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強者の苦悩  作者: 林葉
血濡れの迷い人
33/45

白龍の襲撃

 夜であった。村の入り口の両脇には火の明かりが立っており、何人かの屈強な男が鋭い目つきで辺りを見渡している。入り口をくぐったすぐの所には簡易の見張り台が設置され、四人の男が遠くを見ていた。

 その村の奥の方にある一つの建物、その中の一室で何人かの人間が話している。


「来て頂けましたか……デューク様」

 焦燥しきった顔の老人は目の前に立っている人物に深々とお辞儀した。その人物、デュークは挨拶を返す事無く、黙って老人の方を向いている。

「話はすでに聞いているかと思います。この村を危機から守って欲しい!」

「祭りは成功させねばならん! 知っているか? 祭りが失敗した年の事を……!」


 デュークはぼそりと答えた。

「死傷者数百。村の八割が崩壊……」

「そうです! あれで済んだからまだ良かったのです。もし今回失敗したら……」

「龍達の怒りを買って村が滅ぶどころか……」

 老人はわなわなと腕を振るわせた。

「その周辺の町、否! 国すら危ういでしょう!」

「残念だがあの村の人たちには泣いて貰わねばならんのです!」


 空気がしんと静まりかえった。ある音は風で窓が揺れる音だけだ。窓の向こうで落ち葉が舞っている。

 男達はコップの水さえ口にせず、必死の形相でデュークを見ている。

「祭りが終わるまでの間、白龍の警護をお頼みしたい! この祭りは私の命に代えても成功させねばならんのです!」


「我々は、貴方に断って欲しくない!」

「どうか……。お、お……お頼み……申し上げっ! ……ます!」

 老人は絞り出すように声を出した。もう今にも潰れそうな虫が発する断末魔のような声であった。

「その仕事、引き受けよう」

 俯いていた老人はいきなり顔を上げて驚いた表情をした。


「あ、ああ……引き受けて下さると!」

「我々としても、これほど嬉しい事は……無い!」

 男の一人は目尻をハンカチで拭った。


 男達の中の一人が声を上げた。

「デュークさん。あと一つ宜しいですか?」

「……言ってみろ」

 またしても部屋の中で緊張の糸が張った。男達の顔はさっきよりも一層険しい。

「貴方が来る前にあの村と会議をしました。連中は非常に殺気立っている。その時に交渉をしたのですが、相手の村は祭りまでに交渉が成立しなければ、討伐隊を使ってこの村を占拠すると言っていました」


 男達は唾を飲んだ。壁に立てかけられた剣や斧が転けて少し大きな音が鳴る。男達は一斉に振り向いて、また元に戻った。


「恐らく、村全体を人質にとって龍達の討伐を無理矢理承認させる気でしょう。せっかく祭りが成功してもこれでは結局同じです! それにどこかの情報によると、一騎当千の実力を持った人間が相手の村に付いたと聞いています。我々も多少の訓練はしているのですが、実際に戦闘になれば簡単に押しつぶされるでしょう」


 風は強くなり、部屋の窓はうるさく震えた。


「祭りが終わっても交渉が成立しなければ相手は間違いなく村の占拠に掛かるでしょう。その時になったら貴方は、白龍の警護から討伐隊の“排除”に切り替えて欲しいのです。もちろん! それは別口の依頼として新たに報酬も用意しましょう。今回は二つの依頼の相談料と着手金、白龍の警護の報酬も前払いで支払います」

