白い災厄
「黒髪」というあだ名の冒険者が街のそこらかしこで聞かれる。強大な力を持った魔物が現れると、颯爽と現れて瞬く間に倒すという。
しかしその経歴は一切不明。過去にどこかの組織に所属していたとか、どこかの街で有名になっていたとか言う情報は無い。これについてはルクレシアの影の王も悩ませた。
そして黒髪の冒険者、ダイゴは今日もギルドで手ごろな依頼を探していた。
「黒髪の冒険者、ダイゴですか……。彼は近年まれに見る逸材ですな。盗賊団を一人で壊滅し、巨竜も赤子のように扱う。そして仕事ではありませんが、違法な奴隷販売組織を一夜で潰したと聞いています。誰かさんとは大違いで、彼は英雄になる資格があるかも知れませんな」
ギルドの敏腕所長、ルーカスは彼についてのレポートを見ながらデュークに話しかけた。そのレポートは、ある老舗の情報屋に頼んでおいた物である。ダイゴについての詳細な情報、外見的特徴や戦い方、そして細かな言動などが記されている。
ルーカスはデュークにレポートを手渡して見るように促したが、デュークは少しも見る事無く脇へ追いやった。
もちろんデュークはレポートを見るために来たわけではない。溜まりに溜まった依頼の選定を行うためにここへ来ていたのだ。彼ほどの立場になると仕事は所長が直々に用意するのだ。そしてそれを断るのも承諾するのも自由である。
普通は所長が直々に仕事を頼んだ場合、断るなんてとんでもなく、一人の冒険者としての威信を賭けてそれに全力で答えるのだが彼の場合、それを眠気覚ましの作業のように消化していくのであった。
「この依頼は――」
デュークが呟いた。所長は少し驚いて答えた。
「白龍の討伐ですね。山奥の村が白龍に襲撃されたのはご存じでしょう? その村は過去に何回か白龍の襲撃を受けており、もう限界寸前という所まで来ています」
ルーカスは一息ついて問うた。
「いかがですか?」
「その依頼は受けられない……」
「そうですか。白龍ほどなら受けて下さると思ったのですが……。」
ルーカスはあっさり認めた。いや、デュークの判断は絶対なので認めざるを得ないのだが。
ルーカスはデュークに言った。
「やれやれ。貴方の基準はさっぱり分かりません。強ければ良いってものでは無いようですな。――あっ」
ルーカスは何かに感づいたように眉をひそめて続けた。
「貴方の仕事を邪魔する気はありませんが……、こちらにも事情はありますからね。その節はお手柔らかに……」
「……仕事は、仕事だ」
デュークは薄い木で出来た扉を開けてどこかへ去って行った。何の意匠もない取って付けたような扉がギイと音を立てた。
所長は独り言を喋った。
「ふむ……。戦争屋になるつもりは無いのですが……。ならば、ぶつけてみましょう」
そして今、ダイゴは依頼用紙を見比べて最適な依頼を探している。
「ねえダイゴ、これどう?」
髪を後ろで束ねた女がダイゴに声を掛けた。
「なんだ? シャル」
彼女の名前はシャルロッテ。彼女は一級の冒険者であり、剣術の腕は間違いなく一流。ダイゴと彼女が組んだ最初の頃は、それに嫉妬した男達がダイゴに絡んできたが案の定返り討ちに遭い、今では手を出す者は一人もいない。
「早いところ終わらせて飲もうぜえぇ。え? トロルの巣の駆除ぉ? おいおいなんでこんなちんけな……。もっとあるだろ、でっけええ山みてえな龍とかさあ」
「でもこれくらいしか無いぞ。て言うか昨日も飲んだだろ。飲み過ぎだよ、止めとけって」
横やりを入れたのはスティーヴであった。彼もまたダイゴの仲間である。彼は大した依頼が無いと分かると、その耳をぺたんこにしてしょげた。
そう、彼の耳は犬耳。大陸では珍しい獣人族である。獣人族にも種類はあるが、彼の場合は耳と尻尾がある種類であった。獣人族は主にフィレットの僻地で細々と繁栄しているが、スティーヴのように他国で活動する者もいる。
獣人族の存在は意外にも人間達に受け入れられている。
ある特定の技能においては普通の人間よりも秀でており、様々な分野の前線で活動している者が多い。
最近では大陸各国が獣人族の社会参入を推し進める動きを始めており、獣人族を僻地から大都市へ呼び込もうとしている。獣人族の能力を使い、国のさらなる産業の発展を狙っているのだ。
