表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強者の苦悩  作者: 林葉
黒き英雄
21/45

影の計略

 黒剣がミノタウロス盗賊団を瞬く間に潰したと言う話は首都を駆け巡った。民衆の不安を焼き尽くす炎で一匹を燃やし、魔物の本能と生命を凍らし、正義の闇で切り裂いたと言う武勇伝は民衆の心を鷲掴みにした。


 一方、冒険者ギルドでは、その栄光の輝きとは裏腹に陰惨たる雰囲気が会議室を支配していた。

 黒剣の活躍は、皮肉にも一番に冒険者ギルドに伝わった。とある冒険者の黒剣に対する公務執行妨害の抗議文章と共に。


 そして円卓の机の内側には一人の髭面の男が立っていた。周りの重役達は髭男を取り囲むように座り、腕を組んで睨み付けている。

「冒険者団、巨人の金槌の代表、オービル! 貴方は昨日の黒剣に対する公務執行妨害をした事を認めるかね?」

 一人の男は文章を見ながらオービルに確認する。その目は真っ直ぐオービルの目を貫き、その後ろの壁にさえ届きそうな勢いであった。そして当の本人であるオービルは気まずそうな顔で答えた。

「……抗議的行動はしました。しかし公務執行妨害をしたという覚えはございません」

 他の重役が即座に突っ込みを入れる。

「しかしこの報告書によれば君は黒剣の隊長、カトラスに対して武器を見せつけるなどの脅迫行為、ならびに実際に攻撃を加えようとしたと言う傷害未遂を犯したと書いてあるが」

 温度の感じられない声だ。しかし淡々と響くその声はオービルにとっては冷徹な断罪者のように思えた。


「確かに武器を振りかざしたというのは、脅迫と取られてもしかたありません」

 オービルは何とか濁そうとした。しかし重役はそれを見逃さない。あくまで厳しい追及を続ける。

「で、認めると言うわけだね」

「うっ……、いや……」

「認めざるを得ないだろうな、オービル君! 安心したまえ。黒剣側はあくまで穏便に済ませたいと言っている。黒剣に提出する報告書には“おおよそを認めた”と書いておこう。もちろん君……いや、君たちには何らかの処分を下す必要がある」

 君たち、つまり巨人の金槌に関係する処分もあると言う事だ。


 重役の一人は立ち上がって手に持った書類を読み上げた。

「巨人の金槌代表オービルは黒剣に対しての公務執行妨害を認め、個人冒険者としての活動および巨人の金槌としての活動を停止する処分を受けるものとする!」

 重役はこれとは別にもう一つ付け加えた。

「万が一、この処分を無視した行動をとった場合、オービルの冒険者登録の白紙化、そして巨人の金槌の解体を行うものとする。以上!」


 雷のような声を聞いたオービルはうなだれ、トボトボと部屋を出て行った。オービルを見届け終わった重役達は組んでいた腕を下に降ろし、大きく息を吐いた。

「はぁ。彼も余計な事を……!」

「まあまあ。情報伝達も上手くいっていなかった事だし、大目に見ましょう」

「大目に見る事が出来れば良いんですがねぇ」


 重役の一人は手元の紙を見た。その紙には公務執行妨害の責任の所在と、その責任の形である罰金が書かれている。ギルドが傾くほどでは無いが、それでも痛手になる出費だ。

 重役は声を上げた。

「今後こういうことが起こらないように、各部署、冒険者に対しての情報伝達を強化する! 今すぐ書類を刷って配れ。黒剣による規制が発表され次第、いつでも冒険者に指示が出来るように!」

