偽りの褒美
「誰だ! 貴様は!」
「侵入者! 侵入者!」
「出口を封鎖しろぉ!」
怒号と幾つもの足音が響き渡る。
警備兵は廊下を真っ直ぐ走り出す。その先には一つの黒い影があった。
ルクレシア美術館。 二百年ほど前から続いている由緒正しき美術館である。故にその宝を狙う輩は多い。
侵入者はあろう事か、この美術館の中で一番高価な「世見の玉」を盗もうとしているのである。それは人の顔ほどの大きさの物で、懐に入れようと思えば出来てしまう代物だ。従ってその警備は厳重。
美術館での窃盗は重罪だ。通常の窃盗の取り扱いとは異なる。にもかかわらず盗みが入ると言うことは、ここの物品が非常に価値のある物であると言うことの証明なのかもしれない。
そして侵入者は走る。
走る走る。
階段の前にたどり着いたとき、大きな音を響かせて跳躍した。見上げるほどの長さの階段を一瞬で飛んで登り切ったのだ。
警備兵はあっけにとられる。
そのうちのリーダーらしき者が声を張り上げると、再び追跡した。
丁度十回跳躍した侵入者は扉を開ける。鈍い音を立てて開いた扉の隙間から風が吹いた。
侵入者は開きっぱなしの扉をほったらかして屋上の端へ歩く。下の建物は小さく見え、風が吹き上げてくる。
風にあおられ、閉まりかけた扉を警備兵は乱暴に突き飛ばす。十数人の警備兵は横に広がり、ゆっくりと侵入者を追い詰めた。
「観念しろ!」
「未遂で済ましてやるから!」
侵入者は振り返り、フードを押さえながら口を開いた。
「じゃっ」
敬礼する様に挨拶した侵入者はいきなり屋上から飛び降りた。
警備兵は息を飲んだ。別の警備兵は頭を両手で押さえた。
彼らは、屋上から飛び降りた人間がどういう風になるかは簡単に予想できる。
また別の警備兵は、無意識に胸元のネックレスを握った。
しかし、いつまでたっても死を表す音は聞こえなかった。
誰かが下をのぞく。下には何も無い。何時もの通りの道路が見えるだけである。肝心の窃盗犯はどこにも居ない。
警備兵達は大きく息を吐いた。
それから何日かたったある日。
受け取った情報紙をちらっと見ただけで、グシャグシャに丸めて捨てた人物が町を歩いている。
彼の名はデューク。
デュークは迷いの無い足取りで真っ直ぐ歩いた。歩いている内に貴族街にたどり着く。
町の中心に近い一等地。住民の身なりは明らかに庶民の物とは違う。
デュークは何度か馬車とすれ違う。ここは馬車が多く往来する通り。デュークはそこで足を止めた。
「デューク様ですね」
身なりの良い初老の男が話しかけてきた。依頼者の家の執事である。
白く大きい馬が一頭で馬車を引いているようだ。その馬車には家紋の飾りがついている。
この町でこの家を知らぬ者は居ないほどの貴族である。
「さあ、お乗り下さい」
迎えに来たのは執事だけであった。このことに関してデュークは何も感じなかった。
移動中、執事は握り拳を作ったままであった。僅かに汗で濡れている。町はさほど暑くは無い。いや、むしろ寒いくらいだ。
執事の目の前の人物がひどく威圧的だったのだ。デュークはただ座っているだけであるのに、執事は動揺した。
この男があの伝説の――。
数々の異名を持つ目の前の男。
その気になれば一人で竜の大軍を消し飛ばすことが出来るほどの男である。
馬車の動きが止まった。
執事は動かない。眉間に指を置いたまま固まっている。
自分の動揺を気にするあまり、目的地に着いたことに気付いていない。
「おい、何をしている……」
「はっ! いや、その……。失礼しました」
執事は首の右側と左側をハンカチで拭いた。その後、扉を開けてデュークを案内する。
その屋敷の部屋の中では貴族の男が一人座っている。部屋に物は少ないが、そのどれもが一級の品物であった。
