↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火を聴く器  作者: katari
PR
22/24

資料:真峯命御縁記

従五位下(じゅごいげ) 蔵人所寄人(くらうどどころよりうど) 葦里朝臣(あしさとあそんの) 典連(ふみつら)、ここに、再び編み、注を付す


(注:天平之筆 永保貳年 普美津良 写)


真峯(まみねの)命(みこと)御縁記(ごえんのふみ)

巻の三(注:筑紫の南に真峯の治が及ぶこと)


天地 未だ分かれず、日の本の灯 未だともらざる時、 筑紫の南に、火嶺(ひみね)、水守(みずもり)、羽根(はね)、根深(ねぶか)の四つの郷ありき。


筑前の朝臣、曽我能臣麻美祢能命(注:蘇我臣(そがおみの)真峯(まみねの)命(みこと)、大宰府の長なり)、大君の命を畏みて、加都良藝能臣吉與比登(注:葛城臣(かつらぎおみの)清人(きよひと)、大和のつわものなり)を遣わし、 四つ郷を治めんとす。


付き従うは、於佐加倍能首奈利美知(注:忍壁首(おさかべおびとの)成通(なりみち)、のち四つ郷を治める能吏なり)と等乎之牟(注:道信(どうしん)、法相宗(ほうそうしゅう)照岳山(しょうがくざん)光嶺寺(こうれいじ)の出。大和にて玄奘三蔵の高弟、道昭の教えを受け、仏、経を広めし僧なり)なる僧なり。


然れども、政、四つ郷に及ばず。麻美祢、吉與比登に之賀能造多太比古能命(注:志賀造(しかみやつこの)忠彦(ただひこの)命(みこと)、筑前のつわものなり)と五百の兵を授け、火嶺を制せんとす。


四つ郷、力を合わせてこれに対す。四つ郷にかたりなるもの(注:意味通じず、呪いか?)あり、久玖里(くくり)なる語りの器(注:巫女か?)、その力、強くして、吉與比登、苦戦す。

奈利美知、麻美祢命の勅を受け、千を率いてこれを助く。

火嶺の長、火巫(ひみの)高見(たかみの)命(みこと)(注:不祥、地方豪族か?)誇りを保ちつつも、民を思いて和を選びぬ。


ここに麻美祢命、四つ郷の司を新たに選び、名を授けて曰く、阿之左都首能夜麻登能命(注:葦里首(あしさとおびとの)和土(やまとの)尊(みこと)のこと)なり(注:宮中の葦里(あしさと)氏の祖なり)。

これにこの地が定まれり。


等乎之牟、心安くして、四つ郷に寺院を建立す。すなわち、火嶺の比麗山(ひれいざん)灯語寺(とうごじ)、水守の玉鏡山(ぎょくきょうざん)水源寺(すいげんじ)、羽根の風林山(ふうりんざん)翔蓮寺(しょうれんじ)、根深の金剛山(こんごうざん)地言寺(ちごんじ)なり。

このころ、摩訶不思議にして、四つの光、たびたび灯語寺より出でたり。民は語りの座と敬う。等乎之牟、これを「かたり」として後世に伝えんとす。(注釈:文意不明、別の記録を当たるべし)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。