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火を聴く器  作者: katari
7/24

7 火と治との邂逅にて

水守郷みずもりごうを出て、五日。

いくつかの郷に寄りながら、ヤマトの命を各地に伝えた清人きよひと成通なりみち道信どうしんの三人は、筑紫に着いた。


清人らは、まずその地の変貌に目を見張った。

各地より集められた雑役の者たちが、昼夜を問わず働いている。

森を切り開き、水路を通し、地をならす。

広大な空間に、建造物が次々と姿を現していた。


それは、ヤマトの力の象徴。

成通の見立てでは、指示をしているのは百済から招かれた技術者たち。

彼らの手によって、筑前には今までにない新たな治の空間が築かれようとしていた。


海岸も大きく削られ、港が整備されている。

すでに、大陸の文物を届ける船が、波間に並んでいた。


その風景を沈黙して眺めていた道信が、口をひらく。

「それでは、拙僧はこちらで。世話になり申した」

「こちらこそ。ありがとうございました」

成通がお辞儀し、清人は目礼で返す。


一月の間ともにした時間は、立場が違えど、少なからず三人に縁を結んでいた。


「道信殿は、このあとは?」

「拙僧は、慧嶺えれい様にお会いするために御寺に」

成通が尋ね、道信が答える。


照岳山しょうがくざん光嶺寺こうれいじか」

「ご存じで」

清人のつぶやきに、道信が返す。


「父に連れられて一度な」

「仏への信心。大切になされよ」

道信は恭しく合掌する。

無言で道信を見つめる清人。


「仏のご加護を」

道信が空気を切り、一礼ののち、踵を返す。


清人はしばし黙って見送るが、成通が先を促す。

「さ、清人様。此度のご報告に参りましょう」


二人は、圧倒的な存在感を放つ正殿へと足をすすめる。

その背を見送りながら、道信がつぶやいた。


「此度のこと、どのように転がるか」


風が、静かに袖を揺らした。


先に完成した正殿にて、清人と成通は長官との謁見を許された。

石と木を組み合わせた壮麗な広間。奥の一段高くなった座に、眼光鋭い男が静かに座していた。


そばに控える供人が声を発する。

蘇我そがのおみの真峯まみねのみこと様である」


対する二人は礼をとり、名乗る。

葛城かつらぎの清人きよひとにございます」

忍壁おさかべのおびとの成通なりみちにございます」


真峯の瞼がぴくりと動いた。

清人は、あえてかばねを名乗らなかった。

それは、葛城がヤマトより姓を与えられる以前より、大和やまとの地の王であったことを示す。

そして、蘇我への静かなあてつけでもあった。


供人が無表情で言う。

「二心、おわりか?」

「清人様にそのようなことは。南の地のことについて報告申し上げます」

顔を上げず、殺気のみを放つ清人の前に、成通がすっと出る。


「おやめくだされ、清人様」

成通が清人にだけ聞こえるようにささやくと、清人は仕方なく殺気を収めた。


「まあ良い。成通、詳細を申せ」

真峯が口をひらく。


成通と真峯のやり取りが始まった。

「水守郷は非常によく治まり、水源寺すいげんじも良き信仰の場となっておりました。

ヤマトの拠点として申し分ないかと」

「ふむ」

「ただ、その北、火嶺郷ひみねごうからは良き返事がありませんでした」

火巫ひみ氏か」

「火の語り部という者を見ました」

「なるほど。南の地は、未だ古き習わしに縛られておるようだな」


「叩き潰しましょうぞ。武をもってヤマトに従わせれば良い」

清人が薄く笑う。

「おぬしが決めることではない」

供人が反論する。

「ふん」


苦笑いの成通が続ける。

「火嶺郷は、道信殿に任せれば良いかと」

「道信?」

「明日香の地にて仏を学びし俊才です。この筑前の出と聞きます」

「土地に明るいか」

「南の地にさらに寺を建てる計画を持つとか」

真峯の疑問に、成通は瞬時に応じた。


会話を聞きながら、清人は内心で複雑だった。

(武で征することは分かる。しかし、信仰はその土地のものであろう)

葛城は、古き神祀を重んじてきた。

周囲の自然を祀ることは、清人にとっても当然の考えであった。

成通と真峯の会話は、まるでそれを否定するかのようだった。


「光嶺寺の慧嶺殿は何と?」

「道信殿によると、光嶺寺にはこれから相談に行くと」

「少し様子を見ようか」


「まどろっこしいことよ。それでは失礼する」

内心の苛立ちをかき消すように、清人はなおざりに礼をし、踵を返す。

供人が怒りを向け、真峯は呆れながらも許す。

「よいよい。葛城にはもう力はない。それより成通、詳細をあちらで聞きたい」


成通は真峯の言葉に悲しい目をしたが、すぐに笑顔を浮かべる。

「はい、よろこんで」

謁見の間の横に設けられた小部屋へと、成通と真峯が消えていく。


正殿の扉を出た清人は、つぶやいた。

「ヤマトの治、それをなすのは仏なのか」

風が、静かにその言葉を運んだ。

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