夜の背中
同居を始めてから、
気づけば、数か月が経っていた。
結子の生活は、また少しずつ崩れていった。
夏休みに入った頃は、
朝起きてきて、
一緒に食事をする日もあった。
スーパーに行って、
料理をして、
何でもない時間を過ごす。
あの穏やかさは、
一時的なものだったらしい。
締め切りが近づくと、
結子は再び昼夜逆転を始めた。
夜中、
自分の部屋からキーボードの音が聞こえる。
止まったと思ったら、
今度は、まったく物音がしなくなる。
気になって、
ドアの前まで行くこともあった。
だが、
約束がある。
踏み込まない。
聞かない。
触れない。
だから、
ドアは開けない。
ある夜、
リビングで水を飲みに行くと、
床に結子が倒れていた。
正確には、
気を失うように眠っているだけだ。
ノートとペンが、
手の届く場所に落ちている。
毛布をかけるかどうか、
一瞬、迷う。
だが、
それも踏み込みかもしれないと思って、
そっと、距離を取った。
代わりに、
机の上に置く。
片手で食べられるもの。
こぼれにくくて、
冷めても大丈夫なもの。
ラップをかけて、
レンジで温め直せるようにする。
温かい飲み物も、
マグカップに入れて並べる。
それが、
俺にできることだった。
朝になると、
それらは、なくなっている。
皿だけが、
流しに置かれている。
礼も、
感想もない。
だが、
食べたという事実だけは残る。
それで、十分だった。
結子は、
背中を見せたまま書いている。
声をかければ、
振り返るだろう。
だが、
振り返らせてはいけない気がした。
この人は、
今、前に進いている。
俺は、
その邪魔をしない位置にいる。
支える、というより、
見守る。
その距離を、
ここで初めて、
はっきりと自覚した。
一年という期限は、
まだ先にある。
だが、
この生活が、
ずっと続くものではないことも、
どこかで分かっていた。
夜の部屋で、
結子の背中は、
今日も前を向いている。
俺は、
その背中を、
少し離れた場所から見ていた。




