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完璧だと信じていた彼女が、僕の用意した誕生日サプライズの日に別の男とラブホに消えた。  作者: ledled


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第5話 Twotterの断罪と自滅

あの日から、俺の世界は色を失った。


誕生日サプライズを予定していた土曜日の夜、ホテルの前に転がったジュエリーボックスをどうやって拾い上げ、どうやって家に帰ったのか、よく覚えていない。ただ、布団に潜り込んでも震えが止まらず、目を閉じれば、見知らぬ男の腕の中で蕩けるように笑う里奈の顔が何度もフラッシュバックした。


日曜日、里奈からMINEが届いた。


『昨日はごめんね。予備校の帰りに急に貧血で倒れちゃって、そのまま親に迎えに来てもらって寝てたの。陸がせっかく準備してくれたのに、本当にごめんなさい。明日、学校でちゃんと謝らせて』


その画面を見つめながら、俺は一切の感情が湧いてこないことに気づいた。怒りも、悲しみも、憎しみも。ただ、肺の中にぽっかりと空いた穴から、冷たい風が吹き抜けていくような、果てしない虚無感だけがあった。


俺は返信を打たなかった。既読をつけることすらしなかった。

俺が愛した「白石里奈」は、俺の幻想の中にしか存在しなかったのだ。その現実を受け入れるには、俺の心はあまりにも脆く、そして疲れ果てていた。



同じ頃、俺、五十嵐拓也は、自室のベッドでスマートフォンをいじりながら、込み上げる笑いを噛み殺していた。


画面に表示されているのは、俺のTwotterの裏アカウント『@Taku_Night』だ。フォロワーは数千人。これまで俺が喰ってきた女たちの愚痴や、ベッドでの写真を顔だけ隠してアップするための、いわば俺の「トロフィールーム」だった。


土曜日の夜、あのプライドの高い優等生様を完全に俺の色に染め上げた快感は、格別だった。


俺はカメラロールを開き、あの夜に撮った写真を選んだ。ホテルの薄暗い照明の中、乱れたシーツに包まって眠る里奈の後ろ姿。首筋には俺がわざとつけた赤いキスマークがくっきりと残っている。そしてもう一枚、床に脱ぎ捨てられた彼女の高校の制服と、鞄から半分はみ出た「生徒会腕章」の写真だ。


『某有名進学校の完璧生徒会長様。彼氏が必死に誕生日サプライズの準備して待ってる中、俺のベッドで「帰りたくない」って泣いてたわw 優等生の裏の顔って最高にエロいよな』


写真とともにその文章を投稿すると、数分のうちに凄まじい勢いで「いいね」と「リポスト」がつき始めた。


「……ははっ、ちょろいな」


ネットの連中はこういうスキャンダルが大好物だ。完璧な人間が泥にまみれる姿ほど、安全圏から石を投げるのに適したエンターテインメントはない。


『え、この制服って〇〇高校じゃない?』

『生徒会長でこの制服って、あの子しかいなくね?』

『彼氏かわいそすぎワロタ』


通知が鳴り止まない。承認欲求が満たされていく強烈な快感に、俺は酔いしれていた。俺はあいつの全てを壊してやった。あいつが命がけで守ってきた「完璧な自分」も、あいつを崇拝していた彼氏のプライドも、俺の指先一つで木っ端微塵だ。


俺は勝ち誇った気分のまま、スマホを放り投げて眠りについた。

この浅はかな優越感が、数日後に自分自身の首を真綿で絞めることになるとは、この時の俺は微塵も想像していなかった。



月曜日の朝。私が教室に入った瞬間、空気が凍りついたのが分かった。


いつもなら「おはよう、里奈!」と声をかけてくれるクラスメイトたちが、一斉に私を見て、そしてすぐに目を逸らした。ひそひそと、羽虫が飛ぶような不快な囁き声が教室のあちこちから聞こえてくる。


「ねえ、あれ見た……?」

「うん、マジで引く。信じられない」

「陸くん、可哀想……」


心臓が嫌な音を立てて跳ねた。何? 何のこと?

