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強者の苦悩  作者: 林葉
血と黄金と
12/45

選定の調べ

 四人が並んで歩くのが限界な程の狭い通路を挑戦者集団は歩いている。

 石造りの古ぼけた通路の両端には松明が一定間隔で並んでいる。

 デュークは挑戦者集団の少し後ろを歩く。


 先頭の方から大きな騒ぎ声が聞こえた。扉の前を陣取っていた四人グループだ。しかし、その騒ぎ声は中断されることになる。


 突然、後ろから轟音が鳴り響く。

 デュークは鞘に手を置き、振り返る。そして違和感を感じた。

 何かが変わった。


 先ほどの扉が無い。

 その扉は分厚い金属の壁に変わった。

 その壁がどうやって現れたかは分からないが、破壊してまで外に出る必要は無いとデュークは判断した。


 挑戦者達の反応は多様である。

 ある者は肩をびくつかせた後、胸をなで下ろした。ある者は武器を構え、音の鳴った方へ向いた。先頭の四人グループは、自分はそんなに驚いていないと言い張った。

「おい、もう帰りたくなったのかよ」

「はぁ? ちげーし」


 気を取り直した集団は進行を再開する。


 やがて狭い通路は終わり、開けた場所に出る。だだっ広い場所であった。

 ある城の大部屋の様に広く、荘厳たる佇まいである。大理石の床は、天井に描かれた聖書の一場面の絵を映している。

 だが明らかにおかしな事があった。


 大部屋を少し歩くと、その先は谷になっている。

 豪華な大部屋の中央部分が突然消失したかのように、黒い虚空が広がっていた。

 見渡すほどの虚空。その谷の遙か向こうには、同じく大理石の床が続いているように見えた。


 しかし進めないというわけでは無い。目の前に一本の巨大な吊り橋が架かっていた。

 城に来る途中にあったぼろぼろの橋よりは頑丈に見えるが、それでも頼りない。そしてこの橋は極端に狭い。二人並んで通ることはほぼ不可能。

「狭すぎだろ、さすがに!」

「でも、渡る以外に選択肢は無いらしい」


 集団は、「吉日は急がれよ」と書かれた札を眺めながら口々に言う。


「エドンさん、見て下さいよこれ、頼りなくないですか?」

 少年は橋の支柱を触って強度を確かめた。

「馬鹿かおめえは。ここまで来たら、渡るしか無いだろ」

「いやあ……」

 

 デュークは周りを見渡す。

 主催者はどこで見ているのか。主催者はまだ姿を見せない。

 彼の目的は宝を得ることでは無く、主催者を殺すこと。任務が終わればすぐに帰るだろうが、迷宮を進まなければ主催者に会うことは出来ないだろうとデュークは思う。

 つまりこの競技に追従すべきなのだ。


 誰かが渡り始めた。それがきっかけとなり、挑戦者達は続々と橋を渡り出す。

 デュークは一番最後に橋を渡る。

 

 宝探しにおいて、一番不利となるのが最後尾であると多くの挑戦者は考えている。行動が遅ければ遅いほど勝利に遠のく。この場合は確かにそうであった。


 全員が橋を渡り始め、中程にさしかかろうとした時、異変が起こった。

 バチリ、と言う音がデュークの耳に入った。それは自分の背後の音だった。


 火。

 吊り橋の端に火がついた。その火は足場、縄に燃え移る。そしてどんどんと勢いを増して、こちら側に進んでくる。


 デュークは消そうかと考えたがやめた。

 主催者は残忍な性格だろう。人がもがき苦しむ姿を見たがっているのかもしれない。皆が混乱すれば、何らかの動きがあるはず。


 デュークは目の前の挑戦者に近づき、耳打ちした。

「後ろ、火だ……」

 話しかけられた者は目を丸くしてデュークの方を見る。その視線がデュークの目から外れた瞬間、大きな叫び声を上げた。

「おい! 早く行ってくれえええ! 火だ! 橋が燃えてんだあああ!」

 数秒も経たないうちに大きなざわめき声が聞こえ出す。皆が一斉に後ろを振り向くと、ざわめき声はいよいよ叫び声に変わった。


 ある者は前の者をけしかけ、ある者は人と人に挟まれて大きな叫び声を上げた。


「ひぃ……、ひひっ」

「何笑ってんだ! こんな時にっ!」

 エドンは後ろにいる少年の頭を叩いた。

「うわっ! あ、いや、気が動転して……」


 火は徐々に橋を焼き焦がす。橋を括り付けている縄もそう長くは持たない。


 火に気付いた先頭は後ろの者に野次を飛ばされ、走り出す。橋を渡る挑戦者達の列は加速した。


 デュークは、ふと自分の手の感触を確かめる。その手は若干ぬめりとしている。

(……油)

 デュークはその正体を油だと感じた。

 つまり罠である。

 だが油だけでは橋は燃えない。どこかで火を使う必要がある。

 やはり主催者は存在する。

 

