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美容整形するために夜間魔法学校に通っているだなんて言えない  作者: 陽花紫


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6/12

理想に近づく

 いつしかレイの心には、二つの光が灯っていた。


 一つは、太陽のように明るくあたたかな光。

 一つは、月のように静かで幻想的な光が。

 その狭間で、レイは自らのその“美”を見失いはじめていく。


 夜の魔法学校の廊下を、足音だけが静かに響いていた。

 生徒たちは皆帰ってしまい、教室に残っているのはレイ一人だけとなってしまう。

 窓の外では、月が沈もうとしていた。

 その光を見上げながら、レイはゆっくりと呼吸を整えた。

「今日こそ、やってみるんだ」

 机の上には、何度も描き直された魔法陣の紙。

 色濃く書かれた線は、微かに震えていた。


 ついに、レイは独自の整形魔法を編み出したのだ。

 本来、それは認可されていない術式でもあった。外見を変えることは、魔法の倫理に反することでもある。緊急性のある時でしか、使用してはならないものでもあったのだ。


 しかしレイの心の中では、今もなお、強い思いが炎のように燃えていた。

 近頃は、誰かを想うたびに何度も我に返ることを繰り返していた。そして、自らに向けてこう言い聞かせる。


 ――こんな顔じゃ、誰の隣にも恥ずかしくて立てない。


 リオのように、太陽のようなあたたかい笑顔がほしい。

 シュリのように、整った美しさがほしい。


 学内の成績も上がると同時に、人々は「あの魔力が低かったレイが」と目を向けることも増えていた。


 クラスメイトもまた、日々の生活のために努力をするレイのことを陰ながら応援していた。

 しかしその期待を感じるたびに、レイの中の何かが押しつぶされていくような気がしていた。

 いくら努力をしても、いくら成績がよくなっても、それはレイが心から望む結果ではなかったのだから。

 

そして嫌というほどに目に入る、人の目や鏡にの中に映る自らのその姿がついに堪えられなくなってしまっていた。


「これは、誰も傷つけない魔法……。そう、俺を助けるための魔法なんだ。だから……」

 そう呟いて、ゆっくりと杖を構えていく。

 指先に、全ての意識を集中させる。流れる魔力は細く、頼りなかった。

 しかしそこには確かに、レイの強い願いがあったのだ。


 ――綺麗になりたい。もう一度、あの日の鏡の中の俺に会いたい。


 魔法陣が、淡い光を放つ。

 レイの身体を包む光が強くなり、やがて弾けては消えていく。

 その光が完全に消えた時、レイは手にした鏡を覗き見る。


「……できた、やったんだ!」


 そこに映っていたのは、大した変化はないものの、しかしながら目元がわずかに整った姿であった。

 厚い瞼はすっきりと薄くなり、理想的な場所にくっきりと線が入っていた。涙袋のあたりの影も心なしか柔らかくなり、以前よりもわずかに瞳が大きく見えた。


「俺にも、できたんだ!」


 震える声が、夜の教室にこだました。

 レイの頬には、涙が一筋流れていた。


 ほんの少し、されどその少しが、どのような魔法より強くレイの心を満たしていた。


 翌朝、何度も鏡を見返してからレイは浮かれ気分で書店に立つ。


 しかし店主も常連客も、レイの目元に気付いていないかのように誰も何も言わなかった。

 その静けさが、少し寂しく思えていた。


「はあ……。もしかしたら、俺にしか見えない魔法なのか……?」

 落ち込んでいたその時、扉が静かに開かれた。

「こんにちは、レイ君」

 聞き慣れた柔らかな声。

 顔を上げると、そこにはシュリがいつもの笑みを浮かべて立っていた。

「シュリさん、いらっしゃい」

「今日も、おすすめの本を教えてくれないかい?」

「はい、もちろんです」

 そうレイが微笑んだ次の瞬間、シュリの細い指がレイの目元にかすかに触れる。


「……この目元、どうしたの?」


 心臓が、強く跳ねた。

 レイの体が、硬直する。

「な、なんでもないですよ?」

 苦し紛れに伝えると、シュリはレイの頬をゆっくりと撫でていく。

「わずかながら、魔力の痕跡がある。……もしかして、魔法を使ったのかい?」

 問い詰めるようなその視線に、レイは正直に打ち明けた。

「……はい」

 しかしシュリは、レイの予想とは違いわずかな驚きを浮かべていた。

「実に、素晴らしい。初歩の術式でここまで繊細に目元を変えられる人は少ないよ」

 だが次の瞬間、静かに眉を下げていく。

「……でもね、レイ君。美というものは、ほんの少し触れるだけでその形が崩れてしまうものなんだ」

 その声は、まるで祈りのように静かだった。

「あまり、のめり込まないほうが身のためだよ」

 その言葉に、レイは唇を噛みしめる。

「……俺は、違います。これは、俺の努力の証なんです」

「もちろん、君の努力を否定する気はない。ただ私は、君は今の君のままでじゅうぶんに美しいと思っているよ」


「そんなこと、ない……」

 レイの声が、思わず震えた。

 店内の空気が一瞬、張りつめる。

「俺の顔なんか……人に見られるたびに、自分で見るたびに、惨めな気持ちになる。あなたみたいな、綺麗な人にはわからない。最初から、誰かに愛される形をしてる……あなたには……」

