暴露
デュークは二人に背を向けたまま問いかける。射抜くように鋭い言葉だ。マーキーはよく分からない様子で答えた。
「は? 俺は遺跡荒らしの……」
「お前じゃ無い」
デュークは振り向き、少年の方を向く。デュークが被っているフードの奥は暗闇で顔が見えない。しかしその眼光だけが光っている。その眼光は焼き殺すかのごとく少年を射抜いている。
「え? えええ!? ぼ、ぼぼくぅ?」
「デューク! どういうことだ?」
デュークの雰囲気が一変する。先ほどのように、芯から凍ってしまいそうな殺気。マーキーは自分の血が凍り付いていくような感覚を覚えた。
「そんなこと聞かれても……。僕はただの冒険……」
「全てが不相応……。お前の全てがちぐはぐ」
デュークは無機質で淡々とした口調で言う。しかし、その言葉は部屋の空気を重々しくする。
マーキーはハッとした。言われてみれば、少年にしてはおかしい点があったのだ。
オドオドした態度を取っていたにも拘わらず、偽物の玉が置いてある部屋では真っ先に驚喜し、玉に駆け寄った。
十三歳ほどにしか見えない少年が人の死を目の当たりにしても、立ち直りが早すぎる。
「ちょっとまってよ! 僕が何だって言いたいんだい?」
「お前の爺はゾークの魔術師と言っていたな」
「それがどうしたの?」
刃物のように鋭い眼光が少年を睨む。少年は思わず仰け反った。
「あの魔方陣は、魔族達の門外不出の術。仮にお前の爺が長生きだったとしても知るはずが無い」
「そ、そんな……」
汗が少年の頬を伝う。頬から伝った汗は顎の先で止まり、中々落ちずにいた。
デュークが階段を降りる。少年もデュークから距離を取るように階段を降り始めた。
デュークは立ち止まった。隣にいるマーキーが話しかける。
「おい! 訳が分かんないぜ!」
突然デュークが腕を横に伸ばした。マーキーの手に僅かな衝撃が走る。気がついて手を見ると、さっきまで持っていたボウガンが無い。ボウガンはデュークの手にあった。
そしてボウガンの矢尻を少年の方へ向けると引き金を引いた。
閃光が走る。光の矢は少年の胸を突き刺す――、ことはできなかった。
矢はバチンと弾かれ、床に落ちた。
「闇属性の結界!」
マーキーは驚愕する。使い手が極端に少ない闇属性。仮に適正があったとしても、自在に使うのは至難の業。ましてや年端もいかぬ子供が無詠唱で使える術では無い。
「いや……。僕はその、天才というか……」
言い終わらぬうちに少年の姿が消えた。次の瞬間、派手な音を立てて床が崩れた。
大の字になって転がる少年をデュークが見下ろす。
「恐らくお前は人間では無い。死んで貰おう……」
デュークが再び抜刀した。
喰う者を相手にした時とは段違いの殺気。マーキーの腕は一瞬にして鳥肌が立ち、歯はギチギチと音を鳴らす。巨人、軍勢、鉄壁、これらの言葉でもデュークの威圧感を表すには足らないだろう。気を抜けば意識を手放してしまう。マーキーは自分の小指を噛んだ。
しかし少年はデュークの威圧を受けても怯える様子も無く喋り出す。
「ふ、ふふ……。ばれてしまっては仕方が無いなぁ」
少年の態度が豹変する。そしていきなり真上に高く飛び上がった。少年は空中で静止する。両腕を横に突き出すと少年の体が光に包まれた。
その光から魔力が溢れ出す。莫大な魔力の奔流。その魔力にマーキーは頭痛すら覚える。
溢れ出した魔力は衝撃を発生させ、床に地割れを作る。地響きが鳴り、天井から石屑が落ちる。
やがて光は収まり、正体を現した少年が降ってきた。
背中に翼を生やし、でっぷりと肥え太った男。肌は紫色で、下品な笑みを浮かべ犬歯をむき出しにしている。
少年だった者は、高音と低音を混ぜ合わしたような声で喋り出した。
「もう少しで良いものが見られたのに……。邪魔しおってからに。死んで貰うのは貴様らだ」
「一つ聞いて良いか?」
「ああ、どうせ死ぬんだ。構わんよ」
化け物は見下した態度を取った。
「この宝探しを計画したのはお前か?」
「ぎゃっはっはっは、その通り」
化け物は翼を羽ばたかせる。生温い風がマーキーの頬に当たった。マーキーはボウガンを構えたまま睨んでいる。そのままゆっくりと動いて化け物の背後を取ろうとするが、化け物もそれに応じて動く。
「人が絶望する様って、見てて良いと思わないか? 下等種族の人間など、魔族の我々にとっては虫と同じ」
時として子供は虫に対しては残酷だ。トンボの羽を千切り、蟻の巣に水を流し、蜘蛛を瓶に閉じ込める。子供が虫に対してそうしたように、目の前の化け物は人を絶望させて楽しんでいたのだ。
「さあ、お喋りは終わりだ。死ねぇ!」
化け物は高めた気を解放する。暴風が吹き荒れ、衝撃波がマーキーを吹き飛ばした。そのまま壁に叩きつけられ、床にうずくまった。
デュークが超加速する。足下の床が弾け飛び、小さな衝撃波が起こる。
