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強者の苦悩  作者: 林葉
血濡れの迷い人
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緑と紫の境界

 村と村を隔てる森で何人もの男達が息を潜めていた。与えられた任務は、白龍討伐を阻止する事。男達は目を血走らせて荒い息を吐いて討伐隊を待っている。

 強大な白龍から身を隠しつつも強力な遠距離攻撃を放てる場所、それは森だ。彼らが森で行動するのは必須。


「――だが、奴は何をしている?」

「分からん。今朝から姿を見ていない」

「帰ったんじゃないだろな?」

「まさか。金を渡したんだぞ!」

 男達は討伐隊を警戒しながらも、“奴”について談義していた。


 最強と言われる実力を持った仕事人、デューク。常識外の金額を請求し、どうにもならないような敵を淡々と始末する存在。その異名は様々で、死神殺し、修羅の化身、最終手段、等々数え切れない程ある。

 だが彼の存在を信じる人間は意外にも少ない。なぜなら、逸話が出鱈目すぎる事、第三者による情報操作、多くの偽者などが彼の存在の信憑性を薄くしているからだ。彼の存在を信じるのは、直接彼を見た人間だけだろう。それは身に纏っている物が常人のそれとはまるで違うからだ。偽者はいるが、本物を目の当たりにした時、何か根源的な部分に訴えかけてくる物があるのだろう。


 そして今回、討伐隊はデュークと対する事になった。それが何を意味するのか。単純な事だ。討伐隊の全滅。討伐隊の刃がデュークに向かえば、その全てが死ぬ。デュークにどんな物をぶつけても等号で結ばれるのは、死だ。彼の力はもはや摂理そのものとなったのだろう。

 自然界には絶対的な法則がある。水が上から下へ落ちるように、火が立てば煙が上るように、日が沈めば暗くなるように。そしてデュークと相対した物は全て死ぬ。これが自然法則。圧倒的な強者は世の理すら作ってしまうのだ。


 そして討伐派の村に付いたダイゴ。彼も世の理を曲げる者であった。

 普通では考えられないような体力と魔力で先人達が為し得なかったような事を軽々と行うのだ。腕一本で巨竜の一撃を防ぎ、一つ魔法を使えば辺りが更地になる。その力もやはり強大であった。

 しかし力がある故の悩みもあった。なまじ力があるため、ちょっとした事でも災害を引き起こしてしまうのだ。それは力加減を間違えて卵を割ってしまうようなものであった。

 だから戦う際、彼の中で“力”というもう一つの勢力を相手にしなければならなかった。


 殺すべき者を殺し、殺すべきで無い者は生かす。これはダイゴの考えだ。殺すという事は人が持つ全てを無くすと言う事だ。幸福も不幸も、希望も絶望も、感情も、全てを無に帰す。これは恐ろしい事である。

 だから考えねばならなかった。目の前の人間が死という永遠の無の牢獄に送るほどであるかを。戦いの相手を全て殺すという事は無思慮で凶悪なこと他ならない。だからせめて、戦いにおいても相手を生かすと言う品性は持たねばならない。そうダイゴは考えている。

 相手が罪人なら更正の余地を。兵士なら慈悲を。最後の手段として強盗を選んだ乞食には牢屋という名の住処を。与えねばならないのだ。


 しかしそれは甘い事であった。と同時に傲慢でもあったのだ。

 彼とて他の者と同じ生きとし生けるもの。それがなぜ他者の生き死にを判定しようとするのか。そう、ある意味では裁判官のように傲慢な振る舞いでもあるのだ。

 同業者からは“甘い”とも言われた。彼が見逃した盗賊の頭はこう言った。

「お前は甘い。その甘さがいつかお前自身、いや、お前の大事な人間に牙を剥くだろう。覚えておけ。俺は盗賊。金のためなら何でもする。次あった時はその甘ったるい砂糖の匂いを消しておく事だな」と。

 そして盗賊は約束通り、ダイゴ一行の寝首を掻きに来た。護衛対象の娘を人質にとって。間一髪で盗賊を倒し、娘を救出したダイゴを待っていたのは賞賛では無く、シャルロッテによる叱責だった。


 そして今日、彼は龍と人間を相手にする。だからといって“殺す、殺さない”などと言う事を話し合ったりはしない。その段階はもうすでに通り過ぎているはずだからだ。つまり、野暮であった。要は無力化すればそれで良いのだ。彼らは兵ではない。お互い村人だ。本来は戦渦に巻き込まれるはずはないのだ。あくまで両村の問題の解決だ。