 一秒か一刻か。どちらでもないような時間が流れたように思えた。そのうちデュークは呟くように口を開いた。

「……いいだろう」

 男達全員が溜まった息を一斉にはいた。糸が緩んだ瞬間だった。


 ある朝、もう一つの村では黒星の三人が村の様子を拝見していた。

 村は今復興の真っ最中である。大きな家だった物は囓られたような姿を晒し、天井は綺麗さっぱり無くなってもはや家としての機能を果たしていない。

 そして公民館のような家では粗末な蓙の上に包帯を血で汚した負傷者達が転がっていた。


 その中の一人である男は喉元の包帯に血を滲ませて娘に何かを言おうとしたが、空気が漏れるだけであった。

「いやああああああああ。あなた、あ、あなた! ねえってば! ねええ!」

「奥さん止めて下さい! もう……」

 女の小さな体から想像も付かないような大声で叫ぶ妻を医者が止めようとする。だが妻は勢いよく医者を突き飛ばすと一目散に夫に駆け寄ってその体を揺すったしかし――。


「ダイゴさん。これが現状です。人間など龍の前では蟻も同然! 払えば吹き飛ぶ埃と同じです」

「確かに龍は綺麗だ。しかし近くにいる人間にとっては巨悪。我々の生存のために、例え神々しい存在であったとしても排除せねばなりません!」

 ダイゴは悲鳴を上げる誰かの妻を直視する事は出来なかった。あの女が声を上げるたびにダイゴの中で何かが削れていく。一番初めに交戦したゴブリンの時のような感覚が久しくダイゴの脳内を駆け巡っていた。


「う……うぅ」

 今度はある娘の呻き声だ。ダイゴは思わずそっちを見ると、同じように蓙に転がって弱々しく母親をみる娘の姿があった。

 頭からは血が滲み、両腕には堅い棒が結ばれている。それの母親であろう者は堅い床に座し、娘に粥を食べさせようとするが一向に口が進まないようだ。


 ダイゴは歩を進めた。その親子に向かって。それに気付いた母親は重々しく首をあげてこう言うのだ。

「あなたが……討伐して頂く方ですか……。ですが今この村にはお金はありません……。しかし! お礼はいつか必ず。ですから、です……から……」

 弱々しくも確りとした目でダイゴを射抜いた。ダイゴは娘の方に腰を下ろしたかと思うと懐から何かを取り出した。


 緑色の瓶だ。ワイングラスを逆さまにしたような形状である。それの封を切ると、粥を食わない娘の口に流し込んだ。

「中級程度しか無いけど。無いよりはましだろ」

「そ、そんな……!」

 母親は慌てふためいた。まさか、外からやってきた他人が娘に施しをするとは思わなかったからだ。

 スティーヴも慌てた。

「おいおい! それ、高い奴じゃん……。俺らは治療するのが仕事じゃ……」

「馬鹿、女の子だぞ。放っておけるかよ」

 ダイゴは少しだけニヤけながらそう言った。


 一方、母親は懐から小銭を取り出してダイゴに差し出した。

「着の身着のまま逃げてきて、貨幣も業火と共に焼かれました。しかし……、施しを受けた以上はただで貰うわけにはいきません」

「金が無いんだろ? 娘さんのために使ってやれよ」

「いけません! 私は乞食では無いのです……!」

 ダイゴに気が済んでも母親の気は済まなかったようだ。まるで何かを叱責するかのようなその目がダイゴを貫いた。

「そうか……。じゃ、ありがたく」

 ダイゴはその小銭を受け取った。スティーヴは眉をしかめた。当たり前だ。このポーションにしては安すぎる。損、確かな損だ。中級のポーションは、一般市民にとっては高級品。冒険者でも、仕事が軌道に乗って初めて定期的な購入について考えるくらいだ。


