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勝者は誰?

 今日も日がな一日下界を眺める。一日、なんて言ってもその基準は曖昧だけれど。

「ソウルナンバー、オメガ七番」

 ここへ来てからどれくらい経ったのだろう。随分長いことここにいるけど、未だにそういう記号番号の呼び名に慣れていない。

「ソウルナンバー、オメガ七番っ、オメガ七っ……ミヤシタレン!」

「はーい」

 うん、その呼び名の方がしっくり来る。だって毎日「廉兄ちゃん」って呼んでくれる人達がいるのだもの。

「なぁに?」

 満面の笑みで振り返る。僕のこの至福感と正反対の渋い顔が、伝票を片手に近づいて来た。

「これだからジャポネのソウルは苦手アルよ。転生の順番が来たアルよ」

 とうとうこの日が来ちゃったのか。ちょっとだけ残念だな。

「あともうちょっとだけ延ばせない? もうすぐ妹の結婚式なんだ」

 僕はそう言って下界を指差す。

 伝票を手にしたひ弱な神さまが、僕と一緒にそちらを見下ろした。




 緊張の面持ちで鏡に向かう雅之君。あんなに大きくなったんだなあ。泣き虫っていう印象だったのに、すっかり大人になっている。

「うぁ……なんかマスコミとか来てるし」

 って、まだ自分が有名人なんだって自覚がないんだ。

 思わずくすりと笑い声をあげると、神さまが怪訝な顔をして尋ねて来た。

「何が可笑しいアルか?」

「あの子が僕の妹のダンナさんになる子なんだけどね。プロバスケットボールの選手候補生なんだ」

「ふむ」

「身長が百八十センチもない、バスケの選手としては小柄な方なんだけど、その身長を活かしたいいプレイをするんだ」

 バスケについて話すとついつい熱のこもった口調になる。

「レンもバスケが好きだったアルか?」

「うん、そりゃもう! プロになりたくて、すっごく練習してさ。でも、今思うと早咲きっていうのかな。雅之君を見ていたら、今はそんな風に思ってる」

「ここへ来たばかりの頃は、暗い顔ばかりしてたアル。バスケしたくて泣いてたアルか?」

「ううん、それはね、綾乃が心配で仕方がなくって。あ、ほら、あれが綾乃」

 僕は神さまに綾乃を指差して教えてあげた。


 真っ白なウィディングドレスに身を包む綾乃は、昔古いアルバムに張ってあった母さんのそれとよく似ていてすごくキレイ。

 ゆるふわなデザインのドレスは、綾乃の柔らかな体のラインを守るように隠してる。まだ少し女性であることに照れがあったりするのかな。

『お父さん、お母さん、えっと、ですね』

 すんごい緊張してるよ、定形文なのに、今にも噛みそうだ。

『ああっ、もういいっ。挨拶とか辛気臭いっ。どうせすぐ帰って来るんだから』

『お父さんっ、何縁起でもないこと言ってるんですかっ』

『ひでえ』

 相変わらずまだ男言葉は抜け切っていないようだ。こりゃ男の子しか生めないな。

 怒った振りしてぷいとそっぽを向いて、でも父さんったらコッソリ涙を拭いている。

『ったく、大事な一人娘を掻っ攫いやがって。藤堂のガキめ』

 まだそんなことを言ってるのか。念願の女の子に戻してくれた恩人なのになあ、雅之君は。

『まあまあお父さん。今どきは、結婚しても娘の方が親元へちょくちょく顔を見せてくれるものなのよ。そんなにまあクンを目の仇になんかしないで、笑ってくださいよ、綾乃の晴れの日なんだから』

 よかった、母さんも幸せそうだ。日頃は殆ど綾乃ばっかり見てるから、父さんと母さんを見れてよかった。


 僕は再び新郎のいる控え室へ視点を戻す。タカが雅之君のところへ行く気配を感じたからだ。僕はこのふたりのストレートな会話が結構好きだ。

『おお、馬子にも衣装』

 タカは相変わらず涼しげな顔で、今日も元気に憎まれ口を雅之君に放り投げる。

『おまっ、毎度ひと言多いんだよっ。素直におめでとうとか言えないのか』

『結婚は人生の墓場っていうよ? ご愁傷様って言葉なら用意出来てるんだけどね』

『てめ……』

 思わずぎゃははと声を上げて笑ってしまった。隣で神さまもやっぱり爆笑してた。

「これは、毎日飽きずに見たくなる訳アルよ」

「でしょう? このふたり、喧嘩ばっかりしている割には、息が合ってて親友にも見えるんだよ」

 何だかんだ言ってタカに相談を持ち掛ける雅之君は、タカの中に僕を見るのだろうか。

 それに答えるタカの方は、やっぱり六人が兄弟みたいに育って来たからか、綾乃のお兄ちゃん気分でいるのだろうか。

『ところで藤堂。君、実は』

 あれ? 珍しい。タカが雅之君を相手に真顔で話をし始めた。興味津々、聴覚を敏感にさせて雅之君の耳許に囁くタカの声に傍耳を立てる。

(もう綾乃をゴチソウになってるだろ)

