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03

 BSOにログインした俺は、このゲーム内の中央にある中立都市《フリーダム》にある《リザベル武具店》に向かって飛翔した。

 前日にログアウトしていた村から、そう距離があるわけではないが、面倒なことに小型モンスターの群れと遭遇してしまった。物理耐性が高いわけでなく個々の能力も低い敵ではあるが、数がいるだけに倒しきるまでには時間がかかってしまう。

 最後の一体を屠るのと同時に時間を確認してみると、予定よりも5分ほど遅れていた。事情を説明すれば理解はしてくれるだろうが、店に入ったときの第一声は「遅い。何してたのよ」といったものを言われることだろう。


「やれやれ……」


 遅れれば遅れただけ小言を言われる。さっさと移動しようと、左右の剣を鞘に納めて飛行を開始した。

 ――それにしても、新人を育てて伝説級武器を取りに行くって……考えることが無茶苦茶だよな。

 伝説級武器がほしいかほしくないかと言われれば、それはほしいに決まっている。だがこのゲームはプレイヤースキルに依存することが多い。武器の性能の差が対人戦において圧倒的な戦力の差にはなりえない。

 それに俺は、リザベルの武器に満足している。彼女の作る剣に惚れていると言ってもいい。まあこれを言ったところで、彼女はからかっているとしか思わないのだろうが。

 あれこれ考えているうちに、目的地が見えてきた。安全圏の近くだったこともあって、再度モンスターと遭遇することがなく、都市に着陸することが出来た。

 足が地面に着くのと同時に、俺は目抜き通りを出来るだけ速く歩き始める。走りたいところは山々であるが、夏休みに入っているということもあって人気が多い。走ってしまうと誰かにぶつかってしまうかもしれない。それで面倒ごとに発展しては困る。


「悪い、遅れた」

「あっ……いえ、そんなに待ってないですよ」


 謝罪するのと同時に来るであろう小言に内心身構えたのだが、返ってきたのは慣れのない少女の声だった。

 青い髪と瞳からして種族は水精霊(ウンディーネ)に間違いない。髪の色合いなどはアイテムを使うことで変更することができるが、視界に映っている顔は先ほど現実で見た春奈に酷似している。

 BSOでは、アバターの顔は基本的に現実に近いものになるように設定されている。もちろん別の顔にすることもできるし、他のVRMMOではアバターはランダム生成されたりする。まあメーカーごとの考えによるということだろう。


「リザさん、レンさん来ましたよ」

「もうちょいで終わるから待ってて」


 工房のほうから返ってきた言葉に、何か武器でも作っているのだろうかと思ったが、どうやらロングボウの弦を張り替えているようだ。

 俺の得物は片手直剣だし、タマは短剣、リザベルはメイスだ。新人のハルナのものかと思ったが、弓はこのゲームでも気難しい武器で知られている。

 それに大抵の弓使いは、機動力に優れた風精霊(シルフ)か、腕力や耐久力に優れた土精霊(ノーム)を使う。回復や水中活動に優れた水精霊でも支援目的で使う者はいるだろうが、ゲーム慣れしていなさそうな彼女が使う、または勧められるとは思えない。

 ――待てよ、あのロングボウは確か……

 持ち主に心当たりがあった、俺は店内をぐるりと見渡した。すると壁に腕を組んだ状態で寄りかかっている女性プレイヤーを見つけた。腰ほどの高さで整えられている炎のような赤い髪と瞳とは裏腹に、表情はとても涼しげ。彼女は俺と視線が重なると、小さく手を上げて挨拶をしてきた。


「ルージュ……」


 それが彼女のこの世界の名前で、武器の扱いと攻撃に長けた火精霊(サラマンダー)で威力重視のロングボウを操り、遠距離から敵を仕留める狙撃手。その実力は、共にクエストに行く度に感心させられるほどだ。

 ルージュとは現実でも知り合いであるのだが、理沙や舞子と違って別の学校に通っているため、あちらで顔を合わせる回数は少ない。


「久しぶり……でもないか」

「そうね。あなたもメンテ?」

「いや……ついでだからしてもらうか。リザ」

「はいはい、そのへんに置いといて」


 適当な声色の返事が来たが、まあ彼女は職人だ。仕事まで適当にはしないだろう。

 背負っていた二振りの剣を外して、カウンターの上に乗せる。リザベルの近くに持って行ってもいいのだが、作業台の近くは職人の聖域の気がして入るのは気が引けるのだ。


「メンテがついでってことは、またリザに付き合わせれてるんだ」

「まあな。新人教育して、今度伝説級武器手に入れに行くんだと」

「ふーん……あたしも《神弓ガーンデーヴァ》ほしいな」

「だったら可能性を上げるためにも手伝ってくれ」

「別にいいわよ。まあ、しばらくは予定が入ってるから新人さんの教育には付き合えないけど」


 ルージュは俺から視線を逸らした。あとを追ってみると、作業をしているリザを見ているハルナに行き着く。ハルナは俺達の視線に気が付いたのか、顔をこちらに向けた。ただどう反応していいのか迷っているようで、少しの間視線を泳がせるとお辞儀をした。


