ファミレスの明かりの下で
料理が運ばれてきてから、しばらくは無言だった。
藤森は、箸を持つ手こそ少し震えていたが、食べ方は落ち着いている。
がつがつと掻き込む様子はなく、一口ずつ確かめるようにハンバーグを口に運んでいた。
正直なところ、少し意外だった。
公園のベンチで、腹の音を鳴らし、倒れそうになっていた姿を思い出す。
だが今こうして向かい合って見る彼女は、いわゆる「困っていそうな若者」には見えない。
服に汚れはなく、髪もきちんと整えられている。
化粧も派手ではないが、手を抜いている感じはしなかった。
家出少女、という言葉から想像するような荒れた雰囲気は、どこにもない。
――なのに、あの状態だ。
「……さっきの公園で」
思わず、口を開いていた。
「ずいぶん辛そうだったけど。
家出、って感じでもなさそうだったな」
藤森は一瞬、箸を止めた。
それから、少し困ったように笑う。
「家出じゃないです」
即答だった。
「用事があって外に出たんです。
で、財布を忘れて」
それだけなら、まあ分かる。
「スマホがあるから、何とかなると思ってたんですけど……」
彼女はテーブルの上に置いたスマホを、指で軽く叩いた。
「途中で電池、切れました」
「……なるほど」
あり得なくはない。
ただ、普通はどこかで引き返す。
「家、遠いのか?」
「歩けなくはない距離です」
そう言って、少しだけ視線を逸らす。
「でも、今日は……」
言葉を探すように、少し間が空いた。
「昼から、ほとんど何も食べてなくて」
それで全部、腑に落ちた。
帰れなくなったわけじゃない。
判断力が、削られていただけだ。
「気づいたら、足に力が入らなくなってて。
ちょうど公園があったから、座っただけなんです」
あれは、生き倒れ、という表現が一番近い。
藤森は、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「……ご迷惑、かけました」
「いや」
迷惑、というほどのことじゃない。
ただ、放っておけなかっただけだ。
彼女は、また黙って食事を続ける。
さっきよりも動きは落ち着いていて、顔色もだいぶ戻ってきている。
「もう大丈夫そうだな」
「はい。お腹いっぱいになったら、ちゃんと帰れます」
それを聞いて、少しだけ安心した。
どこかで、無理をしている感じはあるが、
少なくとも今すぐどうこうなる様子ではない。
会計を済ませ、店を出る。
夜風が頬に当たるが、さっきほど冷たく感じなかった。
「今日は、本当にありがとうございました」
藤森は、深く頭を下げた。
「ちゃんと帰れるなら、それでいい」
「はい」
一歩、距離が開く。
このまま、ここで終わる関係だと思った。
だが、藤森は少しだけ迷ったあと、言った。
「あの……お礼、したいので」
スマホを持ち上げる。
「連絡先、交換してもいいですか」
断る理由はなかった。
番号を交換し、それだけで終わりだ。
「じゃあ、気をつけて」
「高城さんも」
そう言って、彼女は駅とは反対の方向へ歩き出した。
街灯の下を進む後ろ姿は、さっきよりもずっと安定している。
家出でも、事故でもない。
ただ、生活が少し雑で、判断が追いつかなくなる夜があっただけ。
それだけのことなのに、
なぜか、妙に引っかかる。
番号を登録したスマホを、ポケットにしまう。
この出会いが、ここで終わるのか、
それとも、何かの続きになるのか。
その時は、まだ分からなかった。




