吠える老人
首都の昼前。広場にて、それは唐突に行われた。
「皆さん! お聞きください。冒険者ギルド所長のルーカスです」
道行く人々は思わず足を止めた。ルーカスとその他関係者は急遽作られた木製の高台の上で演説を行っている。
「最近世間を騒がせている黒剣。その黒剣と我々が対立しているというのは皆さんご存じかと思われます」
市民は頷く。確かにそうだ。黒剣が現場を封鎖することに対してギルドは度々抗議している。
「それについては様々な噂が飛び交っておりますね。何でも、黒剣が魔物から取れる素材を独占しているとか。いや! 我々が苦慮しているのはそんな事ではございません」
市民は驚きを見せる。町中を飛び交う噂の大半はそういう内容の物だからだ。
ルーカスは握り拳を作り、時折振り上げながら力説する。
「黒剣とは一流の戦闘技術を持った集団。戦闘集団です。つまり軍事力といって差し支えありません! これがどういう事かお分かりですか?」
市民は腕を組んで考える。ルーカスはそんな暇も与えずに続ける。
「軍事力の増強! そう、魔物がどうとか市民の安全がどうとか言うのは建前です! 数十年前の戦争が終わって以来、ルクレシアの軍部は縮小の一途をたどっております」
広場全体の空気が張り詰める。辺りは水を打ったように静まりかえる。市民はルーカスの発言を今か今かと待っている。
「つまり軍部の予算が減っている。そして発言力も。軍部はもう一度、自分たちが輝く機会を作ろうとしているのです」
ルーカスは水を一口飲んだ。
「そしてあわよくば発言力を強め、ルクレシアを軍国主義へと変貌させ、彼らは死の商人になろうとしている!」
広場に響めきが走った。市民は口々に叫び出す。
「おい! どういう事だ!」
「また戦争をやるってのか?」
「戦争を食い物にするだって!?」
騒ぎ出す市民の中である意見が注目を浴びた。
「で、黒剣が何をしたって言うんだよ!」
「いいですか、彼らは魔物を討伐し、市民の評価を得ています。そして黒剣を信用する者は増え、潤います」
市民は頷く。
「それで、只の狼とか毒蜘蛛を討伐しても仕方ない。そんなのちょっと腕が立つ人なら誰でも出来ますね」
もっともな話である。
「もし、もしですよ……。皆さんが寝ている間にこっそり大量の魔物を運んで、騒ぎが大きくなった後に出動して討伐していたら……」
市民が叫ぶ。
「そんなの自作自演じゃねえか!」
「その通り!」
ルーカスは待っていたかのように言う。
「彼らがやっているのは自作自演! 火付けと火消しが同じなんです!」
市民は騒ぎ出した。けたたましい声が広場に響き渡る。
「おいおい! 証拠はあるのかよ!」
「ただの嫉みだろがよぉ!」
「言いがかりじゃ! 言いがかり!」
ルーカスはニヤリと笑った。
「この私が確証も無いのにこんな事を言うと思っているのですか?」
広場は再び静かになる。そしてルーカスは後ろへ下がった。新たに市民の前に立ったのはスーツを着た男だ。
「皆さん初めましてこんにちは。私はですねぇ、フィレット王国のテロ対策部の生物兵器対策課の者です。生物兵器対策課というのはですね、生物を使ったテロの対策を担当しておりまして、ええぇ……」
市民はまさか他国の使者が来るとは思っていなかったようで、驚きの表情を隠せない。
「ルーカスさんは先ほど自作自演のために魔物を使ったと仰っていましたが、我々の見解は少し違います」
広場の空気はさらに張り詰める。市民達の視線が痛いほどに男に突き刺さる。
「先日、我々はとある違法業者を検挙しました。その違法業者は危険な魔物を取り扱っておりまして、ルクレシアのある人物と取引をしていました。その違法業者を尋問し、物品押収を行った結果、証拠となるような手紙が発見されまして……」
「その手紙の写しがこちらです!」
何人かの係員が降りてきて市民に紙を渡し始める。市民は我先に紙を受け取り、食い入るように見つめる。
程なくしてざわめきが聞こえ出す。市民は驚愕している。それもそのはず。違法業者の取引相手があのトラウスだったからだ。
