砂の揺りかご
……少し疲れたな。
木々の襲撃を掻い潜り、森を出ることが出来た。二夜走り続けるハメになったが……。
さて、私の目の前は一面の砂世界。砂、砂、砂。
さらに今は昼。遮る物が無く、太陽の光が私に降り注ぐ。地面の照り返しも相まって非常に暑い。
『気』をしっかりと張っておかないと……。
私のすぐ側に、巨大な魔物だった骨がある。これは大自然の、私に対する忠告か……。
――ヒュウウゥ……、バッサアアァ!
むっ! 巨大ハゲタカ!
――カシャッ! シュパアアアンッ!
――ギャアアアアス!
ちっ、外したか。
私の斬撃はハゲタカの方翼を斬り飛ばすにとどまった。
無様に地面に墜落するハゲタカ。
翼を無くし、ジタバタと動き回る。
さっさと首を切り落とすことにした。
……小腹が空いた。よし、食うか。
足の付け根を裂き、分離させる。皮と毛を除去する。
それを逆さまに持ち、血を抜く。
(――炎よ)
――ジュボッ!
……そういえば調味料も持ってないな。まあいい。
……。
鳥の味は至って普通。やや硬いか。
食事を済ませ、出発する。
しばらく歩くと人影が見えた。
身体は整っているな。だが真っ赤だ。
その人影はこっちを向いている。おお、こっちへ歩いてくるぞ。
真っ赤な髪を逆立てたチンピラのような人物。
その人物が私の間合いに入った。
「ケッケッケッケ。こんな所に人間がいるとはな。我ら悪魔の繁栄のために犠牲とな……」
――カシャッ! ズバアアアッ!
「ぐはああぁっ! たかが……、に……人間……如きに……」
「……戦いで喋っている暇はないぞ。残念だったな」
その悪魔とやらは血を吐き、絶命した。ん? 鞄を持っているな。……持ち物を漁ろう。
赤い鞄を空け、逆さまにする。
三つの魔石。指輪と腕輪などの装飾品。あと水が入った瓶一つ。ついでに悪魔が持っていた剣も回収した。……なまくらだな。王国に着いたら売ろう。
私は再び歩き出した。
ああ……、戦いがしたいな。雑魚潰しはもう飽きた。
少しでも隙があれば一瞬で殺されるような強敵はいないものか……。
私を満足させ、心ゆくまで楽しませてくれるような奴は……。
喉が渇いたな。さっきの水はもう飲んでしまった。
それにしても何もない場所だ。
サボテンの一つでもあれば水分を摂取出来るのだが……。
――ボコッ! キュッキュ!
「ふんっ!」
――カシャッ! ズシャッ!
――キュウウウゥ……。
ん? コイツ額に石を付けているな。貰っていこう。
緑色の、狐なのか猫なのかよく分からん生き物だな。
赤い宝石を懐にしまい、出発する。
……。
…………。
ん? 向こうに木が群生しているな。もしや……。
オアシス!
私は急いでオアシスに向かった。
……やはりそうだった。
池もある、果物の木もある!
ここで一休みしよう。
池の水で顔を洗う。ふむ、綺麗な水だ。
池の水を瓶に入れる。
マンゴーの木を蹴り倒す。
――ガサガサアアア……、ズボオオンッ!
マンゴーを半分に切って食べる。
……旨い!
何て甘さだ! こんな甘いマンゴーは食べたことがない。
森の果物とは違うな。
「おやぁ? 見かけない人間ねぇ」
「……ッ! 誰だ!」
剣を抜き一気に振り向く!
そこには一人の少女が。いつの間に現れた?
ふざけた少女だ。
何かの植物で出来た長いスカート。 胸には何かの果物の皮を当てている。
頭の上にでかい花が咲いている。
南国に行ったことない人間が、南国の少女を思い浮かべたらこうなるのだろう。
だが警戒は怠らない。
「用がないなら、私に構うな……!」
「そう言われも……。ここアタシの場所だしぃ」
少女は踊っているつもりなのか、腰をゆっくりと振り出した。
「そうだ、フルーツはいかが?」
「もう食っている……」
「そう言わずにぃ」
そう言うと少女は地面に両手を付けた。
「それっ」
気合いの一言と共に両手を上げると、地面から枝のような物が生えた。
それは私の目の前で急激に成長する。
――ボコオォ! メキメキメキメキ!