私は平静を装いながら自分の席に向かった。隣の席の親友、美穂みほに笑顔を向ける。


「おはよう、美穂。今日、なんかみんな変じゃ……」

「白石さん」


美穂の声は、氷のように冷たかった。今まで一度も呼ばれたことのない「白石さん」というよそよそしい呼び方に、私は息を呑んだ。


「これ、あなただよね?」


美穂が突きつけてきたスマートフォンの画面。そこに映っていたのは、Twotterの投稿だった。


『某有名進学校の完璧生徒会長様。彼氏が必死に誕生日サプライズの準備して待ってる中、俺のベッドで「帰りたくない」って泣いてたわw』


添えられた二枚の写真。キスマークのついた首筋。そして、見間違うはずのない、私の制服と生徒会の腕章。


「あ……」


喉からヒュッと空気が漏れた。頭の芯が真っ白になる。


「これ、土曜日の夜だよね? 陸くん、ずっと駅前で待ってたんだよ。連絡もつかないって、すっごく心配して探してたのに」

「ちが、う……これは……」

「何が違うの? 制服も、腕章のほつれも、全部あなたのじゃん。あんだけ陸くんのこと『大切』とか言っといて、裏でこんなことしてたの? 最低」


美穂の吐き捨てるような言葉に、私は何も言い返せなかった。教室中の視線が、私に突き刺さる。軽蔑、嘲笑、嫌悪。それらが鋭い矢となって、私の全身を串刺しにしていく。


「やめ……見ないで……!」


私は両手で顔を覆い、教室から逃げ出した。廊下を走る間も、すれ違う生徒たちが私を見てヒソヒソと笑っているように感じた。


嘘だ。こんなの嘘だ。拓也は「俺の前だけでいい」って言ってくれたのに。どうしてこんなものを晒したの?


パニックになりながら、私は屋上へと続く階段を駆け上がった。スマートフォンの電源を入れ、震える手で拓也に電話をかける。しかし、何度かけても「おかけになった電話番号は……」という無機質なアナウンスが流れるだけだった。ブロックされている。用済みになったおもちゃを捨てるように、彼は私をあっさりと切り捨てたのだ。


「ああああああっ……!」


階段の踊り場で崩れ落ち、私は喉を掻き毟るように叫んだ。


すべてが終わった。私の築き上げてきた「完璧な白石里奈」というお城は、拓也という男の手によって、いとも簡単に、そして残酷なまでに破壊されたのだ。


その時、階段の下から足音が聞こえた。

顔を上げると、そこに立っていたのは陸だった。


「陸……! 違うの、聞いて、あれは……!」


私は這いつくばるようにして彼にすがりつこうとした。彼なら、私のどんな嘘でも信じてくれる。彼なら、私をこの地獄から救い出してくれる。そんな身勝手な期待が、一瞬だけ頭をよぎった。


しかし、私を見下ろす陸の目は、かつての温かい光を完全に失っていた。


「……もう、いいよ」


静かで、平坦な声だった。怒りも憎しみもない、ただただ無関心な声。


「土曜日の夜、ホテルの前で見たんだ。全部。君が、あの男と一緒に笑って入っていくところを」

「え……」

「俺が馬鹿だったよ。君の作り笑いにも、苦しそうな顔にも気づかないふりをして、俺の理想を押し付けてた。君を追い詰めてたのは俺だったんだな。……ごめん」


陸はそう言うと、私に背を向け、ゆっくりと階段を降りていった。


「待って! 陸、行かないで! 私が間違ってた、私が馬鹿だったの! お願い、見捨てないで……!」


私の悲痛な叫びは、虚しくコンクリートの壁に反響するだけだった。

唯一の光だった陸を自らの手で手放し、私は本当の暗闇の底へと真っ逆さまに堕ちていった。自業自得の地獄。私は声を枯らして泣き続けることしかできなかった。



「おい、ふざけんなよ! 何なんだよこれ!」


五十嵐拓也は、自室のパソコンモニターの前で頭を抱え、絶叫した。


Twotterの投稿がバズってからわずか数日。事態は俺の全く予想していない方向へ転がっていた。


最初は、俺の投稿に群がる連中を安全圏から見下ろして笑っていた。しかし、ネットの「特定班」と呼ばれる連中の執念を、俺は完全に舐めていた。


『このホテルの壁紙、駅裏のVENUSじゃね?』

『てか、このアカウントの過去の投稿見てみ。写真の端っこに写ってるノート、〇〇大学のシラバスだぞ』

『あ、こいつの別の写真に写り込んでる窓の外の景色、成瑛予備校の3階から見える景色と完全に一致してる』


わずかな手がかりから、俺の素性が次々と丸裸にされていく。パズルのピースが埋まるように、俺の所属大学、アルバイト先の予備校が特定された。


そして決定打となったのは、俺の過去の被害者たちからの告発だった。


『この手口、絶対に五十嵐拓也だ。私も予備校のチューター時代にこいつに騙された。相談に乗るふりしてホテルに連れ込まれた』

『私も。断ったら「お前の悩みなんか誰も聞いてくれないぞ」って脅された。こいつ、マジで人間のクズだよ』

『Austaの裏垢もこいつだよね。私の寝顔も勝手に晒されてた』


過去の恨みが一気に噴出し、炎上は俺という個人に完全に牙を剥いた。


「やめろ……やめろやめろやめろ!」


俺は慌ててアカウントを削除しようとしたが、すでに手遅れだった。魚拓は取られ、俺の本名、顔写真、大学の学部までがまとめサイトに掲載され、SNS上で爆発的に拡散されていた。


プルルルルルッ!


