標的《ターゲット》は許婚者
お伽噺ではないですが、普通の恋愛でもありません。
いい歳をして拙いモノを晒してしまい申し訳ありません。
続きは書くかもしれませんとしか…
薄暮の中を二つの幼い影が並んでいる。
小柄な影は身を揉むように泣いていた。
大柄な影は溜息を吐くような仕草をすると、そっと小柄な方の頭を撫で、囁く。
『泣かないで、許婚者になってあげるから』
『本当?』と声が上がるのが聞こえる。
まだ涙も乾かないというのに、その喜色にあふれる声音は、幼い執着だけではない、確固とした意思を感じさせた。
『その代り、君が……るまでだよ』
その言葉に、小さな影がなんと答えたのか、知っているのはもう二人だけ。
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「…!…~!」
厚いユカシの扉越しに騒がしい声が近づいてくる。
ここは王の執務室だというのに、主も在室中だというのに警備に就く近衛衛士は眉を顰めた。
身動ぎ一つ許されない身で、失態だと思うが、この国の絶対者である(それらしくはないとは…ゲフンゴフン)国王の玉体を護ることこそ身上の衛士なのだ。室外にいる者は何をやっているのか!
騒がしい遣り取りが執務室の前に移動してきたのを室内にいた全員が感じ取ると、静かな動作で室内にいる衛士が扉前に移動する。
書類に埋もれた執務机の横に控えていた主席宰相の確認を取り、扉越しに室外の衛士に問いかける。
「何事か?」
応えが返るより前に扉が開くと感じ取った衛士が身構え、鞘走る寸前、衛士の腰ほどの小さな影が飛び込んできた。
「姫様~!」
少年の声に、咄嗟に掴んだ首根っこが姫付きの文官であることに気が付いた衛士は、様々な怒りの感情を鉄壁の無表情で抑え込んだ。
(こいつはコリン(齧歯類の小動物)…こいつはコリン!よし!)
「パーバル?煩いわよ?どうしたの」
内心どうしてくれようかと見下ろしていると、面倒くささを隠しもしない救いの声が書類の山から聞こえてきた。顔を出す気も起らないらしい。
声を聴けば、まだ若い、鈴を転がすような美声。声の主が美貌の人以外は許せないというほどの美声だった。
しかし、室内にいた人間の反応と言えば、
その1:衛士は顔を背け、一刻も早くこの小動物を手放したくなっている。
その2:筆頭宰相はまだ仕事は終わってませんと顔どころか全身から語っている。
その3:キラキラしていないけれど趣味の良い茶会用テーブルに着き、優雅に趣味の良いティーセットでお茶を飲んでいるナイスミドルな紳士(いたんです)は、『パール君煩いって』などと言い。
その4:哀れなパーバル君はぶら提げられて顔を真っ赤にしているのが大変で返事ができません状態です。
となっている。
「アルベルト。離してやって、死んでしまうわ」
声の主が書類の向こうから出てくる気配に、衛士は掴んでいた襟首を離す。
紳士であれと言う誓いを実践しそっと床に下したが、直ぐに驚くべきスピードで己の定位置に戻る衛士。執務机からは一番距離を取っている、扉側だ。
「アルベルト…君、そんなだから姫にオモチャにされるんじゃないかな?」
仕立ての良い貴族服を身に着けた紳士が呟くが、アルベルトはキコエナ~イと心の耳朶を心の耳の穴に突っ込んでいた。
姫には拘わらない。脳筋だけでは務まらない近衛衛士の長である自分が、一衛士だった頃から数えて十数年で導き出した最良の方策なのだ。鷹揚にしていたって、姫は姫。ヤラレル前に逃げる。そう決断せざるを得なかった相手。それが姫だった。
「ふうっ!苦しかった!ふうっ」
息を吹き返したパーバル君は、毛皮もないのにまるで毛繕いをするようにあちこちを撫で摩り気を落ち着かせると、目の前にあった茶器から冷めたお茶を勢いよく呷る。
その場のものは皆生暖かい目で見守っているが、一名だけ容赦の無い者がいた。
パチコーン!