市民は青ざめた。
「黒剣リーダーの父親でありながら黒剣の発起人であるトラウス。彼がその違法業者と取引している事が発覚したのです」
市民は黙って聞くのみである。
「当国としてもこの事実を見逃すわけには行きませんし、場合によっては何らかのテロ行為が行われるのでは無いかと考えております。延いては国際問題に発展する可能性もあります。これが我々の見解です」
自作自演、テロ、国際問題。不吉な言葉が市民の頭を駆け回る。
トラウスが自作自演をしてテロを起こし、国際問題になる。市民の頭の中ではそのような文章が出来上がっていた。
男は再び話そうと口を開けた時、突然後ろに控えていたデュークが前に躍り出る。
「うっ! な、なに」
男は驚いて声を上げる。デュークは片方の手で男を後ろへやり、もう片方の手には矢が握られていた。
「な、ななんと!」
矢先に付いた毒々しい紫色の液体が糸を引きながら下へ垂れ落ちる。
デュークは矢の持った手を振った。すると矢は消え、群衆の中の一人が突然倒れた。
響めき、悲鳴、怒号が人々の耳をつんざき、倒れた一人の周りに不自然な空間が出来る。弓と矢束が転げ、血は地面の升目に沿って流れていく。
ルーカスは前に出て大声で話し始める。
「皆さん、これがトラウスのやり口です!」
市民は驚愕に目を見開いてルーカスを見る。
「私は只のしがないギルドの所長。そんな私の命を狙う理由がありますか? あるんです! それは私がトラウスの不正を告発しようとしたことに他ならない」
この殺伐とした雰囲気、声高らかな所長の演説に市民は呑まれていく。
「それに、今この場にはフィレットからの使者がいらっしゃる! 今の攻撃は私だけで無く、フィレットに対して弓を引いたのと同じ事! 国際問題だ!」
市民は沸き立った。常日頃より話題や刺激を求める市民にとってこの話は格好の餌であり、そこに道徳や証拠は必要なく、これから起こるであろう動乱に思いを馳せるのであった。
一方その頃、城の一室では国の重鎮達がトラウスを呼び出していた。
「トラウス殿、どういう事ですかな?」
会議室の円卓はトラウスを囲むようにして佇み、重鎮達の視線はトラウスに突き刺さる。
「皆さん、あれは市民が勝手に騒いでいるだけです。根も葉もない噂だ」
トラウスは決まったようにそう言った。窓の外から見える広場では市民達が拳を上げて騒ぎ立てている。
「しかし話ではフィレットの高官達が来ていると聞いていますがね!」
「只の噂程度ではフィレットは動きませんよ。やはり何かあるのでは?」
重鎮達はトラウスに問う。トラウスの大きな体はいつも以上に窮屈そうだ。
「いや、それはね……」
しどろもどろになるトラウス。重鎮は大きなため息をつく。
「まぁいずれにせよ、フィレットから抗議が入れば、我々も調査をせざるを得ませんね」
「証拠が有る無いどちらにせよ、今の状態では市民の信用はがた落ち。協力者の皆様もお怒りになるでしょうなぁ」
トラウスは言葉に詰まり、俯く。それに対して重鎮達はいつも以上に意気揚々としていた。なぜなら彼らは軍事縮小に賛成しているからだ。トラウスが不祥事を起こせば、それは格好のネタになる。軍事縮小を推し進め、その分の予算を商業等に費やせば国の経済も発展するし自分たちも潤う。
「まぁこの場でどうこう言っても仕方有りません。お忙しいところすいませんねぇ」
「は、はぁ……」
トラウスは重たい足取りで会議室を後にした。
重鎮達から解放されたトラウスは息子であるカトラスを呼び出す。
トラウスの自室の扉が開き、カトラスが姿を現した。鎧は脱いでおり、華麗な貴族の服に身を包んでいる。
「どうしたんだ? 父さん」
「ああ、頼みがある」
カトラスは父の机の前まで近寄った。トラウスは少し小声になって話す。
「広場で演説をしているのは知っているか?」
「ああ、知っている」
カトラスは無表情で答えた。冷たい目がトラウスを見下ろす。
