なぜ怪物は醜いのか
何度か分岐し、ゴブリンやオークなどの下級怪物を退けて、一行は一つの扉の前にたどり着いた。
扉を前にエドンは問いかけた。
「入るか?」
一応は皆に問いかけているのだが、目はマーキーの方を向いている。先ほどの暗黒蜘蛛の撃退を見て、それなりに頼れる奴だと判断したのだろう。だがエドンの期待していた物とは違う答えが返ってきた。
「俺はどっちでも良いけどね」マーキーは葉巻に火をつけた。「決まった方に付き合うよ」
今ひとつ緊張感の無い彼の態度にエドンは眉をひそめた。マーキーもエドンが眉をひそめたことには気付いているが、どうと言うことは無い。
どこに何があるか分からない以上、変に悩んだり緊張したりするのはあまり意味が無い、と言うのが彼の考えである。適度な緊張感を持ちつつ、自然体でいることが良いのだ。
一方、カイドはうんざりした様に言う。
「もおぉ……。どうせ罠なんだろ、これ。ふっざっけんな……」
「違う道探すか? じゃあ」
シュードとカイドがあれこれ言う中に少年が口を挟む。
「あのぅ……。開けませんか?」
「いや、だからよぉ! 罠かもしれないつってんだろ!」
カイドの声が反響する。少年はびくりとした。
「いいじゃん、開けちゃえよ」
マーキーは少年の意見に乗った。少年はマーキーとカイドの顔を交互に見る。
「すっきりするぜ? 一度開けちまえば」
マーキーの吐き出した煙がカイドの顔の方へ流れる。煙を吸ったカイドは鼻をスンと鳴らす。
「ようし、開けちまおう。何せ決断が遅いのが一番無駄だからな。それで先に進めたら儲けもんだろ?」
マーキーは扉の前のカイドを押しのける。取っ手に手を掛けて一気に引いた。
ザリザリとした音を立てながら扉は開く。その動きはまるで寝起きの老人の様であった。
中に入ったエドンは口をぽかんと開けた。
扉を開けた先は貴族屋敷の談話室みたいな部屋であった。
暖炉があり、暖かい色のカーペット、そしてソファー。ただ一つ気になるのが、部屋の中央に立っている台座である。
獅子の金細工が施されており、真ん中に「この世を余すこと無く見よ」と言う字が書かれている。
台座の上には水晶が乗っている。その水晶の中は妖しげな霧が渦巻いており、見る者を吸い込んでしまいそうだ。
「お、宝じゃねーか!」
部屋に入ったカイドは開口一番にそう言った。先ほどの、扉を開け渋った態度とは大違いである。
カイドは台座に近づき、書かれている字を読む。
「――て書いてあんなぁ。何なんだ? この玉」
「恐らく、世見の玉だろ……。こんなところでお目にかかれるとは……」
エドンがカイドの疑問に答えた。そして水晶をひとしきり眺めると大きなため息をついた。
「古代の大賢者が持っていたとされる秘宝。こんなもん売ったら、一生遊んでもまだ余るくらいの金が入るだろうよ」
「うわぁ……。エドンさん、もう宝を手に入れちゃいましたね」
少年は水晶を食い入る様に見つめる。
「いや、たぶん偽物だぞ。それ」
エドンはマーキーの方へ振り向く。
「そこらの石ころ拾ってきて磨いて、『世見の玉です』って看板下げた様な奴を信じるかよ。そいつぁ罠だ。やめとけ」
「何でそんなことが分かるんだよ! 貰える物は貰っとくんだよ。もしそれが罠で、敵が襲ってきても倒せば良いだろ」
エドンは苛ついた様に言った。カイドとシュードもマーキーを睨み付ける。
エドン達は水晶の魔力に当てられ、欲望がむき出しになっているのだ。
火の吊り橋、選定の試練、暗黒蜘蛛の罠。一歩間違えれば死、と言う状況が重なって精神は張り詰めていた。
そこにこの宝である。もうそろそろ褒美があっても良いだろう。自分たちは頑張った、死を乗り越えた。そういう考えがあるから水晶に伸びる手を引っ込めることが出来ない。水晶の中の霧はエドンに手招きをしたようだ。
「どうなっても知らねえぞ」
マーキーの忠告はエドンの耳に入っていない。飢えた犬の様な目をしたエドンは正常では無い。
デュークはそろりと部屋の外へ出た。そして扉を閉めようとする。そこへマーキーも滑り込んで来た。
「これだから素人は困るね。ありゃ完全に魅了の術じゃねえか」
あの程度の術を見抜けなかったエドンにマーキーは呆れた。 デュークはお構いなしに扉を閉める。
「こんな宝を放っとくなんてどうかしてる」
「あいつ、自分で扉開けといてびびってるぜ」
