純粋な厄介物
召使いの一人が屋敷の門の前で掃き掃除をしている。
別に汚いと言われるほど埃が積もっているというわけでも無いが、それでもこの召使いは自主的に掃き掃除をするのだ。なぜかと言えば、それはあの婦人から滲み出る嫌らしい空気から少しでも逃れたいからだ。
召使いが少しの間掃き掃除をしていると、門の前に立つ一人の男が目に入った。
女が見れば誰もが振り返る――、とまではいかないものの、素朴ではあるが整った顔立ちと鍛え上げられた体に、召使いは一瞬目を輝かせた。
あの子も良い彼氏持ってるなぁ、と召使いはその男の彼女に対して少しばかり羨ましがった。
召使いの、その男に対する対応は決まっている。と言うかその用件でしか用は無いと言っても過言では無い。
「ニアンね。呼んでくる?」
「ああ、悪いね」
人懐っこいような、へらへらとした笑いを見せて、男は後頭部に手をやった。それを見た召使いはウズウズとした感覚を覚える。
ニアンを待っている間、男はそわそわとした様子であった。
折られた袖の長さを調節して腕の筋肉の見せ具合を確認したり、ポケットに手を突っ込んで顔を少し上に傾けて、こういう立ち方ってかっこいいよな、等と考えたりとどうでも良いようなことをしていた。
そして屋敷の入り口からニアンが姿を現すと、男は何時もの、鳥の置物に寄り掛かって腕を組む、と言う立ち方に収まったのであった。
姿を現したニアンの表情は何時ものような和やかなものとはちがい、その顔は少し曇っていた。それを見た男はバツの悪そうな顔をして気まずそうに俯く。
「本当に行くの?」
ニアンは男の顔をのぞき込む。男は誤魔化すように微笑んだ。
「ああ、報奨金も出るし。それに前の討伐隊では刃が立たなかったらしいんだ」
「断れば良かったのに……」
「でもすげえんだぜ。一人当たり五十万だって」
それでも納得がいかないニアンである。そんなニアンに対し、男は明るい顔で続けた。
「五十万だったら、あれ十分買えるだろ? 悪い話じゃ無いよ。それに一人でやるって訳じゃないし」
「まあ、そりゃそうだけどさ」
落ち込むニアンに、男は思い出したように言った。
「そういえば明日休みだろ? どうよ、デート」
「あっ、そうだった! 行く行く。もう一回見に行かないとね」
「もっと高い奴でも良いんだぜ。まあよく考えてよ」
「ありがと。そろそろ行くわ、じゃあ」
デートの約束を取り付けたニアンはスキップなどをしながら屋敷に戻っていった。
「いやぁ、すいませんねぇ」
応接間に通された髭面の男は座りなり謝罪の言葉を並べた。彼はいつぞやの、三人のギルド職員の上司である。
三人の不注意で研究対象を紛失したことに関して、研究所側から説明を求められたためにここへやってきたのだ。
「気をつけてくださいね。あれが凶暴な魔物じゃ無くて良かった」
研究員が言ったことに対して、男は苦笑いを浮かべた。内心では、それなりに怒られるかなと思っていたが、目の前の研究員は大して怒っておらず、男は安心するのであった。
「で、あれはどのような物なんですか?」
男は謝罪もそこそこに、早々と話題を変える。
「あれはねぇ、中々珍しい魔物なんですが、如何せん生存力が低いもので、すぐに他の天敵に食われてしまうのですよ」
「ほう……」
「その魔物がどうやって生活しているかを研究するためにお願いしたのですが……ねぇ」
「はは……、すんません」
男はまたもや苦笑いを浮かべた。
「まあ、そんなに重要なものではありませんから、お気になさらず」
「そう言って貰えると……」
男は頭を下げた。その後、研究員から軽い注意を受けて、部屋を後にするのだった。
その頃、ニアンは厨房でひたすら肉をこねていた。ボウルにいっぱい入った肉を、ミチミチと音を立てて握りつぶし、生卵を入れ、パン粉を入れる。
「けっ! なにが、『天使ちゃん達にハンバーグを作ってあげなさい』よ!」
握りこんだ肉塊をまな板の上に乱暴に叩きつける。
「あんまり雑に作ったら、怒られるよ」
「何言ってんの! あの出来損ないに味が分かるっていうの?」
言い返されたリッカは呆れつつ、しかしニアンの気の毒さを感じながらソースの準備に取り掛かった。
リッカが作業をしている途中、背後で喉を鳴らすような音と何かを吐き出すような音がしたが、幻聴だと己を納得させた。