 火がついたと分かったとたん、挑戦者達は走り出したので橋の崩壊までには間に合った。


「もう引き返せないぞ、これ……」

 挑戦者達に緊張感が走る。

 宝探し。これは単なる遊びでは無いと言うことを再認識する。


 油断は死に直結する。

 先ほどの橋にしても、火に気付くのがもう少し遅ければ奈落の底である。

 宝か死か。それを決めるのは、力か、頭脳か、他人か。


 橋の部屋の扉を開け、同じような通路を行くと次の部屋にたどり着いた。


 天井まで続いている巨大な円柱が部屋の中央に鎮座している。幾何学的な模様の溝が掘られており、怪物の様な顔も刻まれている。

 天井までの巨大な円柱の外側にもう一つ、大人二人ほどの高さの低い円柱が巻かれている。

 その円柱には一定間隔で、人一人が入るほどの隙間がある。円が大きい故にその隙間の数は多い。ざっと数えて五十ほどある。


「中に入れって事かよ……」

 誰か一人が隙間に入った。

 次の瞬間、下から壁が上がってきて一人を閉じ込めた。


 集団はざわついた。

 罠か。いや、この部屋にはあの円柱しか無い。あの円柱の中に、次へ行くための足がかりがあるはず。

 先に入った男の断末魔は聞こえない。


 2人目が入った。それを皮切りに次々と隙間に入る。やがて全員が隙間に入り、壁に閉ざされる。

 中はとても小さな部屋になっているようだ。


 隙間に入った皆が、背後の壁を見る。その壁には字が刻まれていた。


「ここは選定の小部屋である。あなた方は次へ行くか死かを選ばなければいけない。外側の円柱の壁を押し、次への扉を目の当たりにするのだ。鐘の音が鳴り終わればそれは確定するだろう」


 それが内容である。

 突然鐘の音が鳴る。

 

 集団は初めの数秒はまごついた。

 しかし横の壁の、手の形をした溝を見た時、うっすらと分かり始めたのだ。


 一人の男が溝に手を入れ、壁を押した。すると外側の円柱全体が男の押した方へ回転し始めた。男は壁を押し歩く。


 男がふと横を見ると、扉が見えた。


 ところで内側の巨大な円柱には扉と怪物が存在する。自分たちが外側を回ることでそれを決定するのだ。


 扉を見た男は押すのをやめた。

 とても簡単なことだと、男は思った。壁を押し歩くだけで扉に出会うことが出来たからである。

 だが扉は押しても引いてもびくともしない。そう、扉は鐘が鳴り止まないと動かないのだ。


 その時、男が押してもいないのに部屋が動く。別の誰かが壁を押したようだ。


 前と後ろの壁が動くので男は仕方なく歩いた。

 扉はあっという間に過ぎ、男が次に目にしたのは怪物の彫刻であった。

 男は直感する。これは死そのものだと。


 これではいけない。

 男は先ほどの扉に向かって壁を押して歩いた。そうすると扉の前に戻ったが、今度は扉を通り過ぎてしまった。


 つまりこれは押し合い合戦である。

 音楽が鳴り止むまでに小部屋の壁を押し合い、目の前に扉を持ってこなければならない。


 己の死は他人が運んでくるのだ。

 

 音楽は皆が知っている聖歌である。故にその聖歌がどれほどの演奏時間であるかを大体知っている。そのため恐怖は倍増する。

 男は半狂乱になって壁を押した。

 

 別の男の場合、その男は少しは冷静であった。隣の部屋の挑戦者に、大声で話しかける。

「おい! 聞こえているか!」

「俺のことか? 何なんだ!」

「俺と手を組め!」

 互いの今の状況、扉か怪物かを教え合い、二人共が助かる位置まで持ってくる、と言うものだ。

 しかしそれは愚行であった。

 いつまで経っても片方が扉で片方が怪物にしかならないのだ。

「おい! 駄目じゃねえか! 配置がぴったり交互になってやがる!」

 二人は決裂したのだった。


 音楽が中盤に差し掛かると、全体に焦りが見え出す。

 前の壁が押せないと分かったら、すぐに後ろの壁を押す。


 扉と怪物が交互に配列されているのであれば、生き残る確率は五割。

 挑戦者達は叫びながら壁を押す。


 その叫びは円柱の部屋いっぱいに広がり、一つのうねりを作る。

 扉がある安心感と怪物の絶望感が混じり合い、何とも形容しがたい空気が生まれた。


「うわああああああああ!」

 ついに狂ってしまった男は、壁の流れに逆らいながら、前の壁を押すばかりである。


 左回り、右回りとせわしなく動く円柱は突然動きを止めた。


 ところでデュークはどうしているかというと、彼の場合ひどく単純であった。

「……ふっ!」

 気合いの入った様な声を出し、前の壁に手を突いた。

 後ろの壁が動くと右手を突き出す。


 他の挑戦者はデュークによって壁を押せなくなった。デュークの目の前は扉。その両隣は確実に、死。この男の腕一本で、他の者達の結末が確定しようとしている。


 やがて音楽は終盤に差し掛かる。

「ああああああああああ、くそったれええええええええ!」

「ひひゃあああああああああああ」


 デュークの両隣から、どうにもならないことを呪う悲鳴が上がる。

 そんなことに対し、デュークは「まあ、そういうものだ」と気にする様子は無かった。


 そして音楽の締めの音が一つ伸ばされる。それと同時に挑戦者達の悲鳴も加えられた。


 ガチャリと言う音がして扉が開く。デュークは外へ一歩足を踏み出した。

 そして誰もいなくなった円柱の外側では、おびただしい量の血が流れていくのであった。

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