唐突な贈り物
夜の小さな街に一台の馬車が止まった。馬車から降りたのは三人ほどで、他愛も無い話もそこそこにさっさと宿へ入っていった。
残された馬車の中身はと言うと、小さな檻が一つだけでそれ以外には何も無かった。その檻こそが彼らの仕事の証拠であり、ましてや檻の中身を無くすなどと言うことはあってはならない。
しかし不幸な事に、いや、檻の中身にとっては幸運かも知れない事に、なんと檻には鍵という物がかけられていなかった。
その妙に丸っこい生物三匹は、最初はぐうすかと睡眠を貪っていたが、風が吹いて檻の蓋が開いた音で目が覚めた。暗闇に六つの目を光らせ、生物たちは辺りを見回した後、開いた蓋を見つけて嬉しげに外へ飛び出ていったのだ。
一方、三人はそんな事はつゆ知らず、まあまあの肉とそこそこの酒を飲んで早々とベッドに横たわっていた。
その翌日、三人は朝霧が残っているうちに早々と村を出た。
ちなみに、馬車に入れてあった檻の中身は確認していなかった。それはこの仕事が大して重要では無く、三人の「さっさと家に帰りたい」という思いがもたらしたのかも知れない。
隣町のギルドに帰る頃には陽はすっかり高くなっており、三人は雑踏の流れに乗って、檻の中身を届けに行った。
ギルドに帰り、上司に檻を渡した三人を待っていたのは労いでも賞賛でも無く、耳をつんざくような罵声の嵐であったのだ。
「……ふざけんなよ。中身はどうした!」
「いや、その……」
「その、何だ? ええ! 食ったのか?」
「ち、ち違いますよ! 間違ってもそんな事は」
三人は掌を前にやって否定した。目の前の上司は茹で上がったように赤くなり、拳を振り上げた。しかし、それは少しだけの間で、やがて勢いを落とし、大きなため息と共に椅子の上へ沈下していった。
「はぁ、俺はお前らに謝らないといけないことがある」
上司の声が小さくなったために、三人は首を前に出して息を潜める。その時、突然上司の眉がくわっと吊り上がり、さっきのような大声が聞こえた。
「お遣いも出来ないようなお前らに、こんな難しい仕事を任せたことをなっ!」
三人は飛び上がり、口々に謝罪する。そんな姿を見た上司は呆れ顔を作った。
「全くだ。これじゃあ研究所の奴らに嫌みを言われるぞ」
「す、すいません……」
結局、三人は始末書を書く羽目になったのである。
三人がペンを走らせている間に日は沈み、夜になった。
その頃、三人が泊まっていた小さな街には三つの小さな影が動いていた。その影はぴょこぴょこと飛び跳ね、通行人を避けるよう、樽の陰などに隠れつつ移動している。
その体は土埃と泥で汚れ、表情も痩せこけており、十分な食事を摂っていないのは明確であった。今の彼らの目的は間違いなく食事であり、目をきょろきょろと動かせて、人が捨てる食べ物の残骸などを探し求めている。
そして何度か、林檎の芯や腐りかけの肉などに有り付くことが出来たがその量は乏しく、それらを三分割したならば、せいぜい二口か三口程度しかなかった。もちろんそんな量では腹は満たされるはずは無く、腹の虫の音がむなしく鳴り響いた。
三匹は何とか腹を満たそうと街を探索したが、食べ物が都合良く落ちているわけが無く、ついに体力の限界を迎えてしまうのだった。
もう飛び跳ねる力も無くなった三匹は、とある家の門の前で力尽きた。
門の両脇に付けられた鳥の置物が、鞠のように転がる三匹を見下ろす。
ここは街を束ねる貴族の家の前であった。家の外壁には綺麗な彫刻の模様が入っており、庭には噴水がある。この町で一番裕福で有力な家と言ってもいいだろう。そんな家の前で力尽きている三匹は幸運なのかも知れない。
遠くの方から車輪の音が聞こえてくる。その音は段々と近くなり、転がっている三匹の前で止まった。
「ん? なんだこれ」
御者は目の前の奇妙な物体に首を傾げる。
急に馬車が止まったことを不思議に思った婦人は窓から顔をのぞかせて御者を促した。
「あら、どうしたの? 行きなさいよ」
「いやぁ……。なんか変な物が。ほら、あそこに」
橙色の丸い物体が三つ。時折、もぞもぞと体を動かしている。それが何かの弾みで転がり、その顔を婦人の方へ向けた。