以上、三名をもって冒険者パーティ「黒星」が誕生したというわけだ。
そこへ職員が声を掛けた。
「ダイゴ様ですね。所長がお呼びです。三階の所長室までお越し下さい」
ダイゴは一瞬眉をひそめた。所長という立場の人間が自分を呼び出すという事はそれなりの事情があると言う事だ。
ましてや自分はあらゆる人間の注目の的。そろそろ呼び出しが来るとは思っていたのだ。だがダイゴは目上に呼び出されるのは好きではなかった。
「ああ、分かった」
いずれにせよギルドで活動する以上、所長の呼び出しには従った方が良いだろうとダイゴは判断した。
「私も付いていくわ。あなた、何も知らないしね」
「そういえば所長室って滅多に入らねえよなぁ」
一階から三階へ階段を上り、所長室へ続く廊下を渡る途中。
「所長ってどんな人なんだ?」
ダイゴはシャルロッテに問いかけた。シャルロッテは少し考えた後答えた。
「“切れ者”よ。いくら貴方でも、うかうかしていれば“喰われる”わ」
「ああ、あの爺さんは得体が知れねえってもんだ。まあ一流の人間を何人も抱えてんだ。それくらいでなきゃ勤まらねえだろうよ」
大陸各地にあるギルドの一所長。その中でも特に敏腕とされるのがルーカス。
目が合っただけで震え、腰を抜かせるような一流の人間達を抱え、思い通りに動かしてしまうと言う恐るべき人物。
故にそのルーカスから指名を受けるというのは滅多に無く、任される仕事は過酷で難易度が高い。その代わり今までの冒険者生活とは比べものにならないほどの報酬を得るという。
しかしその実態は不明で、本来ギルドが受けては拙いような依頼を処理していたり、各国の動乱を利用して利益を得ているという類いの噂が絶えない人物だ。
その時、ダイゴ達の前方から一人の人間が歩いてきた。その人間がダイゴとすれ違おうとした時――。
(なんだ……こいつ……)
まず最初に浮かび上がってきたのは得体の知れなさだ。
顔の見えない人間が普通に歩いているだけだ。だが、何かが違う。もっと根源的な部分で。
またしてもダイゴの中で、少し時間がゆっくりになった。
すれ違うだけ、すれ違うだけでこの緊張感。並々ならぬ強者の波動。その波動を受けて、ダイゴの血は沸き立ち、心拍数は上がる。
ダイゴはすれ違う人間を直視出来なかった。自分が見ている事に気付かれたら、何か良からぬ事が起こると思ったのだ。
こんな感覚は巨竜を目の前にした時も、数十人の手練れの盗賊団と戦った時でも感じた事はない。何か、自分が認めたくないような要素を感じざるを得ないような感覚である。
(……関係、ねえ!)
ダイゴは自分の後ろを歩く人物を密かに睨み、その感覚を拭った。
ダイゴがふと横を見るとシャルロッテが真っ青な顔をしていた。額には汗が噴き出て、目は焦点が定まっていない。
「おい! シャル!」
「はっ? あっ、何でも無いわ。あいつ――、気のせいよね」
「知っているのか?」
「いや、ある人を考えていたけど、そんなはずは無いわね」
シャルロッテは俯いて独り言を呟いた。
スティーヴも同様に汗を浮かべて震えを隠せないでいる。
(この二人は何か知っている……)
「スティーヴ、さっきすれ違った奴を知っているのか?」
「いや、知らねえ……。ただ、こんな噂がある」
戦場という戦場を渡り歩き、たった一人で戦況をひっくり返す人物がいたという。その人物の前ではどんな兵器も魔物も戦士も無意味で悲鳴を上げるまもなく崩れ落ちていく。顔の見えないその人物は右から左へ歩いただけで何千、何万もの兵を血の海に変えてしまうという。
「まあそんな奴は実際にはいない。荒唐無稽で出鱈目だ。戦争を怖がってた人間が勝手に作った妄想さ」
そして所長室のドアを開く。
「お待ちしていましたよ、ダイゴ君。おや、仲間の方もご一緒ですか」
ルーカスは手を組んでダイゴに挨拶した。するとダイゴはぶっきらぼうに応えた。
「で、何の用だ?」
「ほお……」
レポート通りの男だ、とルーカスは思った。上の地位に就く人間に対して少し高圧的な態度に出る、と言う情報がレポートに記されていたのだ。権力者を心のどこかで嫌っているのだろう。
三人はルーカスに促されてソファーに座った。
