別々の場所で
引っ越してから、しばらくが経った。
新しい部屋は、
駅から少し離れた場所にある。
古くも新しくもない、
よくある一人暮らしの部屋だ。
荷物は相変わらず少ない。
段ボールはすぐに片づいた。
朝起きて、
仕事に行って、
帰ってきて、
自分のために食事を用意する。
生活は、問題なく回っている。
あの一年が、
特別だったのかどうかは、
まだ分からない。
だが、
何もなかった時間ではないことだけは、
はっきりしている。
スマホを開くと、
たまに、結子の名前が流れてくる。
新しい連載の話。
インタビュー記事。
次回作への期待。
百話目のあと、
彼女は立ち止まらなかった。
それを見て、
少しだけ安心する。
連絡は、取っていない。
取らないと決めたわけでも、
取れないほど遠くなったわけでもない。
ただ、
今は必要ないだけだ。
それぞれが、
自分の場所で、
自分の生活を続けている。
ある休日、
スーパーでカレーの具材を手に取る。
ナスと、
トマトと、
ズッキーニ。
ふと、
あの夏の日を思い出す。
夏野菜カレーを食べたいと言った、
少しだけ無邪気な声。
今も、
どこかで同じようなものを食べているだろうか。
そう考えて、
それ以上は想像しない。
俺は、
もう誰かの生活を支える場所にはいない。
だが、
支え方を知ったことは、
確かに残っている。
約束は、果たされた。
一年という期限も、
終わらせる理由も。
そして、
それぞれが、
自分の物語に戻った。
別々の場所で。
それでいい。
窓の外では、
今日も、
静かに時間が流れている。