「あら、まぁ……」
眠っているような顔を婦人は凝視する。そしてその視線に気付いたのか、一匹が目を覚ました。目をぱちりと開け、きょとんとした表情で婦人を見返す。
くりくりとした目、丸い体。それらの外見を見て、婦人は一つの感想を言う。
「可愛らしいわぁ……」
「は、はぁ……」
御者は微妙な返事をした。
丸い物体の表情は確かに可愛らしいものであったが、何か妙な引っかかりを覚えたのだ。可愛いのは可愛いのだが、素直にそう思えなかった。それどころか、普段から婦人にこき使われている御者は丸い生物に対して、謎の黒い感情が湧いてきた。だが婦人の手前。だから婦人に同調する他になかったのだ。
「持って帰るのよ。うちのペットにするんだから」
「へ、へい」
御者は一旦馬車から降りて、三匹を抱えて家の門をくぐった。
家に帰ると、早速三匹の体を洗うことになった。勿論洗うのは召使いである。
「この子を綺麗にね」
「は、はい……」
召使いは、呆れた思いを隠して婦人に従った。
そう、婦人が家に動物を連れて帰ったのは今回が初めてでは無い。過去に何回も動物を家に連れて帰っては自分のペットにしていたのである。しかし婦人のその性格故、すぐに飽きられ、世話は召使いに放り投げて、挙げ句の果てにはそれらが死んだことも気付かない始末。自分が飽きた物に関しては驚くほど忘れるのが早かったのだ。
だから召使い達は婦人に対して冷ややかな目を向けた。一方、新しいペットを手に入れて上機嫌の婦人は鼻歌を歌いながら紅茶を飲んでいた。
湯浴みを終えたペット三匹は、人間の家の物珍しさで周りをきょろきょろと見渡しながら、召使いに婦人の前へ連れてこられた。
婦人の目の前にいる三匹は、人間に対する警戒と空腹感で弱り切ったような目をしている。
ソファーに座っている婦人は三匹を観察しながら顎に手を当てた。
「どうしましょう……。名前」
婦人は少しの間考えて、思いついたように手をぽんと打った。
「よし、“天使の子”にしましょ! これは天使が私に下さったのだわ! だから天使の子にしましょ」
婦人の後ろで拭き掃除をしていた召使いは、すっ転びそうになった。
なんと安直な名前か。この部屋にいる誰もがそう思った。名付けの感性の欠片も無い名前である。
(天使の子、て……。そりゃないわ。駄目だこいつ)
召使い達は眉間に指を置いた。
勿論、婦人が安直な名前を付けたからと言って、意見を出したりはしない。この婦人は自分がそう言ったらそうだと信じて疑わない性格だからだ。だから不干渉、それが一番であった。
そして召使い達はそろりと部屋を出ようとした。うかうかしていたら、ペットの世話係を押しつけられるかも知れないのだ。
「可愛いわねぇ……。そう思うでしょ? あ、そうだ」
婦人は召使いの一人を見てそう言った。召使いは一瞬、絶望の顔になった。そしてそれを見ていた他の者達も召使いに同情するのであった。
「ちょっとこの子の世話をさせてあげる」
“させてあげる”という恩着せがましく、そして傲慢ちきな一言は、召使いにとって虫唾を走らせるには十分であった。
しかし断るのは拙い。この婦人はねちねちとしているので、何か気に食わないことをすると、嫌がらせなどをするのである。実際それで辞めていった召使いもいる。ただ給料は悪くはないし、追い出されたら仕事に困るという事情もあるので逆らえないわけだ。
「そ、そうですかぁ……」
召使いは消え入りそうな声で答えた。
まず最初に食事の支度を命じられた召使いは引きずるような足取りで厨房へ向かった。そこへ別の召使いが追いかけてきた。
「ちょっとちょっとニアン。気の毒ねぇ」
「はぁ……。断りたいけどねぇ」
ニアンは大きなため息をついた。
「でも断ったら拙いわよ。ほら、あの子みたいに……」
「あの子て?」
「ほら、あの……。おめでた……だった」
「ええ! あの子どうしたの?」
ニアンはびっくりして召使いに問うた。
「前のペットの世話押しつけられたんだけど、妊娠中だったでしょ? だから産休を取るために断ったのよ。そしたら」
「そしたら?」
「無理な仕事回されて、結局……アレよ」
「はあぁ……」
