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強者の苦悩  作者: 林葉
黒き英雄
20/45

堅い門番

 首都の昼下がり。大通りは何時ものように賑わっている。果物屋の林檎は赤々としており、その向かいの屋台からは肉を焼いた煙が通行人の視界を妨げる。

「情報紙だよおお!」

 情報紙の配り係は声を上げた。それを聞いた通行人はすれ違いざまに情報紙を受け取っていく。配り係は流れるような動作で次々と情報紙を渡していった。


『野生の盗賊団、現る!』、『ミノタウロスの恐怖!』、『ついに出撃か!? 黒剣』

 通行人達は情報紙を食い入るように見つめる。情報紙で魔物の脅威が取り上げられるのは何時もの事だが、今回は少し訳が違った。何せ、あの黒剣のパレードがあったのだ。やはりミノタウロスは黒剣の剣の錆になるのか。とにかく民衆は期待している。


 もちろん冒険者ギルドでも黒剣の噂で持ちきりだった。ある者は純粋に興味を持ち、ある者は所詮民衆が作り出した偶像と批判し、またある者は顔も見ていない黒剣のメンバーに敵意をむき出しにする。

 ダンッ、とジョッキを叩きつける音が響いた。だからといって建物の中は静かになったりはしない。何時もの事だ。

「噂では、まだ二十代のクソガキらしいな」

「舐め腐りよってからに……」

 大柄な男は情報紙をくしゃくしゃに丸め、真後ろに放り投げた。ちなみに後ろの様子は確認していない。投げた情報紙が誰に当たるかなど、大柄な男にとってはどうでもいい事だった。


「どこもかしこも黒、黒、黒! うぜえわ! 黒い装備の奴は皆シバキ回そうぜ!」

「聞いた話じゃあ、ギルドの魔物討伐に乗り出してくるらしい」

「ふん! どうせ素材と手柄を横取りする気なんだろ!」

 スキンヘッドの男は机を叩いた。その衝撃で食器達が一瞬だけ傾く。

「大体よお! 気に入ら……」

「おい……お前、後ろ……後ろ!」

 向かいに座っていた男が、大柄な男の背後を指さした。大柄な男とスキンヘッドの男は同時に振り返る。


「この落とし物、君たちのかなぁ?」

 後ろで立っている人物は銀色の長い髪を揺らしながら二人に問うた。その手には丸められた情報紙が。銀髪の男は和やかに二人の男に声を掛けたのだが、その二人の男は全く同じタイミングで声を上げた。

「うわあっ!」

 二人は椅子に座ったまま飛び上がるという器用な真似をする。その衝撃でグラスが倒れ、半分ほど入っていたビールがこぼれた。

 銀髪の男は二人の肩に手を回しながら話しかけた。

「気になるでしょ。僕もそうなんだぁ。最近、手加減ばかりで肩が凝っちゃってねぇ。闘ってみたいなあ……」

 半分独り言のようなものである。しかし二人は首が取れそうな勢いで頷いた。

「はっ! はひいぃ!」

 銀髪の男は何かの愚痴を散々言った後、二人の肩に置いた手をどけて、どこかへと消えた。残された二人は弱々しいため息をついて、そして涙目になって一目散に建物を出た。


 ダンッ! 机が叩かれた衝撃でグラスが小躍りする。その音はむなしく響き、広い会議室の空間に消えた。

「所長! どういう事ですかこれは!」

 次に聞こえたのは激しく野次る上層部の声だ。

「全くだ、黙ってこれを受け入れると言うのですか!」

 怒りの矛先は会議室の奥の窓際の席に座っている人物、冒険者ギルド所長に向けられている。所長は両肘を立て、目の前で両手を組み、静かに佇んでいる。その静かな所長とは対照的に、周りの重役達は手元の書類を人差し指で弾きながら怒鳴っていた。


「皆さんがお持ちになっている書類、その書類は前日、新部隊の関係者が持ってきた物です。内容はもうお分かりでしょうね。そしてもう一枚別の書類、それは今回のミノタウロスの一件について、安全のために我々冒険者ギルドの独自行動を制限すると言う内容です」

 所長は説明した。しかしそれは分かりきった事で、会議室は再び喧噪に包まれる。


「そもそも、これは自由競争の理念に反するのでは? 討伐した魔物から得られる物品は一定の経済効果があるのですよ!」

「そうだ! 所長、なんでそれを言わなかったのですか?」

 重役達は口々に騒ぐ。所長はため息をついた。

「無駄です。そんな事を言ってもね」

「じゃあ今すぐにでも討伐隊を編成してだな……」

 重役の提案に所長は間髪入れずに反論する。怒りも焦りも感じられない平坦な声が響き渡った。

「それも難しいですね。何せ無理矢理介入しようとすると、悪質な公務執行妨害として取り扱われる事になるでしょう。最悪、ここに居る何人かが引っ張られるやもしれません。私を含めてね」