甲高い音が響いた。デュークの剣の先にあるのは化け物の爪。化け物はそのまま押し返そうとする。剣と爪の間に火花が飛び散る。
「ほう……。人間にしては強いんだなぁ。ぎゃっはっは」
力と力が均衡する。これがデュークの限界と判断した化け物はさらに力を加えた。だが次の瞬間、今までの力のぶつかり合いが嘘のように消え失せた。
化け物は思わず前によろける。その腹に強烈な回し蹴りが放たれた。
爆発のような音が鳴り響き、化け物は向こう側の壁に衝突する。岩肌に大きな窪みができ、その下で化け物がうつ伏せに倒れている。
デュークと化け物までの距離は長い。それだけの距離を化け物は飛ばされていったのだ。
「く、くそがあああああ!」
化け物が立ち上がり、前を見る。しかし、前にデュークの姿は無い。
(どこに隠れてやがる……?)
化け物が構える。そのとき腕を掴まれ、脇腹に衝撃が走った。
「どふっむ! があっはああ」
べちゃっ。どす黒い血が岩肌を汚した。その血は化け物の口から吐き出されたものだ。粉々になった肋骨。確実に内臓に響いている。
先ほどのような回し蹴りであれば吹っ飛んでそれまでだ。しかし吹っ飛ばないように腕を掴み、脇腹に強烈な打撃を与えれば、余すこと無くダメージを与えられる。容赦しないデュークである。
しかし化け物も無抵抗では無い。手の中で暗黒の塊を作り出し、それをデュークに叩きつけようとする。勢いを付けようと手を後ろに引いた時、デュークは化け物を空中に投げ飛ばした。化け物は回転しながら吹き飛ぶ。その弾みで魔術が暴発し、暗黒弾は天井に命中。大きな地響きの後、一際大きい岩石が落下する。その先にはうずくまっているマーキーが。
それに素早く察知したデュークは縮地でマーキーに急接近。岩石を剣で払い事なきを得る。
デュークにとってマーキーは依頼者であり、保護対象である。化け物ばかりで無く、マーキーにも気を回していたのである。
「ああ……俺は大丈夫だ」
マーキーは立ち上がり、ボウガンを手にする。だが。
「そこから動くな」
有無を言わせない口ぶりにマーキーは従った。
デュークは化け物を睨む。化け物は翼を羽ばたかせ、空中に留まっている。そして両手から暗黒弾を作り出すと、剛速で投げた。
マーキーからは距離が離れているため小さく見えたが、暗黒弾は一瞬で接近し、マーキーを覆い尽くすほどになった。
速すぎる弾速。さすがのマーキーもこれには対応しきれなかった。避けようと足に力を入れた時には、もう直撃する寸前だったからだ。
(か、母さん……)
その刹那、マーキーの脳裏に浮かぶもの。走馬燈だ。しかし、予想されていた衝撃はいつまで経っても来ない。
目を開けると、そこにはデュークが立ちはだかっていた。
「……避けるくらいのことはしろ。呆けるな」
無機質な口調であったが、マーキーの耳には怒気を含んでいるように聞こえた。マーキーは一瞬だけ身震いすると、足を動かし軽やかなフットワークを作り出した。
デュークは再び化け物に接近する。しかし化け物は全力で距離を取る。化け物は天井付近の、デュークと最も離れた距離に陣取った。
「ぎゃはははは。お前、あの人間が大事なのか? だったら殺してやるよ!」
マーキーをデュークがかばったのを見た化け物は、標的をマーキーに切り替える。最初の衝撃波で吹っ飛び、暗黒弾を避けることが出来なかったのを見て、比較的殺しやすいと判断したのだ。彼らしい卑劣な手口。遠くから睨まれたマーキーに悪寒が走る。
暗黒弾の連射が始まる。一秒につき、二発と言うすさまじい速度で弾が生成されていく。そしてそれは、どんな豪腕でも為し得ないような速度でマーキーに迫る。
化け物が親指の大きさほどに見える距離でも、マーキーに与えられた猶予は約一秒。それだけの時間で弾道とタイミングを予測し、しかるべき場所に避けなければいけない。それほどに弾は速かった。
(くそっ! 本当は使いたくは無いけど……)
このような窮地に陥ろうとも、マーキーには隠し球がある。魔術を身につけていないマーキーがいかにして幾多もの遺跡を踏破し、宝を持ち帰ったのか。それは彼の準備の良さにある。あらゆる道具を必要に応じて用意し、適切な場面で使用する。それが彼の真骨頂だ。光の矢がもっと必要であったのは彼の誤算ではあるが……。
この場合、隠し球を使うのは今しか無いだろう。
マーキーは懐から黒い丸薬を取り出し、口に入れる。丸薬は噛み砕いたそのときから効果を発揮する。
マーキーが今食べたのは劇薬だ。希少価値の高い薬草、強力な竜の血、そして高位の神官の祈り、これらを練り合わせて作ったのが“鬼神薬”。
これを飲めば少しの間、身体能力が超強化される。その代わり効果が切れた時、耐えがたい苦痛に苦しみ、七転八倒する。体の性能を無理矢理引き上げ、酷使した報いだ。つまり使うのは本当に後が無い場面。生きるか死ぬかの瀬戸際。
(これは……すごい!)
