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強者の苦悩  作者: 林葉
黒き英雄
22/45

凍り付いた殺気

 冒険者ギルド。今日も何時もと変わらぬ様子で喧噪に包まれている。表面上では。

 大きな声で話す冒険者達に混じって、奥の隅の方で固まっている一団がいた。その中心には髭を生やした男がおり、それを囲むようにして何人もの冒険者が口々に話し合っていた。

「大将! 気を落とさずに」

 巨人の金槌の無期限停止処分を団員に告げたオービルは頭を抱えていた。

「……すまねえ。ブチギレた俺が悪いんだ」

 オービルの悪い癖でもたらされた出来事だが、それでも団員達はオービルを何とか励ます。だがオービルも巨人の金槌も今出来る事は無い。団長である彼のように昼間からギルドの広場で飲んだ暮れるしかなかったのだ。


 他の冒険者達はその様子を見て陰口を叩く。

「間が悪すぎたんだ……。あいつらは運が悪かったんだ」

「いやいや、余計な事するからだろ。大人しくしてりゃ良かったんだよ」


 団員の一人がその陰口を聞いたらしく、その発言者を睨み、大声で叫ぶ。

「おいこらぁ! 馬鹿にしてんじゃねえぞ! おめえらなんか、黒剣に怯えて何も出来ない臆病者だろ!」

「はっ? 何言ってんの。トップが暴走してその結果、活動停止食らうなんて一番やっちゃいけねえ事だろ!」

「うるさいわ! 俺らはな、大将の下でやってんだ! 大将が何をやっても付いていくのが俺らの役目だろ!」

 団員の一人は酒が入っているらしく、話がかみ合っていない。その団員に対して、男は諭すように言う。

「大体な、団長が感情的になるのが致命的なんだよ。面子とかプライドばっかり考えてさ、後の事なんか全く考えてない。このままチームが解体されたら、お前らどうするつもりだよ」

「大将を馬鹿にしてんじゃねえぞ、こらぼけぇ!」


 団員は男に掴みかかった。しかしほぼ泥酔状態にあるため、足下がふらつき、挙げ句には男に突き飛ばされてしまう。

 大きな音がしてテーブルのグラスがひっくり返る。地面にひっくり返った団員は上から振ってきた酒を被り、見苦しい姿を晒した。

 その横で酒を飲んでいたオービルは余所を向いたまま団員に言う。

「……やめろよ。そいつの言うとおりだ。これ以上騒ぐなよ。また問題起こしたら、アレだぞ?」

 団員は突き飛ばされた弾みで切った口の血を手で拭う。その後そのまま俯いて何も言わなくなった。そして少しの間座ったままで、いきなり立ち上がったかと思うと、脇目も振らずに走って建物から出て行った。

「……大将」

「そっとしておいてやれ。なあに、ちょっとした休みが貰えたと思えば良い」


 オービルは残り少なくなったビールを一口で飲みきると席を立った。

「ギルドから連絡があるまで、各自休暇だ」

 オービルは残りの団員を放って建物から出て行く。残された団員達は、窮屈そうに丸まったオービルの背中を見送った。


 ダァンッ! 誰かが机を叩いた。同時に周りにいた者達がびくりと肩をふるわせる。

「君……、これは事実かね?」

 険しい顔をした男が目の前にいる人物に問う。

「はっ、これは信頼性のある情報元から送られたため、ほぼ事実と言って過言では無いかと。それに、現地に偵察官を送らせて確認させたところ、発見に至ったと言う報告も上がっています」

 男が持っている紙、それが語っている内容は決して穏やかなものでは無い。


 首都の近くの森で魔物が急増している事。その魔物はフィレットで多く生息している魔物である。それはフィレットの違法業者が流した魔物であり、その取引はトラウス公爵と行われた事。トラウスは黒剣という部隊を立ち上げ、その求心力を高めるために自作自演を行っており、森に魔物を放ったのは自作自演を行うためであると言う事。その影響で当ギルドの信頼が失われ、軍国主義に傾倒するかもしれない。

