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私と約束の99の物語  作者: 阪井秋


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7/13

夏休みのはじまり


 結子の大学が、夏休みに入った。


 そのせいか、ここ最近の生活は、少しだけ規則正しくなっている。

 昼前に起きてくる日が増え、夜も以前ほど遅くまで起きていない。


 執筆も、ひと段落ついたらしい。


 机に向かう時間はあるが、

 追い詰められた空気は薄れていた。


 朝、キッチンでコーヒーを淹れていると、

 結子がリビングに顔を出す。


「おはようございます」


「おはよう」


 それだけのやり取りだが、

 この時間帯に声を聞くのは、久しぶりだった。


「今日、買い出しに行く」


 そう言うと、

 結子は一拍置いてから言った。


「……私も、行っていいですか」


 理由は聞かなかった。

 暇だから、くらいの軽さだろう。


 外は、夏らしく暑かった。


 歩いてスーパーまで向かう途中、

 特に会話はない。


 それでも、気まずさはなかった。


 信号待ちで、ふと、思いついたように聞く。


「家族のこと、聞いてもいいか」


 結子は少しだけ考えてから、答えた。


「……今のマンション、

 もともとは家族で住んでました」


「四人?」


「はい。父と母と……私」


 一瞬、言葉が区切られたが、

 それ以上は何も付け足さない。


「両親は、早期リタイアして。

 今は、祖父母の介護で田舎にいます」


 淡々とした声だった。


「だから、今は一人暮らしです」


「そうか」


 それ以上、話は広がらない。


 無理に聞き出す必要もないと思った。


 スーパーに着くと、

 結子は野菜売り場で足を止めた。


 ナス、トマト、ズッキーニ。


 一つ一つ、眺めるように見てから言う。


「夏野菜カレー、食べたいです」


「急だな」


「夏なので」


 理由になっているようで、なっていない。


 カゴに、野菜を入れていく。

 量は、少し多めだ。


「……食べきれるか?」


「たぶん」


 たぶん、というところが結子らしい。


 肉とルーを足し、

 米も切らさないようにして、会計を済ませた。


 帰り道、

 袋を持つ結子の歩幅は、行きよりも軽かった。


 帰宅して、キッチンに立つ。


 結子は包丁を持とうとして、

 一度こちらを見る。


「……何か、やったほうがいいですか」


「野菜、洗ってくれ」


「はい」


 慣れているとは言えない手つきだが、

 邪魔をするほどでもない。


 切った野菜を鍋に入れ、

 火を通す。


 結子は、途中で味見をして言った。


「……美味しいです」


 それだけで、十分だった。


 出来上がったカレーを、

 二人で並んで食べる。


 特別な味ではない。

 いつもの、家の味だ。


「おかわり、ありますか」


「ある」


「よかったです」


 それを聞いて、少しだけ笑ってしまう。


 食後、

 結子はソファに座って、しばらく動かなかった。


「……こういう時間、久しぶりです」


「何もしない時間か」


「はい」


 窓の外では、

 蝉が鳴いている。


 この生活が、

 ずっと続くような錯覚を覚える。


 一年という期限のことは、

 今日は考えなかった。


 ただ、

 夏休みの始まりとしては、

 悪くない一日だった。



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