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火を聴く器  作者: katari
12/24

12 火と死との葬送にて

館の謁見の間。

広すぎるその空間には、寂しい空気が流れていた。

壁に掛けられた土色の布は、語りの名を覆うように沈黙している。


陽里ひよりの容態を鑑みて、道信どうしん久玖里くくりはこの間へと移った。

陽里は居間で、今は静かに眠っている。


炉の火が、静かに燃えていた。 その炎が一瞬、ぱちりと大きく揺れた。

「さきほどのお話、続けてよろしいか」

久玖里が詰め寄る。


道信は、あえて視線を外し、風のように受け流す。

「……今はやめておきましょう。まずは根深ねぶかの皆を診たい。その準備を」


久玖里は、しばし道信を見つめたのち、静かに頷いた。

「なぜか、貴方から風の語りを感じる……

分かりました。私も手伝います」

その声は、火の気配を鎮め、水のように落ち着いていた。

道信は、そこに水の匂いを感じた。


翌朝、まだ霧の残る根深郷。

道信と久玖里は早くから動き始めた。

周辺の家々を回り、様子をうかがう。

戸を開け、空気を入れ替える。

炉に火を焚き、薬湯を煎じる。


病を逃れた者たちは、どうしてよいか分からず、沈黙していた。

だが、久玖里の指示により、少しずつ動き出す。


薬草を採取する者。

薪を調達する者。

家々を回り、声をかける者。

死の気配に包まれていた根深に、

火と水と風の気配が差し込んでいく。


二日目になると、陽里も加わった。

最初は戸惑いがちだった民も、

陽里が姿を見せ、指示を出すことで、表情が変わった。

沈黙の地に、語りが戻りつつあった。


郷がようやく落ち着いた三日目の朝。

三人は館の謁見の間にいた。

広すぎる空間には、まだ寂しさが残っていた。


陽里は、迷いの残る表情で口を開く。

「久玖里……

本来はそなたへ頼むことではありませんが、お願いできますか?」


久玖里は、静かに頷いた。

「私の役目と心得ております。

火の語り部では、根深の方々は不満かもしれませんが

……ご容赦いただくしかありません」


道信は、意味が掴めず、たまらず尋ねる。

「何を?」


久玖里は、目を伏せて言う。

「すみませんが、口出し無用……

見届けていただければ」


夕刻、広場にて。

その中央には、大きな穴が穿たれていた。

声なきものたちが、静かにその穴へと収められていく。

近しい者たちが、啜り泣く。


ばちっ。かがり火の薪が爆ぜる。


その音を合図に、久玖里が声を発した。

低くとも、広場全体に響く声だった。

「これより、根深のものたちを土へ還す。

火の語り部・火巫ひみの久玖里くくり、ここに謹んでかしこみ申す」


太鼓の音が鳴る。

「るーるーるー」

泣いていた者たちが、声なき声を発する。

それは、いくつもの声が重なるように響いた。


久玖里は穴の近くまで歩み、立ち止まる。

その場で、静かに回転する。

一、二、三と回る足筋が、地に線を描き、五重の同心円が足元に現れる。


そのとき、陽里がひとつの大きな、しかし奇妙な土器を抱えて現れた。

ヤマトにはないものだった。


まるで母体のような形。

その腹には両腕を広げた人形が描かれ、人形の内には渦が刻まれていた。


陽里はそれを久玖里へと差し出す。

久玖里はひとつ頷き、手のひらを土器に当てる。


その瞬間、土器が光を放ち、音もなく割れた。

道信は、息を呑んだ。


久玖里の指が、光っていた。

その指が、ゆらゆらと動き出す。


法則のない動き。 光の痕跡が空中に残り、いく筋もの線が浮かぶ。

それは、蔓草のように見えた。


「るーるーるー」


蔓草の模様は光っていたが、弱々しかった。


(やはり、火の語り部である私では……いや)


久玖里が、静かに言う。

「火を」


民たちは、戸惑う。 陽里が続ける。

「皆の者、薪を集めて、火をつけよ」


民は、従った。


やがて、穴の前で火が上がり始める。


久玖里は右手を火にかざし、左手で円を描きながら踊り出す。

太鼓の音が、早くなる。

火柱が、あがる。

久玖里の瞳が、朱に染まる。


「火の語り部がかしこみかしこみ申す。

かしこき土の記憶へ、かのものたちを導きたまえ」


空中に漂っていた蔓草の光が、輝きを増す。

伸びた蔓が、穴へと伸びていく。


「るーるーるー」


久玖里の声が、火と土の間を渡る。

「火よ、語れ。  土の記憶を。

我が身を通して、記憶を聴かされよ」


その瞬間――


一際大きな火柱が、天へと伸びた。


炎は空気を巻き込みながら、ひとつの塔のようにそびえ立つ。

道信は火嶺でみたものと同じ光景に息をのむ。


火柱が、ゆっくりと割れる。


その奥に、土煙が立ちのぼる。

火の奥から、土の匂いがただよってくる。


人々が火柱の大きさにどよめく中、

久玖里は土煙に向かって、静かに呟いた。

「土へと還られよ。

根深の記憶へ、なられん」


陽里と道信だけが、その様子を見守っていた。


多くの声が、重なりながら久玖里へ届く。

「……ありがとう……」


その声は、久玖里にしか聞こえなかった。

だが、見守る陽里は、その気配を感じ、静かに涙を流した。


火と土の語りが交差した瞬間。

死者は、記憶となって土に還った。


シュッと音もなく、火柱が消えた。

あたりが、急に暗くなる。


久玖里は、息を吐きながら、うずくまった。

陽里が駆け寄る。


「久玖里、久玖里……ありがとう」

久玖里は、黙って陽里を抱きしめる。


道信は、言葉がなかった。

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