あっという間に果実が実る木になった。見たことない術だな。
ん? この木、奇妙だな。
普通、果実は一種類しかならないがこの木は幾つもの種類の果実が実っている。
あれ? あれはタマネギではないか?
「おい、タマネギは木に実らないはずだが……」
「タマネギは甘いからフルーツ」
「おお! あれはジャガイモではないか!」
「ジャガイモは揚げたら美味しいからフルーツ」
「……貨幣も実らしてくれないだろうか?」
「か……へ……い?」
駄目らしい。
「お前は何者だ?」
「フルーツの神様」
本当かどうかは不明だ。実にふざけている。
だが、さっき術を使ったときにかなりの魔力を感じられた。少なくとも魔術師としての実力は中々のものらしい。
付き合いきれん。先を急ごう。
「この周辺に集落のようなものはないか?」
「このまま真っ直ぐ行ったら王国があるよぉ」
「言葉は共通言語で良いのか?」
「今話している言葉で良いと思うよ」
いよいよ本番か……。
その王国に行き、何らかの戦力を味方に付ける事が出来れば……。ジタ教国を葬ることが出来る。狙われることもなくなる。
「おやおやぁ?」
「今度は何だ?」
「カーバンクルの宝石を持ってるんだねぇ」
「何故分かる?」
「王国で高く売れるよ。ぬしししし」
少女はわざと声を潜めて言った。神が何でそんな事を言うのか……。
――ガルルルルルル!
む! あそこに狼の群れが!
明らかにこちらを狙っている!
――カシャッ!
私が剣を抜くと突然隣から魔力が発せられた。
「何をするつもりだ! 邪魔をするな」
「――奥義、カオスフルーツ!」
――メキメキメキ!
木が生えてくる。だが先ほどの物とは違う。
果実が全部黒い。
少女は木を蹴り、果実を落とす。
その果実を拾って、向かってくる群れに投げた。
果実は弧を描き、群れの真上で炸裂する!
――ボウンッ! シュウウウウウ……。
黒いオーラが狼の群れを覆い尽くす! 闇属性か。
渦巻くオーラで狼が見えない。
やがてオーラは薄くなり、狼達の姿が見えるようになった。
だが動いていない。
その死骸はどろどろに溶け、真っ黒な液が砂に染みこんでいる。
「大した敵じゃないわぁ」
「……」
先を急ぐことにした。
……。
…………。
日が暮れてきた。冷えるな……。ここの気温は極端だ。
さっきのオアシスで寝たら良かった。
止まっていては、いつまで経っても寒い。歩こう。
……。
――ガルルルルル!
――カシャッ! ズシャアアアアッ!
――キャイイインッ……。
どこから襲撃されるか分からないので寝ることは出来ない。
王国へたどり着くまでは歩き続けよう。
○○○○○○○○○○
一体何なんだい? この国は。
ボスの命令で潜入することになったけど、なんかキチガイじみてる。
いや、見かけ上では至って普通なんだけどねぇ。何というか……、どこかしら不安定になるんだよ。
私は今、白装束に三角巾を被ってるんだけど、すげえ着心地が悪い。
デュークがアジトを去った後呼び出されて、ベトルについての情報を探ってこいと命令を受けた。
それでゾーク王国経由でジタ教国に入り、門番を一人殺してその服を奪ったって訳さ。
顔を上げると城が目に入る。
真っ白で幾つもの箱が重なり合ったような形をしている。
さて、こっからが本番だよ。
一般市民は城に立ち入るのは許されていないけど白装束は自由に出入りしている。
私は何人かの集団に紛れ込んで城に入った
真っ白な外見に対し、城の中は薄暗い。
壁には一定の間隔で蝋燭が掛けられている。
私は周辺の話し声に聞き耳を立てた。
「近々、法王様が兵を招集されるらしい……」
「おお! ついに“浄化”されるのか……」
「お祈りをしているとジタ様の温かい眼差しが感じられます」
「ジタ様もお喜びなのだろう」
「法王様が想像しておられる世界こそがジタ様の望んだ世界……。神に選ばれし我々だけの世界……」
「選ばれなかった者達は我々のために犠牲となって頂けるのです」
「感謝、ああ感謝……」
「ジタ様の復活の日は?」
「分からない……。聞かせて頂いた話では、まだ捧げ物が足りないらしい」
「おお……、早くせねばジタ様がお腹をお空かせになられると言うのに……」
「心配はいりませんぬ、ジタ様はお心が広い。我々の努力をキチンと見ていて下さる」
……身体が痒くなっちまったよ。何て酷い会話だ。
それにしてもきな臭いね。何処かの国に一発仕掛けようって話だ。
捧げ物って一体なんだい? 調べることは多いね。
私は図書室、美術室、町の商店などを回って細かな情報を調べた。
