴を上げながら空中へと舞い上がっていた。何が起きたのか確認してみると、草むらから起き上がるようにして現れた巨大な花が、ツタを使って彼女を吊し上げていたようだ。

 飛ぶことができるこのゲームにおいても、頭を下にした状態で宙に居るという経験はなかなかできない。今タマは貴重な経験をしているとも言えるだろう。


「え、え、え!? て、わわわ!?」


 仮想世界とはいえ重力が存在している以上、必然的にスカートの類はずり下がる。ルージュあたりは分からないが、露出癖がない普通の少女であるタマは、言うまでもなくスカートの裾を手で押さえた。

 ――普通この手のことは、ハルナのような女性がされるんじゃないのか? まあ彼女がされるのは色々と困るし、リザよりは適任だとは思うが。口にすると鉄拳どころかクラフトが飛んできかねないので心の中に留めておくけど。


「き、気持ち悪い……」


 かなりの嫌悪が窺える声を発したのは、BSOを始めたばかりのハルナだ。彼女の気持ちは分からなくもない。

 目の前にいる巨大花の胴にあたる茎の部分は丸太よりも遥かに太く、その下に視線を移せば無数に別れたツタ上の足がある。うねうねとしたものが苦手な者は、見ているだけでも嫌だろう。また顔に当たる部分には毒々しい色の花が咲いており、中心には花以上に毒々しい色の口があるのだから。


「君の気持ちは分かるけど、慣れてとしか言いようがないな」

「そうよ。この他にも虫とか幽霊だっているんだから」

「――っ、べ、別におばけとかこ、怖くないから!」


 この子、幽霊の類苦手なのか……いや、お嬢様っぽいから苦手なもの多そうだな。外見はそうでもないけど、上半身裸だったりする亜人系とかも顔を赤くしそうだし。


「呑気にしゃべってないで助けてくださいよ! でもレ、レンさんは見ないでください!」

「見ないで助けろって、それは無茶だろ」

「そうね。だからあたしが助けるわ。あんたはハルナのことよろしく」

「ん、了解」


 俺が両手で背中の剣を抜き放つのと同時に、リザベルはメイスを構えながら巨大な花に向かって行った。

 恐怖心に駆られたのか、ハルナが背中に隠れるように移動してきたのだが、正直に言えばあまり引っ付かないでもらいたい。緊張してしまうというのもあるが、単純に動きづらいのだ。一点に立っててもらったほうがこちらとしては助かる。


「タマ、動きを止めるからその隙にどうにかしなさい!」

「ど、どうにかって……」

「飛べるんだから体勢は立て直せるでしょう――が!」


 フルスイングの一撃に巨大花はぐらりと揺れた。その隙に上位プレイヤーの証拠でもあるコントローラなしの飛行で、タマは体勢を立て直しながら取り出した短剣でツタを切断する。


「リザさん、ありがとうございます」

「礼なんかいいって。それより、さっさと片付けるわよ」

「はい!」


 ……おふたりさん、やる気なのはいいんだけど、目的は新人教育がメインじゃないのか? まあハルナが竦んでしまってるなら仕方がないけど。

 そう思って視線をハルナに移すと、まだ恐怖心はあるようだが自分も加わりたいという意思が見える目をしていた。こういう目ができるのならば、慣れてしまえばどのモンスターとも普通に戦えるかもしれない。


「ハルナー」

「え、は、はい!」

「大丈夫とは思うけど、体力減ってきたら回復お願いね」

「う、うん!」


 残存HPが分かるのか不安だったが、返事を聞く限りはちゃんとパーティーメンバーの名前とHP、MPが視界の左側にあるのは分かっているようだ。初心者と言っていたが、ある程度の知識はリザベルが教えていたのだろう。

 思っていたよりは、この新人さんを育てるのは楽かもしれない。

 などと思った直後、仲間のピンチを嗅ぎつけたのか奇妙な咆哮を上げながら、同種のモンスターがもう1体現れた。ハルナが慌てそうになるが、これくらいの状況に俺達は慣れっこだ。そのため、俺は1歩前に出ながら彼女に話しかけた。


