表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火を聴く器  作者: katari
13/24

13 火と胎との気配にて

一月が経った。

秋の気配が、根深郷ねぶかごうに静かに漂い始めている。

北に望む火嶺山ひみねさんも、紅に染まりつつあった。


久玖里くくりは、土と語った翌日に根深を発った。

羽根はねの様子をこの目で確かめたい」と、道信どうしんに告げて。


広場では、多くの人々が動いていた。

その中心にいるのは、成通なりみち

(またか)

成通は内心、苦笑する。

羽根での寺院建立に目処が立ったと思った成通のもとに、道信の文が届いた。


根深郷に寺院を建立するべし――と。


(道信殿が寺を建てるというたびに駆り出されているな)

成通はそうは思うものの、何かしら大きな力に動かされている気持ちもある。


あのあと、道信は陽里ひよりとともに郷の立て直しに尽力した。

郷の入り口に道信と陽里が向き合う。

陽里の横には、つまらなさそうにしながらも陽里の手を握り離れない男の子。

水守みずもりに嫁いでいた土彦つちひこのいとこの子供である。

陽里の養子となり、葦里あしりを継ぐこととなった。


陽里は、再び根深を盛り立てる気力に湧いており、見違えるほど若返っていた。

その瞳には、土の記憶と火の灯が宿っていた。


「此度のこと、大変ありがたく存じます」

道信は、根深に寺を建てることを許してくれたことに礼を述べる。


陽里は、静かに首を振る。

「助けられたのは、私の方です」

その言葉に、道信は合掌する。


観自在かんじざい……仏は私たちを見守ってくださっています。

もちろん土の記憶も」


陽里は道信に微笑みかけて、いう。

「こちらこそ、ありがとうございます。

土座どざをお残しくださり」


寺を建てる場所は、館の裏手。

そこには、ひとつの洞窟があった。

洞窟の奥には、人物模様をもつ土器が祀られていた。

そこは「土座」と呼ばれていた。


道信は、寺を建てる場所を相談する際に、成通に頼んだ。

「土座は、このまま残してください」

成通は、道信を見つめたが、すぐに無言で頷いた。


語りと仏の間に立つ者として、

道信の心は少しずつ固まっていく。


仏の灯を、語りの記憶とともに置く。

そこには、語りへの敬意が込められていた。


秋の風が、洞窟の奥から吹き抜けてきた。

それは、火と土の胎動を孕んだ風だった。


「この先は、羽根郷へ?」

陽里が道信に尋ねる。


道信は首を横に振る。

「いえ、拙僧は火嶺郷へ参ります」

「火嶺……ですか」


少し思案した陽里は、道信に土器のかけらを渡す。

「それでは、これをお持ちになって」

それは、あの日、久玖里に力を託し割れた胎動の器。

そのかけらには無数の点描が施されていた。


「これは?」

「声の粒をあらわす模様です。火と土の語らいを示しています」


道信は陽里の意図に気づき、合掌する。

「ありがたく」


「お気をつけて」

陽里の声を背に、道信は歩き出す。

その背中を、幼い葦里の当主が無邪気に手を振っていた。


北へと歩く道信。

山の中に入り、鬱蒼とした森が広がる。

木々は密に生い茂り、風も通らぬほどだった。


少し疲れて、小休止しようと立ち止まったその時――

武装した集団に、周囲を囲まれた。


そのうちの一人が、道信に問う。

「きさま、何者だ」


道信は、静かに応える。

「拙僧は道信と申す。

そなたらこそ、急に無礼であろう」


「道信……?」

清人きよひと様に伝えよ」

「清人様……?」


道信は、集団に囲まれたまま、森の道を連れていかれる。

やがて、ひらけた草地に出た。


そこには、掘立ての建物が一軒。

その周囲には、いくつかの竪穴建物が並んでいた。


道信は、掘立ての建物の中へと通される。

奥には、一人の男が、ぞんざいに座していた。


「道信。こんなところで会うとはな」

「清人様。何故このような場所に」


道信がみる清人の瞳には、火嶺の報告の後に積もった不満が宿っていた。