まだ足りない。もっと詳しい情報を得るには中枢部へ行く必要があるね。
城の最上階、『円卓の部屋』へ向かうことにした。
最上階へ続く階段の前に番人がいる。
そこを通る者が懐から何かを取り出して見せると通した。
……証が必要らしいね。
(――影よ)
私は闇魔法の実力に自信があるんだよ。ボスに気に入られているのは、これが理由だね。
高くジャンプして番人を飛び越える。全く気付いていないね。
私は大きなドアの前にたどり着くと、準備を始めた。
懐から盗聴道具を取り出す。
それは一本の長い紐の様な道具。それをドアの隙間に入れて紐の端を耳に入れると、そこでの会話がはっきりと聞こえるのさ。
「……奴はまだ見つからないのかね?」
「申し訳御座いません。全力で調べているのですが……」
「後もう少しだというのに……。奴の強力な魂さえ手に入れば……、ふふふふ……。ジタ様が復活されるにはまだ力が足りないのだよ」
奴……、デュークの事だね。魂……、復活するための力……。
そうか、デュークを殺してその魂をジタに捧げることで、より強力に復活させるって訳だね。
一旦アジトに戻るとするか……。
紐を回収し、階段を下る。城を出て行く集団に紛れ込む……。
城を出たら急いで路地裏まで行き、白装束を脱ぐ。
町の城壁まで行き、それを飛び越える。
……チョロいもんだね。
この情報はボスに高く買い取って貰え……グワァッ!
突然足に痛みを感じて転んでしまった。一体何なんだい!?
見ると、右足に矢が……。ただの矢じゃない!
足音が聞こえる。
「くっくっくっく……。バレていないとでも思ったのですか? 貴方の行動は全て分かっています」
「貴方が城に入った時からです。その前に門番が一人殺されたという報告が上がっていましたがねぇ……」
かなりヤバイね……。逃げないと。
(――風よ)
私は痛みに耐え、立ち上がって走り出す。
だがっ! 再び痛みが!
左足に矢! 二撃目!
「くっ……」
「くっくっく……、構えなさい」
白装束が命令すると、他の白装束達が弩を構える。
あっという間に取り囲まれてしまった。
「手足を封じなさい……、殺してはいけません。貴方には色々と聞きたいことがありますので」
「ふんっ! ダサい帽子を着てる奴が……」
ちきしょう……、毒が効いて……。
○○○○○○○○○○
……見えた、見えたぞ。あの広大な王国が。
あの少女が言っていたことは本当だったらしい。
……だが、意外に遠かった。
門の前に行くまで二時間かかった。
国に入ったら休もう。疲れた。四日は寝てない。
「止まれ! 止まれえええい!」
「何者だ! ここの民ではないな! 怪しい奴めえぃ!」
「もしや盗賊か? 引っ捕らえろ!」
……手荒い歓迎だ。
私は門の近くの石造りの建物に連れて行かれた。
門番の態度に苛ついたが、ここで騒ぎは起こせない。
私は椅子に座らされた。
「どこから来たぁ!」
兵の男が机を叩く。言っておくが、私は悪いことをした覚えはない。
「……北の森からだ」
「なに……?」
「うそだろ……」
「あの森を越えてくるとは……」
「一体何者なんだ?」
「北の森だと……。あの森の向こうにも国や町はあるのか!?」
「当たり前だ」
「国王が言っていたのは本当だったのか……」
この後も色々と聞かれたが特に問題ないと判断されたらしく、解放された。
砂漠の国サンマド……、それは過酷な砂漠に住む者達の楽園。
その昔、国の守り神フルーティアが育てたご神木を中心に、集落が出来たのが始まりだという。 そのご神木は毎日大量の果実を実らせ、民に潤いを与えている。
ここの王は武に優れ、その力で民を結束し、外敵から守り、食料を得る。
と兵が言っていた。
守り神か……、一度見てみたいものだ。
町は人が多い。日焼けを避けるために長袖の服を着ている。
建物は石造りの物が多く、昼の暑さを和らげるには丁度良いと言う訳か。
女が果物の入った籠を頭に乗せて歩いている。
ひとまず、持ってきた物品を現地の貨幣に換金することにした。
宝石の絵が描かれた看板の店があったのでそこに入ることにした。
「いらっしゃい」
「買い取って欲しい物がある」
持ってきた物品を机に出した。
変な奴から奪った赤と青と黄色の魔石、なまくらの剣。
少女が高く売れると言っていた宝石。
さて、幾らで売れるだろうか。楽しみだ。
店員は驚いた顔をして店の奥へ走っていった。金を出しに行ったな。
私が心躍らせ待っていると、外から何人もの兵が店員と一緒にやってきた。何かあったのか?
