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美容整形するために夜間魔法学校に通っているだなんて言えない  作者: 陽花紫


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5/12

シュリ

 レイが夜間魔法学校に入学して二月が過ぎたころ。

 いつものように扉を開けると、教室の空気が少しざわめいていた。


「今日、新しい人が入ってくるらしいぜ」

 前の席に座るクラスメイトのイオが、そうレイに伝えていた。

 その隣に座るワカが、声をひそめる。

「聞いたところによると、学者らしい。どうやら、すごい経歴の人らしいよ」

「学者?」

「なんでも前は、王立魔術研究院にいたらしくて……」

「皆して、何の話してるんだ?」

 そこで、遅れてやってきたリオが席に着く。


 夜間魔法学校には、さまざまな経歴の人物が在学していた。

 幼馴染であるというイオとワカは商家の出で、幼いころから親とともに仕事をしていたために魔法を学ぶ機会がなかったそうだ。レイの後ろで静かに眠るユースは、仕事で必要な魔術を学ぶために。リオの後ろの席のハヤは、魔術院の予備講師で基礎を学び直すために入学したのだと言っていた。


 王立魔術研究院。

 それは、魔法学の最高峰とも呼ばれる場所であった。そのような人物が、なぜこの夜間校に入学してきたのか。

 期待と緊張とが入り混ざる中で、教室の扉が静かに開く。


 そこに立っていたのは、とある一人の美青年。

 すらりと高い背に、腰まで届く長い金の髪は光の角度によって淡く輝きを放っていた。目元を彩る長い睫毛の奥の瞳は、澄んだ湖のような青の色をしていた。

 誰もが彼の姿を見つめる中で、リオはその顔にやけに見覚えがあると感じていた。

 その恐ろしく整った顔立ちは、まるで人ではなく彫刻であるかのように見るもの全ての目を引いた。


 静寂の中、青年は穏やかな微笑みを浮かべていた。


「初めまして。シュリ=ラトゥスと申します。この学校で、学び直しに参りました。どうぞよろしく」


 落ち着きのある柔らかな声は、クラスメイトの心を一瞬にして掴んでしまう。


 レイはシュリの姿をまじまじと見つめながら、あの時の書店での記憶を思い返す。

 やはりシュリは、自らが昔憧れていた“理想の美”そのもののような出で立ちでもあったのだ。


 ――俺も、こんな顔になりたい。


 レイはリオに声を掛けられるまで、ずっとシュリのことを見つめていた。


 その日の授業は、魔力制御の実技であった。

 シュリはあっという間に教師の説明を理解し、手本通りの正確で緻密な魔法陣を描き出す。指先から溢れた魔力が静かに淡い光を放ち、たちまちに拍手が沸き起こる。

 シュリの魔法は無駄がなく、そして何より美しくもあったのだ。


「すごい……。まるで、芸術作品みたいだな」

 隣に座るリオが、小さく呟く。

 レイはただ、静かにシュリの姿に見惚れていた。

「俺も、あんなふうになれたら……」

 胸の奥で、小さく明るい火がともる。

 それは憧れであると同時に、焦がれるような想いでもあったのだ。


 授業後。

 教室を出ようとしたレイの肩を、軽やかに叩く手があった。

 振り返ると、そこにはシュリが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

「レイ君、だったね?」

「は、はい……」

 緊張で思わず声が震えてしまうものの、レイはシュリの顔を静かに見上げた。

「その琥珀色の瞳……。君は確か、書房で働いていたかな?」

「そうです。……その節は、どうも」

 シュリは、レイのことを覚えていたのだ。

 シュリはさらに笑みを深めながら、レイに向かって話しかける。

「今後とも、よろしく頼むよ。君の顔を見た瞬間、私はとても心強く思えたからね」

「いや、俺は……。魔力も低いですし、心強いだなんて……」

 恐れ多くも、レイはシュリに向かって言葉を返した。

 一刻でも早くここから立ち去りたい気持ちを抱きながら、レイはじりじりと足を動かそうとする。

 しかしシュリは、それをよしとはしなかった。

「授業中、熱心にノートを取っていたね。君の字は、とても整っていて美しい。魔法の理論より、心で書いてることが伝わってきた」

 レイは一瞬、言葉を失う。

 まさかシュリのような人物に褒められるとは、思ってもみなかったのだ。

「そ、そんな……!下手ですよ」

「いや、そのようなことはない。“美しくなりたい”という願いが、確かに線に宿っている」

 シュリの瞳が、まっすぐにレイを見つめた。

 その視線の深さに、体の奥が震えるような気がした。まるですべてを見透かされているような、恐ろしいまでに澄んだ瞳。

「……君は、明確な意思を持ってここにいるんだね」

「……どうして、わかるんですか?」

「わかるさ。私もずっと、そうだったからね」


 その瞬間、レイの世界の色が少しだけ変わったような気がした。


***


 しばらくして、シュリはリオがいない隙を狙って密かにレイの勉強を見るようになっていく。

 リオはここ数日仕事が忙しい様子で、時間になると足早に教室を去っていったのだ。

 そのことを寂しく思いながらも、レイはシュリの申し出を断ることなどできずにいた。


 今日も教室の隅で、二人並んで魔法陣を描く。

 シュリの細く長い指先が、レイの手を導くように静かに触れる。

「正確さも必要だが、今は力を抜いて……。この線は美を意識して描くんだ」

「……美を?」

「綺麗に書こうと思うと、力が入ってしまう。美は何物にも囚われず、自由なものだとは思わないかい?」

