表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強者の苦悩  作者: 林葉
血と黄金と
13/45

黒い歓迎

「なあ、あいつは!? あいつどうしたんだよ?」

「で、出てこねえんだけど……」


 円柱の内側にたどり着いた挑戦者達はその場にへたり込んだ。壁に取り付けられた蝋燭の光が挑戦者の背中を照らす。


 選定の試練から生き延びたのは十八人。


 デュークは上を見上げた。

 円柱の内側に長い梯子が三本取り付けられている。


 やがて死の恐怖から立ち直った集団は黙々と梯子を登り始めた。

 梯子を登り切ると、そこには三つの扉が並んでいる。

 何の変哲も無い両開きの扉である。しかし普通の扉だからこそ余計に不気味に感じられた。

 まるで「選ばせてやる」とでも言いたげなその佇まいは挑戦者に苛つきを与えた。選んでも正解は分からない。どれを選んでも過酷な運命と対面する事は分かりきっている。


 挑戦者達は戸惑う。

 先ほどの試練を味わったおかげで思う様に足が動かなくなったのである。

 恐らく、この扉の先は迷宮。どのような罠があるのか見当がつかない。選んだ扉一つで己の行く先が決まるかもしれない。


 何人かが右の扉を選んだ。それをきっかけに集団は動き始めた。

 一人一人が周りの者に声をかけ、仲間を作ろうとする。

 今し方間接的な殺し合いを演じさせられたにも拘わらず、こうやって仲間を作ろうとするのは、原始の時代から群れて生活する人間の無意識から来るものだろう。そしてそれは中々に効率の良いことであった。


 ある一人の男も身近な男に声を掛けたのだ。

「おい、俺と手を組もうぜ! 俺はエドン、お前は?」

 エドンは二人の男に声をかけた。

「は?」

 警戒と苛つきと不安の混じった返答であった。エドンを睨んだその目は不安感からもたらされる物だ。


 エドンはお構いなしに説明する。

「だから手を組むんだよ。なんせ、この先何があるか分からねえ。宝は山分けだ、な?」

 男二人は少し悩んだ。

 この二人は最初から二人というわけでは無い。元々四人グループの内の二人だったが、先ほどの試練で亡くしたのだ。


 悩む男にエドンは畳み掛けて言う。

「まぁ二人だけで攻略できりゃあ、山分けも二等分で済むけどな。お前らにそんな自信があるのかよ? 俺、冒険者やってるから分かるけど、迷路では一人とか二人だけで行動するのが一番危ないんだぜ」