「……礼儀正しい子ね。あの子、アバター弄ってるの?」

「ん? いや、髪色とか以外は現実のままだな」

「へぇ、ならさぞモテるんでしょうね」

「ルージュが言うと全く嫉妬してるようには聞こえないな」

「まあそうでしょうね。別に嫉妬なんかしてないし」


 今のセリフがリザベルやタマだったならば、強がらなくてもいいと返事をしただろうが、ルージュに関しては言えそうにない。何故ならば、彼女は自他共に認める美貌の持ち主なのだ。モデルにスカウトされたという話も聞いたことがあるし、告白やナンパもしょっちゅうされているらしい。


「ルージュ、終わったわよ」

「ありがとう。ねぇリザ、これもっと射程長くならない?」

「あのね……弓ってのは普通は長物以上魔法以下の距離で使うもんなの。100メートル以上離れた場所から使ってるのってあんたくらい。今以上の射程にするとなると、それに使ったものより高いランクの素材で作るしかないわ」

「そう、ならアップデートするまでは無理そうね。でもスペック的に神弓が1番だろうし、手に入れたらリザの弓は使わないかも」

「あ、あんたね……」

「冗談、とは言い切れないけど、リザの弓は気に入ってるわ。伝説級武器の入手難度は異常だろうし、これからもよろしくお願いしとく」


 じゃあ、私はもう行くから。

 そう言い残してルージュは出入り口へと向かい始めた。小さく頭を下げるタマやハルナに軽く手を振るあたり、愛想はそれなりにあると言える。

 ルージュが扉の目の前まで行ったのを見た俺は、意識をリザのほうへ戻した。リザはカウンターに置いていた剣を手に取り、作業台のほうへ歩き始めた。その直後、ここを去ろうとしていた人物が面倒な展開になるであろう言葉を口にしてくれた。


「あっ……言い忘れてたわ。レン、また今度デートしましょう」


 こちらの返事を待たず、ルージュは店から出て行ってしまう。俺は彼女の言っているデートの意味が分かっているが、この場にいる女性プレイヤー達は分かっているはずがない。


「デデデート!?」

「レ、レン……あ、あんたとルージュってそういう関係だったの!?」

「…………」


 うん、まあ予想通りの反応だな。ハルナだけは興味あるけど、聞くに聞けなそうにしてるけど……恋愛には興味あるんだな。


「い、いつからそういう関係だったのよ!」

「またってことはこれまでにもデートしてたってことですよね。どこに行ったりしたんですか!」

「お前ら落ち着け」

「あんな意味深発言聞いて!」

「落ち着けるわけないじゃないですか!」


 ……近い近い。お前ら近い。

 この思いを必死に視線と表情で訴えつつ距離を取ろうとするのだが、取った分だけリザベル達は近づいてくる。壁際まで追い込まれた俺は、無意識の内にハルナに助けを求めてしまっていた。

 しかし、頬を赤らめた彼女は「私も……聞きたいかな」とでも思っているのか視線を逸らした。俺ひとりでどうにかするしかない。

 ――あの女、何でこの場というかあのタイミングで言って帰ったんだ。別にこそっと伝えたり、メッセージを飛ばすなりできただろうに。


「白状しちゃいなさいよ」

「そうです、白状したら楽になります」

「白状するも何も、お前らはあいつの言ったデートの意味を誤解してる」

「誤解って、デートはデートでしょうが!」

「男の人と女の人が一緒にお出かけ。それ以外に何があるって言うんですか!」

「最後まで聞け。ルージュの言うデートは、高難度のダンジョンやクエストを一緒にやろうって意味だ。お前らが思ってるようなものじゃない」


 現実でどこかに出かける、なんてことならどれだけいいか……いつとのこれまでのデートは、思い出しただけで精神的にくる。


「ふたりっきりで行ってるのならデートって言えるじゃないですか」

「冷静に考えろ。高難度のダンジョンにふたりだけで潜ってるんだぞ。楽しい雰囲気になると思うか?」


 俺は近接物理戦闘系のスキルしか上げていない《脳筋》タイプであり、ルージュは遠距離戦闘を重視したスナイパータイプ。種族ごとに最初から習得している魔法はあるが、初期魔法だけに高難度ダンジョンで使える戦闘向きのものは皆無と言える。