 シュリの声が、静かに耳を撫でていく。

 いつしかその距離はとても近く、香水ではない花と紙の混ざったような匂いが辺り一面に漂っていた。

 レイの頬が、心なしか強く熱を帯びていく。

「……こう、ですか?」

「そう、とてもよくできているね。あとはこれを、何度も繰り返すことが大切だ」

 目の前で微笑むその顔は、まるで夢の中の存在であるかのように整っていた。


 ――この人の隣にいたら、俺も何か変われるのかもしれない。


 そのような錯覚が、甘く心を蝕んでいくようでもあったのだ。



 ある日の昼間、レイが働く書店に再びシュリが現れていた。

「こんにちは、レイ君」

「シュリさん?どうして、ここに……」

「久々に、君の働く姿を見てみたいと思ってね。……また、本を探してもらえないかい?」

 そう笑みを浮かべながら、シュリは手にした本をレイに向かって差し出した。

「この著者は、学術書とは別に物語や詩を書いていてね。しかしあまりにも数が多くて、どれから手を付ければいいのか迷っていたんだ。よかったらレイ君、君が選んでくれないかい?」

 そのようなシュリの依頼に、レイは戸惑いながらも慎重に本を探し回る。

 今日に限って、店主は休みをとっていた。

 本を取り、内容を確かめては元の場所に戻す。その作業を何度も何度も繰り返していく。

 その間、シュリは笑みを浮かべたままレイの姿を眺めていた。


 やっとの思いで選んだ一冊を、レイは静かに差し出した。

「少し変わった雰囲気の、魔術詩集です。物語性があるものではなくて、魔術の歴史について書かれていたり、普段活用している何気ない魔術について著者の思いが詩となっているので……。学術書にも似た雰囲気で、読みやすいかと思います」

「詩集か……、いいね。面白そうだ」

 シュリは嬉しそうに受け取り、すぐさまページをめくりはじめる。


 しばらくして、あるページでその指は止まる。

「美を追うことは、自らの傷を見つめること」

 麗らかな声が、静かに空気を震わせていく。

「この詩、君みたいだ」

 レイは、その言葉の意味を要するのに時間がかかった。

「難しく考えなくてもいい、今はただ……この詩を楽しもう」


 その日、日が傾くまでシュリは何時間も本を選び続けていた。

 まるで、レイと一緒にいる理由を探しているかのように。

 途中他の客が訪れるものの、レイは接客もそこそこに手早く会計をして見送った。

「レイ君。少し、いいかな?」

 遠くで、シュリの声が大きく響く。

「このままじゃ、仕事にならないよ……」

 思わずこぼしたレイの言葉に、背後から近づいたシュリはにこやかな笑みを浮かべてみせた。

「それじゃあ、仕事が終わったら一緒にお茶でもどうかな?今日は、学校も休みだろう?」


 レイは、首を振ることができずにいた。


***


 閉店後、レイは待ち合わせのカフェに向かっていた。

 シュリもまた同じタイミングで店の前に到着し、二人向き合って席に着く。

 レイはカップを両手で包み、熱いハーブティーを一口飲む。


「レイ君は、日常生活を送るために魔法を学んでいるんだって?」

 その言葉に、思わず咽せてしまう。

「入学当初も、魔力が著しく低いと聞いたよ。しかし今の君は、魔力の操作に長けている。これほどまでに上手に使いこなせているのであれば、何も不便はないはずだ」

 シュリは、何かを探るようにレイのことを見つめていた。

「美しくなりたい、と。今でも君は、そう思っているんだね?」

 レイもまた、シュリには隠し立てできないと小さくため息をついた。

「……実は、そうなんです。どうか、周りの皆には言わないでください。こんなくだらない理由で学校に通っているだなんて知られたら……」

 頭を下げるレイに向かって、シュリは静かに顔を上げるよう伝える。

 その瞳の奥に、わずかな寂しさをレイは垣間見たような気がしていた。

「もちろん、このことは私しか知らないよ。周りに言うつもりもないから、どうか安心してほしい」

 そして、シュリはこう続けた。

「私は、君とは違う理由で魔法を求めた。”美”というものを、理解したかったんだ」

 思いもよらない答えに、レイは目を丸くする。

「美、を?」

「そう。美は、魔法の根幹にある。その光も、生み出す炎も、形も……。美しいものほど、世界を変える大きな力を持つ」

 思わず、息を呑む。

 それはまるで、レイの胸の奥を言い当てているような口ぶりでもあったのだ。

「かつての私は、その美に溺れていた。私は何もかもが意のままに創造することができると、慢心していたんだ。そして完璧を求めすぎて、自らを壊しかけてしまった」

 シュリの静かなる告白に、レイの指先は震えた。

「……壊しかけた?」

「詳しく話をすることはできないが、私は魔法で、人の心もその体さえも変えられると思っていたんだ。しかし美は、いつだって他人の目に左右されてしまう」

 レイの胸が、ひどく締め付けられていく。

 高位魔力を持ち、その最高峰に勤めているシュリでさえもこのように悩み苦しむことがあるのだと。


「だから、私は学び直すことに決めたんだ。もう一度、“誰かのためじゃない美”というものを、探したくてね」

 その言葉が、静かにレイの胸へと落ちていく。


 ――俺は、誰のために綺麗になりたいんだろう。


 カフェを出たあと、レイはしばらく歩くことができずにいた。

 シュリの背中が、月明かりの中で遠ざかっていく。

 その姿が、痛いほどに美しく綺麗で。まるで、幻想のようでもあったのだ。


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