 当ギルドはその事態を避けるために、フィレット王国と協力してトラウスを糾弾する構えである。


 これが文章の内容である。これを見た男は眉間に血管を浮かべた。

 我が国の管理の甘さが原因で違法業者を増長させてしまい、それが国家問題になるかも知れない。このことはフィレット王国の威信にかけて解決すべきだと男は判断した。


 数日後、首都は何時もと変わらぬ様子を見せていた。一つの事を除いては。

「すう……はぁ……。ぐひっ」

 袋に入った何かを吸い、妖しく笑う浮浪者。スラム街では日常茶飯事であった。浮浪者は通路の段差に腰掛け、周りの事など少しも気にせず、ひたすら袋の中に顔を埋めていた。

「君……」

 抑揚の無い、けれども確りとした声が浮浪者を打った。浮浪者が顔を上げるとそこには物々しい集団が取り囲んでいる。自分の目の前にいる男は一切の光も反射しないダークな鎧に身を包み、冷たい目をして自分を見下している。

 こんな集団を見たら、貧弱なスラム街の住人は一目散に逃げるだろうが、その時の浮浪者は薬物で頭がどうにかなっており、呆けた表情で鎧の男を見るだけだった。

「はぁ? あんだぁ? おめえら」

 浮浪者が数の少ない歯を見せる。鎧の男は一瞬眉を動かした。そして素早く手を振って浮浪者の持っていた袋を奪い取った。浮浪者は慌てて袋を取り返そうとするが、鎧の男が向きを変えると勢い余って転けた。

「規制薬物所持の疑いで逮捕する。君……」

「はっ!」

 鎧の男が目配せをすると、黒では無い普通の鎧を着た男達が浮浪者を連行していった。


 首都の治安回復の為という理由で、ここ最近では黒剣が街を巡回するようになった。昼間から街を歩く漆黒の集団は街の住民達にとっては良い話題の種であり、好奇の目を向ける者や敵視する者もいる。

 黒剣の評価は良い物ばかりでは無い。中には、「調子に乗っている」や「権力を振りかざしている」と言った評価もちらほら出ている。

 しかし、最近では犯罪の取り締まり件数が増え、住民のほとんどが黒剣を支持するようになっている。


 黒剣はある扉の前にたどり着いた。その扉はさり気なくあり、ここを知らない者なら気付く事は無いような扉であった。その扉は木で出来ており、重厚な佇まいで黒剣を見下ろしている。

「“抜き打ちだ”。」

「はっ!」

 抜き打ち検査。先ほどの規制薬物を使用していないか、店の営業許可を取っているか等を抜き打ちで検査し、厳しい項目の一つでも反していれば、即座に取り締まる。その厳しい体制が取り締まり件数を増やす要因となっている。とにかく、数字を増やすにはこのスラム街が打って付けであった。


 カランコロン、とお決まりのような音が鳴った。来客を表す音だ。

 店の中は薄暗く、壁に取り付けられた照明がカウンターに当たり、天井を映し出している。こぢんまりとしており、十人入ればそれで満杯になってしまいそうな店で店主はグラスを磨いていた。

 黒剣の先頭の男は後ろに合図をやると、他の兵は外に出て行った。残っているのは三人の隊員と一人の店主、そして一人の客であった。


「……ずいぶんと狭い店だな。おい」

 黒く、赤い筋が入った鎧を着た男が言う。

「失礼だぞ、ガンド」

 隊長らしき男がそう言った。

 店主はガンドが言う事など気にもせず、隊長の方を見ている。店主は片方の目に眼帯を付けており、隊長はそれを見た。


 黒に水色の筋が入ったローブを纏った女は店主に話しかけた。

「営業許可書を見せて貰います」

 無機質な声が響いた。取り締まりを表す言葉。店の奥に座っている客は何の反応も見せない。水色の女はその客にも声を掛けた。

「もし無許可だった場合は貴方も連行しますが……」

 客は声を掛けられているにも拘わらず、俯いてグラスを傾けるだけだった。水色の女はその表情を伺おうとしたが、フードを深く被っており、少しの肌も見る事が出来なかった。


 隊長はその客の横に隠されるようにして立てかけられていた剣を見逃さなかった。その剣は通常の物とは違い、反り返っており、恐らく他の大陸の物では無いかと隊長は推測する。