「あいつは俺が何とかするから」

「で、でもひとりじゃ……」

「大丈夫さ」


 簡潔に返事をした俺は、勢い良く地面を蹴った。

 眼前に映る植物型モンスターは、巨体ではあるものの攻撃はツタを使ったものと、口から出す酸くらいだ。ツタは斬属性の武器ならば斬り捨てることが可能であるため、盾で防ぐ必要もない。ただ、酸はダメージこそないに等しいものの腐食させる性質がある。それだけは避ける他にない。

 何故ならば、この程度の相手に苦戦するほど戦闘経験がないわけではないのだ。加えて、先ほどメンテしたばかり。もしも武器を腐食させようものならリザに小言を言われた挙句、修理代を取られることになる。


「フシャアァァッ!」


 巨大花は、ツタを槍のように突き出してきた。ただ経験的にそうくると予想していた俺は、直前に速度を緩め跳躍した。ツタは地面に突き刺さり、俺はツタの中間あたりに片足で着地――同時に強く蹴り、敵の頭上まで移動する。

 確かこいつは、斬撃と炎に弱かったな。

 このへんのモンスターのステータスからして、片手剣技でも大技に入る《バーサク・フレア》を使えば一撃で倒せるかもしれない。だが確実に倒すならば、通常攻撃を入れてから撃ち込むべきだろう。そう考えた俺は空中で1回転した後、両手の剣を最上段から振り抜いた。


「せいやッ!」


 ふたつの刀身が深々と巨大花を斬り裂く。斬撃に弱いことに加え、俺の剣はBSO内でも屈指の鍛冶屋であるリザベルが打った剣だ。さすがに伝説級武器には及ばないものの、高性能な剣であるのは間違いない。通常攻撃で、目に見える形でHPがグンと減ったのがその証拠だろう。


「悪いが、まだ終わりじゃない」


 羽を出して滞空しつつ剣を構え直す。わずかな間の後、《バーサク・フレア》が発動し、オレンジ色に輝いた刀身が動き始める。

 炎を帯びた斬撃が8連続で決まり、巨大花のHPはみるみる減少。技の硬直時間が解ける頃には、完全に消え失せた。直後、巨大花は不自然な姿勢で硬直し爆散した。

 もう1体がどうなったのか確認してみると、ちょうど同じように爆散したところだった。同じような動作を取ったリザベル達と視線が重なり、お疲れと言わんばかりにグッジョブと取れるジェスチャーをしてきた。

 ――これくらいの敵を倒して何を喜んでるんだか。

 今のくらいのモンスターは、経験や装備からして苦戦するような相手ではない。まあそれでも、勝利を収めることが出来た喜びというものはある。俺も少なからず笑っているだろう。

 ……待てよ。

 左右の剣を鞘に納めるのと同時にふと思った。ハルナのためにわざと戦闘を長引かせるべきだったのではないか、と。


「ハルナ、ごめんね。あんたのためにももう少し長引かせるべきだったわ」

「…………」

「ハルナ?」

「え、あっうん、別に気にしてないよ。分かってたことだけど、やっぱりみんな凄いんだね」


 一瞬呆けていたというか、こっちを見てぼんやりしてたような気がしたが、普通に会話しているようだし気のせいか。

 と、俺は思ったのだが付き合いの長いリザベルは何かを感じ取ったのか、やけに顔がにやけている。


「ハルナ~、もしかしてあんた……あいつに惚れたの?」

「なっ――!? そ、そんなわけないじゃない! わ、私とレレレンくんは会ったばかりなのよ!」

「違うならそんなに動揺しないと思うんだけどな」

「いきなり今みたいなこと言われたら誰だってするわよ!」


 リザベルが何を言ったのか分からないが、俺の名前が聞こえてきたこととハルナの反応からして、俺とどうのとからかったに違いない。

 人のことをからかうのが好きな奴だな。まあ俺は他人のことは言えないし、俺のせいで誰かにやっているという可能性もあるが。


「ハルナさんもそういう反応するんですね」

「うぅ……タマちゃん、誤解しないでね」

「分かってますよ。でも、戦ってるときのレンさんはカッコいいですよね」

「カッコいいのは戦闘中限定なのか」


 タマの言ったことは聞こえたので会話に入ってみたのだが、返ってきたのは「ひゃあぁぁッ!?」という驚愕の混じった悲鳴だった。

 パーティーを組んでこの場に来ているはずなのに、このような反応をされたら俺も傷ついてしまう。例えるなら……どれくらいになるだろうか。本音を言ってしまうと、全く傷ついていない。自分がカッコいいとも思っていないし、人からカッコ悪いとも言われないのでそのへんのことには無関心なのだ。


