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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

逸失していた記憶の欠片、

作者: 漉凛
掲載日:2026/03/10

またまた、お久しぶりです。

1年おきの更新になってしまっていますが、今年こそ頑張りたいと思います。

今回は前回の短編に少しつながるものを書きました。ぜひ前回の短編と一緒にお楽しみください。

————時計の音がカチ、カチ、と規則正しい音を出している。


隣からは規則正しい寝息が聞こえてくる。


起き上がり視界に入った時計は『3:00』をさしていた。

まだ、みんな寝静まっている時間だ。


 床に敷いてあるカーペットに足をつけ、自室のドアを音をたてずに開けて出た。


 誰も起きていない廊下は静まり返っており、あまり温度を感じられない。

 そのまま、洗面所へと向かい鏡の前に立った。


 いつも通り、自分の顔が鏡面へ映し出される。




———ぐらり、という慣れた感覚とともに体が軽くなる。


* *  *


 次に視界に映ったのは、どうやら花畑のようだ。


ここは、…


「かーさま?…かーさま!?かーさま、どこにいるの?」

 幼い声とともに、見覚えのある髪の毛が視界に入り込んできた。


 小さな子供のような姿をしたそれは、自分の母親を必死に探しているらしい。

 探している様子は記憶とは視界が違うが、確かに見覚えがあるものだった。


「——っ、まさか。」

 それは何かに気付いたようにある場所へと駆け出していく。


 どうやらそれは、こちらの存在には気付いていないようだ。

 することもないため、それの後を追うと、見覚えのある場所に出た。

 四方八方から突き刺さる物体、流れる黄金、色を失った虚ろな瞳。それらすべては記憶の奥底で今もなお、写実的に思い出せる最も昔の記憶だ。


「…かーさま?…かーさま!どう…して、返事がないの?」

 わかっているくせに理解ができないふりをする。

「昨日だって、寝る前にお歌を歌ってくれたのに。」

 『あたりまえ』という言葉が、本当はないことを知っていた。


「うそだ…これは…そんなの、嘘だよ。」

 それは下を向いてひとりごとをつぶやき続ける。

 戻ってこないもののほうが多いことをまだ知らなかった。知らないでいい場所にいたから、本当の意味で知ろうとしなかった。


「ね、ねぇ…起きてよ、かーさま。いつもみたいに、」

 それは必死に自身の母親だったものに駆け寄り、手を出そうとする。しかし、後ろから来た長身の男がそれが伸ばした手を掴んだ。


 青とも水色とも、虹色ともいえる髪を揺らした長身の男はそれに言う。

「やめておきなさい。それはもう、どこにもいない。」

 自身の娘だったものを見て、男はそれを引き留める。

「っ………はい、おじーさま。」

 上位の存在にはどうやっても力ではかなわないものがあった。


 ここからでは男の表情は見えないが、覚えている。

「…チカ。私は、たとえ娘を失ったとしても…おまえを失う訳にはいかない。」

 同じ色をした瞳が揺れ動いていて、何とも言えない表情をしていた。

「私は、おまえが生まれてくるのを…待ち望んでいた。…自分の娘が生まれる時よりも…ずっとな。」

 知っていた。彼は異常なほどに愛してくれた。今も、それは変わらない。


「酷な願いなのは承知の上で頼みたい『願い』がある。」

 そう、これが初めて『願い』を使った時だ。


 ざわざわと周辺の草木が音をたて、花畑の花が散り、風に飛ばされていく。


「…わ、かりました。」


* *  *


場面が変わった。これは、いつのことだろうか。


「チカ、いい?…覚えておいてほしいことがあるの。」

 歌うようにそういう女と一緒に座っているそれは、お互いの手に花冠をもっている。

 その声は、しばらく耳にしていなかったもので、過ぎ去る時間とともに失われていっている声だった。


「なあに?かーさま。」

 もうそんなに小さな子供ではないのに、ゆっくりな体の成長なのをいいことに子供のふりをするそれは首を傾げて女に聞く。

「私は、人々を…すべての生き物を愛しているわ。」


…すべての生き物を愛している?そんなこと、言っていただろうか。


「でもね。」

 女はそれと同じ色をした瞳をまっすぐ見て、愛おしそうな顔をしながら、ゆっくりと頭を撫でる。それは気持ちがよさそうに目を細めて、その行為を受け止める。


「あなたは、そうではなくてもいいのよ。」


…ああ、そうか。前提から間違っていたのか。


「みんながみんな、同じものをもっていなくていいの。」


——わざわざ探しに行かなくても、『答え』なんて最初から出ていたんだ。


 この頃、ここでは噂が流れていたのだったか。

 混ざりもの、成りそこない、未完成の失敗作。様々なことが、風と共に流されてきたのだったか。噂はさらに噂をつくり、流れていくのは今も昔も変わらない。


「どうして、そんなこというの?」

 それは単なる疑問だったのだろう。何も知らず、ある意味、無垢だったのだ。様々なものから守られ、隠されてきたのだから。


「…なんとなくよ。言いたいときに言わないとね。」

 女は誤魔化すように笑うが、それはそのことに気付かない。気付けなかったのだ。


