家政夫という話
藤森から連絡が来たのは、翌日の昼過ぎだった。
『昨日のお礼をしたいので、少しだけ時間もらえませんか』
指定されたのは、駅前の喫茶店だった。
昼のピークを過ぎた店内は静かで、話をするにはちょうどいい。
窓際の席に座っていた藤森は、ノートを閉じて顔を上げる。
「昨日はありがとうございました」
「いや……無事に帰れたなら、それで」
コーヒーが運ばれてきて、少しの沈黙が落ちた。
「あの、高城さん」
藤森が、慎重に切り出す。
「昨日、話してくれましたよね。
仕事が終わったことと、引っ越ししなきゃいけないって」
「ああ」
「それを聞いて、思ったんです」
一度、言葉を選ぶように視線を落としてから、彼女は言った。
「家政夫、やりませんか」
一瞬、耳を疑った。
「……家政夫?」
「はい。家のことをお願いしたくて」
あまりに真っ直ぐな言い方で、冗談には聞こえなかった。
「もちろん、ちゃんとお給料は払います」
「いや、待ってくれ」
俺は首を振る。
「大学生だろ。
そんな簡単に言える話じゃない」
藤森は、少しだけ眉を下げてから、言った。
「……説明します」
そう前置きして、続ける。
「私、小説を書いてます」
「……趣味で?」
「仕事で、です」
即答だった。
「それなりに、売れてます。
生活できるくらいには」
その言い方に、妙な現実味があった。
「出版社から、家政婦さんを紹介されたこともあります」
なるほど、と腑に落ちる。
「でも、定期的に通う契約で。
決まった時間に人が来るのが、正直ストレスで」
「生活が不規則なんだな」
「かなり」
苦笑しながら、藤森は肩をすくめる。
「締め切り前は昼夜逆転しますし、
そのたびに人に気を遣うの、しんどくて」
だから、住み込み。
「家事は、私のこと放っておいて、
勝手にやってくれる人がいいんです」
なかなか割り切った条件だ。
「そこに、高城さんが現れたので」
俺は、言葉に詰まる。
「昨日みたいに、困ってる人を放っておけない人なら、
距離感も、合うかなって」
それから、藤森は少しだけ姿勢を正した。
「期間は……一年で、お願いします」
「一年?」
「はい」
はっきりとした口調だった。
「今書いてる小説が、
ちょうど一年後くらいで一区切りつく予定なので」
理由は、それだけだった。
それ以上は語らない。
期限を区切ること自体が、彼女の中で重要らしい。
「一年間、住み込みで家のことをお願いして、
その後は解散。
それでどうでしょう」
条件としては、明確だった。
「……一度、家を見てほしいです」
喫茶店を出て向かった先は、ファミリー向けのマンションだった。
共用部も広く、静かだ。
「一人で住むには、正直、持て余してます」
部屋に入って、俺は納得した。
荒れている、というより、生活が追いついていない。
台所のコンロや流しはきれいだが、
隅には縛ったゴミ袋がいくつも置かれている。
コンビニの容器が多い。
脱衣所には、洗濯されたままの服の山。
ドラム式の洗濯機は新しい。
本と段ボール、原稿やメモが散らばっている。
ただ、床はきれいだった。
掃除ロボットが、充電台に戻っている。
「……仕事に疲れた人の部屋だな」
そう言うと、藤森は小さく笑った。
「よく言われます」
空いている部屋があること、
住み込みで問題ないことも説明された。
「すぐ返事じゃなくていいです」
藤森は、視線を逸らして言う。
「一年だけ、ですから」
その言葉が、妙に重く響いた。
期限があるということは、
終わりが決まっているということだ。
それが、安心なのか、
それとも怖いのか。
俺は、まだ分からなかった。
「考えさせてくれ」
「はい」
押してこない距離感が、
この話を現実のものにしていた。