「そういえば、そうだな」

「だろ? 何も、殺し合いをする訳じゃ無いんだからさ。宝探しだから、な」

「そうだな。よろしくな、俺はカイドってんだ」

「じゃあそうするか。俺はシュードよろしく。そこのガキもおっさんの連れか」


「足引っ張んじゃねえぞ」

 カイドは少年に吐き捨てるかの様に言った。

 初対面の人間にそこまで言えるのは少年が自分より弱そうだからである。要はただの八つ当たりだ。

 少年はどう反応して良いか分からず、一度頭をこくりとさせただけである。


 そのような会話を聞きながら扉を観察するデュークに誰かが話しかける。

「組むか? 俺と。デューク」

 その人物はデュークの名を言った。

 自分を知っていて尚且つ怖じ気づいた様子も無い。デュークは警戒しつつその人物に振り向いた。


 その人物はデュークを見てにやりと笑った。

 つば広の帽子を右手でつまみ、左手はポケットに突っ込んでいる。

 遊び人特有の、ちゃらけた笑顔であった。


 その男はデュークと知っていて手を組もうとする。そんな男をデュークは訝しんだ。

「あっ、名乗りが遅れたな。俺、マーキー」

「……遺跡荒らしの、か」


 遺跡荒らしのマーキー。盗品販売業の世界では伝説的人物だ。

 国宝級の物品が時々裏市場に流れるのは大体彼のせいである。

 勿論そういった情報もデュークの耳に届いている。前に配られた情報紙に国宝が盗まれた事が書かれていたのをデュークは思い出した。


「やっぱり俺のこと知ってたか。で、どうよ?」

「断る」

 マーキーはわざとつんのめって見せた。デュークは何の反応も見せない。マーキーは気まずさを感じながら続きを喋る。


「だろうね。でも俺はお前と同じ扉を選ぶぜ。道中が同じなら歩幅も同じさ。お前ほど心強い護衛はいないからなぁ」

「…………」


 マーキーはデュークの無言を了承の意と捉えた。


 マーキーにしてみれば、合理的な判断である。

 デュークの近くにいれば強敵に出会っても何とかなる。彼の邪魔さえしなければ殺されることは無い、とマーキーは判断したのだ。


 ただ、彼にとって一つ気がかりな点があった。

 一つの宝を目の前にした時、自分は宝を手に入れられない可能性である。

 自分とデュークでは戦闘の実力が違いすぎる。宝を巡って彼と戦うのは最悪だ。そうなれば必ず死ぬ。

 だから、デュークが一つしか無い宝を欲しがった時、無条件で譲らなければいけない。


 だから彼はデュークの出方に賭けることにしたのだ。


 彼がわざわざデュークと同じ扉を選ぶのはデュークという圧倒的な存在を感じたかったからである。

 デュークの戦術を間近で見られることは宝と同じくらい価値があるとマーキーは思ったのだ。


 他の挑戦者が扉に入った後、デュークとマーキーは左の扉に入った。


 暗く、狭い洞窟の両側に明かりが灯っている。

 洞窟に風が吹くと明かりが揺れ、洞窟を歩く挑戦者の影も揺れた。


「おっさん、冒険者つったけど、階級があんだろ?」

「俺、三級だよ」

「え、まじで……」

「俺も冒険者だけど六級止まりだぜ……」

「すんません。さん付けで呼ばさせて貰いますわ」

「ここが終わった後もよろしくお願いしゃっす」


 男二人は頭を前に向けたままお辞儀する。鶏の様な振る舞いだが二人は真面目な挨拶をしたつもりである。二人の男にとってエドンはこの上なく頼りに見えたのだ。


 冒険者の平均階級は六級。平均的な冒険者にとって四級以上はかなりの実力者である。六級と三級ではかなりの差がある。その三級の冒険者とグループが組める機会は滅多に無い。