「な、何でこのタイミングで入ってくるんですか!?」

「何でって……戦闘が終わって歩いて近寄ったらあのタイミングになったからだが?」

「いや、それは分かりますけど、会話が終わるまで距離を置くとかできるじゃないですか」

「そうする必要があるなら俺帰るか、ひとりでどっか行きたいんだけど」


 パーティー組んでるのにはぶられるのって嫌だし、誰かに見られたら居た堪れない気持ちになるから。というか、男子禁制のガールズトークをこの場でするのが間違ってると思う。修学旅行の夜とは言わないが、せめて女子だけのときでやってほしい。


「え、あっ、ごめんなさい。わたしが悪かったです。だから一緒に居てください」

「……ここだけ聞いたら、別れ話になって復縁を迫っているような会話だな」

「何でふざけるんですか!?」


 それはコネコが申し訳なさそうな顔をしたから、と言うとまた同じことの繰り返しなので言わないでおく。

 俺の言動がコネコの機嫌を損ねてしまったようで、彼女は頬を膨らませてしまった。この顔を写真に取れば、学校の男子はさぞ食いつくのだろう。もしかすると高値で売れるかもしれない。まあ言葉にしてからかうことはあっても、実際にすることはないと思うが。


「もう、そんなんだからレンさんはモテないんですよ。背高いし、スタイルだって良いし、顔だってそこそこ良いのに」


 こいつは俺を貶す気があるのだろうか?

 いやまあ、コネコらしいといえばコネコらしいからいいのだが……。


「もったいないと思わないんですか? 近くに可愛い女の子だっているんですから、頑張ればリア充になれるでしょうに」

「可愛い……コネコのことか?」

「ち、違います! な、なんでわたしがそこで出るんですか。ハルナさんとか、さっきの……えっと、ルージュさんとかいるじゃないですか!」

「ふたりは可愛いというよりは綺麗だろ? リザは……可愛いって言葉はコネコに合うと思うんだがな」

「あたしの名前を出したんなら、褒めるか貶すかしなさいよ!」


 すまん、今の話題を続けるのは良くない気がしたんだ……


「……それに話題を手っ取り早く変えるにはこの方法しかなかったんだ」

「そういうのは思っても心の中に留めておきなさいよ!」

「口に出てたか?」

「出てたわよ! というか、あんた絶対今のわざとやったでしょ!」

「そこまで分かっているとは、リザが彼女なら長く付き合えそうだな」

「つ、つつ付き合えるか! ケンカばっかしてすぐに別れるに決まってるわよ!」

「……それもそうだな」

「しみじみと納得するなぁッ! それはそれで何か腹立つ――って、ゲーム内なんだから避けるな!」


 暗に現実では暴力は振るわないと言っているあたり、優しい性格してるよな。

 とはいえ、安全圏じゃないからHPが削れる。それに痛覚が極限まで低くしてあるとはいえ、思いっきり殴られたらそれなりの衝撃がある。故に攻撃を受けるつもりはない。


「この……重い剣を好むくせにちょこまかと」

「装備の好みは関係ないと思うぞ。というか、新人教育しなくていいのか?」

「だったら1発素直に殴られなさい!」

「断る。殴られて喜ぶ趣味はない」


 俺はSかMかで言えば、おそらくSだ。やられるよりもやるほうが良い。だから殴られて喜ぶわけがない。知人の女好きならば喜ぶかもしれないが。


「あのふたりって本当に仲が良いね」

「はい。でも何でか付き合わないんですよね」

「付き合っていいの?」

「な、何でそういう言うんですか……別にいいですよ。ただ……肩身が狭くなりそうですけど」

「そうなっても大丈夫。私もいるし、タマちゃんは可愛いからすぐに彼氏できるよ」

「ハルナさん……」

「そこ、ふたりで何話してるのよ! まさか変なこと言ってるんじゃないでしょうね!」

「言ってないですよ!」



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