* *  *


また、場面が変わる。


 広がる粒子の粒が、先ほどの花畑一面を満たしていた。

 先ほどとは違う視点から見える景色の中心には『私』が立っていた。


…ああ、ここから始まったのか。


 しばらく目を閉じていた過去の私は、組んでいた手をほどいて、立ち上がり、そばにずっと立って事の成り行きを見守っていた祖父を見る。

「…おじーさま、私に稽古をつけてください。」

 否定されることなんて、最初から考えていない言葉選びだ。

「…ああ、わかった。いくらでも、永遠でも稽古をつけよう。」

 彼は心底嬉しそうに相好を崩した。


——この時、なんでも利用してやろうと決めたのだった。どんなに汚い手段を使ったとしても、自分は知りたかったのだ。


「ありがとう、ジョセ。」

 それが、利用するのが実の祖父だったとしても良いと思った。この時、初めて彼の名前を呼んだことを、今でも覚えている。


* *  *


ここは…城の一室、昔の自分の部屋か。


「……っひっく。……っ………」

 部屋の何もないところで膝を抱えて泣いているのは、過去の自分だ。

 あれから何億年経ったぐらいだろうか、この場面は記憶にないし、体もまだ小さいのでまだ100億年は経っていないはずだ。


「…」

 さて、どうしたものか。誰か来る様子もないし、辺りに誰の気配も感じないことから慰めに来るものはしばらく来ないだろう。


 窓の外は大雨で、外の音が聞こえづらい。


「…これで、」

 そんな躊躇していたのが悪かったのか、過去の自分は自分の力を凝縮させた鋭利なものを自身の心臓に向かって突き刺そうとしていた。


 咄嗟にそれを力ではじくと、泣いていた自分が顔をあげて驚いた顔をする。

「…じ、ぶん?」

 どうやら、私が自分だということは理解できるらしい。

「そう、未来の自分だよ。」

「…なんでここに?」

「それは…私も聞きたいんだよねぇ。」

 思わず瓜二つのあの顔を思い浮かべるが、今なにをしても元の時間に戻りはしないだろう。というより、もしかしたらここで選択を間違えたら、未来の私は存在していない可能性が高い。


「それで、どうしたの?」

 飾った言葉なんて、自分自身には必要がないだろう。

「今、戦争中なの。」

 自分は人間同士の戦争でダメージを受けるような性格はしていない、ということは天界で起こった戦争のことだろうか。

「戦争中…それは天界の?」

「そう。」


 天界の戦闘といえば、第一次天界戦争と第二次天界戦争の2つが有名なはずだ。

 しかし、第二次のほうは私が就任してからいくらかしてから起こったことから、彼女が言っているのは第一次天界戦争のことだろう。


「今の戦況は?」

「…昨日、ディアスのお母さんが討たれたの。」


 ということは、かなり終盤かな。

「じゃあ、もうほとんどいないんだね。」

 彼女はその言葉を聞いて俯く。


 確かこの時、私も戦争に参加しようとして、祖父に止められたのだ。

 第一次天界戦争は神族が天界を統治している私達一族に異を唱えて始まったものだ。この戦争は多くの犠牲を出したが、結果として良かったことが多かったはずだ。


——じゃあ、なぜ過去の自分は泣いているのだろうか。


「私、知らなかったの。」

「まあ、まだ知らないことの方が多いだろうね。」

「知ろうとしなかったの。」

 この頃から、その自覚はあったのか。


「もっと早く…気付いていれば、良かったのかな。そうすれば、伯母さんも死ななかったのかな…」

 誰に言うでもなく、ただただその言葉は独白に近かった。


「私は彼女より価値があるとは思えない…だから、」

 これ以上はいけない。私が消えてしまう。

「それならさ、未来の私のために生きてよ。」

 昔の私が、死のうとしていた先生に対して、言いはなった言葉だ。


 彼女は勢いよく顔をあげる。

「私の、ため……?」

「そう。今の私があるのは、あなたが今まで生きてきた証拠だよ。」

 彼女と目線を合わせるためにしゃがむ。

「私に未来が、ある。」

「そう、未来があるの。」

 そう言って目の前の彼女を弱い力で抱きしめる。彼女は抵抗せずに両腕を後ろに回してきた。


 温かさが人とは違うが、彼女の体には人族の血が流れているため少しあたたかい。

「ねえ、まだ私生きてもいい?また、私に会える?」

 顔は見えないが、もう泣いていないのだろう。肩を濡らすものは感じない。


「うん、そうだね。」

 もう一度、自身を抱きしめ、先ほど見たように頭を撫でて腕をほどいて離す。


 少し下がって少女を見ると、少女もこちらを見ていた。

「また、会おう。いつか、遥か先の未来で。」


———ぐらり、という感覚とともに体が軽くなる。


 目の前の少女は、小さく手を振っていた。


* *  *


どうやら、戻ってきたようだ。


 目の前には、鏡に映る自分がいた。

 まだ顔も洗えていなかったため、水を出して顔を洗う。


「人間になりたかったわけじゃなかったのか……」

 誰に言うでもなく、その言葉だけがその場に響く。


「ねえ……あなたは、これを予測していたの?









私が生まれるよりも、ずっと前から。」

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