猛者の手土産
私が案内されたのはご神木の側。
「……どうだ、でかいだろ? この国の守り神だ」
「おい、タマネギは木に実らないはずだが……」
「何を言っている? タマネギは果実だろ?」
「……」
国王は粗末な木の椅子に腰掛け、ご神木を手で撫でる。
「まあ座れ。ここでは国王とか、罪人とかそんな物は関係ない。私とお前、それだけだ」
何となくだが誤魔化された気がする。
「言っておくが、私は無実だ。それだけは忘れるな」
「分かった分かった。免罪だ、認めよう! お前程の奴が、あんな石ころに価値を見出す筈がない。あの、なまくらもな」
「……」
ああ、アレか。持って帰って売るべきだったな。
「あんなもの、儀式に使うだけだ。代わりはいくらでもある。兵と老人共が勝手に騒いでいただけだ」
沈黙が訪れた。
風が吹き、ご神木の葉がざわめく。
甘い、果実の匂いが漂ってきた。
「シェンリィを身につけているんだな」
「……さあな」
「少なくともこの国ではそう呼ばれている。といっても、この国の使い手は私しかいないがな……。神から授かった強力な力。目が見えなくても、相手と離れていても戦えるという力だ」
「神から授かった? ふざけたことを……。少なくとも私の実力は、私自身で得た物だ。負け惜しみか?」
「はっはっは、返す言葉がない」
国王はひとしきり笑った後、続けた。
「お前、この国に残れ! 私の師になるのだ」
「……断る」
断れないような、強い響きだったが私には関係ない。
断った後で、逆に私から要求する。
「お前にやってもらいたいことがある」
「むっ、なんだ?」
「ジタ教国」
「ん? なんだ?」
「キチガイ国家だ。私はそれを滅ぼすべく、戦力を獲得しに、ここへ来たのだ。五〇万ほどの戦力を削れる力はあるか?」
「戦争か?」
「まぁそんな所だ」」
「うむぅ……、無いことはないが……」
「はっきり言え」
「まぁ落ち着け! 便利な奴が一人いる。お前に貸そう。その代わり……」
「その代わり?」
「私に稽古を付けてくれ」
「稽古を付けることは出来ない……」
「ええ……」
「だが、練習方法を教えることは出来る」
「おおっ! 教えてくれ!」
「簡単なことだ。巨竜の卵を五百個くらい盗めば自然と身につく」
「なっ……。容易いことではないぞ……」
「じゃあ諦めるんだな」
「むう……」
「さあ、その戦力を貸してもらおうか」
「……良かろう。付いてこい」
王城に戻り、廊下を歩く。壁と床は木で出来ている。火事になったら大変だな。
「町の建物は石だが、ここは木で作ってある。ただの木じゃないぞ。フルーティア様がお作りになった木だ。鉄よりも固く、焦げ目すら付かない」
国王は私の考えを知ってか知らずか、口走った。
扉の前に兵がいる。
国王が兵と目を合わせると、兵は扉を開けた。
中には地下へと続く階段がある。
階段を下りると、急に圧迫感を感じた。
「ここにいるのは、数々の大群を葬り去った偉大なる兵だ。建国当初から存在する」
――ジャラ……。
鎖が動く音がした。壁際に何かが座っている。
古い石で出来た鎧のような物だ。
――ブウゥン……。
急に目が赤く光った。
「神の創りし物。“アラマン”だ!」
国王は得意げに言う。私なら倒せそうだな。
「アラマン、今からこの男の言うことを聞け」
アラマンは身体を私の方へ向ける。
「血液が必要だ」
国王に促され、ナイフで指を刺す。
その血をアラマンになすり付けた。
――カチャンッ!
アラマンは手足の鎖を自分で外すと、立ち上がった。
私の二倍程の大きさだ。
その巨体が私を見下ろしている。
「うむ……、強いのか?」
「コイツは一人じゃない。コイツが手を一回振っただけで何千もの兵が出来上がる。数が減っても、次々と兵を作れるのだ。素晴らしいだろ……?」
「一匹見たら百匹いる、みたいな物か……」
「……」
「ところで、廊下を通れないのでは……?」
「専用の通路がある」
「開けてもらおうか」
「え、今出発するのか?」
「ああ、この国は暑い」
国王は残念そうに奥の扉を開ける。
――ギシィ! ガガガガ……。
古めかしい音がする。使われていなかったようだ。
国王に続いて階段を上がる。
――ガシンッ! ガシンッ!
私のすぐ後ろにアラマンが。邪魔だな。階段を上る時は、私の三段くらい後ろを登って欲しいものだ。踵を踏まれては困る。
おお、眩しい!