男は黒い木の机に肘をつく。時折、足を小刻みに動かしている。そのたびにコップの水が波紋を立てる。
扉をノックする音が聞こえた。
早くも無く、ゆっくり過ぎでも無い。不快感を覚えない、自然な鳴らし方である。これは礼儀作法をきっちりと叩き込まれた執事だから出来ることである。
男が応えるまでも無く扉は開き、執事が入ってくる。二、三秒ほど遅れて新たな客が入ってきた。
「デューク様をお連れしました」
「ご苦労……。下がってくれたまえ」
執事は一礼し、部屋から去った。
そして男は椅子から立ち上がると、デュークに一礼した。
「どうぞおかけ下さい」
デュークがソファーに座ったのを見て、男は話を始めた。
「ある人物を殺していただきたい」
この言葉にデュークは眉一つ動かさない。眉を動かしたのは男の方である。
「誰かを殺してくれ」などと言う台詞は町の中では簡単には言えない。男にとっては明らかに非日常的であった。
男は水を口に含んだ。コップを持つ手が僅かに震える。
男がどういう気持ちで依頼をしているのかはデュークの知ったところでは無い。
依頼がどのような内容なのか。殺す相手は誰なのか。報酬はどうなるか。彼が気にするのはこのようなことである。
「しかし、その相手の顔を私は知らない……!」
デュークの目つきが鋭くなる。
「性別も名前も。どこに居るかさえも」
デュークはソファーから腰を上げた。
「ああ! お待ち下さい! 最近になって、その相手の情報が掴めたんです!」
男が喋り終えた時、デュークは男に背を向けて部屋を出る直前であった。
「標的は、宝探しの主催者です」
宝探し。まるで子供の遊びのような事を主催する人物。
「迷宮を作り上げ、宝を探させる競技です……」
「……で、それとお前との関係は?」
三十年前、貴族の男は冒険者であった。
男には兄がいた。男は兄と組んで活動をしていたのだ。そして彼らは、その宝探しに挑戦する機会を得た。
「ほう、兄弟でのご参加ですかぁ」
「おう! 宝は俺らが貰って帰るから」
彼らはそれなりに実力があり、数々の罠、試練を突破していった。ほかの参加者を差し置いて、最深部に眠る宝箱の前にたどり着いたのだ。
「おい! や、やややったぞっ!」
「兄さん……、夢だろ……」
「違う! 本当だ! 見ろ!」
だがその宝箱は罠であった。そう、最後の最後に置いてあったのは罠だったのだ。
宝箱から、ものすごい勢いで煙が吹き出した。その煙は男の顔を直撃する。
「おい! 大丈夫か!」
突如、轟音を立て、両脇のレンガ造りの壁が地面へめり込んでいった。そこから姿を現したのはガラスの壁。
その壁の向こうには身なりの良い人々がワイングラスを片手にこちらを鑑賞していた。
いったい何が始まるのか。
「おい、大丈夫か」
「うるさいっ!」
男は兄を突き飛ばした。
煙を吸ってから、なぜか兄のことが憎らしくなったのだ。
こいつは宝を独り占めする。宝を持ち帰った後は俺を殺すに違いない。男はそう思った。
だから殺される前に殺す、と思った男は兄を剣で貫いた。
ガラスの向こうの人々は笑い、拍手をした。まるでそれを待っていたかのようであった。
兄を殺した後、男は我に返った。その目の前には物言わぬ兄の姿が。
自分は罠によって我を失い、兄を殺した。そのことで頭がいっぱいであった。
宝探しなど、嘘。自分たちは騙されていたのだ。
宝を与えるつもりなど無かった。最後の最後で仲間割れをする姿を鑑賞するために罠を仕掛けた。男はそう確信した。
「兄は奴らに殺されたようなものです! どうか……兄の敵を!」
「報酬が振り込まれ次第取り掛かろう……」
「あ、ありがとうございます!」