「おい、返事くらいしろよ!」

 ガンドが強く言う。しかしそれでも客は反応しない。

「よせ、耳が不自由なのだろう」

 今まで自分たちに声を掛けられて何の反応も示さなかった者はいない。今の台詞は自分たちを無視した客に対する、少しばかりの挑発である。

「けっ! 調子狂うぜ」


 隊員達は再び視線を店主に戻す。店主は許可書を求められてからも動きを見せた様子は無い。隊長は店主に促す。

「店を出すのに許可書があるのは知っているだろう? ましてや、ここみたいに酒を出す店ならな」

 店主は手を顔の前に出して左右に振った。否定の意味だ。それを見た隊長は腰の鞘に手を置く。

「つまり、無いと」

 店主は頷く。


 水色の女は冷たく言い放った。

「無許可営業と言う事で連行します。よろしいですね」

 水色の女は前に一歩踏み込んだ。しかし店主の顔色は全く変わらない。そればかりか、もう一度手を左右に振った。それは許可書もないし連行される気も無いと言う意味であった。

 ガンドは吠えた。

「いや、無駄だからな! 抵抗しても」

 ガンドも前に出る。店主は視線を横に振った。その視線の先には先ほどと変わらぬ様子でグラスを傾ける客がいた。


「……静かに飲ませてくれ」

 隊長は少し驚いた。この状況でそんな事が吐ける人物を知らないからだ。

「ほう……。残念だがそれは出来ない。君も連行する必要があるからな」

 水色の女は杖を取り出し、ガンドは腕に装着している籠手をさすった。

「連行しますので武装解除をお願いします」

 客はまたそれを無視した。その客の態度に隊長は眉間にしわを寄せた。

「連行ぉ!」


 隊長の声が飛ぶ。それと同時にガンドの籠手が赤く光り出した。

 一瞬大きな音がして籠手が爆発したかと思うと、そこから煌々とした炎が沸き上がった。

「ふんっ!」

 ガンドが勢いよく手を横に振ると、カウンタにおいてあったグラス達が地面へ落とされた。グラスは宙を舞い、回転して床に触れた瞬間、儚く飛散する。そして勢いよく扉が開かれ、兵士達が押しかける。

 今にも衝突が起こりそうな物々しい雰囲気。その雰囲気でも客は未だに座っているだけである。

「従う気は無い、と見て良いな!」


「ガンド! あくまで穏便に、だ」

「ああ、分かってるよ。カトラスさん。ちょっと脅かすだけさ」

 ガンドは振り返ってニカッと笑うと、再び客の方へ向いた。

 一歩二歩と足を進め、ついに客を捉えられる間合いに入る。

「さぁ、大人しく……」

 ガンドは客の肩を掴もうとした。その瞬間! 店の中に居る全員が何かを感じ取り、静止する。


 外の日差しはきついはずなのに、今この店の中は突然氷点下を下回り、体の奥底の芯が凍えたように錯覚させた。ずうん、と重たくどこまでも落ちて言ってしまいそうな、異常な気配。カトラスは思わず剣を抜きそうになったが、激しく震える腕がそれを邪魔した。


 なんだこれは。他に誰かが居るのか? いや、違う。そんな物で片付けられるような感覚では無い。おかしい……。その客か? その客のせいなのか。しかし、用心棒らしき者は一人しかいない。じゃあ何なんだ! 


 今まで経験した事無いような得体の知れない感覚。指の一本でも動かせば、自分の全てが消し飛んでしまうかのような威圧感。カトラスは思わず目を閉じた。その時、カトラスは自分自身の感覚に驚愕し、困惑する。

 カトラスの瞼の裏で何千、何万もの軍勢が少しのずれも無い足音でこちらに迫ってくる風景が見えた。戦争、大量殺人、絶体絶命と言った単語がカトラスの脳裏をぐるぐると回り、心臓の鼓動がけたたましく鳴り響く。


 そしてガンドは客の肩に手を置こうとした姿勢のままで、顔面蒼白で固まっている。その手は少しずつ揺れ、雪山の遭難者のように激しく身震いをする。

「あ……、あぁひっ」


 客は音も無く立ち上がった。すると立ったままのガンドはその姿勢のまま後ろへ倒れる。鈍い音が鳴った。その衝撃で客が飲み残した酒に波紋が浮き出る。

 カトラスは抜刀の姿勢を取る。水色の女が持っている杖が淡く光り出した。後ろの兵士は目を覆った。こんな狭い店内で戦闘を行えばどんな事になるかが容易に予想できたからだ。


 ここでカトラスは意外にも目の前の客に話しかけた。

「き、君……。我々を知っているかい?」

「黒剣……。その隊長のカトラス、か」

 客は間髪入れずに答えた。カトラスは一瞬だけ驚く。


 自分たち黒剣を知っているなら、呼びかけに無視するという態度を取るはずが無い。なぜなら、客観的に見ても黒剣の実力は一流だからだ。少しでも逆らえばどうなるかは一端の業界人なら分かるはず。黒剣の実力を知っていて、そんな舐めた態度を取れるはずが無い。だから驚いた。

