『きらきらの約束』
むかしむかし――と始めるには、少しだけ新しすぎる世界の話。
その国には「きらきら」が降っていた。
雪のようで、星の欠片のようで、触れると溶けてしまう不思議な光。
きらきらは夜になると空から舞い落ち、町の屋根や森の葉、湖の水面を淡く照らした。人々はそれを幸福の兆しと呼び、恋人たちはきらきらの夜に指切りをした。
――きらきらの夜に交わした約束は、必ず叶う。
そう信じられていた。
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少女の名はリリィ。
町外れの時計塔のそばで、小さな仕立て屋を営む娘だった。
リリィはきらきらが少しだけ怖かった。
あまりにも美しくて、あまりにも簡単に消えてしまうから。
「きらきらは好きかい?」
ある夜、仕立て屋の窓を叩いた少年がそう尋ねた。
銀色の髪に、夜空のような瞳。まるで童話の挿絵から抜け出してきたような姿だった。
「……嫌いじゃないわ。でも、少しだけ苦手」
正直に答えると、少年はくすっと笑った。
「正直だね。僕は好きだ。きらきらは嘘をつかない」
その言葉が、なぜか胸に残った。
少年の名はノアと言った。
彼は夜にしか現れず、朝になる前に必ず姿を消した。
ノアはよく仕立て屋を訪れ、リリィの作る服を褒め、他愛のない話をした。
リリィは次第に、きらきらの夜を待つようになっていた。
「ねえ、リリィ。きらきらがどうして降るか知ってる?」
ある夜、ノアは湖のほとりでそう言った。
湖面はきらきらを映して、まるで空と地上が溶け合っているようだった。
「知らないわ。星の涙、とか?」
「惜しいけど違う。きらきらは――想いの残骸なんだ」
ノアは湖に手を伸ばし、光をすくった。
「叶わなかった願い、言えなかった恋、失くした約束。そういう想いが、空に溜まって溢れると、きらきらになる」
「……それって、少し悲しいわね」
「だから美しいんだ」
ノアはそう言って、リリィを見た。
その瞳が、きらきらよりも眩しく見えた。
その夜、リリィは初めてノアの手を取った。
冷たいはずの手は、驚くほど温かかった。
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恋は、いつも静かに始まる。
リリィはノアが来ない夜に、彼のことを考えた。
ノアは決して昼の話をしなかったし、自分の家族のことも語らなかった。
それでもリリィは、彼の沈黙ごと好きになっていた。
「ねえ、ノア。昼間も会えたらいいのに」
ぽつりと零した言葉に、ノアは一瞬だけ悲しそうに笑った。
「それはできない」
「どうして?」
「僕は……きらきらの側の存在だから」
意味は分からなかった。
けれど、胸がざわついた。
町には古い言い伝えがあった。
――きらきらに恋をすると、必ず別れが訪れる。
リリィはそれを思い出し、震えた。
まさか、ノアが「きらきら」そのものだなんて。
確かめたくて、ある夜、リリィは問い詰めた。
「ノア。あなたは……何者なの?」
ノアはしばらく黙っていたが、やがて真実を語った。
彼は元々、人間だった。
ずっと昔、叶わぬ恋を胸に抱えたまま亡くなり、その想いがきらきらと結びつき、形を得た存在。
「だから僕は夜にしか存在できない。朝が来れば、また光に戻る」
「……じゃあ、いつか消えてしまうの?」
「きらきらが尽きれば、ね」
リリィの目から、涙がこぼれた。
きらきらのように、ぽろりと。
「それでも、好きよ」
震える声で、リリィは言った。
「消えるなら、消えるまで一緒にいればいい。約束なんて、いらない」
ノアは驚いたように目を見開き、そして優しく微笑んだ。
「君は、強いね」
「強くなんてない。ただ……後悔したくないだけ」
その夜、二人はきらきらの下で口づけを交わした。
光が弾け、まるで祝福するように舞い上がった。
だが、終わりは近づいていた。
きらきらは年々減っていた。
人々が願うことをやめ、諦めることを覚えたからだ。
ノアの姿は、少しずつ透け始めていた。
「最後の夜だ」
ノアは静かに言った。
「きらきらが、もう降らない」
空には、かつてないほど暗い夜が広がっていた。
リリィは、決断した。
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翌朝。
リリィは町を出た。
彼女は仕立て屋を閉め、湖へ向かった。
そこには、きらきらを生む源――人々の想いが溜まる場所があると、ノアから聞いていた。
リリィは湖に向かって叫んだ。
「私は、願う!」
自分の想いを、恐れず、隠さず。
「この恋が、終わらないように!」
涙と一緒に、言葉を放つ。
その瞬間、湖が輝いた。
忘れ去られた想い、諦められた願いが共鳴し、再び空へ昇っていく。
夜空に、きらきらが戻った。
ノアは、そこにいた。
今度は、朝の光の中で。
「……リリィ?」
彼は確かに、触れられる存在だった。
きらきらは消えた。
だが、その代わりに――想いは、人の心に残るようになった。
ノアは人間として、リリィの隣に立っていた。
「約束は、叶ったね」
リリィは笑い、涙を拭った。
「ええ。きらきらじゃなくても、恋は輝くのね」
二人は手を取り、歩き出した。
童話のように、きらきらではなく。
それでも確かに、愛はそこにあった。
――おしまい。
最後までお読み頂きありがとうございました!
また別の作品でお会いしましょ〜^^★=