『なっ、なななななななな』

『図星か』

「ゴチソウ? まさか」

 一瞬顔色を赤くしていいのか青くしていいのか考えあぐねて黙り込む僕。

「そのまさか、アル、だろう、アルね」

 なんで神さままでうろたえてるんだ。

『綾乃の骨盤、目測でコンマ五から一.五センチ広がってる。ドレスがコルセットで絞めるタイプじゃないからボディラインが今いちはっきりとは解らないけど。出掛けの普段着の時に、そんな気がした』

『おおおおおおおおまおまおまえな』

『別にエロ目的で見てた訳じゃないよ。産婦人科医の卵を舐めてもらっちゃ困るな。開けば必然的に骨盤が開くし腰のくびれも出来れば色気もそれなりに出て来るもの』

 あれ、絶対ウソだ。かま掛けてる。で、何が言いたいのかと言えばきっとそれは。

『ご懐妊の際には、神奈川で受診する病院を俺に伝えておくようにね。綾乃に家への紹介状を書いてもらうように言っておくから。初子は里帰り出産が母子ともに一番負担が掛からなくていいんだよ。間違っても自分の寂しい病を優先しないように』

『ってお前が俺んちの家族計画を勝手に進めんなぁっ!』

「ぐはーっ! 可笑し過ぎる! タカ、サイコー!!」

 もう可笑し過ぎて面白過ぎて、雲の上を転がり回ってしまう。

 やっぱりタカはお兄ちゃん気質だな。雅之君になんの気兼ねも抱かせずに、緊張を解いてやっている。

「結婚式なのに、全部すっ飛ばしてオメデタ話に盛り上がってるアル」

 神さまは途切れ途切れにそう感想を漏らし、笑い涙を拭ってはまたぷくくと笑った。

「もう心残りはないアルな」

 笑いを引かせた神さまが、暗に僕へ準備を勧める。

「……うん、そうだね」

 宮下廉としての記憶の消去。魂の浄化。転生前に施される儀式。ちょっと寂しい気もするけれど。

「なーにが寂しいアルか。その前に、返すアルよ」

 突然、こちらへ声を掛けて来たばかりの時と同じ、不機嫌な声で神さまがそう言って手を差し出した。

「なんだっけ?」

「髪っ! ワタシの前髪、返すアルよっ!」

 やっぱ覚えていたか。っていうか、忘れるってことがあり得ないか、この神さまの場合は。

「カイロス。返す前に、いっこ確認。エイレイテュイアの契約書を僕に見せて?」

 カイロス――俗に言うチャンスの神さまは、今日一番の嫌な顔をして懐から小さな石版を取り出した。

「まったく、これだからジャポネのソウルは偉そうで困るアルよ。神を呼び捨てにするなんて、ジャポネくらいアル」

 石版には出産の神さま、エイレイテュイアのサイン。ちゃんと日本語表記で僕の転生先を書いてある。

「藤堂雅之・綾乃の第一子として。よしっ」

 僕は内容に満足すると、懐からカイロスの前髪を取り出した。

「知らなかったなー、ウィッグだったなんて」

「しー、アルよっ。もう何度も抜かれて生えて来なくなってしまったアル。なのに仕事は変わらない。仕方ないアルよ、これがワタシの仕事アル」

 カイロスは僕の気が変わらない内にとでも思ったのか、ひったくるようにウィッグを取り返すと、カチリとつるつるの頭にそれを固定させた。

「ホントはワタシに権利アルのに。誰のチャンスか決めたかったのに」

 まだぶつくさ言ってるカイロスに従い、僕は魂の浄化をされるべく、ゼウスさまの許へ向かうのだった。


 待っててね、雅之君、綾乃。

 僕の事故の為にいっぱい回り道をさせちゃったから。たくさんの幸せのチャンスを手土産に、君達のいる下界へ戻るよ。

 みんなが笑って暮らせるように。またあの向日葵のような笑顔で彩る毎日を積み重ねていけるように。

「ソウルナンバー、オメガ七。浄化します。瞳を閉じてください」

 僕はほんの一瞬だけ、花嫁姿の綾乃を見納めてから、ゆっくりと瞳を閉じて、転生の瞬間を静かに待った。

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