 ダイゴは小銭を財布にしまった――、ような振りをした。そして財布から同じだけの小銭を取り出したかと思うと、娘の手に乗せたのだ。

「げえええぇ! ちょちょ、ダイゴおぉ……。貰ったんだろ? 素直に貰っとけば……」

「おいおい、勘違いするなよ。俺はちゃんと貰ったさ。人から貰った物をどうしようが個人の勝手だろ?」

 ダイゴは母親の方を向いて得意げに微笑んだ。

「そこまでされては……、ただただ礼を述べるのみです。ありがとうございました」

 母親は両手と額を地面に付けた。


 その時、蓙の上の桶の水に大きな波紋が浮き上がった。そして天井から埃がパラパラと落ちてきたかと思うと、周りの人間が尻餅をつくほどの地震が辺りを襲った。

「襲撃だあああああ!」

 けたたましい鐘の音が鳴る。そこらかしこで悲鳴が沸き上がり、逃げ出そうとする者もいる。

「皆さん! 下手に動いては危険です。どうかここで待機して下さい。ダイゴさん! 我々と一緒に!」

 男達は武器を持って飛び出していった。その中の一人がダイゴに合図する。


「シャル! スティーヴ!」

「ダイゴ、今回の相手は格が違うわ! 油断しないで!」


 三人はすぐさま討伐隊と合流。隊長がすぐに指示を飛ばす。

「とにかく公民館から遠ざけろ! 北の方へ移動しつつ迎撃だ! ダイゴさん、我々は龍の引き離しに成功したら撤退します! お願いしますよ!」

「君の事は所長さんから聞いているよ! 何でも規格外らしいな。信じるぞ!」


「衝撃緩和魔法、用意!」

「いち、にの……さん!」

 大きな空気の層が討伐隊を包み込んだ。風を利用した防御魔法だ。魔法部隊は今からこの防御魔法を維持し続ける事になる。酷く過酷な任務だ。


「俺とシャルは龍を叩く! スティーヴは危機管理!」

「任せとけってよおお!」


 ダイゴとシャルロッテは一目散に白龍の方へ。スティーヴは木に登り、白龍全体が見える場所に陣取った。

 シャルロッテは走りながら身体強化魔法を施す。

「いい? 絶対に龍から目をそらさないで!」

「分かってる!」


 白龍は翼を折りたたみ、大地を這いながらその巨体を振り回している。

「火ぃ! 行くぞ、目を狙えよ!」

「いち、にの……さん!」

 空気を放出する音が鳴って、大量の花火が龍の顔元へ急接近!

 その炎の嵐に照らされて、龍の肌の窪みが確りと見える。


 その時、龍は大きく口を開けた。その中へ大量の花火が入り込む。しかし、龍が口を閉じると何事も無かったかのように火の玉は消滅した。

「喰いやがった! ……続けろ! ひたすら奴の意識を俺らに向けさせるんだ!」

 魔法部隊は同じように火の玉を放ち、弓部隊は毒矢を用意した。


 放たれた火の玉は同じように龍の口に吸い込まれる。その時、スティーヴが叫んだ。

「ダイゴ、吐くぞ!」

「くっ……間に合ええええ!」


 走っているダイゴの右足が煙を噴き、白く輝き始めた。

 ダイゴが見ている景色はゆっくりになり、いつもの耳鳴りのような音が聞こえ出す。

 地面を強く蹴り、龍の顔めがけて跳躍。ほぼ同時に龍の口の中から光が溢れ出す!


 そして龍が口から閃光を吐き出そうとした時。

「一発お見舞いじゃあああああ!」

 空中で後ろに引かれた足が一瞬で天を向く!

 太陽が間近に来たかのような閃光、耳をつんざく轟音、周りに木々が反り返るほどの衝撃波。


 一瞬、龍の顔がぶれたかと思うと真横を向き、口から特大の閃光が放たれた。

 その閃光は虛空を真っ直ぐに飛行し、スティーヴの視線の先にある山の頂上付近に着弾した。


 向こうの山で噴火のような炎と煙が上がり、煙越しに見えたのは、無残にも大きな穴が開いた山だった。

 むこう山に穴が開いた事でその周囲の地盤は一気に崩壊! 土砂崩れが起き、山は子供が潰した砂のようになった。


「っべえええぇ……。終わりかと思ったぜ」


 そして龍と討伐隊が村から離れた荒地に差し掛かった頃、隊長が声を張り上げた。

「撤退いいっ! ダイゴおぉ! 頼んだぞっ!」

「おう!」


 討伐隊が村へ帰っていくのを背で見送ったダイゴは龍の前に立ちはだかった。

「もう一発ぶちのめしてやらあ!」

 さっきの足と同じようにダイゴの右手が白く輝き始める。そして関節が軋むほど真後ろに引き絞られ、思い切り前へ突き出す!