不意にスマートフォンが鳴った。画面を見ると、成瑛予備校の塾長からだった。

電話に出た瞬間、怒声が鼓膜を劈いた。


『五十嵐くん! ネットで騒ぎになっている件は本当かね!? うちの生徒に手を出した上に、写真を晒したと……! 保護者からクレームの電話が鳴り止まんのだぞ! 君は今日付けでクビだ! 損害賠償も請求させてもらうからな!』

「ち、違います! あれは合成で……」


弁解しようとしたが、電話は一方的に切られた。


さらに、大学の友人からも次々とLINEが届く。


『お前、マジでやってんの? 掲示板に名前出てるぞ』

『キモすぎ。もう俺に連絡してくんな』


俺を崇め、チヤホヤしてくれていた連中が、手のひらを返して一斉に離れていく。


ピンポーン、と玄関のインターホンが鳴った。

モニターを見ると、見知らぬ男が数人、カメラに向かってスマートフォンを構えているのが見えた。ネットの特定班か、あるいは野次馬のYouTuberか。


「ひっ……!」


俺は部屋の隅にうずくまり、両手で耳を塞いだ。

今まで、他人を嘲笑い、人生を狂わせるゲームの「プレイヤー」だと思っていた。自分は絶対に安全な場所にいると信じていた。だが、本当は俺自身が、もっと大きな悪意の海の上で踊らされていた矮小なピエロに過ぎなかったのだ。


社会的制裁という名のハンマーが、俺の虚栄心と未来を木っ端微塵に打ち砕いていく。

恐怖と狼狽。そして、自分のしでかしたことの重大さにようやく気づき、俺は暗い部屋の中で歯の根を合わさずガタガタと震え続けた。



数日後、学校の空気はどこか異様な熱気を帯びていたが、俺の心だけは氷のように冷え切っていた。


白石里奈は、あの月曜日を最後に学校に来なくなった。

噂によれば、精神的に追い詰められて実家に引きこもり、退学の手続きを進めているらしい。生徒会長の辞任は、全校集会で教師の口から事務的に告げられた。


「おい、陸。お前、大丈夫か?」


昼休み、屋上のベンチでぼんやりと空を見上げていると、親友の健太が心配そうな顔で近づいてきた。彼の手には、二つの缶コーヒーが握られている。


「……大丈夫だよ。何が?」

「強がんなって。白石の件……ネットで全部出回ってんじゃん。あんなクソビッチだったなんて、俺も信じらんねーよ。お前、あいつのためにバイト代全部使って誕生日プレゼント買ってたのに……」


健太は悔しそうに顔を歪めた。彼の方が俺よりも怒ってくれているのが、少しだけ滑稽で、そしてありがたかった。


「お前を裏切った挙句、間男に写真晒されて自爆とか、マジで因果応報だよな。ざまぁみろって感じだわ。あいつら二人とも、人生終わったな」


健太の言葉を聞いても、俺の胸の中には「ざまぁみろ」というようなカタルシスは一切生まれなかった。


里奈がすべてを失い、絶望のどん底にいることは想像がつく。あの男も、ネットの特定班によって身元を暴かれ、大学を退学になり、社会的な制裁を受けているというニュースをSNSで見た。


彼らは自業自得の地獄に落ちた。それは紛れもない事実だ。

だが、彼らが破滅したからといって、俺の砕け散った心が元に戻るわけではない。


「……終わったんだな。全部」


俺は缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲んだ。苦い味が喉を通り抜けていく。


彼女の嘘に気づけなかった自分。彼女を「完璧な偶像」として祭り上げ、無意識のうちに追い詰めていた自分。俺にも責任の一端はあったのだと、今なら分かる。


だからこそ、俺は彼女を憎むことすらできなかった。


「俺さ、しばらく部活休もうと思う」

「えっ、マジかよ。レギュラー争い、いい感じだったのに」

「うん。なんか、全部どうでもよくなっちゃって。少し、頭の中空っぽにしたいんだ」


健太は何か言いたげに口を開きかけたが、俺の顔を見て、静かに頷いた。


「……そっか。まぁ、ゆっくり休めよ。何かあったらいつでも連絡しろな」

「サンキュ」


空はどこまでも青く、澄み渡っている。

俺の隣で、誰かの夢を見ていた彼女はもういない。


怒りすら消え失せた深い虚無感の中で、俺の心臓はただ機械的に血を送り出しているだけだった。これからどう生きていけばいいのか、何のために笑えばいいのか、何も分からない。


俺の時間は、あの土曜日の夜から、完全に止まってしまっていた。

この凍りついた時計の針が再び動き出す日が来るなんて、この時の俺には到底信じることができなかった。

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