 シュリは、何も言わなかった。

 ただ静かに、レイのことを見つめていた。


 やがてシュリは、小さく息をつく。


「私も君の気持ちは、わからない。だが、……惨めな思いをしていたのは、私も同じだよ。人から綺麗だと言われるたびに、私の中身はなくなってしまう。誰も私自身をを見ていないような気がしてしまう。だからこそ、私は学び直しているんだ。ありのままを知るために」


 その言葉が、レイの胸を深く深く突き刺した。



 その夜、校舎の裏側でレイはひとり息を吐く。

 校門をくぐったものの、授業を受ける気にならなくてひっそりと休んでいたのだ。

 胸の奥で、何かがざらつく。


 昼間、シュリが口にした言葉の意味を理解することができずにいた。

 レイにとって、美は生きるための希望であったのだから。

 そしてさらに、かつての自らを取り戻すための“武器”でもあった。しかしそれは、間違った考えであるというのだろうか。


「レイ!」

 背後から聞こえた声に、レイは静かに振り返る。

 リオが、こちらに向けて駆け寄った。

 息を切らしながら、いつものような笑みを浮かべて。


「……やっぱり、ここにいたか」

「リオ、その……」

「レイがすごい魔法を使ったんだって、噂になってたぞ?」

「えっ……」

 そしてリオは、まっすぐな瞳でレイの目を見つめていた。


「目元の変化、みんな気づいてる!魔力量の少ないレイがここまでできるなんて、ってさ……。すごいよ、レイ。頑張ったんだな!」

 その言葉に、思わず喉を詰まらせる。

 褒められたことは、純粋に嬉しくもあった。

 しかし次の瞬間、レイの心は再び沈み込んでしまう。

「……でも、なんでこんなことしたんだ?」


「……俺、ずっと目が小さのが嫌でさ。それで、大きくならないかなってやってみたんだ」


 素朴な顔つきのリオなら、わずかながらでもレイの気持ちを理解することができるのではないか。

 そう思いながら、レイは自らの思いを正直に打ち明けた。

 しかしリオの反応は、お世辞にも良いものであるとは言えなかった。

「確かに綺麗になったとは思うけどさ、なんか……レイらしくない顔になった……」

 その言葉に、レイの胸がざわめきはじめる。

「レイは、どんな顔でもレイだろ?俺、前の目もけっこう好きだったんだぜ?」

「……やめてくれ、」

「えっ?」

「そんなこと、言わないでくれよ!」

 レイは叫ぶように突き放す。

 困惑に満ちたリオの瞳が、強く揺れる。

 そして、やがてはその笑みも消えてしまう。


「……ごめん。俺、余計なこと言ったな」

「違うんだ……。俺が、弱いせいだ」


 レイはそう、うつむいた。

 リオは何か言いかけたものの、言葉を静かに飲み込んだ。

 ただ、その肩が小さく震えていた。


「でも、レイがその魔法を使えたことはとてもすごいと思ってる。俺も、負けないように頑張るからな!」


 リオはばしりと、レイの背中を強く叩いた。


***


 朝陽がのぼるころ、レイは部屋に戻り、まじまじと鏡を見つめてた。

 そこには、確かに綺麗な目元が存在していた。

 しかしその瞳の奥にあるのは、かつての自らの姿でも、憧れの誰かの姿でもない。


 しかし、全てを元に戻すようなことはできずにいた。

 もし戻そうものなら、これまでの努力がすべて無駄になってしまうような気がしていたからだ。

 慣れない世界に馴染もうとし、美しさを取り戻すために今日まで低い魔力ながら励んできた。リオとともに何度も練習をした時間も、シュリとともに何度も魔法陣を描いた時間をレイは無駄だとは思いたくなかったのだ。


 一度光を見出してしまった人間は、もう闇の中へと戻ることはできない。


 そして、レイはもう一度、魔法陣を描くことを決める。


「今度は鼻を、少しだけ高くしたい……。ほんの少しだけでいいんだ」


 誰かの理想に近づくために、レイは杖をその手にした。


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