エドンはゆっくりと水晶に手を近づける。水晶に手が触れた瞬間、強烈な閃光が走った。
「ぐおっ!」
部屋の中にいる四人は手で目を覆う。
閃光は扉の隙間から漏れる。
「ほら言わんこっちゃない」
マーキーは両手の掌を上に向けて言った。
やがて閃光は収まったが部屋の中の四人はまだ手で目を覆っている。
「本当に……何なんだよ」
結局罠であった。エドンは罠だとは薄々感じていたが、なぜか自分自身を止めることが出来なかったのである。
そして手をどけて部屋を確認する。
「なっ!」
エドンは驚き、武器を構えた。なんとエドンの目の前に三匹の怪物が居たのだ。
黄ばんだ斑点の体、目は濁り、醜い豚の様な頭。涎を垂らしながら武器を構えている。この何とも醜悪な外見にエドンは全身の毛が逆立った。
こんな怪物は図鑑にも載っていない。二日酔いの悪夢にすら出てこない。
「何なんだ? お前らは!」
エドンが大声を出すと怪物達も吠えた。耳の中にどぶ水を入れられた気分であった。この汚い声を聞いたエドンは鳥肌が立つ。
エドンと三人の怪物は互いに向かい合う。腐臭が漂う。その臭いにエドンは嘔吐いた。
睨み合いをする中、一匹の怪物が動きを見せた。その怪物は別の怪物に襲いかかる。怪物同士の戦いが始まった。
エドンにはまるで理解できなかった。いきなり目の前に現れたかと思えば、いきなり怪物同士で戦っているのである。
だが怪物同士で潰し合ってくれるのは有り難い。エドンは怪物を叩く機会を伺う。
一匹の怪物が隅へ逃げる。そして二匹が戦っているのを見て、短い咆哮を何回も繰り返す。それはまるで笑っている様だ。
史上最悪に不快な雑音にエドンは顔をしかめる。
「一体どうなってんだぁ?」
部屋の外にいるマーキーは扉に耳を当てて中の様子を伺う。マーキーの耳に、誰かが怒鳴る声と走り回る様な音が入ってくる。
罠の作動は終わったと判断したマーキーは扉を開けた。
「何やってんだ! あんたら」
部屋の様子を見たマーキーは驚いた。
カイドとシュードがお互いに「くそったれ! 化け物めえ!」と罵り合いながら戦っている。エドンは武器を構えながら二人を観察している。そして少年は部屋の隅に立って、狂った様に大笑いしているのだ。
マーキーは口をぽかんと開ける。何が何だかよく分からないが、カイドとシュードが仲間割れをしているというのは分かった。
マーキーはますます訳が分からないまま話しかける。
「一体何があったんだ? 仲間割れするなんて」
そう言う内にカイドの剣がシュードの胸を貫いた。シュードは見開き、ひゅうひゅうと浅い呼吸をする。カイドが剣を抜くとシュードは血を吹き出しながら床に伏した。せっかくの綺麗なカーペットがどす黒くなってしまった。
しかし、カイドの表情は味方を殺してしまった時のものでは無い。どちらかと言えば、安心に近い表情であった。
マーキーは目の前の惨劇を「あーらら」で片付けた。もう今更慌ててもどうにもならないのだ。何せ一人死んでしまったのだから。
マーキーを見たエドンがいきなり襲いかかる。
「また化け物だ! くそ! 食らえ!」
マーキーはバックステップでエドンの斧槍を回避した。
「おいおい、これ以上やるなら俺も……」
マーキーが言いかけたところで突然何かが割れる音が響いた。
その音を聞いた全員がぴたりと止まる。
「はっ! 何だぁ?」
エドンが音のした方を向くと、そこにはデュークが立っていた。デュークの足下には粉々になった水晶がある。
水晶の残骸に気付いたエドンはデュークに詰め寄る。
「おい! お前なんて事を!」
エドンがデュークの胸ぐらをつかんだ瞬間、エドンが床に叩きつけられた。
仰向けに転がるエドンにマーキーが話しかける。
「俺、今分かったわ。あんたら幻惑の術に掛かってたんだ」
訳が分からない様な顔をするエドンにマーキーは説明する。
「簡単なことさ。水晶に魅了の術が掛かってたんだよ。中の霧を見たあんたは術に掛かったんだよ」
「じゃあさっきの化け物は?」
「幻惑の術だ。水晶を触った時に光が出ただろ?」
これしきの術が分からなかったエドンをマーキーは内心見下した。
「あんた本当に三級の冒険者か?」
「おい調子に乗ってんじゃねえぞ、こら」
カイドがマーキーに詰め寄る。
「大体よ、お前が部屋に入ろつっただろうがよぉ! 一人死んじまったぞ!」