男から細かな説明を受けたデュークは屋敷を後にした。
数日後、デュークは船に乗っていた。小さな船であった。
魔力で動く船を操縦している乗員は無口で、船に乗っている間、一言も会話は無かった。
例の競技は、とある孤島で行われる。
ポロットの漁港からその船が出る。船に乗るには合い言葉が必要だ。
デュークが聞かされていたのは競技の開始日と孤島へ行くための船と合い言葉の情報だけだった。
空は曇りだが海は不気味なほどに穏やかである。
しばらく経つと、島が見えてきた。
島の上には巨大な城が建っている。ルクレシアの王城と同等かそれ以上の物だ。ごつごつした島とは不釣り合いで、王城は目が覚めるほどに美しい。デュークはそれを冷めた目で見つめた。
「……着きました」
乗員が初めて口をきく。
デュークが島に降り立つと、船は引き返していった。
デュークは波の音を聞きながら城を目指して歩く。
城は島の西半分である。デュークが居るのは東の端だ。
坂を上り、狭い山道をひたすら歩くと長い吊り橋が見えた。
吊り橋を支える支柱は苔が生えている。縄は細く、長い橋を支えるにしては頼りが無いように見える。
デュークが前に進むたびに橋が軋む。それはまるで橋を渡る者を威嚇しているかのようだった。
橋の上を一匹の鷲が飛んでいる。
橋を渡り終えると、デュークの目の前には巨大な門がある。黒く、さび付いた門だ。
門をくぐり、入り口までの道を歩く途中、デュークは考える。
これだけ古い城があると言うのに、そのような城があったという話は今まで聞かなかった。短い期間でこの城を作り上げたのだろうか。
城の入り口の扉の前には三十人ほどの先客がいる。挑戦者達だ。
「開かねえんだけど!? ふっざっけんな」
髪を逆立てた青年が扉を蹴る。
デュークは開催はまだだと判断したのか、彫刻の残骸の上に座った。
ぴりぴりとした雰囲気。挑戦者達は殺気立つ。
「何見てんだよ……、ああっ!」
「い、いや、すすいません」
扉を蹴る青年は、それを見ていた少年に文句をつけた。十二、三歳の少年で、冒険者にありがちな装備であった。少年にパートナーが居る様子は無い。
癖の悪い青年は四人グループの一人であるらしく、扉の前に陣取っている。扉に近づこうとした者を睨んで牽制しているようだ。これから得るであろう大金を何に使うか大声で騒いでいる。
下品な笑い声を聞いたデュークは鞘に手を置いた。
退屈そうにしている少年はデュークの姿を見ると、近寄っていった。
「貴方も宝探しに来たんですか?」
「……それ以外に何がある?」
「そ、そうですね。すいません」
デュークにあしらわれた少年は退屈そうに足下の石を蹴った。
「なあ、俺と組まないか」
大柄な男がデュークに話しかけた。だがデュークはそれを無視した。男は何かを察したのか、名乗った。
「おっと失礼、俺はエドン、よろしく。お前は」
エドンは握手を求めたが、その手を叩き返された。
「……俺の答えだ」
エドンはデュークに聞こえないように舌打ちした。そして標的を少年に切り替えた。
「お前、ガキなのに良く来れたな」
「え? あ、まあ……」
「俺、こう見えても三級の冒険者なんだよ。俺と組もうぜ、なっ?」
「いや、うん……。良いですけど……」
エドンにまくし立てられ、勢いで同意した少年は握手を交わす。
ガタン、と突然大きな音が鳴った。その音は扉の方から鳴った。
前に陣取っていた四人は我先に扉を開けて進む。それがきっかけになり、挑戦者達は城の中へ入っていく。
よそ見をしていた少年はエドンに肩をつかまれ、連れて行かれる。
ほとんどが城の中に入ったのを見届けたデュークは周りを見渡した後、腰を上げた。