 その他大勢と三人は森の土を蹴った。ダイゴとシャルロッテは前を走り、スティーヴは器用に木の枝から枝へ飛び移りながら進んでいく。

「龍の旋回予想ラインまでは?」

「もう少し! このまま前進」

 作戦は単純。龍が旋回する場所を割り出し、強力な魔導砲を撃つというもの。ダイゴが魔力を溜める間にシャルロッテとスティーヴ、そして討伐隊が防衛する。


 スティーヴが知らせる。

「この辺だ。龍が来るまで待ってろ。頃合いは俺が知らせる」

 だが、当たり前のように草陰から迎撃隊が飛び出してくる。その中の一人が討伐隊に語りかけた。

「確認する。討伐するという意思は変わらないのだな?」

「もう今更、芋引けるかよ! あほんだら!」

「分かった。仕方が無い……。覚悟おおお!」


 剣を持った男が雄叫びを上げた。今まさに火蓋が切られたのだ。討伐隊も弾かれたように走り出す。迎撃隊は一目散にダイゴに向かった。しかし――。

「少しの間、寝とけこの野郎!」

 ダイゴが腕を振るうと強力な風が発生して数人の男を吹き飛ばした。そのまま木にぶち当たって昏倒する。それを見た男達は一瞬だけ驚いた。

 シャルロッテは持ち前の剣術で三人同時に相手取り、一人を蹴飛ばした後二人目の足に剣を突き刺して返す刃で三人目を斬った。そして別の敵が一回剣を振る間に何回もの剣撃を浴びせる。

 敵は四方八方からやってくる。スティーヴは木と木を飛び移って敵から距離を取りながら二人に正確な敵の位置を知らせる。すると二人はまるで後ろに目が付いているかのように、背後の敵に対して確信を持った一撃を食らわせるのだった。


 迎撃隊の男は声を荒げた。

「くっそガキがあああああ!」

「だいたい“奴”はどうした! 契約違反だろが!」

「わっかんねえ。とにかく、集中しろ!」


 その時、その場にいた全員の鼓膜が野太い悲鳴を上げた。

 木々がざわめき、鳥が一斉に飛び出す。地響きのような鳴き声と翼の音が辺りを覆った。

 祭りが始まった。人々の信仰心が重なり合い、強力な力となって白龍の糧となる。祭りの間、白龍は村の周りを旋回するのだ。


「来たぞ! 準備しろ!」

「シャル、後はよろしく!」

「任せて」

 シャルは短くそう言うと、敵の固まりに踏み込んでいった。ダイゴの周りを男達で固めて、迫り来る敵を他の味方とシャルロッテで無力化していく。


 ダイゴは己に気合いを入れると、膨大な魔力を引き出して練り上げていく。

 これも白龍に負けじと劣らずな圧力で、余波だけで草がざわめき、木々が波紋のように傾いて揺れる。そのあまりの魔力の量にダイゴの周りの景色すら歪んで見える始末。中には魔力にあてられて胃の中をぶちまける男もいる。


 規格外なダイゴ、一流の剣術を持ったシャルロッテ、正確な危険察知を行うスティーヴ。この三本の柱のおかげで迎撃隊はダイゴに近寄る事すら出来ない。

 正面から掛かっても、剣術と魔力を織り交ぜたシャルロッテの攻撃に落とされ、回り込もうとしてもスティーヴの目はごまかせない。


 ダイゴが抱え込んでいる光がまた一段と強くなる。引き出した魔力を一点に凝縮し、また新しく魔力を引き出す。これをひたすら行う事で強力な一撃を放つ事が出来る。しかしそれは時間が掛かる。戦闘中にこれだけの時間を食うのは致命的だ。一人でこれを行うのは無謀と言っても良いだろう。


 もう一度、大地を震わす咆哮が聞こえた。さっきと比べて近い。スティーヴが叫んだ。

「ダイゴ、丁度真上だ!」


 溢れ出る魔力をこれでもかという風に凝縮したダイゴは右手を大きく振りかぶって叫んだ。

「いっけえええええええええ!」

 目が潰れるような閃光をダイゴがぶん投げた瞬間、その頭上に新たな光が出現した。その光は下へ向き、ダイゴの放った光は天に昇ろうとしている。その二つの光がぶつかって、強烈な衝撃波が発生した。