 それを聞いて怖じ気づいたのか、重役達は黙り、腕を組んで低く唸るだけになった。


「ともかく、今は様子見です。各自、事を荒立てず自重する事。早急に、今すぐ対策が必要という訳ではありませんから。とにかく出方を見るのです。それがいいでしょう」

 何も無い、何も湧いてこない不毛な会議。この消極的な方針を持ってこの会議は終了とした。

 口々に不満を言いながら出て行く重役達を見送って、一人残された所長は窓から差し込む日に照らされながら紅茶を飲む。


紅茶はすっかり冷たくなっており、妙な苦みだけが所長の口の中を泳いだ。


 首都の昼下がり。ある程度客をさばき終わって、落ち着き始めた露店の店主達は遅めの昼食をする。大工達は休憩中で、材木の上に座って仕事仲間と談笑をしている。


 ――コンコン。白く綺麗な手が扉を叩いた。ノックの音は大きくも無く小さくも無く、計四回響いた。しかし扉の向こうにいるはずの相手は返事一つしない。しかし、ノックした本人は構わずに扉を開けた。


 部屋を開けると真っ先に目に入るのが、複雑な意匠が施された巨大な縦長の箱のような物。

 その箱の下部はガラス張りになっており、中では棒の先に付けられた球が一定の速度で振り子運動している。上部には何か円盤のような物が貼り付けられており、その中心からは異なる長さを持った三本の針が付けられている。その三本のうちの一つは、下部の球と同じ間隔でカチカチと円盤を回っている。

 下部の球が揺れるたびに小気味良い音が鳴り響いた。


 その謎の箱は机を挟んで部屋の一番奥に置かれており、その席に座る人物を見下ろしているようだった。

 このやけに広い部屋には謎の箱と机と専用の台に立てかけられた剣しかなく、殺風景であった。

 そして椅子に座る人物を見て、入ってきた者は給仕服の襟を正した。

 たった今部屋の敷居を跨いだ給仕は腰を折り、ゆっくりとお辞儀する。しかしそれでも主人は何も言わない。主人が被っているフードの奥の闇が給仕を貫いているだけである。


「失礼します」

 温度の無い無機質な声が給仕の口から発せられた。給仕の顔もまた冷たく、整っており、それが謎めいた雰囲気を醸し出している。

 給仕は主人の机に向かって歩き出す。硬い大理石の床であるにも拘わらず一切の足音が無い。机の前にたどり着いた給仕は懐から一枚の紙を取り出した。

「デューク様宛にギルドの方から文章が届いております」

 給仕の主人たる人物、デュークは椅子に深くもたれ、両手を組んでいる。給仕はそれに臆する事無く、何時ものように喋ったが、その声は先ほどと比べて僅かに強張っていた。


 デュークは給仕が一度置いた紙を手に取る。

 その紙には『お呼び出し』と書かれ、丁寧な挨拶に始まり、デュークに来て欲しい思いをずらりと書かれている。用件に関しては特に書かれておらず、一番下に冒険者ギルドの所長のサインが書かれていた。


 デュークの右手が一瞬赤く光った。すると手に持っていた手紙が瞬く間に燃え、黒い燃えかすが皿の上に積もった。

「……下がって良い」

 給仕は燃えかすの乗った皿を手に持ち、お辞儀した後で部屋を後にした。一人残されたデュークは何かをするわけでも無く、手を組んだまま少し俯いた。後ろの箱から鳴る音が寂しく響いた。


 翌日。夜霧の抜けきらぬ朝方。首都から少し離れた森を目指して歩く集団がいた。

 動きやすい革の服で、胸や頭などの急所には金属のプレートが当てられている。動きやすくも頑丈な服装である彼らは一般的な冒険者である。彼らは十数人で固まって移動している。


「あいつらが来る前にさっさと片づけてしまえばこっちのもんよ」

「黒剣が現場規制を掛ける前に叩く、ですか」

「今、ギルドはやつらに頭にきてる筈だ。こっちも大人しく言う事を聞くわけじゃ無いって事を教えてやればいい」

 髭を生やした男はにやりと笑った。その顔にはいくつかの古傷があり、それは彼がそれなりの冒険者である事を表していた。

「これが成功したら、昇級もあり得るかも知れないぜ?」

「え、昇級?」

「まじかよ! 気合い入るわ!」

 

 現在、ミノタウロス討伐の依頼は出されていない。しかし冒険者は討伐対象で無くとも、一定の功績を挙げれば昇級される場合がある。冒険者達はそれを狙って、常日頃から街の外へ繰り出すのだ。