さっきまで不可視の速度だった暗黒弾が、子供が投げるボールのような速度に見える。それを避けようと足に力を入れる。すると足下の床がひび割れ、自分の体はすごい勢いで横に飛んだ。
あまりにも変わりように動揺し、思わず転びそうになったが、強化された反応速度により事なきを得た。
暗黒弾を投げる化け物にデュークが接近すると、化け物は翼での高速移動を開始する。
「こうやって逃げ回られるのはむかつくだろう? ぎゃはははは……はあっ!?」
驚くのも当たり前だ。デュークが翼も無いのに空中を移動するのだから。
「ひぃ! き、貴様……魔術も無しにいいぃ!」
デュークが虚空を蹴ると、加速し上に上昇する。そのまま前方に慣性移動すると、体が落ちる前に同じ事を行った。
簡単なようだが、これは超越的な技だ。
人間が空を飛ぶというのは誰もが夢見ること。しかし、それに費やすエネルギーは膨大。熟練の魔術師なら、ほんの少しの間空中に留まることは可能だが、デュークのようには出来ない。“神域の者”と呼ばれる超越者だけが為せる技だ。
デュークは化け物のこめかみを掴んだ。ぎしぎしと音を立てて骨が軋む。化け物は苦痛に顔をゆがめ、暗黒弾の生成を中止せざるを得なかった。
「ふっ!」
気合いの声と共に化け物を天井から床に叩きつける。
超人的な力を持つデュークが、少しでも気合いを入れるとどうなるか。それは床に転がる紫の肉片が物語ってくれるだろう。
轟音を立てて、土埃が舞い上がる。あまりにも勢いに、その土埃は天井を覆い隠した。それは巨竜が癇癪を起こし、強烈な光弾を放った時によく似ている。
仰向けに転がる化け物をマーキーが見下ろす。
「よう! 散々いたぶってくれたなぁ。これはお返しだ!」
鬼神化したマーキーの腕が化け物の腹を突いた。化け物は大量の血を撒き散らし、やがて目の光を失わせた。
「汚え花が咲いてらあ……」
マーキーは肉片に背を向け、腕を組んだ。そして懐から葉巻を取り出し火を付ける。
遅れてデュークが着地した。
「ありがとよ。変な横やりが入ったけど、あの宝箱、さっさと開けちまおうや。それと……」
マーキーは少し言うのに躊躇した。しかし、意を決して続けた。
「宝、全部やるわ。今回の俺は駄目駄目だったしな。俺は死んでてもおかしくなかったし。死人が得る宝なんて無い。また修行のやり直しだなぁ……」
「そうか……。では帰るぞ」
デュークの意外な一言にマーキーは驚いた。
「えええ!? 宝いらないの!?」
デュークは答えなかった。しかしその背中が、「二度も言わせるな」と語っていた。
「ああそうか。あいつが作った罠かも知れないしな。ははは……今日の俺、本当に駄目だな」
マーキーは自分の駄目さ加減に打ちひしがれるのだった。
デュークとマーキーは生臭い大部屋を後にしようとした。その時。
「ぎゃあああああああああああ。痛えよおおおお!」
マーキーがいきなり大声を上げたのでデュークは驚いて振り返った。目の前には叫び声を上げながら床を転げ回るマーキーの姿が。
「助けて、助けてくれよお! あああいたたたたたた! 母さん、母さん……」
デュークは、うわごとのように叫ぶマーキーを放って行くことは出来なかった。それは報酬の件があるからだ。
だだっ広い空間に一人の男の叫び声が木霊した。