 重役達は部下を呼び集め、怒号の指示を出す。それを聞いた部下達は弾かれたように小走りで部屋を出た。


 会議室も落ち着きを取り戻し、何人かの重役が出て行った後、所長と他の重役達はまだ話を続けていた。

「これが何回も続くと拙いですね。ギルドの存在意義にも関わるし、収益だって大きく減る可能性がある」

「何せ上級の魔物の素材を市場に流す事が出来ないのが大きな痛手だ」

 魔物ありきの組織である。残飯だけでは子を飢えから守る事は出来ない。少なくとも黒剣の権限を少しでも削ぐ必要がある。


「ところで、所長は何か対策法を思いついたのでは?」

 重役は所長に聞いた。所長は眼鏡を拭きながら嫌そうに答える。

「いやあ……。例の人物に連絡を取ろうと思ったのですがねぇ。来る様子が無いのですよ」

「例の人物? それは冒険者なのですか?」

 重役はさらに問う。所長はまたしても嫌そうな表情で答えた。

「あ、冒険者名簿には載っていませんよ。彼は“特殊”ですから。例外中の例外です」

「もしや、“カマ”の事ですかな?」

 カマという冒険者は、少なくともギルド内においては有名である。


 ギルドにとって想定外の脅威が出現した時、少しでも犠牲を減らすべく、単身で脅威を排除する存在、それが特級冒険者である。彼らは十階級の冒険者とは比べものにならない戦力を持っている。ギルドは彼らを厳重に保護し、丁重に扱い、有事の際には活躍して貰っている。

 カマという変わった名前の人物はまさしく特級冒険者であり、冒険者のトップの存在である。


「いや、カマは名簿に載っていますしねぇ。違います。もっと上です」

「カマより上? あれがトップじゃあ……」

「さっき言ったでしょう? 例外中の例外だと」

 よく分からないと言った風な重役は唾を飲んだ。特級冒険者の存在は知っていたがその上は初耳であった。


 知っている人は知っているのだが、知らない人の方が多いだろう。彼がそれを分からないのは無理もない。それは例の人物とギルド側の協定が守られている結果であるからだ。


「こんな戦力を保有しているとあれば、あらゆる組織、諸外国からの圧力が掛かりますからねぇ。内密にしているのですよ。ですから貴方にもご協力をお願いしますよ? じゃないと、コレですから」

 所長は自分の首に親指を当てて、そのまま横に引いた。


「そ、それでその人物をどう使うのです?」

「簡単な事ですよ。脅すんです」

 所長は開き直ったようにそう言った。脅すなどという言葉は彼の口からは出すべきではないが。

 所長は紅茶を一口飲んで大きなため息を吐いた。

「ですが彼は簡単には動いてくれませんからねえ。この間も呼び出し状を書いたのですが、一向に来る様子が無い」

「所長直筆のですか?」

「もちろんですよ。私の直筆でもまだまだ釣り合いが取れませんけどね」


 冒険者にとってギルド所長直々の呼び出し状は絶対と言っても過言では無い。事務部が発行した呼び出し状でさえ、従わないと面倒な事になる。それは冒険者にとっては常識であった。ギルドの所属している以上、その決まりは守らなければならないからだ。

 その所長直筆の呼び出し状に応じる様子が無いというのは非常識極まりなく、その人物の例外さが垣間見えた。


「ほえぇ……。で、返事にはなんと?」

「返事? 彼が書くわけ無いでしょう、そんなもの」

 所長はハッキリと言った。すると重役は口に手を当てて、目を丸くした。

「……話が逸れましたね。ですから、彼を頼る事が出来ないので他の対策を考える必要があります」

 所長はおもむろに立ち上がり、スーツの上着と中折れ帽を付けて部屋を出ようとする。重役は声を掛けた。

「所長、どこへ?」

「ちょっと思い当たるものがね……」

 所長はそう言い残し、縮こまった背中を重役に見せながら出て行った。


 それから、ある程度日数が過ぎたある日。

 首都に響めきが走った。それは情報紙に書かれた大きな見出し文字によってもたらされた。

『森の浄化作戦!』

 ここ最近魔物の数が増えて活発化している。その原因は首都近くの森にあると、その森を調査した黒剣が発表した。話によれば森の至る所に魔物の巣があり、森から溢れた魔物が人々を襲うと言う。近々黒剣は一気に森の魔物を駆逐するのでは無いかという話が持ち上がったのだ。