外に出て再び町を歩き始めた。
「外まで見送ろう」
「そのほうがありがたい」
変な誤解をされそうだ。
町の人々が変な目でこちらを見てくる。気味が悪い。
「おい……、なんだあれ」
「魔物じゃないだろうな!」
「でっけええ……」
「近寄らない方がいいんじゃないのか?」
早く町を出たい。
しばらく歩き続けた。
人々の視線に晒されながら、ついに門までたどり着いた。
「待てええい! 貴様ぁ! 町の中に魔物を! 引っ捕ら……、はっ! 国王!」
「ちょっと通るぞ」
「え? ああ、は、はい……。どうぞぉ……」
兵は奇妙な顔をしながら、私を見送った。
「……終わったら返しに来る」
「ああ、その時は食事をしよう」
「いや、いい。どうせすぐ帰るだろうから……」
私は足早に国を出た。
……。
あっ、また水を買うのを忘れた。まあいいか。
……。
良くなかった。こう言う時に限って喉が渇く。
ああ、オアシスがあるぞ!
私は急いでオアシスに向かった。
泉の水で顔を洗う。冷たい!
その水を瓶に入れる。
マンゴーの木を切り倒し、果実を全部貰っていく。
「……旨いな」
「あれぇ? また人間がいるねぇ」
「誰だ!」
――カシャッ、ザッ!
剣を抜き、一気に振り向く!
「はっ! お前は……」
「ああ、あの時の……。フルーツ食べる?」
――ボコッ! メキメキメキ……。
「いや、もういらない。答えてもいないのに出すな」
「どちらまで?」
「北の森だ」
「あそこはパイナップルが沢山あるから食べると良いよ!」
「そうか、分か……騙されんぞ! あれを作ったのはお前かぁ!」
「ちょっと練習用に」
もう付き合いきれん!
一発殴ろうと思って拳を振り上げたら、少女は地面に潜ったきり出てこなくなった。
「にししし」という笑い声だけが聞こえる。実にふざけている。
付き合いきれないので、私は歩き始めた。
――そして。再び、森ッ!
――キョオオオケキョケキョケキョケキョ。
――オオオオオォン……。
オアシスから二日目の朝。私は再び森へ足を踏み入れる。日が暮れないうちに入れたのは良かった。
森は複雑に入り組んでいる。
国王から聞いた話だが、森は毎日姿を変えているらしい。
「……命令だ。一切の障害物を排除し前進せよ。“文字通り”前進だ」
――ボコオッ、ボコオッ、ボコオッ。
アラマンは森を躊躇せずに歩き始める。寸分の狂いもなく真っ直ぐ歩いている。
だが、目の前は木。さてどうする……。
――ウウウウン……、カチャン……。
アラマンは腕を木々の方へと向ける。目の色が変わった。
そして魔力が腕へ収束する。
――ウウウウウン……、ボボボボボ……。
魔力弾を放つつもりか! 濃い……。
私の直感が警笛を鳴らす!
巻き添えを察知し、速やかにアラマンの背後へ回った。
――ボボボボボボ……、ゴウウウゥン……。
――パウッ……。
強烈な閃光! 爆音が轟く!
私の皮膚が一気に熱くなる。余りの眩しさに手で目を覆う。
――ゴアアアアアアアアァァ……。
やがて森は静けさを取り戻した。焦げ付いた臭いを残して。
目を覆っている手を退けると、そこには焼け野原が……。やりすぎだ。
私の目の前が非常にすっきりしている。
本来生い茂っていたはずの木々、そして土はまるでシャーベットをスプーンで掬ったように、綺麗に無くなっている。
私が思っていたのは、突きと蹴りで木々をなぎ倒していくアラマンの姿だったのだが……。
アラマンは私と歩調を合わせ、ひたすら森を歩いて行く。売ってくれないだろうか、これ。
……。
真っ直ぐな道を歩いてから数時間経った。まだ道は続いている。
――ガルルルル!
――ウウウゥン……、パシュッ……。
威力調整も出来るのか。優れ物だな。
今回は楽に越えられそうだ。
――二日後。
森の回復力は凄い。
夜になると焼け野原が見る見るうちに元通りになるのだ。
アラマンが居るお陰で木々の襲撃は楽に躱すことが出来た。
アレを一発撃つだけで大人しくなったからな。少しは知能があるのだろう。
昼過ぎ……、太陽が昇りきった所で森を出ることが出来た。
今いる場所はルクレシア王国領。
境界線付近なので人の姿はない。
一旦首都に戻り、情報を得ることにしよう。
門の前に付いた私は一旦人気のない場所に移動し、アラマンに命令する。
「命令、地中で待機せよ。私の声が掛かったら合流せよ」
――ザクッ、ザクッ、ボコオオォン!