程なくして四つのハンバーグが出来上がった。
ほとばしる肉汁がワインを加えたソースと混ざり合い、肉の上にはしんなりとしたタマネギが乗っている。付け合わせは人参、トマト、ブロッコリー。そして隠し味は――。
もちろん、三匹が食べる皿も同じ内容だ。婦人とあの三匹の皿の食材が違っていれば、「どうしてこの子ちゃんの皿だけ付け合わせが無いの?」言われるに決まっている、と言うニアンの考えがあった。
婦人がくつろいでいる部屋へ料理が運ばれ、机の上に皿が置かれる。婦人は普通に座っているが、三匹はテーブルの上に直に乗っている。椅子の座る部分だと机まで届かないのだろう。
「さあ、天使ちゃん達ぃ。食べましょうねぇ」
ペットが食うにしては贅沢な昼食である。口元を汚して美味しそうに食べる三匹を見つめるニアンの眼が禍々しいものになっているのをリッカは垣間見た。
婦人がグラスに入った水を一口飲んだ。三匹は低い皿に注がれた水を飲んでいる。三匹にはグラスを持ち上げる“手”というも
のが存在しないのだ。三匹は頭の上についた、犬の耳のような形をした耳を動かしながらハンバーグを食べている。
「美味しい?」
婦人が問いかけると、三匹は飛び跳ねながら笑顔を見せた。そしてニアンの方をちらっと見ると、得意そうに笑い返したのだ。ニアンは殺意を見せた。
(殺す、絶対殺す。殺してミンチにして、そのハンバーグを糞婆に食わせてやるんだ。糞婆が美味しいと言ったら、種明かししてやる。覚えてろ)
そして昼過ぎの休憩時間。といってもニアンは休憩をしないのだが。なぜなら、婦人による楽しい散歩が待っているからだ。
今回は庭では無く、なんと街を歩くという内容であった。それを婦人の口から聞いたニアンは腹が痛くなるのを感じた。
丸い奴のあの調子では、好き勝手に街を飛び跳ねるのは目に見えている。それでちょっと怪我などをすれば、理不尽に叱責されるのだ。
だからニアンは婦人に提案する。
「大通りは人が多いので、紐か何かを付けたらどうですか? その方が怪我もしないし――」
「は? どうして天使ちゃんにそんなもの付けるの? 貴方ねえ、自分が首輪を付けられて紐で引っ張られたらどう思うの?」
「いやあ、それは……」
「私だったら、そんなの嫌だわ。この子達はね、自由が一番なのよ」
駄目であった。そもそも、ペット育成解説の『自由な育て方』という本をしきりに読んでいた婦人に言うべき事では無かったのだ。
結局、丸い奴三匹は紐も何も無しに、街の中を遠慮無く跳ね回ることになったのである。
「こらぁ! 勝手に食うんじゃねえ!」
店主が箒を持って丸い奴を殴ろうとする。それを見たニアンはとっさの判断で丸い奴をかばう。
(うわぁ、やべえ! 生活掛かってんのよぉ!)
丸い奴に怪我でもさせたらニアンは職を失うことになるだろう。だからニアンは不本意ながら、必死に止めた。
乾いた音がして砂埃が舞い上がる。砂埃が無くなると、髪をぐしゃぐしゃにして涙目になるニアンが姿を現した。
「くっそ……」
丸い奴をかばったニアンに店主は驚いたが、次の台詞は謝罪でも何でも無いものであった。
「おめえ、飼い主か? だったら躾けくらいしろよ」
飼い主はあの婆です、と言えるわけが無く。ひたすら謝るニアンであった。
無様な姿をしたニアンを見た丸い奴三匹は笑う。箒で叩かれてぐしゃぐしゃの髪になったニアンが可笑しく見えたのだろう。そして程ほど笑うと、大通りを進む馬車に興味を引かれる。
丸い奴にとっては馬というものが珍しいらしく、目を輝かせて飛び跳ねながら近寄っていった。
馬車の御者は気付いていない。婦人は和やかに三匹を見ている。三匹は跳ねながら近づく。近寄れば馬車は止まるとでも思ったのか三匹はちょうど車輪の進む方で止まった。
まん丸な眼で御者を見る三匹に、御者は気づき、馬を急停止させようとするが間に合うかどうか怪しい。
ニアンもそれに気付く。
ニアンの頭の中は己が首になるかそうで無いか、でいっぱいであり、三匹を救出することの危険性については頭に無かった。
丸い奴が轢かれ、悲しみと憎しみに支配された糞婆によって一族郎党、街から放り出されるという一瞬の光景を見る間に、ニアンは三匹を抱え、道路の反対側へ跳んだ。