ニアンは顔面蒼白になった。
「貴方も気の毒ね。私の手が空いたら手伝ってあげるから、あの変な丸いのが居なくなるまでの我慢よ」
「ありがと……」
翌日、婦人は三匹を連れて庭を散歩していた。
三匹は丸っこい体を揺らしながら、庭を跳ねる。丸い奴が跳ねるたびに婦人は笑い、声を掛けた。
「たくさんお散歩するのよ。がんばれっ、がんばれっ」
その時、飛び跳ねていた丸い奴が、「ピュギィ」と悲鳴のようなものを上げた。丸い奴は驚いて上を見るとそこには木箱があった。どうやら丸い奴はその木箱にぶつかったようである。
丸い奴の目の上の辺りが少し赤くなる。それを見た婦人はニアンにきつく言った。
「通るの分かってるでしょ? どうして避けておかなかったの?」
「いや……」
答えに詰まるのは当然である。まさか、この丸い奴が目の前にある木箱を避けることが出来ないほど愚鈍であったとは思わなかったのだ。
そもそも木箱だって庭の隅に置いてあって、わざわざ隅の方を飛び跳ねてぶつかっているのだから、分かるわけが無い。婦人の言っていることは無理があった。
それを知ってか知らずか、婦人は続ける。
「庭を散歩するんだから、邪魔なものは避けておくのは普通でしょ。どうしてそれが出来ないの? ねえ」
ニアンの腹の中がふつふつと煮える。それと同時に、なぜここまで言われるのか、なぜこんな事を押しつけられるのか、と言う理不尽さに悲しみを覚えた。
「す、すみません」
いずれにせよ、婦人に対して反論は出来ない。婦人が何かを喋るたびに、ニアンは腰を折って謝るのだ。そして謝るたびにニアン自身の中で何かが削られていく。
痛みから立ち直った丸い奴は、今度は噴水を目指して移動を始めた。謝るニアンに興味が失せた婦人は、新たな丸い奴の動きに興味津々である。
噴水に近づいた丸い奴達は、噴水の台を上り、水が出てくる部分まで到達した。丸い奴にとっては、この延々と水が出る物体が不思議でたまらないのだろう。
水の吹き出し口に顔を近づけて、水が顔に当たるたびに驚いて三匹が向き合う。そして笑った表情を見せると、その噴水で遊び始めた。
その様子を見た婦人は、はしゃぎ声を上げて丸い奴を囃し立てる。それに対して後ろに控えるニアンは、居心地悪そうに立っているのであった。
ほどほど噴水で遊んだ丸い奴達は婦人に連れられて家の中に帰ろうとする。
ちなみに今は朝の涼しい時間帯であり、ここ最近の暑い時期では、水浴びはもってこいであった。だから水浴びをする丸い奴達に清涼感を覚えた婦人は満足な顔であった。
庭をさわやかな風が吹く。日光と苛立ちで火照ったニアンの体温は僅かに下がる。
その時、くしゃみをする声がした。婦人が声がした方を見ると、一匹の丸い奴がもう一度くしゃみをした。
それを見た婦人は慌ててニアンに指図する。
「早くタオルを持ってきなさいよ! 水に濡れたら風邪を引くでしょ! 気が利かない……」
「す、すいません」
ニアンの体はまた熱くなった。せっかくまとまった風が吹いたのに台無しである。
結局ニアンは一日中、丸い奴と婦人に付きっきりであった。
昼過ぎのおやつに、夕飯までの昼寝、夕飯の支度、さらには丸い奴が着る帽子のようなものまで作らされたのだ。
「くっ……、くっそっがあああああ!」
ニアンがぶん投げた枕は壁に当たり、むなしく落ちる。それを見た召使いは驚いた。
「ちょっと! いきなり……」
「ちょっと聞いてよ! リッカ」
リッカは二段ベッドの上から顔をのぞかせた。
ここの召使いは住み込みで働いており、この部屋はニアンとリッカに割り当てられたものである。
「一日中だよ! 一日中、糞婆と腐れミートボールの世話だよ。頭おかしくなりそうよ!」
「は、はああぁ……」
ニアンの変貌ぶりにリッカは返す言葉が見当たらなかった。リッカは、ニアンと婦人の間にどういうやりとりがあったかは知らないが、それなりの嫌みを言われたことは分かった。
そして自分が世話係に任命されなくて良かったと、ほっとするのであった。
「あああ、もう! きいいいいっ!」
ニアンは寄生を上げて枕をそこらかしこに投げつける。その顔には青筋が立っていた。