 沸き上がる熱気を携えながら一行は歩き、そして森の前までたどり着く。髭男は後ろを向いて声を張り上げた。

「おい、準備しろ! 前列と後列、攻撃と補助を均等に割り振れ! 後ろを取られても良いようにな!」

 髭男の指示が飛び、団員はそれに応えて大きな返事をする。そして気合いを入れ、森へ一歩足を踏み入れようとした時。


「ちょっと待って貰おうか」

 団員達の背後で声がした。

「あん?」

 髭男は面倒そうな表情で振り返る。せっかく気合いを入れて踏み出そうか、と言う時に水を差されて少し機嫌が悪くなっている


ようだ。しかし次の瞬間には驚きの表情に染まる事になった。

「何だ、お前ら!」

 そう質問しながらも、おおよそは分かりきった事だった。それは髭男にとって一番の懸念事項。


「第一級特別討伐隊、黒剣ですが、何か?」

 水色の模様が入った黒のローブを着た女が応えた。その女が眼鏡を指で直すとレンズが光を反射した。女は他の隊員同様、一人の男の後ろを付いている。

 先頭の男が口を開いた。

「この区域は規制中の筈だ。帰りたまえ」

 髭男はすぐには言い返さなかった。ゆっくりと首を動かして黒剣の隊員を舐めるように眺めた。


 まさしく黒の戦士と言ったところか。黒剣のメンバー全員が黒の鎧もしくはローブを着用している。その防具には赤や水色などの模様が入っており、恐らく、それぞれの得意とする属性を表しているのだろう。

 全員が若い外見であるにも拘わらず、立ち方など隙が無く、かなりの手練れである事を示している。特に先頭の男はこれまた他の者とは一線を画しており、髭男に対する距離、目線、姿勢がいつでも切り捨てる事が出来ると言う事を表していた。


「くっ……」

 髭男は狼狽えた。まさか二十代かそこらの若造に脅かされるとは思わなかった。少なくとも経験で言えば自分の方が上であるはずなのに、なぜか勝てる気がしない。そういう風に感じさせた。

 しかしこのまま黙って引き下がるわけにもいかない。何か威勢を示す必要があった。そうでもしなければ髭男自身のプライドというものが風で吹き消される気がしたからだ。


「なんだ、クソガキじゃねえか。お前らも聞いた事があるだろ? “巨人の金槌”を。それが俺らだ」

 髭男は背負っている巨大な鎚を構えた。それは少し振り回しただけで風が吹き、見る者を圧倒させるだろう。

 巨人の金槌、その名を聞いて知らぬと言う冒険者はいない。鋼のように堅い団結力と、団長が持っている巨人が持つような鎚で魔物達を叩き潰す、大御所の集団。ゆえにそこに属すると言うだけで一つのステータスになり、巨人の金槌の一員とあれば一目置かれるだろう。


 しかし、先頭の男はどうでもいいように言う。

「君たちと話をする暇は無いのだよ。帰りたまえ」

「はっ? 貴様、ふざけんなよ」

 髭男は先頭の男に顔を近づけて静かに凄んだ。絶対的な自信を持つ巨人の金槌を、“君たち”という一言で片付けられたことに彼は怒った。

「今ここで俺の力を見せてやっても良いんだぜ? おいっ」

 体から溢れ出る闘気。周囲を渦巻く殺気。髭男のこめかみの血管が浮き上がり、その腕には青筋が立っている。その姿に他の団員が恐怖する。

「た、大将! 殺したら、俺ら指名手配じゃないですか! それだけはやめてくだせえ!」

「そうです、大将! 貴方の強さは十分知ってますから! ほんまにそれだけは!」

 団員の呼びかけに大将は振り向き、ニカッと笑う。

「大丈夫だ、ちょっと脅かすだけだ。ちょっとな……。男はなぁ、引いちゃあお終いよ。どんなときでもな」


 髭男は先頭の男の方に向き返り、鎚を振りかぶった。

「俺らを愚弄したな。別に逃げても良いんだぜ?」

 先頭の男は姿勢を変える事無く、髭男の鎚を目で追った。


「いくぜ! おっらああぁ! ……がっ!」

 振り下ろされるはずの鎚はいつまで経っても動かない。先頭の男の頭上でピタリと制止する。それは鎚に対して物理的な防御が為されたわけでは無かった。

「なんだ? あ、貴様……」

 髭男は自分の足下を見る。鎚を振り下ろす瞬間に感じた違和感。その正体は自分の足下を冷やし、地面にはり付けにする物。氷だ。


「これ以上攻撃的行動に出ると公務執行妨害と見なしますが、何か?」

 女は再び眼鏡を指で直した。小さな声であったが、髭男の耳にはしっかりと入っていた。

 髭男は何も言わなかった。しかし怒りと悔しさで鎚を持つ手は僅かに震える。

 こんな小娘ごときに一本取られるとは思わなかった。ましてや瞬間的に発動した魔法を見切れるはずも無かった。黒剣は、こんな小娘でさえ自分より格上なのか。髭男はうなだれた。


 そんな髭男を放って黒剣は森の中へ入っていく。

「大将、いいんですかい?」

「……構わん。今回は許してやろう」

 髭男達は陰惨な雰囲気を携え、街へ戻っていった。

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