代わりではない物語
結子が百話目を発表したのは、
出版社を通してではなかった。
朝、スマホを開いたとき、
タイムラインに同じ言葉が何度も流れてきて、
そこで初めて知った。
『百話目』
『SNSで発表』
『異例の投稿』
結子の名前が、
ニュースサイトにも並んでいる。
出版社発ではなく、
個人のアカウントから投稿された短編小説。
それだけでも、十分に話題になる。
だが、
本当に人を引きつけていたのは、
その内容だった。
記事を開く。
百話目の小説は、
二人姉妹の話だった。
姉は、小説家になるのが夢で、
体が弱く、入退院を繰り返している。
病室でも、
自宅でも、
ノートに物語を書き続ける姉。
そんな姉の背中を見るのが、
妹は好きだった。
言葉が浮かんでは消え、
紙に残っていく過程を、
そばで見ている時間が、
妹にとっての日常だった。
だが、ある日、
姉は亡くなる。
何も完成しないまま、
夢を途中で置いたまま。
残された妹は、
姉のノートを手に取る。
そこに書かれていた物語を、
一つずつ、世に出していく。
姉の代わりとして。
忘れられないようにするために。
文章は、驚くほど静かだった。
感情を煽る表現も、
劇的な展開もない。
それなのに、
読んでいるうちに、
胸の奥がじわじわと締めつけられる。
ニュース記事には、
こう書かれていた。
『これまでの作風とは異なる、
私小説に近い一編』
『作者自身の原点を感じさせる内容』
コメント欄は、
賛否で溢れている。
踏み込みすぎだという声もあれば、
忘れられない話だという声もある。
だが、
誰もが共通して言っていた。
――心に残る。
スマホを伏せて、
しばらく動けなかった。
結子は、
姉の物語を、
きちんと終わらせた。
そして同時に、
自分の物語を、
始めたのだと思った。
連絡は、来ていない。
だが、
あの夜、
約束の部屋で見たノートと、
交わした言葉が、
確かにここにつながっている。
百話目。
それは、
区切りではなく、
選択だった。
一年という期限の中で、
彼女は、
やるべきことを、やり切った。
もう、
誰かの代わりではない。
藤森結子自身の物語が、
ここから始まる。
それを、
俺は少し離れた場所から、
確かに見届けていた。