 目の前の客が数々の修羅場をくぐり抜けてきた猛者なのか、それとも単に鈍い奴なのか。


 カトラスは抜刀の姿勢を少しだけ変えた。目の前の客はそれを知ってか知らずか、微動だにしない。

 カトラスはますます分からなくなった。それなりの武人なら今の自分の動きを見れば、それに対応して体を合わせるはず。だが客はそれをしない。

 気付いていないのか、それとも私が試そうとしている事に感づいているのか。カトラスは脳を動かす。


 ここが戦闘をするには相応しくない場所である事はカトラスにとってはどうでも良い事だ。元々、許可の無い店だから壊してもどうと言う事は無い。

 肝心なのは目の前の客。黒剣が発足してからあらゆる魔物を狩ってきたが、これほどの威圧感はかつて経験した事が無い。故にカトラス自身はその対処法を知らない。ふと自分の腕を見れば、まだ震えている。


 カトラスはもう一度話しかけた。

「もし私が強制連行する、と言えば君はどうする?」

「従うつもりは無い」

 

 客がそう言った瞬間、カトラスの背後で鋭い風切り音が鳴った。体制を低くしているカトラスのちょうど首当たりが急に冷えた。今の現象を見て、カトラスの推測した事。それは隊員による魔法攻撃。

 自分より先に攻撃した隊員、“氷のシェリル”。彼女は客の足下に向かって氷結弾を放った。

 さすがのカトラスも彼女を甘く見すぎた。まさかこの状況で真っ先に攻撃を仕掛けるとは思わなかったのだ。カトラス自身が決めるより早く、賽は振られた。


 触れた物を凍らせる閃光が客に飛来する。そしてその閃光が客の足下に当たろうかと言う時。

 シャッ。客が腕を横に振った。その手は一瞬だけ鋭く光ったかと思うと、放たれた閃光は正反対に向きを変え、彼女の方へ飛来する。

 ガラスが割れるような音がして、彼女の足下から氷煙が立ちこめる。シェリルは目を丸くし、己の足下を見た。そこには当然のように鎮座する氷の塊があり、それは彼女の足を確実に巻き込んでいた。

 走馬燈のような一瞬の出来事であった。


「なっ、そんな……。す、素手で……」

「反射だと……?」

 一瞬で無力化されたシェリルは思わず手に持った杖を落としてしまった。屈んで拾おうにも、足下の氷が邪魔で関節を動かす事が出来ない。下手に動こうとして脚が固定されたまま転べば、筋肉や関節を痛めるのは必須。


「……そろそろ帰らせて貰う」

 客は後ろに置いてある剣を腰に装着し、出口に向かって歩き出す。カトラスは客の前に立ちはだかった。これはカトラスにとって自然な動作であり、自分の意思とはほぼ無関係で為された。

 思わず立ちはだかってしまった時、目の前の客に対する恐怖心が暴風のようにカトラスに襲いかかる。しかしもう今更退く事は出来ない。この得体の知れぬ人物に一矢報いらなければ気が済まなかったのだ。


 カトラスは勢いに任せて抜刀する。客とはもう目と鼻の先だ。

「待ちた……ぐぁ!」

 パシンと耳をつんざく音がして、空中を剣が舞う。カトラスは横の壁に思い切り叩きつけられた。シェリルは思わず目を閉じる。カトラスが叩きつけられた弾みで壁に飾られた絵が落ちる。

 カトラスは一瞬、何をされたのか分からなかった風だが、遅れて走る腕の激痛を感じてやっと気がついた。

 自分が武器を出して瞬間、勢いよく弾かれたのだ。姿勢、速さ、剣の握りどれも申し分なかったのに、いとも簡単に弾かれてしまった。客は自分の動き全てを見切っていたのだ。


 早足で去る客を、カトラスは壁に力なく寄り添いながら見送るほかに無かった。兵士達は少し前に逃げ出しており、残っているのは泡を吹いてくたばっているガンド、脚が凍って動けないシェリル、そして腕を押さえるカトラスと店主だけであった。

 そんな三人を余所に、店主は黙って床に散らばったガラス片を箒で掃いていた。

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