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美容整形するために夜間魔法学校に通っているだなんて言えない  作者: 陽花紫


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9/12

愛の形と分岐点

 白い天井、白いカーテン。

 外から射し込む光はひどく柔らかく、まるでかつてあちらの世界で見た雪のように、レイの頬に落ちていた。


 目を覚ますと、リオがベッドのそばに座っていた。


「おはよう」

 その声は掠れているものの、いつにも増して優しくあった。

 レイは静かに、唇を開く。

「……また、助けてくれたんだね」

「当然だ」

 リオは短く答え、少しだけ笑っていた。

 その笑みはどこか寂しげで、それでも真っすぐなものであった。


「レイ。……もう、美しくあろうとしなくていいんだ」

 その言葉に、レイは思わず目を伏せる。

「そんな簡単に、やめられたらよかった……・」

「俺は、ずっと見てきた。レイがどれだけ苦しみながら、綺麗になろうとしてきたのか……」

 リオの声は、震えていた。

「でも俺は、あのときのレイに恋をしたんだ。小さな炎を出していた、あの不器用なレイに……」

 レイの指先が、強くシーツを握っていく。

 その胸の奥で、何かが崩れるような音がした。

「……そんな言い方、ずるい……」

「ずるくてもいい。レイが生きたいって思えるなら、それでいい」

 リオの手が、そっとレイの髪を撫でていく。

 その温もりが、心の奥に沁みていく。



 昼になり、リオがいなくなったあと、シュリが静かに病室を訪れた。

「書房の店主にも、事情は伝えてきたから……。安心して、ゆっくり休むといいよ」

 窓際に座るレイを見て、彼は小さく微笑んだ。

「やはり君は、光が似合うね」

「……本当に、似合いますか?」

「ああ。君がここにいるだけで、部屋の色が変わるような気がする……」

 その言葉に、レイは一瞬目を閉じた。

 誰かに、綺麗だと言われることが怖くも思えた。

「俺、怖いんです」

「何がだい?」

「もう、美しくなければって思えなくなってるんです。でも、そうじゃない自分が……どんな顔をしているのか……わからない」

 シュリはベッドの脇に座り、レイの手を静かに取った。

「……それなら、私と一緒に見つけよう。君が“何者でもない顔”をして笑える、その日まで」

 レイは、かすかな笑みを浮かべていく。

「そんな日、来ると思いますか?」

「来るはずだよ。私は、その顔を見たことがある」

「……いつ?」

「初めて君が倒れた日。眠っているその顔が、まるで子供であるかのように穏やかだった……」


 静かな沈黙が落ち、窓の外では鳥の羽音が聞こえていた。


「シュリさんは……どうして俺なんかを、助けようとしたんですか?」

「なんか、じゃないよ」

 シュリの瞳が、淡い光を宿した。

「君が、私に似ていたからだ。だからこそ、レイ君が生きてくれるなら私はそれだけで報われる」

 その言葉の重みが、静かに心に沈んでいった。



 その夜。

 レイは病室のカーテンを開けて、静かに星空を見上げていた。

「……俺は、何を求めてたんだろうな」

 リオのまっすぐな愛、シュリの静かな祈り。

 そのどちらにも触れながら、彼はようやく気づき始めていたのだ。


 ――俺は、美しくなりたかったんじゃない。誰かに愛される自分を、許せなかっただけなんだ。


 大粒の涙が、あふれ出す。

 けれど、その涙はどこかあたたかなものでもあったのだ。


***


 しばらくして、レイは元の生活へと戻りはじめていた。

 その顔も、生まれた時の姿のままで。

 昼は書店で働き、夜は魔法学校で学ぶ。それはもう、整形のためではない。

 この世界で、未来を生きていく力を身に着けるために。


 朝になり、レイは歩き慣れた道を歩く。

 夜とは違い、あたたかな光がレイの身を包み込む。


 学園の中庭では、卒業式の準備が進んでいた。

 生徒たちが笑い合い、未来の話を交わしていた。

 成績表が張り出され、レイはそれを見た後で静かに微笑みを浮かべていた。


 そして、校舎裏へと歩みを進める。


「レイ!」

 快活な笑みを浮かべて、いつものようにリオが駆け寄ってくる。

「成績表、見たか?」

「うん、だいぶ上のほうになってた」

「俺も、シュリには負けたけど……なんとか上位になった」

 リオは満面の笑みを浮かべて、微笑んだ。


 二人の視線が、静かに交わる。

 しかしその背後から、シュリがこちらに向けて歩いてくる。

 レイは一瞬、息を呑む。

「……シュリさん」

「おはよう、レイ君。元気そうで何よりだ」


 風が、三人の間を抜けていった。

 誰もが、何かを言いたくて、しかしその言葉が出ることがない。


 その沈黙を破るように、レイが口を開いていく。


「リオ、シュリさん……。俺、やっとわかったような気がする」

「何を?」

 と、リオがこぼす。

「自分が求めてた、美しさの意味を……」

 レイは、ゆっくりと空を見上げていく。

 空の青が、美しく澄んで広がっていた。

「美しいって、自分を嫌いじゃないって思える瞬間のことなんだ……」

 その言葉に、リオとシュリが息をのむ。


「誰かに見せるためじゃなくて、誰かを愛せるようになるための、美しさ」


 その言葉は、ゆっくり空へと溶けていく。


「だから俺は、もう鏡を見ない。見なくても、俺の中に……光があるって信じてるから」

 リオは、静かに微笑んだ。

 シュリもまた、小さく何度も頷いた。


「……それが君の、愛のかたちか……」


***


 あたたかな雰囲気の中、式典ははじまった。

 壇上では卒業生の名前が呼ばれ、順に学長から卒業証書を受け取っていく。

 拍手が校庭に響き渡り、未来への期待と祝福とが混ざり合う。


 そして、レイの番が来た。


「レイ、卒業おめでとう」


 深く礼をするレイの胸に、ある一つの覚悟が宿る。


 卒業証書を胸に、レイは校舎を出ていく。

 中庭ではクラスメイト達が、互いを励まし合っていた。

 レイもまた、大勢のクラスメイトと挨拶を交わしながらその先を進んでいく。


「こことももう、お別れか」


 いま一度、何度も魔法の練習をした校舎裏でレイは静かに呟いた。


 そのとき、リオがそっと背後から声をかける。

 振り返れば、低く、しかし真剣な声でこう告げた。

「卒業おめでとう。……ずっと、言いたかったことがあるんだ」

 リオのその声は、緊張と誠実さで震えていた。

「俺は、レイのことが好きだ」

 リオの瞳は真っ直ぐで、逃げ場のない光を帯びていた。

 レイの心臓が、痛くなるほどに高鳴った。


 そしていつの間にやってきたのか、シュリもまた静かにレイの前へと出る。


「私も……ずっと君のことを見てきた。そして、君のことを愛している」


 二人の声が、レイに向けてまっすぐ届く。

 ひどく胸が締め付けられ、その目に思わず涙が滲む。


 ――二人とも、俺のことを思ってくれていた。


 レイの胸は、二つの愛に押し潰されそうになりながらも、静かに温かい光で満たされていたのだ。


 ――俺は、どう答えればいいんだ。


 桜の花びらがひらりと舞い落ち、レイの頬に触れていく。

 春の光が二人の視線を優しく包み込み、この瞬間を永遠に刻むかのように、この場所を柔らかく染めていた。


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