「こいつは男みたいなものだから」と言われましたので、本当に男にして差し上げました。
今日も、昨日も、一昨日も。
私の婚約者は、またあの男女と肩を組んでいる。
「は?ベルクート……お前、また婚約者のお嬢様の約束忘れてたのかい!?」
「いや済まないとは思ってるんだ……ただ昨日は、お前との試合に夢中になっていて……」
「まったく。私がリディアお嬢様だったらお前なんかとは婚約破棄だよ。許してくれているお嬢様に感謝するんだね。」
一度も許してなんかいないわ。
何度だって忘れないでねって言ったわ。
その度にこの眼の前の女――ヒスイとの約束や剣の勝負でないがしろにされ続けていただけ。
今日だって、カフェで二人きりのデートのはずだった。なのに……彼はこの女を連れてきた。
「リディア、そう怒るなよ。こいつは騎士科でも馬鹿力の男女だぜ?男みたいなものだよ。」
「とはいってもベルクート、君たちみたいな男には力では敵わないからね……まったく。いっそのこと男に生まれてきたかった。」
細い首筋、まろい曲線を描く体。どこをどう見たって男になんか見えない。
婚約者――ベルクートは、へらへらと笑いながらヒスイの肩を抱く。
「それはそれで困るぜ。技の冴えはお前のほうが数段上だ。力まで負けちゃ、俺は連戦連敗だろうが。」
私は膝の上で両手で握りしめた扇子をギリギリと握りしめた。
……婚約者のベルクートは明るい女たらしだ。何度も女遊びは止めてほしいと懇願したら、今度は騎士科の女とつるみ出した。
愛はなかったけれど、時間と共に育てていけたら良いな。そう思っていたのに。
「リディアお嬢様、本当にこいつとはただの友達なんです。そそっかしくて忘れっぽいけど、悪いやつじゃあ無いんですよ。」
「それは、貴方が女として魅力的だからでしょう?だから……私より優先させる。私のことなんか……すぐに忘れてしまう。」
ヒスイは困ったように頭を掻いた。そんな仕草ですらポニーテールが揺れて、どこか蠱惑的だ。
「誓っても構いません。私とこいつは男友達みたいなもので―――」
心の何処かで、何かがぷつんと切れる音がした。
「だったら男になってしまえばいいではないの!!!」
研究中の私の魔法。不可逆の魔法。完全に解明できるまで、けして他人には使うなと魔法科の先輩には言われていた……
「うわっ!?」
ヒスイの全身が光る。体の形が変わってゆく。背は伸びやかに。しなる体は直線的に。
……輝きが収まる頃、ヒスイは完全に男の体になっていた。
……やってしまった。
なんの不貞の証拠もない、貴重な女性騎士を勝手に男にしてしまった!
そもそも不可逆の魔法を思春期の女性に一時の激情でかけてしまうなんて――
そこまで考えたところで、急にヒスイが私と距離を詰めてきた。
殴られるのかしら……!びくりと身を縮めた私の両手を、ヒスイはしっかりと握りしめた……?
……その顔は、輝いていた。
「まさか……まさか本当に男になれるなんて……!リディアお嬢様、ありがとうございます!」
思っていた言葉と真逆のことを言われ、目を瞬かせる。
「あっ、すみません……男がこんなに急に近づいては驚かせてしまいますね。」
スッと離れた"彼"は、女性だった頃の面影を残したまま、相当の美男子と化していた。
「貴方……怒って、いないの?」
「ええ!さっきも言いましたけど、私、どうしても女の身では男に勝てないことが悔しくて……何度男になれたらいいと思ったことか!」
隣の席でぽかんと成り行きを見守っていた婚約者を指さして問う。
「貴方……ベルクートの事が好きでいつも一緒に居たのではないの……?」
「いえ、ベルクートも言いましたけど、誓って男友達のつもりでした。」
「えっ」
ことここに至ってようやく思考が追いついたのか、婚約者が間抜けな声を上げる。
「彼はあなたの事……恐らくだけど好きだったわよ……?」
「そんなことはないよ。なあベルクート。」
「えっと……あっと……」
男みたいなものだから、などと言っておきながら、本当に男になってしまったら何も言えなくなるなんて……
「あの……ヒスイさん。貴方はそのままでいいと仰るの……?本当に申し訳ないけれど、その魔法、まだ開発途中で……不可逆なの……」
「ええ!私は元からずっと、男になりたいと願っていたんです……!それに、こんな事を真昼の往来で、お嬢様に聞かせるのは大変お恥ずかしいのですが……私はどうやら恋愛的には男性にも女性にも興味は持てない質でして……」
あらまあ。
驚いた顔を隠すために、握りしめていた扇子を広げた。
まあ……私は、魔法科の先輩方に凄まじく怒られてしまうでしょうけれど……
婚約者の浮気性が分かったうえに、1人の願いをかなえられたなら、まあまあいい結末なのでは……?
もちろん、この事件は後に大事件になったし、婚約者とは婚約白紙になったし、私は当分の間罰を受けた。けれどヒスイさんは女性に戻る術が開発された今も、生き生きと男性騎士として訓練に明け暮れている。
なんだか恋愛に夢も希望も持てなくなった私は、契約結婚として白い結婚を男になった彼に持ちかけてみてもいいな、と思うのだった。