カイドはシュードの死体を指さした。シュードが死んだことをマーキーの責任にしようとする。だがマーキーは悪びれる様子も無く、どうでもいい様に答えた。
「さっき警告はしたんだぞ。自己責任だよ」
カイドはマーキーの胸ぐらをつかんだ。カイドがマーキーを睨んでいると少年が間に入った。
「あのう……」
「ああっ?」
「いや、その……。終わったことを言っても仕方が無いというか……。その人の言う通りだと思います」
カイドが少年の方を向いた隙にマーキーは胸ぐらの手を捻った。
「あおおう!」
変な鳥の様な鳴き声を立てたカイドが突き飛ばされる。その弾みでテーブルが倒れ、グラスの破片が飛び散る。エドンは顔をしかめた。
「カイド……、もういい。喧嘩しても意味ねえだろ」
カイドは立ち上がったが反撃することは無かった。いとも簡単に手首を極められ、突き飛ばされたのが彼にとってはショックなことであった。
味方を一人失った一同は、より一層無口になって探索を再開したのだった。
先頭のエドンはやはりデュークが気になって仕方が無かった。振り返らずとも後ろから妙な圧迫感を感じる。何か壁の様な物がずっと押し寄せてきている風にエドンは錯覚する。
会話が全くない一同に気まずさを感じたのか、マーキーが喋り出した。
「しかしデューク、あんたも変わり者だよな。あんた程の奴なら一生遊べるだけの金を持っている筈なのに、何でそんな仕事熱心なんだい?」
「……意味の無い質問だ」
マーキーの口から“デューク”という言葉を聞いたエドンの眉がぴくりと動く。デュークという人物は噂で聞いている。
戦場という戦場を渡り歩き、国を一人で滅ぼし、竜を赤子の様に扱うその人物はもはや人の域を出ているという。そして彼に狙われた者は墓の準備をするまでも無く殺されるという。
しかしエドンはそんな話はハッタリであると思っていた。噂なんて物はすぐに尾ひれが付くもの。そんな出鱈目な人物が居るはずが無い。
「マーキーとか言ったな、そいつのこと何か知ってるのか」
エドンは本人に直接問わなかった。マーキーに対する態度からして、質問に答える様な性格では無いと分かりきっているからだ。だが本人の目の前でその質問をするのはある意味挑発である。デュークに叩きつけられて、少しばかり闘争心に火が着いたのだ。
「さあね」とマーキーはさらっと流した。本人の目の前でぺらぺらと喋れば間違いなく機嫌を損ねる。最悪殺されるかもしれない。だからマーキーはあえて答えなかった。そこら辺はマーキーの世渡りの上手さであった。
エドンはますますデュークを怪しがった。確かにさっきの蜘蛛を簡単に倒した。しかしそれだけだ。特殊な武器を使えば暗黒蜘蛛を倒せる奴など幾らでも居る。あの不可視の剣も何らかの魔術を使ったのだろう。あんな物、何回も出来るわけが無い。エドンはデュークの強さを平均よりは上であると予想した。
「デュークさんよ、たまにゃあお前が前に出てみろよ。後ろばっかりじゃあ飽きるだろ?」
お手並み拝見である。彼の強さを確認しておかなければ、彼に対する態度を決めかねる。彼が自分より弱いと分かれば、使いっ走りに出来る訳である。
デュークは立ち止まった。エドンの方を見ている。
「私に気遣いは要らない……」
「先頭ばっかり疲れるんだよ。お願いしますよデュークさんよお!」
後ろは後ろで、先頭と同じくらい疲れるのである。それを知ってか知らずか、エドンは吠えた。
エドンはデュークが先頭を歩くのを怖がっているのだろうと見当をつけた。大したことない奴、と。強者ならこれくらい自分から買って出る位の事はする筈だと。
マーキーはエドンの言動に眉をひそめる。
良くあることだ。グループを作る話を持ちかけた本人がリーダーだと思い込むのは。明確な上下関係は無く、ただの他人同士であるのに、仕切り屋は高圧的な態度に出る。あたかも自分がリーダーだと言う様に。
皆で話し合って明確に決めた訳でも無いのに、エドンは自分が偉いと思い込んでいる。
「怒られても知らねえぞぉ」とマーキーは心の中で呟くのだった。
「……良いだろう」デュークは了承した。
エドンは拍子抜けするのであった。エドンは日頃から粗暴な人間を相手にしている。自分が挑発すれば、相手も何か言い返してくる。物静かで重々しいデュークを見ると調子が狂うのだった。