「演説をしているのはギルドの所長とフィレットの高官だ。全くだ! 彼らのせいで黒剣の信用は失墜するだろう。これ以上奴らに話をさせてはならん!」
トラウスは水を一口飲む。八つ当たりでコップを強く叩きつけた。
「カトラス、分かってくれるな? 大人というのはな、良いことばかりしてられないのだ。自分が生きるためには多少のことはせねばならん」
「何が言いたいんだ?」
トラウスはカトラスに顔を近づけて答えた。その表情には少し陰りがある。
「演説の場に出ている奴らを始末しろ……。お前の闇の力があれば十分出来るだろ?」
「それは出来ない」
トラウスは目を見開く。自分の息子に断られた事に驚愕している。
「父さん、見苦しい……。黒剣はあんたの玩具じゃない」
「えっ……」
トラウスの口から出る言葉は無い。自分の息子に否定されるとは思っていなかったからだ。
いままでトラウスは自分の仕事の時に息子を横に付けていた。それは後に国の重鎮として活躍するように勉強させる為であった。もちろんその過程で華々しいことも汚らしいことも見せてきた。国を支えるためには必要なことだ、と言いながら。
カトラスもそれは分かっていた。仕事のこと全てを見せようとした父は良い教育者であったし、理想論だけでは国は成り立たないと言うことを教わった。
しかし、ある日父がホクホク顔で取引明細を見ていた時、カトラスは気持ち悪さを感じた。国のためならまだしも、その金はディナール家に送られたものであり、それは狡賢くて汚い手段によって得られた金であった。
その日を境に父に対して疑問を感じるようになった。父は本当に国を思って行動しているのか、と。
悪事をもみ消そうとする父をカトラスは否定したのだ。
「父さん、少し頭を冷やすべきだ。利益を追求する為に信用を失うのは痛すぎる」
「じゃあどうしろと言うのだね?」
トラウスは苛立った。このままギルドの動きを放置していれば痛手を食らうことは容易に想像できる。
「逆に認めてしまうのも有りだ。フィレットの抗議が入れば、何かしらの処分はある。森に魔物を撒いた証拠が無くてもだ。経費が多すぎると言う事で横領とか私的流用で幾らでも処分は来る」
トラウスは内心どきりとする。森に魔物を撒いた事は息子にも秘密にしていたがバレてしまっていたのだ。少なくとも息子に対しては弁解の余地は無かった。
「黒剣の解体もあり得る。だから認めて謝罪を行えば首の皮一枚は繋がると思う。解体が避けられて万々歳、良ければそのままだし、悪くても騎士団や親衛隊に組み込まれる。いずれにせよ形が残る可能性は高い」
「ううむ……」
トラウスは悩む。認めれば荒らしのような追求が来る。己を待ち受ける茨の道を恐れている。そしてカトラスは続ける。
「もみ消そうとしてそれが失敗したら、それこそ救いようが無い。国家反逆罪で家族丸ごと……なんてことも。だったら謝罪して更正の余地を知らしめた方が良い」
最善の一手を考え出す息子にトラウスは感心する。まさかここまで我が息子が成長していたとは露も知らなかった。いつまでも初々しいままだと勘違いしていたのだ。
「ふむ、今回はカトラスの言うとおりにしてみよう。俺が引退したら継ぐのはお前だしな」
トラウスは納得して水を一口飲む。程よく冷たい水は粘ついた唾液を洗い流し、トラウスの喉に清涼感を与えた。
後日、フィレットと冒険者ギルドの抗議を受けた国側はフィレットとルクレシアの合同調査を開始した。
黒剣の予算、トラウスの出納記録を調査した結果、幾らかの使途不明金と不自然に高額な経費を発見。トラウスを問い質した結果それは違法業者などの裏取引に使われたものであると本人からの自白があった。
国はトラウスを逮捕し、裁判にかけた。
トラウスは国家反逆罪を犯したと言う主張が出て、家族共々牢に入れられる危機に陥ったが、黒剣を評価している市民や貴族が多いため、軽い罪に留まった。
トラウスは降格と減給に処され、不正経理を指示したヤハート等の関係者も同様に罰せられた。
そして黒剣は何とか解体を免れ、治安維持隊として新たに活動を開始する予定である。




