第一話 私たちって相性いいね
注意!
この作品は「アサガオが咲くときまで」がもし成田と鷹宮がくっつくエンドだった場合の作品です。
読んだことがない人はそちらを先に読む事をお勧めします。
あと私は大学のことよく知らないので大学に関する描写は事実と違うかもしれませんが許してください。
大学三年の春。政治経済学部の大講義室は、眠気と雑音で満ちていた。
昼前のこの時間は、意識の高い連中と、単位のために座ってるだけの連中が、同じ空気を吸う。
俺――成田旭は、いつもより少し前の席を取っていた。
理由は単純で、今日はこの授業が楽しみだったからだ。
「旭、ノート。昨日忘れてたでしょ」
隣の席から、鷹宮澪がさらっと俺のノートを差し出す。
表紙の隅に小さく印をつけてある。俺だけ分かる、彼女の癖だ。
「助かる」
「その代わり、後で例のやつに付き合って」
「......死にかけそうなのでやめときます」
「嘘だよ」
澪は淡々とそう言って、口元だけ笑った。
こういうところがずるい。付き合って一年ちょっと、未だに慣れない。
教授が入ってきて、ざわめきが一段落する。
黒板に大きく書かれた文字。
《政治=人を動かす仕組み》
「皆さん。政治は“善人が正しいことをする話”ではありません」
教授がチョークを置いて言った。
「人は利害で動く。なら、社会を回すにはどうするか。――仕組みで動かすんです」
俺の胸の奥が、少しだけ熱くなる。
高校で生徒会長をやってた頃、俺はずっと「正しいことを通せば良くなる」と信じていた。
でも現実は、正しさだけじゃ動かない。むしろ反発が出る。抜け道が生まれる。
教授は続ける。
「身近な例を出しましょう。学食が原材料高で値上げします。学生から反発が出る。大学はどう対応すべきでしょう?」
教室が少しだけ起きた。
誰かが「補助金」、誰かが「仕方ない」と呟く。
俺は手を挙げる。
「大学が補助して値上げ幅を抑えるべきです。生活が厳しい学生もいる」
教授が頷く。
「良い。では財源は?」
言葉が詰まる前に、隣から小さく息を吸う気配がした。
澪が手を挙げる。
「補助するとして、対象の線引きが必要です。全員一律か、低所得者のみか。
一律なら財源が重い。限定なら不公平感が出ます。さらに――」
澪はノートの端を指でトントンと叩いた。
「“学食を使う人だけ得をする”設計になります。使わない学生は反発します」
俺は思わず唸る。
「だったら、学食を公共財に寄せる。全学生が恩恵を受ける形――たとえば授業料に薄く乗せて…」
「授業料に乗せたら、今度は“学食を使わない層”の負担が増えます」
「じゃあ選択制に――」
「選択制にすると加入率が落ちます。フリーライダーが増えます」
教授が笑った。
「いいね。成田君は“救いたい”が速い。鷹宮さんは“歪み”を見つけるのが速いですね。でも、政治には両方が必要です」
その瞬間、頭の中で線が一本繋がった。
政治って、遠い世界の話じゃない。
目の前の生活を、ルールで組み直す作業だ。しかも、間違えれば誰かが確実に困る。
――面白いなやっぱり。
講義が終わって人が立ち上がる。
澪が俺の袖を軽く引いた。誰にも見えない角度で。
「旭、やっぱり色んな意味で私たちって相性いいね」
「そうだな」
「政治ってさ?」
澪は一拍置く。
「面白いんだけど......でも、怖いんだよね」
「怖い?」
「仕組みで人が動くってことは、仕組みで人が潰れるってことでもあるでしょ?」
澪はそう言って、ふっと表情をほどいた。
その“ほどけ方”が、俺にだけ向けられている気がして、胸が変なふうにくすぐったい。
「難しいよな、政治って」
廊下に出ると、掲示板に新しいポスターが貼られていた。
《学生政策討論会 出場者募集》
《優秀者は議員事務所インターン推薦》
澪がポスターを見て、口元を上げた。
「出る?」
俺は迷わなかった。
「出る。……澪もか?」
「もちろん。ペアで」
「ペア?」
「だって、勝てる確率が一番高いでしょ?」
淡々とした声なのに、俺の心臓が跳ねた。
政治の話をしてるのに、告白みたいに聞こえるのが腹立つ。
「じゃあ決まりだ」
「うん。――“正しさ”じゃなくて、“勝てる設計”でいこう」
俺は笑って、彼女の手を一瞬だけ握った。
誰にも見えないように、短く。
だけど確かに、ここから何かが始まる気がした。