手が悪いのか、頭が悪いのか、軽~い音が響く。
おおおおおおと5頭身の頭を抱え、パーバル君が呻くと、脳内で足でぐりぐりと踏みつけているに違いないと全員確信した上から目線で姫がパーバル君を見降ろしていた。
「ひ、姫様~」
書類の山から現われ出でたのは…目も眩むような美女の妹?位の美少女。目鼻立ち、立ち姿、振舞いは王族ならではのもので、基本の手本となる程で、中身を知らない人々が見ればありったけの賛辞を贈られるだろう。それだけのモノを身に着けた国王の正妃の娘。詰り王女だ。
瑕疵など一つも見当たらない完璧な王女なのだが、たった一つだけ問題を抱えている。本人は至って気にしない。周囲が気にするのだ。
『王女様は強すぎる』という一つのこと。
性格は苛烈とも言っていいほど現実主義。他人に対しては許容できる懐の広さもある。問題があれば叱責よりも問題の早期解決を選び、失敗を努力して解決できれば問題にしない。
逆に隠そうとしたりなどしたら、放逐。文字通り首を刎ねることすら面倒だそうな。
肉体的にも騎士ですら技術に関しては勝てる者はいない。お追従すら枯れ果てるほどだという。
そんな強さが滲み出ている目力が姫の問題点だ。
喋らなくても挑もうとする殿方はいないというお話。
「パーバル。お前が言いたいことについてはこの部屋にいる者全てが知っているようだから、頭がとっ散らかったお前からは聞かないでおきます」
普通に話しているのに高らかに宣言されているようで厭だなあ。などと衛士の長が思っていると、お鉢が回りそうな雲行きに!
「アルベルト?知っているの?」
声高にもヒステリックにもならない冷静な声が詰問するだけで、胃がきゅううっと縮まる。ふるふると首を振り、目線のパスを筆頭宰相に送る。
軟弱者の罵りも甘んじて受けるから、勘弁してほしい。
受け取った宰相はやれやれと言いたげに、王女の傍にやってくる。
「もう少し片付けてほしい書類があったのですが。仕方ありませんねえ」
ちらりと座っている紳士を見ると、鷹揚に頷くものだから、珍しくイラッとした感情を老成した顔に浮かべる。
「陛下。胴元は正妃様でしたね。何日にお賭けになられたのです?」
陛下と呼ばれた紳士は、楽だからと着込んでいる貴族服を更に崩して懐から札のようなものを出し、自慢げに宰相に見せる。
「今日だよ!今日に賭けたのは僕と先代王だけだねえ。欲しかった馬が買えそうだよ」
「「陛下…」」
全員が脱力するとてもいい笑顔で国王が答える。
「母上が胴元ですか…。筆頭宰相!賭けの内容は?」
静かに王女が問うと、恭しく宰相が答える。
「『王女の許婚者であらせらるる隣国第三皇子・マシュウ・イグド=キリ・ナゴル様が花嫁候補を募り、1週間後に花嫁を決める夜会を催す』ことに、いつ殿下が気付かれるか?という内容だったと」
ひいっと誰かの喉が鳴ったが、対峙する二人は見つめ合っている。
「そう…今日で何日目なのかしら?」
「5日目だよ」
国王がホクホクした顔で代わりに答えた。
「…そう。イスラルル、彼方がこの大量の書類を陛下がため込んでいるから助けてほしいと、私の宮まで来た日も5日前だったわね。彼方も賭けたの?」
「滅相も御座いませんそのような不敬。何よりわが家は数代前の当主の賭け事で1度没落しておりますので、家訓にて賭け事は禁止されております」
チリチリと焦げそうな目線を、一見涼しげに躱している宰相も、落とし処を必死に摸索中だ。
「もう、いいわよね?」
「はっ?」
予想外の王女の第一声に流石の老獪もたじろぐ。
「賭けを優位に成立させたのだから私はもうお払い箱よね、父上」
にっこりと擬音が出そうな笑顔で王女が言う。
「え~!まだまだあるよ?」
不満げに限りなく大人げない国王が鼻を鳴らすと、部屋の気温が数度下がった。
「よろしいわね?イスラルル」
再度対象を変えて王女が言う。
「仰せのままに王女殿下」
下げた視線に王女のドレスの残像が残り、宰相はこれから起こる出来事の後始末を想いそのままで溜息を一つ溢した。
「イ、イスラルル殿!筆頭宰相殿!」
その数刻後、乗馬鞭を持ち執務机に座る国王の傍に立つ宰相に財務管理文官が転ばんばかりに駆け込んできた。
「どうしたのです?何があったのですか?」
普段は冷静沈着な文官の慌て様に、嫌な予感しかしない。聞きたくないがこれも仕事と問うてみる。
「神弓が!建国王の王妃、聖女・マグダの弓が盗まれました!」
ああ、聞きたくなかった…。後悔は決して前触れはしないけれど、結果は予想できた。
「王女殿下。最悪戦争にはならないようにお願いいたしますよ?あんな無駄なものはないと常日頃から仰せでしたのですから」
揉んでも揉んでも元に戻らない眉間の皺は、頭痛のひどさを物語っている。
禿ないのが自分でも不思議だと最後に呟いた。
読んでくれる人なんていますかねえ?はなはだ疑問です。
続きは考えていますが、如何せん能力・才能ナイナイ尽くしなので…