 それに俺が身に着けているものは、レザーパンツにロングコート。長時間ターゲットになっていられるタンク型の剣士ではないのだ。

 俺ひとりならば自由に動き回れるのでどうにかできることも多いのだが、ルージュの元にモンスターを行かせるわけにもいかない。もちろん彼女に前に出て戦えというわけにもいかないため、回復するとき以外は俺が常に最前線なのだ。いったい何度回復役がいれば……、と思ったことか。


「それは……なりそうにないわね」

「そ、そうですね……考えただけで慌しい感じがします」

「分かってくれたか」

「……でも、目的を達成できたときには親密になってそうですよね。困難をふたりで乗り越えたわけですから」


 タマの言葉に俺は息が詰まる思いがした。

 高難度のダンジョンだけあって、ふたりで走破するには下手をすれば1日近くかかることがある。それほどの時間がかかれば、必然的に言い争ったりもするし、無言になったりもする。現実世界で食事を取る際には抜け殻になった相方を守らなければならないため、精神的疲労もかなりのものだ。

 それだけに目的を果たしたときの達成感はかなりのものだ。また長時間困難を共にしたからか、自然と信頼感が芽生える。これに加えて、普段クールなルージュが無邪気に笑って喜ぶのだ。あの笑顔は正直に言って反則と言わざるを得ない。


「つり橋効果的な感じで恋とか芽生えないんですか?」

「いや、俺もあいつもコネコほど単純じゃないだろうから」


 それにルージュは、熱しやすいけど冷めやすいとも言っていた。だから恋人になった男は数多くいるらしいが、すぐに別れているとのこと。彼女のルックスがあれば、付き合う男のランクも高いだろうから、俺くらいの男に熱くなったりしないだろう。


「わ、わたしだって単純じゃないです!」

「そうね。この子、こう見えて抜け目ないところあるし」

「リザさん、それはフォローというよりは貶してます!?」


 タマは必死に怒っているが、彼女の容姿故か小動物が威嚇しているようにしか見えない。

 とはいえ、タマの意識がリザベルに向いたことによって俺はやっと解放された。2人の様子を見る限り、しばらくは話しかけられることもないだろう。

 内心ホッとしていると、くすくすと出来る限り声を殺している笑いが耳に届いた。そちらに意識を抜けていると口元に手を当てて笑っているハルナの姿があった。俺と視線が重なると、彼女は少し驚いた様子で笑うのをやめる。


「あ、ご、ごめんなさい」

「何が?」

「え、いや……笑っちゃったから」

「別に笑いたいときは笑えばいいと思うけど。しばらく一緒に行動するわけだし、打ち解けるためにも遠慮はいらないだろうし」

「そっか……でもレ、レンくんも私には遠慮してるよね?」

「そうかな?」

「うん。ふたりと比べると、私には言葉が優しいし」


 ……それは遠慮というか距離感の問題だと思うんだけど。会って間もない人間と親しい人間とでは、大抵は多少言葉遣いが違うだろうし。


「君も俺に対しては、あっちの2人と比べて言葉遣い違うけどね」

「そ、そうかな?」

「ああ。大体今みたいに一度ではっきり言えないし」

「それは……だってレ、レンくんは男の子だし。ふたりと同じようにはできないよ」

「俺も同じだから。まあ接してるうちに変わるだろうさ。あいつらともそうだった……」


 リザベル達のほうを見てみると、何やらニヤニヤした顔でこちらを見ていた。それを認識した俺は、間違いなくげんなりとした表情を浮かべていることだろう。


「何だよ?」

「いや別にー」

「ただ良い感じの雰囲気だな~と」

「――っ!? い、良い感じの雰囲気とか出してないから!」

「必死なところが怪しいわよね」

「そうですね」

「ただ話してただけじゃない。何でそうなるのよ!」


 怒っているからか、恥ずかしいのか、はたまた両方か。ハルナは顔を真っ赤にしながらリザベル達のほうに向かって行った。

 ガールズトークと呼べるようなものが繰り広げられているわけではないが、女子達の会話に入っていくのもあれだし、入ると余計に面倒になりそうなので、俺は壁に寄りかかりながら窓から空を見上げた。


「……どうなるか分からないが、今後は騒がしくなりそうだな」



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