「あなたに依頼です」
「お、聞かせて貰おうか」
「白龍をご存じですか? 龍の中でもとりわけ強大な力を持った龍です。その見た目は真っ白で、まるで神の造形物のようであると言われています。しかしその見た目とは裏腹に、白龍は村を襲います。つい最近、とある村が白龍の被害に遭いました。その時は何とか撃退に成功したのですが、次に襲撃が来たら壊滅は確実でしょう。白龍は強大です。もし村が襲われれば、何人もの人命が失われるでしょう」
ルーカスは息を吸った。ダイゴは椅子に腰掛けて足を組んでいる。所長室の空気は張り詰めている。窓の水滴は下へ落ち、他の水滴を吸収しながら窓の縁を濡らした。
「あなたの評判は前から聞いています。私はそれを見込んでこの仕事を任せましょう。結果次第で今後のあなたの取り扱い方を決めねばなりません。それほどまでに大事な仕事です。これはあなたにとって一つの節目になるやも知れませんな」
ルーカスはいつものように紅茶を啜った。はっきりと白く見える湯気が天井へ吸い込まれていった。
「ちょっと待って。所長、白龍でしょ? いくらダイゴでも無理よ」
「白龍を討伐するだって? あんたどうかしてるぜ」
スティーヴは自分のこめかみを指さしてルーカスに吐き捨てた。
「まあまあ。ダイゴ君が普通じゃ無いと言うのはお二人も分かっているです。私はダイゴ君の可能性を試したいのですよ」
そしてルーカスは確りとした目でダイゴを射抜いた。その目は強者特有の鋭い目つきであった。その目はルーカスが只の爺ではないと言う事をダイゴに感じさせた。
「受けてくれますかな? あなたがどれほどなのか、試させて頂きます。宜しいですな?」
「ああ、構わないぜ」
ダイゴは大胆不敵にそう言った。ルーカスの老獪な視線をはね除けてしまうような自信であった。
「無理よ! ダイゴ、あなた規格外にも程があるわ。……私も付いていくわ。所長、いいでしょ? 同じパーティーメンバーよ。無謀な仕事を一人でやらせるわけにはいかないわ!」
「ほほぅ……、構いませんよ。では三人の実力、チームワーク、合わせて試させて頂きましょう」
ダイゴが去った後、所長はまた呟いた。
「……彼なら潜り抜けるか」
その頃、ある村で話し合いが行われていた。
「どうか一刻も早く討伐許可を!」
「ですからそれは無理な話だと……」
「確かに、祭りがあるのは我々も承知している。しかしもう我慢出来ません。あの襲撃で村は半壊、男衆も二十人以上が死亡です! 何時襲撃があるか見当も付きません。正直、祭りまでじっと待つ事は出来ません」
屈強な男はテーブルを叩いた。テーブルの上の筆記具が床に転げ落ちたが誰も気にしない。
スーツを着た男が手を上げて喋り始めた。
「お気持ちは分かります。白龍問題については我々も同じように頭を抱えております。しかし、祭りが正しく行われなければ龍の怒りを買うのはご存じでしょう?」
その村は龍達との契約により、一年に一度祭りを開かなければならないのだ。前に一度祭りを執り行わなかった年があった。そして龍達の襲撃に遭い、ほぼ壊滅状態となったのだ。
「じゃあ我々の事はほったらかしですか? 身勝手だ。だから我々も相応の対抗策を用意させて頂く!」
「待って下さい! では移住するというのは如何ですか?」
「そんな金がどこにある!」
屈強な男は呆れたように言った。
スーツの男は移住費としてある金額を提示した。だが屈強な男は首を縦には振らなかった。この値では承諾出来ないのだ。かといって多くの金額も出せない。交渉は長くなりそうだ。
「とにかく、こちらが納得いくまで交渉だ! 交渉成立するまで討伐隊の解散はお預けだ」
「そう言われましても……。もう警備員の増援を手配してしまいましたよ。どこかで妥協しないと……」
「構わん! 祭りまでに成立しなければ討伐隊の目的を、白龍の討伐から村の占拠に変更さえて貰う」
脅し、明らかな脅しである。いや脅しではないだろう。だがこれは立派な交渉。今まさに導火線に火がついた。制限時間は祭りまで。後ろに控えていた武装集団は準備をするべく急いで部屋を出た。対する村の警備団もやはり急いで部屋を出たのであった。そして交渉係が場に残った。