 ダイゴ、シャルロッテ、スティーヴ、敵味方の男連中全員が吹き飛ばされる。周りの木々は根元からへし折れ、ダイゴがいた場所は深く陥没していた。


 背中から木に激突して肺から息を漏らしたダイゴの前方に現れた人物は――。

「あ、あなた……」

 シャルロッテには見覚えがあった。スティーヴにもだ。勿論ダイゴにも。その人物は数日前にギルドの廊下ですれ違っていた。顔こそ見えないが、押しつぶすような威圧感と得体の知れなさが、彼であると言う事を物語っている。


「デューク! ……さん。やっと来て頂けましたか!」


 デュークは立っている。ダイゴの目の前に。そう、立っているだけだ。殺気というおまけをぶら下げて。

 討伐隊の一人の男が歯を震わせて膝を突いた。そして妙な呻き声を出したかと思うと、口を開けて茶色い液体をぶちまけた。また別の男は急に遠い目をしたかと思うと、真後ろに受け身も取らずに倒れた。


 何もしていない。強いて言うなら睨んでいるだけでこの有様だ。圧倒的強者の前で弱者はそれを受け入れる事が出来ずに、精神が離反を起こすのだ。

 

 ダイゴは立ち上がった。そして背中の剣に手をかける。

「こ、これを使って良いのか……。そうか。じゃあ遠慮しねえぞ」

 鞘から現れたのは透き通るような緑色の刃だ。

「ダイゴ……。止めなさい! 敵う相手じゃ……」

「シャル、ちょっと黙っててくれ」

 ダイゴは大剣を片手で持って、切っ先をデュークに向けた。


 長さは人の身長ほど。素材はアダマント。滅多に取れない金属であり、非常に堅く、加工が困難な代物。さらに、その重量は常軌を逸しており、置き方に気を配らなければ床が抜けてしまう。そのためダイゴは剣を置く時は魔力を利用して少しだけ浮かせているのである。


 それだけの代物をまるで小枝でも振るように扱って見せた。

「……押しつぶしてやる。絶対に」

 規格外の力を持ったダイゴが確たる思いを持って剣を振ればどうなるか。


 ダイゴが身を低くした。その刹那、足下の地面が抉れてダイゴの姿が消えた。

 続いて轟音が響き、土は舞い上がり、森全体が揺れたかと思うと、地震が発生した。


 舞い上がった砂埃の中で緑の光と紫の光が境界線を動かす事無く力の均衡を保っていた。

「おおおおおおおおぉ!」

 ダイゴが両手で剣を持っているのに対し、デュークは片手。ダイゴはさらに大気の重さを加えた。


 大気。それは虛空を埋める物。故にその重量は計り知れない。人々は常日頃より大気に押さえつけられながら生活しているのだ。


 しかし、それでも剣と剣の境界線は動かない。そしてデュークが片方の手を剣に添えた。

「……ふっ!」

 ダイゴの輪郭がぶれた。かと思うと前方の木が順番にへし折れていく。そして一番最後に倒れた木の根元にダイゴが転がっていた。デュークから見れば豆粒に見える距離だ。


 ダイゴは立ち上がった。そして口から血を吐く。口の中に広がる鉄の味。これが死の味だ。だが今のダイゴにとってはそんな事はどうでも良かった。勝たなければならないのだ。


 ダイゴの時間がゆっくりになった。舞い上がる砂の一つ一つが判別出来るほどになる。もしかすれば、大雨の時ですら雨粒の一つ一つを避けて走れるかも知れない。それほどまでにゆっくりな時間だ。

 その時間の中でダイゴは思い切り地を蹴る。


 豆粒に見えたデュークが一気に眼前に迫る。だがダイゴは攻撃しない。さらにそこから回り込んで背後を取り、振り向きざまに剣を横に振る。


 限界まで強化された感覚が、己が思い切り振った剣の切っ先すら見切ってみせる。

 振った剣はダイゴの右から斜め前へ。斜め前からデュークの脇腹へ。そしてその剣が後ろを向いているデュークを捉えようとした時。

「――ッ!」

 ぬるりとデュークが振り返った。その時、ダイゴの脊髄が凍り付いた。後頭部の辺りに電流が走ったと錯覚する。

 そしてデュークは剣と同じ速さで、同じ方向に動いていく。まるで剣にくっついているかのようだ。

(剣に、付いてくるだと……!)


 そしてデュークの姿は消えた。突然の出来事だった。だがダイゴは冷静だった。

(こういう場合、必ず後ろを狙ってくる!)

