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このボールが届けば  作者: 吉野ヒダカ
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第一話 規格外の男

 ここは都会から少し外れたところにある中学校。今は体育の時間ということもあり、3―Aの学生たちはグラウンドに出ていた。グラウンドでは体育測定が行われており、生徒たちは色々な種目に挑戦していた。


「ん~~」

 

 その中でいち早くすべての種目を終えた少年が疲れた身体を伸ばしていた。小野寺幸樹おのでらこうき、それが少年の名である。小野寺はまだ中学生でありながらすでに身長は170を軽々と超えており一際背がでかかった。そして体重も70キロ以上あり、中学生離れした引き締った身体をしていた。対する相手には身体のでかさで威圧を与えてしまうような彼だが、性格は明るく真面目でよくも悪くもバカであり、どこか憎めない人物であるため自然と彼の周りには人が集まる。

 

 暇になった小野寺は同級生の測定を眺めることにした。その中でも注目しているのがハンドボールに使う大きさのボールを投げる、ボール投げの測定である。小野寺自身、野球をやっていることもあり肩には自信を持っている。投げたボールは30メートル後半を出し2位以下の同級生には10メートル近くの差をつけていた。


「俺の記録を超すやつは出るかな?」


 次々と挑戦していくがよくて精々20メートル後半に届くかどうかぐらいである。だが、まだ成長過程である中学生にとっては普通の記録であり、逆に簡単に30メートルを超した小野寺が凄いと言えるだろう。そんな中また一人の少年がボールを投げる構えを見せた。


「水野か、あいつは何か掴めないやつだよな」


 水野鴇久みずのときひさ、その少年の背は160後半ぐらいあり中学生にしては少し大きいぐらいである。体重は60ちょっとあり無駄のない身体つきをしていた。精悍な顔をしていて女子に人気が高いのだが、彼は小田島と違ってどこか冷めた性格をしていてクラスにあまり溶け込めてはいなかった。

 

 水野が投げたボールはすぐに落ちた。記録員が飛んだ飛距離を測る。14メートル。その声が挙がった瞬間、男子からは軽く笑い声が漏れた。14メートル、その記録は下から数えたほうが早いものであった。この記録には見ていた女子もがっかりだった。正直、小野寺もどこか期待していたところもあり落胆していた。


「あいつは悪くない身体をしているのに全然飛ばないなぁ」


 水野は第二投目の構えを見せる。それを見た男子がまた笑い出した。そのとき、誰もがまた低い記録を出すと思っていた。あまり人をバカにしない小野寺ですら、水野はまた低い記録を出すだろうと思っていた。普段、水野は人にバカにされたところで相手にすらしない。しかし、今日は違った。いや、正確には投げることをバカにされた水野は黙っていられなかったのである。

 真剣な目付きをした彼は手に持ったボールを本気で投げた。彼が投げたボールは誰よりも高い放物線を描いて落ちた。その瞬間、辺りにはどよめきがはしった。記録員が記録を測ろうとしたがついにその記録が読み上げられることはなかった。それは無理もないことだった。普通の体育測定、ましてや中学生の場合、ボール投げの測定距離は50メートルほどしか用意しない。それは誰もが到達しないとされているからだ。それを水野は超えたのである。彼はまさに規格外の距離を出した。見ていた小野寺もしばらく驚きの表情をしたままだった。


「す、すげぇ。あんなやつが同じクラスにいたのか。ふっふっふ、ついに、ついに俺はすごいやつに出会ったぞ! あいつと俺は高校で野球をやる! うん、決めたぞ。さっそく勧誘しなくては」


 小野寺はすぐさま水野のもとに駆け寄った。急に目の前に壁のようにそびえ立った小野寺に、水野は眉をひそめる。


「……何?」

「感動した! 握手してくれ!」

「はっ?」

「握手だ握手! ほら、俺と握手」


 強引に握手を求める小野寺に観念したのか、水野は仕方なく握手に答えた。互いの手を握り合ったとき、小野寺はひとつの事実に気付いた。


「(こいつ俺より手がでかい。俺だって手は大きいほうなのに)」


 野球をやる上では背はもちろんだが、手も大きいほうが何かと有利である。特に投手にとって手が大きいことは望ましい。つまり彼、水野は50メートルを投げた肩の強さに加えて、手が大きいということはかなり投手向きの身体をしているといえる。


「(俺がキャッチャーをやってこいつがピッチャーをやれば甲子園にだっていけるかもしれん。それに……)」

「なあ、もういいだろ」

「あっ? ああ、すまんすまん。あのさ、放課後話したいことがあるんだが大丈夫か?」

「別に」

「よし! じゃ、また後でな」


 大して興味もないのか、小野寺に適当に返すと水野は行ってしまった。残された小野寺はさっき握られた手を思い出していた。


「あいつの指先、まめだらけだった。ピッチャーをやってたことがあるのか? でないと指先にまめなんて……ちくしょう! 気になるぞ、水野! お前はなんてすごいやつなんだー!」


 いつの間に授業は終わっていたのか、グラウンドにはもう誰もいなく、


「いいから早く教室に戻れ!」

「あ、すんません!」


 小野寺のクラス、3-Aの教室の窓から次の授業を行う先生の怒声が響き、クラスメイトからは笑い声がもれていた。


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