真峯まみねが気に入らなかった。

火嶺の報告に上がったあとも、機会あるごとに軍を向けるよう進言したが、

無視されていた。


痺れを切らした清人は、単身、葛城かつらぎの息がかかった者どもを集めていた。

その数、五十。

そして、ひそかに火嶺へと攻め入る準備を整え、この森に潜伏していた。


そこに、道信が来た。

清人は、道信を見つめていた。

その視線には、見知った仲といえども、警戒と苛立ちが混ざっていた。


「道信。お前は、火嶺に寺を建てると申していたな。

建てやすいように、儂が火嶺を平定してやろう」


道信は、静かに息を吐いた。

風鈴が懐で微かに鳴る。

「それでは意味がないのです。

仏の心は、寄り添う灯なのですから」


清人は、しばらく沈黙した。

その沈黙は、軍の気配を孕んでいた。


「……だまれ。儂には仏なぞ分からん。

力で征服する方が、単純であろう」


「清人様……」

道信は、目で訴えた。

だが清人はそれを無視し、後ろに控えていた部下に命じる。

「道信殿を丁重にもてなせ。

仏を拝む方だ。庵を一つ、用意せよ」

「はっ」


清人は、道信に向き直る。

「道信殿。我らの吉報を待て。

それまで、この地で祈られると良い」


道信は、とっさに言葉を探した。

だが、清人の目に暗いものを感じ、口を閉ざす。


退席を促す部下に、道信は静かに合掌しながら続いた。

(仏の慈悲よ、火嶺に。そして清人様に)


その頃、火嶺の館では、三人の男が顔を突き合わせていた。

高見たかみ清澄きよすみ羽流うる――それぞれが四つ郷の重きを担う者たちである。


「羽流殿よ、そなたのところも寺を建てたそうだな」

「はい。十森ともりの許可を得ましたので」

風那ふうな殿がよく許したものだ」

「仏も、存外悪くありませんよ」

「しかり」

清澄がうなずく。


その様子に、高見が鼻を鳴らす。

「ふん、水守みずもりは語りをとうに捨てておるではないか」

「いえ、ありがたくも久玖里様が引き継いでくださいました」

高見は、久玖里の姿を脳裏に浮かべる。

(あやつの力は……なんなのだ)


「お主に、どうすれば火嶺に寺を建てずに済むか相談する予定であったのに……」

清澄が笑う。

「高見殿、そう固くなにならずとも。ねえ、羽流殿」

「羽根に寺ができて、悪いことはありませんでしたよ」


土彦つちひこ殿がおれば、こうはならぬであろうに。あやつは真っ直ぐであった」

「土彦殿……」

羽流がつぶやく。

「惜しいことをしました」

清澄も、静かに頷いた。


「久玖里から文が届いた。陽里は無事なようで、根深は吹き返したと」

「水守に血が残されていて、幸いでした」

「羽根も、協力は惜しみません」


高見が、声を落とす。

「さて、ヤマトのことだが……」

水源寺すいげんじを探っていますが、今のところ動きはありませんな」


「羽根の方でも、寺を建てるために忍壁おさかべおびとの成通なりみちという方が来られましてな。

少し探りを入れたのですが」

羽流の言葉に、高見がうなずく。

「成通殿か。食えない男であったな」

「おや、ご存知で」

「ヤマトの使者の一人であったわ」


「そうでしたね」

清澄のつぶやきを逃さず、高見が眉をひそめる。

「清澄殿が、なぜ知っている」

「おや、藪蛇でしたね」

「お主も食えぬ男だ」


わずかに剣呑な空気が流れる。 羽流が笑って切る。

「まあまあ、二人とも。我らは四つ郷。力を合わせませんと」

「ふん……」


切り替えるように清澄が言う。

「されど、確かにどう対応すべきか」

「さようですね」

羽流が同意し、高見も思案に沈む。


そのとき――


「高見様!」


「いかがした?」


「攻め入りです!」

「なに!?」

三人が立ち上がる。

いそいで館の脇にある物見櫓へと駆け上がる。


眼下に広がる草地。

そこに、軍勢三十。

槍を構え、盾を並べ、火嶺へと進軍していた。


対峙する両者。

時代の胎動が、いま現れようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