 即座に行動。地面を蹴って前に跳びつつ後ろを振り向く。ダイゴの眼前に剣を振ろうとしているデュークがいた。


 だが強化されたダイゴはそれを見切る事が出来る。

 その剣を横へいなし、デュークの胸を狙う。しかし案の定剣で払われてまたしても脇腹を狙う。脇腹を狙った剣をデュークはまた受け止める。

 緑と紫の舞いだ。その二つは入り乱れる。嵐の時に振ってくる雨粒の一つ一つがこの剣の閃光であるかのように、もの凄い速さで攻防が展開されていく。


 しかしそれは一方的なものであった。

 ダイゴがせめてデュークが守るという図式だ。デュークは攻めずにひたすらダイゴの攻撃を落としていく。ダイゴの剣に対して、一番効率の良い運びで、角度で、力でたたき落とす。それはまるで武術指南のお手本で師範が見せるように、わざとらしいほどに完璧で典型的な運びであった。勿論それは簡単にはできない。

 例えば振り下ろし一つとっても、力の大小や姿勢、武器の重さなどで、その防御の型は数え切れない程ある。だがデュークはそれら全てを型にはめたように防御していく。それらは経験、理論の蓄積がもたらすのだ。


 そして途中で、ダイゴにとって不可解な現象が起きた。

 デュークの足を払おうとした時、振る予定の場所にすでに剣があった。そして予定を変えて脇を狙おう考えれば、これまたすでに剣があった。

 今までは自分が振ってから防御していたのに対し、今のは自分が振ろうと“思った”ときすでにその意中の場所に防御があった。

 攻撃があってからの防御が、防御があってからの攻撃になった。つまるところ、逆転。逆転現象!


 神業だ。

 この神速の剣撃の中で、ダイゴの目の動きや筋肉の微細な動きで、考えを完璧に把握し、それを封じるような形で防御の型を取っている。

 もはや戦いは現実になど無く、デュークの剣はダイゴの脳内にすら入り込んでくるようだ。


 剣を振りながら次の技を考え、組み立てる。それをほぼ無意識下で行っていたダイゴにとって、こうされては何も出来ない。剣を振ろうと思っても振れないのだ。


 そして疲れたわけでもないのに完全に動きは止まってしまった。ダイゴの目の前の景色がぐにゃりと曲がった。視力に異常は無い。あくまで錯覚だ。しかし、それほどまでにダイゴの精神はこの短時間ですり減ってしまった。


「なん……なんだ。お前は」

「……」

 デュークは何も言わない。


「ダイゴ!」 

 シャルロッテの声が聞こえた。デュークに攻撃する気配はない。ダイゴはシャルロッテに耳を傾けた。

「いくらあなたでも、デュークには勝てないわ!」

「……くっ。ふざけんな……、何が分かる!」

「分かるったって……。あなたが一番分かってるでしょうが!」

「じゃあどうすりゃ――」

「ダイゴ、何もするな」

 スティーヴの固い声が響いた。


「奴の仕事は恐らく、白龍の警護だ。つまり俺たちが何もしなければ奴は何もしてこない! 仕事は諦めろ! 今なら生かしてくれる」

「皆さん! 皆さん! 中止です! 戦いは中止いいいいっ!」

 新しくやってきた男が突然叫びだした。


 戦いの余波で息絶え絶えの男達が注目する。

「決まりましたよ! 移住が! かなりの額が出ました! もう戦わなくて良いんです!」

 男がそういったとき、デュークはダイゴに背を向けて歩き始めた。ダイゴはニヤリと笑った。そして身を低くすると――。


「待ちなさい、ダイゴ」

 ダイゴの首元にシャルロッテの剣が添えられていた。

「どういうことなんだ?」

「デュークが帰るって事は用が済んだって事よ」

 スティーヴが説明を始めた。

「もし移住が決まらなかったら、こっちの村は強攻策をとっただろう。それは相手の村も同じだ。だから奴を雇ったんだ。運が良かったんだよ。俺らは」


 本来、戦えば必ず殺されるような者と戦って、相手の方から帰ったのだ。つまり本来はあり得ない生還を手にしたわけだ。それを手放す事はあってはならない。だからシャルロッテはダイゴに剣を突きつけてまで止めようとしたのだ。

 強大な力を持った相手を前にした時、戦うのではなく、背景を知った上で戦闘を避けるのが正解なのだ。


 残されたダイゴは拳を握りしめたままデュークの歩いた方を見つめた。

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