またしても砂埃をあげ、体を回転させて店の樽に突っ込むニアン。横転する樽、転がる林檎、店主の怒号。そして婦人の悲鳴。
伏すニアンの腕の隙間から、埃だらけの三匹が這い出る。そして自分たちを突然余所へやったニアンに、迷惑そうな目を向けたのであった。馬車の観賞の邪魔をするな、と言った風に。ましてや、自分たちが助けられたということなど知るよしも無かった。
「あぁ! 天使ちゃん……。よかったわぁ」
婦人は三匹を抱きしめ、慰めの言葉をかけた後、無表情になってニアンの所へ歩き出す。
立ち上がり、服の汚れをはたき落としているニアンに声を掛けると――。
パシン! と音が鳴った。ニアンの顔が真横を向き、遅れてニアンは転倒する。
「何なの? あなた。さっきから危ないことばかり。何にも出来てないじゃない」
頬を紅くしたニアンは黙って俯く。それを見た婦人は地面を蹴ってニアンの顔に砂をかける。そんな婦人の姿を見て、何か面白そうなことをしているな、と感じた三匹は同じように、飛び跳ねて砂をかけた。
その騒ぎで人だかりが出来て、あれやこれやと噂が飛び交う。
「何なの? あの丸い奴」
「さあ、どうせ新しいペットでしょ」
婦人が新しいペットを飼ったことなど大して珍しい噂でも無く、人だかりはすぐに解消された。
一方、隣町のギルドの会議室では重々しい空気がのし掛かっていた。
「ふむ……。では今回の侵攻では、魔物の質が今までものとは違うと」
「はい、その通りです。例えば、比較的弱い魔物であるゴブリンですが、彼らが高火力の術を使っていたと言う目撃証言があります」
大きな机の真ん中には周辺地図が広げられており、街の上に青い石が置かれている。
「他には?」
「ミノタウロスにオーク、その他諸々……。後、キマイラが数匹……」
「はあぁ……」
ギルド所長は頭を抱えた。
魔物達の侵攻が目撃されて、討伐隊を向かわせたのが数日前。まだその頃は魔物達は山から下りてきたばかりだった。
魔物の構成情報が、ゴブリンやオークなどの低級の魔物だったため、当初のギルドは事態を甘く見た。もちろんその構成情報も偵察係のミスが産んだものであった。
当初の情報と今の情報の違い具合に所長は頭を抱えるのだった。
その時、ノックの音が鳴った。会議室に居る全員がドアを見る。ドアは返事を待たずして開いた。部屋に入ってきたのは一人の職員であった。
「所長、お客様が……」
所長は目で問うた。それを察した職員は答える。
「首都の方からお越しの、ルーカス様です」
「ルーカスさんだと……!」
会議室に響めきが走る。
「なんでルーカスさんが」
「手を貸してくれるのだろうか」
大陸でも指折りの実力を持った人々をギルドに抱え、離さないという敏腕の男、ルーカス。どんな存在にも怖じ気づくこと無く対応する様は、各地のギルド所長達の憧れでもある。
茶色のスーツを着たルーカスは帽子を脱いで軽く会釈した。
「皆さんおそろいですな」
気さくに挨拶するルーカス。若い頃の勢いのある様子はなりを潜めたが、底知れぬカリスマ性と絶対的な安定感は健在である。全員の背筋がぴんと張った。会議室の空気もぴんと張る。
ルーカスは咳払いを一つすると、おもむろに喋り始めた。
「事態を甘く見すぎましたな。たかがゴブリン相手に、侵攻をここまで許すとはね」
「お言葉ですが、それは少し前の構成情報ですね。今ではゴブリンウィザード、ミノタウロス、キマイラと言った凶悪な魔物が居ることが判明したのですよ」
所長の反論を聞いたルーカスは鼻で笑った。
「何を言っておいでですか? 脅威度は大して変わっておりませんな」
「はぁ?」
意味が分からなかった。所長は言う。
「どういうことです? 脅威度が変わらないとは?」
ルーカスは出された紅茶を一口飲んで、和やかに答えた。
「ゴブリンもキマイラも同じと言う事です」
ついに耄碌したか! と全員は思った。
一人が質問する。
「ところで、なぜルーカスさんがここに?」
「手助けをば、と思いましてね。“手助け”に収まらないとは思いますがね」
「何か妙案が?」
ルーカスは妙に笑いながら答える。
「妙案などありませんな。単純! 単純明快な方法です」
全員が唾を飲む。そして会議室は静まりかえった。
「ちょっと強い奴を一人紹介します。もちろん紹介料は頂きますが。個人的にね」
少しばかり意地汚い笑みであった。