「コイツか!」
「はい……、そうです!」
「貴様あああああ!」
なんだ? うるさいな。
「これを持って来たのは貴様かああああ!」
兵は机の上の物を指さして私に問うた。
「ああ、そうだが?」
「引っ捕らえろぉっ!」
よく分からんが、腕を掴まれて何処かへ連れて行かれた。何なんだこの国は。
私は兵の詰め所へ連れて行かれた後、牢に入れられた。
「犯罪者め! そこに入っていろ」
「待て! どういう事だ!?」
「貴様は……、城から三つの宝玉と宝剣を盗んだ挙げ句ッ! 神獣の子の玉を不正に所持するとは!」
「おいおい待ってくれ。私はこの国に来たのが初めてだ。そもそも城に入ってなどいない。濡れ衣だ」
「出鱈目を言うなぁ! さっき「自分が持って来た」と言っただろうがぁ!」
一体何のことだ?
城の宝玉、宝剣?
ああっ! なまくらの剣!
何てことだ……、私が殺した赤の悪魔がそれを盗んだ犯人だったと言うことか……。
くそ、赤の悪魔め……。
だが神獣の玉には覚えがないぞ。
「おい、神獣の玉とは何だ?」
「とぼけるなぁ! 貴様はカーバンクルの子を殺し、その宝石を奪っただろうが! これがその証拠だ!」
兵は私の目の前に、あの宝石を突きだした。
ああ……。よく分からんが、入国初日でとんでもない犯罪を犯してしまったようだ。
「ところで……、どんな罰が?」
「死刑だ! 死刑! 死刑! 王が直々に叩き斬ってくれるわぁ!」
「その死刑方法とは?」
「ふん! 教えてやろうッ! 判決が決まり次第、貴様は闘技場に送られる。そしてトーナメントに参加することになる。見事勝ち抜いた者は……、そう! 国王と決闘するのだッ! だが国王は世界で一番強いお方! 貴様は一瞬で殺されるという訳だぁ! 分かったかぁ! 犯罪者めえ!」
罪人を国王自身が裁く訳か……。趣があるな。
「もし私が勝ったら……?」
「勝つ? ふふふ……、がああはっはっはっはっは! 国王に勝つ人間などいない! 妙な希望を持たんことだ……!」
なるほど……、相当自信があるらしいな。
「よし、その国王に伝えろ。私が勝ったら罪を無かったことにしろ、とな」
「がはっはっは、良かろう。だが……、貴様と同じ事を言って死んだ者は山程いるがな!」
うるさい奴だ。今の内に寝ておこう……。少し疲れた。
○○○○○○○○○○
砂漠の国サンマド……。広大な都市国家……。その都市国家のどこにいても見える物がある。
ご神木だ。
そのご神木を取り囲むように王城が建てられている。
中庭のオアシスには美女達が疲れた兵達を癒している。
オアシスの中央にプールがある。
多くの兵が泳いでいる中、一際身体の大きい、筋骨隆々の男が泳いでいる。
――スウウウゥ……。
――ザッバアアアンッ……。
「ふう……」
その男はプールから上がり、近くの椅子に腰掛ける。
男が椅子に座ると近くにいる美女が駆けつけ、その身体を拭く。
男に飲み物が渡される。
中庭に一人の兵が入ってきた。
「国王! 国王ぉ!」
「何事だ? 兵士長よ……。お前は相変わらずうるさい奴だ」
男は空になった飲み物の容器を美女に渡し、手を組む。
「宝玉を盗んだ者をとっ捕まえましたぁ!」
「ふむ、ご苦労であったな。して、どのような奴だ?」
「北の森から来たと言う、異国人です! 問い詰めたのですが、容疑を否認しています! 挙げ句の果てに、闘技場で国王を倒したら罪を不問にしろと言っています!」
「北の森……? あそこを越えたというのか! まだ見ぬ異国人……。ふふふふ……、ふっはっはっはっはっは! 良かろう……、罪人トーナメントを開催するぞッ!」
「はっ! 直ちに用意します!」