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火を聴く器  作者: katari
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最終話 火と心との未来にて

「真峯命御縁記」について、五人がそれぞれ細々と研究を進めていた折、

思いがけない知らせが届いた。


玉鏡山ぎょくきょうざん水源寺すいげんじ——水守みずもり市の北部、水森町にある古刹にて、

本尊・水煙菩薩すいえんぼさつの修復が行われた際、像のCTスキャンが撮影された。

その背中側に、開閉可能な構造があることが判明し、内部に何かが折り込まれているという。


連絡を受けた天城あまぎ館長は、すぐさま現地へ向かった。

住職の許可を得て慎重に像を開き、取り出されたのは、古びた紙片だった。

そこには、道信の名が記されていた。


破片の一部を理化学分析にかけた結果、紙の成分や構造から、奈良時代以前の可能性が極めて高いとの報告が出た。

世紀の発見である。


その書には、こう記されていた。

「四つ郷には、火巫久玖里という語りの器あり。

火、水、風、土の記憶を聞き、語りを継ぐ者なり。

その声、模様に宿り、器に記される。 われ、これを後世に伝えんとす」


さらに、道信の筆は続いていた。

「比麗山灯語寺の本堂裏に、語りの座あり。

火の揺れ、水の流れ、風の渦、土の堅、そこに集う。

観自在、一切仏性、照語仏道」


館長から相談を受けた灯文堂とうぶんどう日見ひみ店主は、即座に動いた。

調査費用の準備を整え、火嶺ひみね村の村長を通じて水守市の文化財課へ連絡。

調査の手続きを進め、灯語寺とうごじの許可も得られた。


こうして、天城館長を団長とする調査団が正式に組織された。


灯語寺に残る文献調査の結果、

江戸時代の記録により、現在「仁王堂跡」と呼ばれている場所が、

平安時代以前の本堂であったことが判明する。

その裏手に、語りの座が残されている可能性が高まった。


調査を見守っていた北条ほうじょう教授は、興奮を隠しきれずに声を上げた。

「歴史を掘り起こすぞ。これは、記憶の発掘だ!」


仁王堂跡の発掘調査が始まった。

当然のように承太しょうたも駆り出されている。

冴子さえこも、調査主任として水守市から兼務の許可が降りた。


仁王堂跡の発掘現場では、

北条教授と冴子が周辺遺跡情報を照合しながら議論を重ねていた。

その結果、古墳時代の終わりから奈良時代にかけての遺構面の高さが推察され、

当時の地山近くを判断し一度1.5メートルほど深く掘り下げられることになった。

その後、現場は東西南北にセクションを分けて、慎重に掘り進められていった。


東側を担当していたのは、承太。

ハケで土を払い、ガリをかけながら、堆積の小さなの変化に目を凝らしていた。


そのとき—— 手に、違和感のある感触が走った。

周囲と違い、明るい色をした柔らかな砂地。

慎重に削っていくうちに、承太の胸が高鳴っていく。


やがて、そこに現れたのは——蔓草の模様。

根深ねぶか遺跡の縄文土器に刻まれていた、あの模様とそっくりだった。

興奮が抑えきれず、震える声が漏れる。 「きょ、教授!」


「なんだい、何か良いものでも……こっ、これは!」

のんびり返事をしていた教授も、目に入ったものを見て慌てて駆け寄る。

館長、店主、冴子も「何事か」と集まってくる。


承太がゆっくりとハケをかけていくと、土の中から人形と蔓草の模様がその姿を現した。

「!!!!!」

皆あまりの発見に声もない。


そのあと、残りの西、南、北でも模様が浮かび上がった。

西には鍵穴と渦巻き模様

南には丸に流水模様

北には三つ巴勾玉の模様。


教授が顎に手を置き思案する。

「これは一体……」


冴子が静かに口を開いた。

「西の模様は、羽根郷はねさとの土製品と酷似しています。何かの印かと」

そのとき一筋の風が吹く。


「南の模様は、水源寺の紋か」

館長がつぶやく。近くの水路がざわめき、さざ波が立つ。


「北の模様は……あっ日見の家紋!」

店主が声をあげる。

暖をとるために準備した焚き火の炎が一瞬高くなる。


「そして、東の模様は……根深土器の模様です」

承太が最後を引き取る。

その瞬間、しっとりとした土の匂いが立ち込めてきた。


教授がつぶやく。

「東西南北と根深、羽根、水守、火嶺。地理的関係と一致するか……」


「ええ、これらの模様は、

道信の書にかかれた、火の揺れ、水の流れ、風の渦、土の堅を想起させます。

四つ郷を示すものなのでは?」


店主が興奮する。

「まさしく道信どうしんのいう語りの座!」

「これが語りの座……」

承太はどこか懐かしい気持ちを抱きながら、それを見つめていた。


水守駅前の市民会館。

大きな看板が掲げられている。


「世紀の発見:語りの座ー四つ郷の信仰を受け継ぐー」


500人が収容できる大ホールは、開演前から熱気に包まれていた。

受付には長蛇の列ができ、

講演に際し作られた四つ郷の文化財を紹介するパンフレットを手にした市民たちが、

期待に満ちた表情で会場へと足を運んでいく。

日見店主がそれを満面の笑みで見送る。


ホールの前では、講演に先立ち、記者たちによる囲み取材が行われていた。

「北条教授、素晴らしい発見となりましたね」

マイクを向けられた教授は、満面の笑みで応じる。

「私も興奮しています。古代の信仰が、まさに現代に甦りました」


「天城館長、今のお気持ちは」

館長は、静かに言葉を選びながら答えた。

「歴史は、ときに大きな感動を私たちに伝えてくれます。

それを皆さんと共有できることが、何よりの喜びです」


その背後では、

冴子が発表資料を確認しながら、スタッフと打ち合わせをしていた。

羽根郷古墳資料館から持ち込まれた土製品と、

灯語寺の旧本堂跡の発掘記録が並べられている。


一方、承太は、展示用の土器を慎重に並べていた。

根深遺跡の発掘調査で最近出土したものだ。

渦巻き、波紋、点描——それぞれが、語りの記憶を宿していた。


「承太くん、準備はいいかね」

教授が声をかけると、承太は頷いた。

「ええ。いよいよですね」

その言葉に、館長が微笑む。

「では、語りの座を、ひらきましょう」


ホールの扉が開き、現代の語りの器たちが、光の中へと運ばれていった。


その様子を静かに見守るたくさんの記憶たち。

その中に語りを継いできたものたちの姿もあった


シネプカのアシリ

ハネサトのモリヒコ

火嶺の久玖里

どの顔にも達成感と安堵が漂う。


「形は変われど、語りは確かに受け継がれていく」


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