 事実、魔物の数は増えており、都市間を運行する馬車は運行を見合わせるという事態にまで陥っている。


 話題が熱いのは魔物だけでは無い。首都では黒剣と冒険者ギルドが言い争いをしていると言うのは周知の事実であった。

「黒剣が現場を無理に規制し、冒険者ギルドを含む他事業を全て排除している」と言う事を冒険者ギルドは主張し、それに対して黒剣は「安全を確保し、尚且つ混乱を防ぐため」の一点張りである。


 首都の専門家は一つの疑惑を感じるようになる。それは黒剣が魔物を討伐する事で得られる収益を独占しようとしている、と言う疑惑だ。

 現在市場に出ている希少価値の高い素材は黒剣から流された物がほとんどだ。つまり黒剣がその気になれば流通を制御し、素材の値段を操作する事が可能と言う事になる。もちろんその収益は黒剣の発起人であるトラウスの懐に入っていると容易に想像できる。


 トラウスの立場は公爵。誰もが表立ってそれを糾弾することは出来ない。トラウスの権力を恐れて、影でひそひそ話をする他に無いのだ。

 民衆の意見も割れ、黒剣を英雄視する者もいれば、懐疑的な目を向ける者もいる。

 冒険者ギルドは黒剣に頭を押さえられて動きづらいと言う状況にあり、今日まで大人しくしていた次第である。


 ある酒場に一人の初老の男が入ってきた。その老人は小柄な体で、スーツを着こなして中折れ帽を被っている。その酒場の店主らしき人物を人差し指で呼びつけると、何やら耳打ちする。それを受けた店主はカウンターの奥の扉を開けて、老人はその奥へと入っていった。

 扉の奥は廊下になっており、目の前にまた扉があるだけだ。その扉の前には一人の男が立っている。老人はその男にも耳打ちすると、男は扉を開けた。


「調査の程はどうでしょうか?」

 老人は開口一番にそう言った。

 老人の目の前にはヒョウ柄のソファーに、下品なほどに足を広げて腰掛ける一人の男がいる。

 テーブルにはウィスキーや葉巻などの趣向品が所狭しと転がっている。壁には鹿の頭が飾っており、上から老人を見下ろしている。


「ぼちぼちだよ、所長さん」

 老人は男に勧められるままに対面の席に着く。すかさず横から水の入ったグラスが差し出された。ここの若い衆は躾けが行き届いていると老人は思った。

 目の前の男は老人が一口水を飲んだのを見るとニヤけながら話し始めた。

「まあ結果的に言うと、長官殿も詰めが甘いってこったぁ」

「どういう事ですかな?」


 男は前屈みになり、人差し指を上に向けて説明する。

「煙はな、火が無きゃ立たねえ」

「まさか……」

 男は大げさに両手を広げた。その動作に所長は少し驚く。

「自作自演なんだよ!」

「く、詳しく」

「フィレットの闇商人と繋がりを持ってたようだ。その業者がうちと知り合いの業者でもあるんだなそれが。だからこっそり探る必要も無かったよ! 何せこっちから声を掛けただけで、もう筒抜けなんだからよ! ヒィッハッハッハ」

 男は何かがおかしかったのか、腹を抱えて笑い出した。男の読めない行動に老人はいちいち驚く羽目になっているようだ。


「でな、その業者は魔物を取り扱っている。もう分かるな? 分かるな!?」

 老人は腕を組み、難しい顔をして唸り出す。

「ううむ……。ひとつ良いかね?」

「ああん? 何でも言ってみな」

 男はまた老人に顔を近づけた。意地の悪そうな笑みが老人の眼前に迫ってくる。片方の目は薄く開いて、もう片方は思い切り見開いているのが余計に彼の不気味さを際立たせた。

「その業者が潰れる事になっても、君は許せるかね?」

「ヒャハハハ。それは今から話し合う事じゃねえのか? 所長さんよ」

 老人は少しの間考えた。その間に男は新しい葉巻を取り出すと火を付けて思い切り吸い、ありったけの煙を吐き出した。


 やがて老人は何かを閃いたのか、さっきより少しは明るい顔をして話し出した。

「フィレットを焚き付けようかなと。その業者はフィレット王国の業者なのでしょう? その業者から魔物が流れているとあれば、フィレットも他人事では済まさないはずですからねぇ」

