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火を聴く器  作者: katari
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15/24

15 火と信との対面にて

道信(どうしん)は、森の中を走っていた。

夜明け前、清人(きよひと)は号令をかけ、軍を動かした。

よほど気が焦っていたのだろう。

道信の存在を、すっかり失念していたようだった。


この数日、道信は庵に籠もり、ひたすら瞑想を続けていた。

だが、夜半、庵を囲んでいた監視の気配が消えたことに気づき、静かに抜け出した。


(私になにができるというのか)

(いや、私にしかできないことがあろう)


葛藤を抱えながらも、道信の足は止まらなかった。

やがて、木々の間から火嶺郷(ひみねごう)が見えてくる。

森を抜け、草地へと出ようとしたそのとき――

突如、炎が現れ、道信を襲った。


道信は、立ち止まり、合掌する。

「一切焼燃(いっさいしょうねん)……漏不起(ろうふき)……神足示現(じんそくじげん)……必得解脱(ひつとくげだつ)」


その瞬間、風が吹いた。

炎が、まるで道信を避けるように、左右へと割れる。

風が、道信を包んでいた。

衣がはためき、火の粉が舞う中、道信の姿は揺るがなかった。


「……観自在菩薩(かんじざいぼさつ)」

道信は、深く合掌し、再び走り出す。

火嶺へ向かって、まっすぐに。


ヤマト軍が西に見えた。

なぜか炎が、散らばるヤマト軍を生き物のように襲っている。

道信は意を介さず、ただ走る。

(私は、語りと仏の間に立つ者となろう)


その決意を胸に、炎を背に走る道信の姿は、

まるで灯火のように、強い気配を放っていた。


久玖里(くくり)は、馬に乗って走っていた。

まわりを風が包み、馬は気持ちよく大地を駆ける。


夜明け前、羽根(はね)を出立した。

「久玖里様……どうぞ、お気をつけて」

羽根の馬の手綱を久玖里に渡しながら、風那(ふうな)が言った。

「風那様。何から何までありがとうございます。この恩は、いつか」


そう言う久玖里を見て、風那は思った。

(雰囲気が変わった。火、水、土、そして風の記憶をまとっておられる)

「久玖里様。語りの行末、どうぞよろしくお願い申し上げます」


久玖里は、風那の言葉を胸に思い起こしながら、目を火嶺の方へ向ける。

さらに速度を早めるべく、馬に合図を送る。

「はっ!」

馬がぐんと速度を上げ、森を迂回して、草地へと飛び出す。


その時――

突如、炎が久玖里を襲った。

久玖里は、慌てない。

炎に右手を向け、微笑みながら、静かに言う。

「ただいま」


炎が久玖里を包む。

しかし、久玖里には触れず、周囲を取り巻くだけだった。


「お願いね」

久玖里は、炎をまとったまま、風を受けた馬を走らせる。

その姿は、火と風の語りを纏った器そのものだった。


「退け! 退け!」

炎の向こうから、号令が聞こえる。

久玖里は、その間をそのまま通り抜ける。


「なんと!炎が逆からも来た、避けよ!」

忠彦(ただひこ)が叫ぶ。

「面妖な炎だ。火嶺にこのような力があろうとは……」

清人(きよひと)が、つぶやく。


炎をまとった久玖里は、そんなこともつゆ知らず、

ヤマト軍の陣を掻き回しながら、火嶺の郷を目指していた。

風が、炎を運び、語りの器を導いていた。


高見(たかみ)たちは、櫓の上からヤマト軍の退却を見つめていた。

「火嶺は、やはり恐ろしいですな」

清澄(きよすみ)が、ぽつりとつぶやく。

「味方でようございました」

羽流(うる)も、うなずく。

「ふん」

高見は、満更でもなさそうな表情を浮かべていた。


そのとき――

「高見様! 炎がこちらへ向かっております!」

「なに? 火嶺のものが誤るはずはないであろう!」

「それが……単独の炎が、まっすぐこちらへ。何か、おかしげで……」


高見たちは、伝令が指差す方を見つめる。

門より西側から、炎が一本、まっすぐにこちらへ向かってくる。


「羽流殿」

高見が言うと、羽流はうなずき、さっと手を振る。

門下に控えていた羽根の者が、風の旗印を振る。

西にいた騎馬兵がそれを見て、炎を避けるように門前へと引き返してきた。


「こちらに来るではないか、高見殿」

清澄は、高見の失態かと責めるように言う。

「むう……。いや、あれは……」

唸る高見は、じっとその炎を見つめていた。


向かってきていた炎の動きが、緩やかになるのを見て、ふと気づく。

「あやつは……何者になるつもりだ」

高見は、苦笑した。

清澄と羽流は、首をかしげる。


やがて、炎の動きが止まり、勢いが小さくなり、ふっと消えた。

そして、現れたのは――久玖里。


風をまとい、火を背に、馬上に立つその姿は、語りの器そのものだった。

「父上。ただいま戻りました」

「うむ」


清澄と羽流は、言葉を失い、ただその姿を見つめていた。


火と風の記憶をまとい、久玖里は火嶺へと帰還した。

語りの灯が、再び火嶺にともる瞬間だった。

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