 態度を変えた二人にエドンは少し笑った。


 四人が少し歩くと、小さな足音が聞こえてきた。

「ん?」

 エドンが耳を澄ませる。その足音は自分たちの後ろで鳴っている。

 エドンは背中の斧槍を握る。


 その足音は徐々に大きくなり、ついに自分の目の前まで来た。そして暗闇から姿を現したのは二人の人物である。


「おや、他にも居たのか」

「二人共さっき入ってきたのか?」

「“二人”って一括りにして良いのか分からないけど、まあね」

「協力しようや。人は多い方が良い」


「ああ、良いよ。なぁ、いいだろ?」

 マーキーは頭だけデュークの方にやり、問いかけた。

「……好きにしろ」


 六人はまた歩き出す。


「なあ、エドンさんよぉ。仲間増やすのは良いけど、取り分が減らねえか?」

「おいおい、よく考えてみろよ。取り分が増えても、死んだらおしまいよ。取り分を減らしてでも仲間は増やした方が良いだろ?」


 当たり前のことだ。だがカイドにとっては取り分の方が大事であった。その考えの原因はエドンの存在である。


 平均的な冒険者からすれば三級のエドンは雲の上の存在。

 並の怪物や障害は簡単にはね除けてしまうだろうと思っている。だからこれ以上の味方は要らないと考えたのだ。


「……ちっ」

 舌打ちした男にエドンは耳打ちする。

「いざとなれば良い捨て駒になるしな。まぁ、取り分増やしたいなら後で始末すれば良い。こっちは三人だから」


 エドンの非情な考えである。だがカイドはそれが熟練者が見せる合理的な判断だと錯覚した。

 この閉鎖的な環境では、三級冒険者という肩書きだけで盲信の対象になってしまう。カイドはこの迷宮の空気に惑わされたのかもしれない。


「うわっ!」

 ドテ、と音を立てて少年が転けた。


 カイドはビクリと肩をふるわせた後、振り返った。

 その悲鳴の主が少年と分かったとたん、怒鳴り散らした。


「おいガキぃ。置いてくぞ!」

「ごめんなさい……」


 マーキーはそのカイドの態度に一瞬だけ眉を動かした。


 少年が立ち上がろうとした時、背後で何か重たい物が落ちる音がした。


 六人は一斉に振り返る。

 振り返った先には真っ黒な蜘蛛が三匹いた。


 罠だ、とエドンは思った。

 恐らく少年が躓いたのは罠を起動させる仕掛けであると予想した。


「エドンさん!」


 剣を構えたシュードがエドンに声をかける。

 シュードが頼りにしているエドンは焦った顔をしている。


「拙い。よりによって暗黒蜘蛛かよ……」


 体が暗黒の属性で構築された蜘蛛は、通常の攻撃はほとんど効かない。その巨体とは裏腹に動きも素早く、強烈な毒を持っている強敵である。


 魔法の心得があるなら戦えたが、エドンと二人の男は魔法が使えないらしく、早くも逃げる算段をしている。


 三体の蜘蛛は洞窟の光の当たっていない部分に溶け込んだ。元々がほの暗い洞窟で、影に溶け込まれると厄介であるのだ。


 エドンはますます焦る。


 一瞬、風を切る音がした。

 カイドは反射的に体を反らすと今まで頭があった部分を黒い針が通過した。

 それは暗黒蜘蛛の足である。暗黒蜘蛛は足を針に変え、ある程度伸縮することが出来る。


 一匹の攻撃を合図に三匹の蜘蛛の猛攻が始まる。


「駄目だ! 背中を預けろ!」


 複数の敵が相手なら壁を背にして戦うのが基本だが、壁に溶け込める暗黒蜘蛛相手では愚策である。

 エドンは敵の攻撃を防ぎながら打開方法を考えるつもりだ。


 おろおろしている少年を一匹が狙っている。少年は後ずさりしている。

 蜘蛛が足を伸ばして少年の胸を貫こうとする。だが甲高い音を立てて足が弾かれた。


「坊やが死ぬのは目覚めが悪いな」

 マーキーが短剣で防いだ。そして少年の前を手で塞いで喋った。

「俺に任せな」


 少年はマーキーと暗黒蜘蛛を見比べた。


 マーキーはマントに右手を入れて出した。一瞬の動作である。手品師の様に右手にボウガンを装着したのだ。


「阿呆か! こいつに普通の攻撃は――」

 エドンは叫んだ。しかしその声はマーキーの耳には入っていない。


 蜘蛛は横の壁に取り付く。そしてまた反対側の壁に飛びついた。

 これを何回か繰り返しながらマーキーに接近し、ついにマーキーの顔に飛びつこうとする。


 マーキーが腕を前に突き出すと、パーン! と言う大きな音が鳴った。

 ボウガンの矢を受けた蜘蛛は後ろの壁に激突した後溶けて無くなった。


「魔石で作った矢。結構値が張るんだよなぁこれ」

 マーキーは簡単に言うが魔石自体とても高価な代物で、一欠片でも庶民は買おうとは思わない。

 マーキーはエドンに矢を見せびらかす。


 しかしまだ戦闘は終わっていない。


 もう一匹の暗黒蜘蛛が高速でマーキーの前を横切る。

 マーキーはその蜘蛛に照準を定めながら言う。

「デューク。そっち行ったぞ」


 デュークが気付いているにも拘わらず、マーキーはわざとらしく言った。

 それに対してデュークは無言であった。


 デュークに狙いをつけた蜘蛛が足を伸ばそうとする。

 デュークは鞘に手をかける。次の瞬間、蜘蛛が真っ二つになったのだ。デュークはもうすでに剣を振り抜いた状態だった。


 マーキーの目には、デュークが鞘を触った瞬間蜘蛛が勝手に真っ二つになった様にしか見えなかった。

 鞘を持ったと同時に敵が消滅した。最初と最後が一緒になった状態。剣を振ると言った過程をばっさりと斬り落とした様な一撃。


 時空の神が悪戯をしたとしか思えなかった。


 マーキーは我に返って三匹目の蜘蛛に狙いをつける。

 しかし三匹目がすでに死んでいると気付くのにそう時間は掛からなかった。


 暗黒蜘蛛に怖じ気づいている四人が倒したとは思えない。これもデュークの仕業だろう。


「い、一撃で……二匹かぁ」

 マーキーは顎髭を弄びながら感慨にふけった。


 やはり彼は玄人の中の玄人。戦闘に関しては世界最高峰であると。

 彼の戦いを見学して少しでも糧になればと思ったが、ここまで差がありすぎると学ぶ余地すら無い。

 いったいどれほどの場数を踏めばこうなるのか知りたいとマーキーは思う。

 

 六人は会話も無く探索を再開する。

 先頭のエドンはデュークのことが気になって仕方が無かった。


 あの訳の分からない一撃。通常の攻撃が効かないはずなのに倒せた。

 剣自体に何かの術が掛かっているのだろうとエドンは予想できた。だが、あまりに早すぎる斬撃については理解できなかった。

 

(何なんだあいつは……、ただ者じゃあ無いな)


 不可視の一撃。武人達の一つの到達点である。鞘から剣を出し、振る。この単純な動作を極限まで磨いた結果があれだ。

 エドンは武術の腕には自信があるが、あの一撃を防ぐのは無理だと直感した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