表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火を聴く器  作者: katari
15/24

15 火と信との対面にて

道信どうしんは、森の中を走っていた。

夜明け前、清人きよひとは号令をかけ、軍を動かした。

よほど気が焦っていたのだろう。

道信の存在を、すっかり失念していたようだった。


この数日、道信は庵に籠もり、ひたすら瞑想を続けていた。

だが、夜半、庵を囲んでいた監視の気配が消えたことに気づき、静かに抜け出した。


(私になにができるというのか)

(いや、私にしかできないことがあろう)


葛藤を抱えながらも、道信の足は止まらなかった。

やがて、木々の間から火嶺郷ひみねごうが見えてくる。

森を抜け、草地へと出ようとしたそのとき――

突如、炎が現れ、道信を襲った。


道信は、立ち止まり、合掌する。

一切焼燃いっさいしょうねん……漏不起ろうふき……神足示現じんそくじげん……必得解脱ひつとくげだつ


その瞬間、風が吹いた。

炎が、まるで道信を避けるように、左右へと割れる。

風が、道信を包んでいた。

衣がはためき、火の粉が舞う中、道信の姿は揺るがなかった。


「……観自在菩薩かんじざいぼさつ

道信は、深く合掌し、再び走り出す。

火嶺へ向かって、まっすぐに。


ヤマト軍が西に見えた。

なぜか炎が、散らばるヤマト軍を生き物のように襲っている。

道信は意を介さず、ただ走る。

(私は、語りと仏の間に立つ者となろう)


その決意を胸に、炎を背に走る道信の姿は、

まるで灯火のように、強い気配を放っていた。


久玖里くくりは、馬に乗って走っていた。

まわりを風が包み、馬は気持ちよく大地を駆ける。


夜明け前、羽根はねを出立した。

「久玖里様……どうぞ、お気をつけて」

羽根の馬の手綱を久玖里に渡しながら、風那ふうなが言った。

「風那様。何から何までありがとうございます。この恩は、いつか」


そう言う久玖里を見て、風那は思った。

(雰囲気が変わった。火、水、土、そして風の記憶をまとっておられる)

「久玖里様。語りの行末、どうぞよろしくお願い申し上げます」


久玖里は、風那の言葉を胸に思い起こしながら、目を火嶺の方へ向ける。

さらに速度を早めるべく、馬に合図を送る。

「はっ!」

馬がぐんと速度を上げ、森を迂回して、草地へと飛び出す。


その時――

突如、炎が久玖里を襲った。

久玖里は、慌てない。

炎に右手を向け、微笑みながら、静かに言う。

「ただいま」


炎が久玖里を包む。

しかし、久玖里には触れず、周囲を取り巻くだけだった。


「お願いね」

久玖里は、炎をまとったまま、風を受けた馬を走らせる。

その姿は、火と風の語りを纏った器そのものだった。


「退け! 退け!」

炎の向こうから、号令が聞こえる。

久玖里は、その間をそのまま通り抜ける。


「なんと!炎が逆からも来た、避けよ!」

忠彦ただひこが叫ぶ。

「面妖な炎だ。火嶺にこのような力があろうとは……」

清人きよひとが、つぶやく。


炎をまとった久玖里は、そんなこともつゆ知らず、

ヤマト軍の陣を掻き回しながら、火嶺の郷を目指していた。

風が、炎を運び、語りの器を導いていた。


高見たかみたちは、櫓の上からヤマト軍の退却を見つめていた。

「火嶺は、やはり恐ろしいですな」

清澄きよすみが、ぽつりとつぶやく。

「味方でようございました」

羽流うるも、うなずく。

「ふん」

高見は、満更でもなさそうな表情を浮かべていた。


そのとき――

「高見様! 炎がこちらへ向かっております!」

「なに? 火嶺のものが誤るはずはないであろう!」

「それが……単独の炎が、まっすぐこちらへ。何か、おかしげで……」


高見たちは、伝令が指差す方を見つめる。

門より西側から、炎が一本、まっすぐにこちらへ向かってくる。


「羽流殿」

高見が言うと、羽流はうなずき、さっと手を振る。

門下に控えていた羽根の者が、風の旗印を振る。

西にいた騎馬兵がそれを見て、炎を避けるように門前へと引き返してきた。


「こちらに来るではないか、高見殿」

清澄は、高見の失態かと責めるように言う。

「むう……。いや、あれは……」

唸る高見は、じっとその炎を見つめていた。


向かってきていた炎の動きが、緩やかになるのを見て、ふと気づく。

「あやつは……何者になるつもりだ」

高見は、苦笑した。

清澄と羽流は、首をかしげる。


やがて、炎の動きが止まり、勢いが小さくなり、ふっと消えた。

そして、現れたのは――久玖里。


風をまとい、火を背に、馬上に立つその姿は、語りの器そのものだった。

「父上。ただいま戻りました」

「うむ」


清澄と羽流は、言葉を失い、ただその姿を見つめていた。


火と風の記憶をまとい、久玖里は火嶺へと帰還した。

語りの灯が、再び火嶺にともる瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