「ううん、なるほどぉ」

 男は満面の笑みで話を聞いている。

「フィレットの責任を取って貰うと言う形でね、告発者である我々と共に問題解決を図ると言う大義名分で、トラウスを糾弾していただくのです」

 男は大げさに頷いた。

「なるほどぉ。自国では無く、国家間の問題にしてしまう、と。賢いねえ、所長さん。そうなれば、ルクレシアの上層部もトラウスを放っておく事が出来なくなるって寸法かい」

「もちろん準備は必要ですがねぇ」


 男は顎に手を当てた。所長はウィスキーを一口だけ飲む。

「シャドウさんには、フィレットとの連携支援とプロパガンダの準備をして頂きたいのですが」

「どんなぁ?」

「適当に、トラウスは軍靴の音がお好みだ、とでも言っておけば良いでしょうな」

 トラウスの軍部の求心力を強めたいと言う本音を暴き、それを批判する空気を作る事で、フィレットの圧力の効果を強める算段だ。

 いつの時代でも戦争を批判する者は英雄として扱われる節がある。誰だって戦争に行きたくは無いわけだ。だから所長はそれを利用する。平和主義と軍国主義という構図を作れば、民衆は容易く平和主義へと傾くだろう。

 シャドウもそれは理解していた。所長の話を聞いた時点でシャドウはそれを思い描いていた。そしてシャドウと所長の思惑は一致している。となれば話は早い。


 シャドウは即座に部下を呼び、指示を飛ばす。その指示の内容は所長には聞こえなかった。

 シャドウは指示が終わった後、再び所長に向き直る。その目はいつになく真剣であった。所長は思わず身構えた。あのちゃらけた態度のシャドウがいきなり神妙な顔をしたのだから。


「トラウスを糾弾するには証拠がいる。つまり魔物商人に“歌わせる”必要があるな。まあ俺も今まで懇意にしていたが……」

「必要な額を。ここに」

 所長は懐からしっかりとした紙を取り出した。

「おおう! 話が早いねえ。やっぱりギルドの所長は違うな! 格がよお」


 シャドウは大きく手を叩き、所長のグラスにウィスキーを並々と注いだ。しかし所長はそれを飲まずに、帽子を被ってソファーから立ち上がる。

「なんだぁ、つれねえなあ……」

「すいませんねぇ。私も忙しいものですから。では失礼」

「おう! 見送ってやんな!」

「ああ、いやいや。良いですそのままで」

 所長はまるでシャドウから逃げるように去って行った。


 所長は酒場から出て路地裏を歩き出す。道に散らばった葉巻の吸い殻を踏みつけ、時折聞こえる女のあえぎ声を聞きながら、首都の闇たる部分を歩く。

 何回か角を曲がって、もうすぐで大通りに出ようかと言う時。


「おい! じじい!」

「良いスーツだな。でも俺の方が似合ってるんじゃね?」

 チャキッ、と音がした。所長が振り向いた先には体格のいい男二人がナイフを手に持っている。そしてそれとは別の気配を感じて向き直ると、また別の二人組が所長の前に立ちはだかっていた。挟み撃ちだ。

 やはり素直に見送って貰うべきだったかと考えながら、手に持っていた杖を引っ張る。木で出来た杖であるはずなのに、金属が擦れ合う音がする。それは杖の中に刃を仕込んだもの、仕込み杖だ。


「今でこそ非力だが、私も冒険者のささくれだった……」

 所長が独り言のように喋る。それを合図にゴロツキは襲いかかった。しかし――。

 鈍い音が二回ほど鳴った。遅れて、また鈍い音が四回鳴る。所長の足下の水たまりが跳ね、靴を僅かに汚した。所長の前は、今まで立ちふさがっていたものが無くなり、元の路地裏の景色を映していた。


 所長は抜き身の刃を持ったまま後ろを睨む。

 そこには筋骨隆々の男の姿があった。

「……ボスがちゃんと見送れ、て言うから」

 男は呟くように言うと、所長に背中を向けてどこかへと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