 だが当たらない! 龍は首を上に上げる事で攻撃を回避。


「カウンター来るぞ!」

「あいよ!」

 龍はそのまま首を下げた。たかが首でも龍の持つそれは圧倒的質量! ダイゴとシャルロッテは二手に分かれて、真横に飛んで回避した。

「それを待ってたああああ!」


 ダイゴはすかさず飛び上がる! 龍の頭の上に乗り下に向かって手を突き出す。

 その時、大気という大気がダイゴの手に集約され、一気に下向きに働く。風圧で押し潰すつもりだ。ダイゴが魔力を込めるたびに地面が陥没し、周りの砂は巻き上がる。


「シャル! 俺が一瞬だけ風を止める。その時に目を狙え!」

「任せて!」

「スティーヴ! 状況は?」

「問題ねえ。尻尾も前には届きそうに無い! やっちまえ!」


 その時、どこか遠い場所で何かが木々の間を駆け巡っていた。

 強烈な光を発する何かは草を切り、土を巻き上げ、たまたま前を歩いていた野生動物に綺麗な風穴を開けた。

 空気が鋭く吹き出すような音を立てて、何かが高速で森林地帯を駆け巡る。

 光が通った後は、シャーベットをスプーンで掬ったように地面が抉れ、木々はその何かに道を譲ったかのように両脇に根本から倒れている。

 そしてその光は森林地帯を抜け、荒地に差し掛かろうとしていた。


「シャル! 三つ数えたらやれ!」

「分かった……!」

 シャルロッテはダイゴの風の影響を受けない場所で待機し、剣を構えている。ダイゴが合図した時が勝負! そこから一秒でも速く走り、一気に目を突かなければならない。シャルの達人の腕が要求されていた。

 しかし、その途中でスティーヴが何かを言った。


「ちょっとまて……。何か来る」

「新しい龍か?」

 スティーヴは片耳を手で覆った。そして眉間に皺を入れるや否や叫んだ。

「近い! それに……速い! お前の所に向かってるぞ! よけ――」


 その時、シャルロッテは目が潰れるような光を見た。目の前のダイゴの姿が大きくぶれ、残像だけが残った。そして遅れて地面に大きな線が出来てシャルロッテを吹き飛ばしかねないような風が吹いた。


 スティーヴが叫んだ。

「ダイゴおおおおおっ!」


 シャルロッテは地面の線を目で辿り、豆のように小さく見える点を見つけた。そこには無様に仰向けに寝転がるダイゴがいた。


 風の力から解放された白龍は慌てて翼を広げる。何回か翼をはためかせた後、上昇を開始した。だがシャルロッテはそんな事はお構いなしにダイゴの元へ駆け寄った。

 ダイゴの胸元は大きく陥没し、口からは血が出ている。

「くっ……内蔵がああっはっ!」

 吐き出された血がシャルロッテの服を汚す。


「動けそう?」

「ああ、何とか……。今起き上が……」

「ダイゴおおっ! 避けろ、二発目だあ!」

 スティーヴが言い終わらないうちにシャルロッテはダイゴを抱えて大きく横へ飛んだ。

 閃光が今まで二人がいた場所を通過し、大きな岩に綺麗な穴を開けてどこかへ飛んでいった。

「何? なになになになに!?」


 ダイゴは混乱していた。まさかこの自分がまともに食らうとは思っていなかったからだ。ましてや自分の生命を脅かしかねないこの威力。

 ダイゴの胸部は熱くなる。体に魔力を集中して即座に再生に取り掛かる。

「シャル……、回復が終わるまで頼む!」

「ええ、やってみるわ!」

「スティーヴ! 相手は?」

「……駄目だ、拾えねえ! 遠すぎる」

 スティーヴは頭を抱えながら、耳に意識を集中した。

「さっきのは明らかにダイゴを狙っていたわ。それにしてもなんて正確なの!」


 スティーヴがまた叫ぶ。

「やべえええ! また来るぞ!」

「ええ!? でも軌道がおかし――。スティーヴ、あなただわ! 避けて!」

「何なんだよ! くそおおっ!」


 シャルロッテが見えた閃光は明らかに、少し離れた木々に向かっていた。

 その声を聞くまでも無くスティーヴは木から飛び降りる。それと同時に光り輝く何かが通過した。

「ぐはっ!」

 その余波から生じる風圧でスティーヴは空中で違う木に激突。肺から息を漏らしながらその場にうずくまった。

「シャル、相手はこっちの事を完全に把握している! ダイゴを連れて逃げろ! 今すぐ!」

「分かったわ! 村で合流よ」

 シャルロッテはダイゴに肩を貸しながら逃げた。

 しかし例の閃光はそれ以来一発も来なかった。

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