あっという間に何の変哲もない景色になった。
町に入った私は早速シャドウの元へ行くことにした。
店に入り、シャドウの部屋の扉を開ける。
シャドウは何時もと変わらずにソファーに深く腰掛けている。
「……おおう。帰ってこれるとは……」
「何か進展はあったのか」
「優秀な部下を一人潜らせた……。だが、帰ってこねえ。二日前にコレが届いた」
シャドウは懐から紙を取り出した。
紙には赤い文字でこう書かれている。
――子羊の飼い主様へ。
先日迷える子羊が我々の元に来た。我々はそれを手厚く保護している。返して欲しいか? ならばデュークを殺したまえ。
君はとても部下思いだと聞いている。期待している。
しかし、あまりのんびりして貰っても困る。出来るだけ早く。我々の手の平に子羊が居ると言うことは分かって欲しい。
「と言う訳さ」
「そうか、それで?」
私は嫌らしくも続きを促した。仕事の予感だ。
「名前はレイラ。赤い髪の女だ。恐らくジタ教国の牢の中だろう」
「幾ら出す?」
シャドウは両手を広げた。十だ。
「……腕が後二本足りないのでは?」
「……分かったよ。旦那には負けたぜぇ」
シャドウは葉巻を吸う。
一気に吸い、一気に吐いた。
紫煙がワインのグラスに写る。
「あともう一つ。ギルドの爺さんから早くジタを片付けるように依頼された。被害が出てるらしいぜ」
シャドウはにやりと笑って続けた。
「もう報酬を払ってくれたぜ。お前の分もな。勿論着手金だ」
シャドウは札束をテーブルに積み上げる。
「ん? これだけか?」
「ああ、そうだ」
あの爺、私が居ないのを良いことに依頼料を下げたな……。今度きつく言っておこう。
「そうか……、あの爺に伝えておけ。相談料が未払いだ、とな。今回だけは特例で許してやるが」
「へいへい、分かったよ。……くれぐれも頼むぞ?」
「……交通手段の手配をしておけ」
「ああ……、いつもの馬車な」
店を出た後、早速敵陣に向かうことにした。善は急げ、だ。
アラマンと合流し、町外れの待ち合わせ場所まで行く。
どういう原理かは知らないが、既に馬車が待機している。シャドウは仕事が早い。
一見、粗末な馬車に見えるが、骨組みは鉄で出来ている。鉄の周りに木を巻き付けて、粗末な馬車に偽装している。馬もただの馬ではない。フィレットの騎士団しか所有していないという最高品質の馬だ。脚力が強く、重たい馬車でも速く走らせることが出来る。
「……ボスから話は聞いています。どうぞ」
「ああ、頼むぞ」
「帰りはどうされますか?」
「いらない。自力で帰る」
御者はアラマンの姿を見ても何も言わないし驚きもしない。よく訓練されているな。
――ガラゴロガラゴロ。
馬車は音を立てて進み始めた。
○○○○○○○○○○
ジタ教国の中心に鎮座する白い建物。
その建物に数多くの僧侶が入っていく。
城の地下、広大な地下室に僧侶達は集められた。
「法王……、よろしいのですね?」
「もう良い。穢れた者達を相手にするには十分すぎる」
「しかし、あの男が……」
「ふふふ、奴もただの人間に過ぎん……。ジタ様の前では子犬同然。たかが人間の力など僅かな誤差に過ぎん。居ても居なくても同じ事……」
法王は祭壇の前に立ち、僧侶達に話しかけた。
「皆、よく来てくれた。ジタ様もきっとお喜びだろう。君たちは今から長い詠唱に就き、ジタ様をこの世に現せる名誉を得る。感謝。そして、その命をジタ様に差し出し、さらなる上位種へと昇華するのだ。此程の喜びはない……。神に選ばれた我々は、満ち足り、争わず、一頭の家畜を飼って生活するのだ」
法王は杖を掲げた。
すると、僧侶達は跪き、祈りを捧げる。
祈りが終わると、部屋の中央の巨大な魔方陣の周りに立ち、詠唱を始めた。
その声は一切の乱れが無く、淡々と響き渡る。
法王はその姿を見て、笑顔になる。
「いいぞ……、いいぞ……。もう少しで世界は我々、いやジタ様の手に。そして約束された安息の日々が待っている……。金もない、権力もない、ジタ様の前では全てが平等の、幸福の日々が待っている。ああ……、感謝」
一方、城の牢では一人の女が鎖に繋がれている。女の前には二人の人間がいる。
白い頭巾を被っておりその表情は分からないが、目は血走っており、狂気がにじみ出ている。
「……なにさ、ジロジロ見てんじゃねえよ。気持ち悪い」
女は裸に剥かれ、その身体には幾つものアザがある。女は二人の人間を睨み付けている。
「ふふふふ……。ああ感謝。この子羊を飼えることに感謝……」
「子羊は全てを受け止めて下さる……。我々の醜い物も……」
二人は女に迫る。その影は女の身体を覆い尽くす。
「ふん、家畜なのはあんたらの方だよ! あんたらの国は皆の笑いものさ」
「ああ……、なんと言うことだ……。ジタ様の素晴らしさが分からないなんて……」
「可哀想……、ああ……、教えてあげたい。ジタ様の暖かさを」
二人はもう一歩、女に近づいた。
その時、とてつもない轟音が鳴り響いた!