第三話 明かりの待つ方へ
遠く、霧の壁を穿つようにして、二筋の光が近づいてくる。
私はゆっくりと立ち上がり、自分の左手を街灯に透かした。
指の節の形、そして手のひらを刻む筋。
先ほど霧の中に消えたあの男が、苛立ちに任せて叩きつけていた「型」が、今の私の手にそのまま重なっている。
――俺だったんだな。
声には出さなかった。
ただ、街灯の下で自分の影を見つめる。
あの刺々しい肩の震えも、正しさを武器にしなければ立っていられなかった強さも、すべて私自身が抱えてきたものだった。
あの時代の私は、あれで良かったんだ。
あの炎がなければ、今のこの静けさの価値も分からなかった。
あの頃、私は気づいていなかった。
自分自身の基準で、すべてを「正しいか、間違っているか」で測っていたことに。
人を認めないまま、認められたいと叫んでいたことに。
今の私が、あの頃の私を救うことはできない。
そして、あの頃の私が、今のこの静かな心地よさを理解することもまた、叶わない。
それでいいのだ、と思う。
あの嵐のような渇望があったからこそ、今、掌に触れる夜気の冷たさが、これほどまでに愛おしい。
承認を求める刃を収め、その熱を自分の内側を温めるために使う。
ただ自分自身を面白がる——それだけで、夜はこんなにも深く、豊かなものに変わる。
目の前で、一台の車が静かに停車した。
エンジンが止まると、山あいの静寂がより一層、色濃く戻ってくる。
運転席のドアが開き、一人の男が降りてきた。
街灯の橙色に照らされたその顔には、二十年の月日が深い刻印となって刻まれていた。
だが、その佇まいに以前のような険しさはない。
私と同じ、自分という重力をただ静かに受け入れた男の影がそこにあった。
お互い、歩み寄る速度を変えず、老けたことも、変わったことも、語らない。
ただ、霧が完全に消え去った夜空の下で、視線を静かに重ねた。
一拍の沈黙。
二人の間を、湿った森の風が、祝福のように通り抜けていく。
「……久しぶりだな」
私が言うと、友人は少しだけ目を細め、静かに応えた。
「ああ、久しぶりだ」
それだけで、すべてが通じ合っていた。




