7.純粋とぽわぽわとやわらかさ
【主な登場人物】
僕 / 本名・志月 緒人。主人公。やや内向的で、妄想的。いたって普通の高校生男子。
篠上純夏 / 黒髪ロング。容姿端麗頭脳明晰。無表情・敬語・論理的な思考を持つが、ある日失われた時代の「恋愛と性に関する古い人間の本」に出会い、性的なことに異様な興味を抱く。
天乃天音 / ピンクのボブカット。明るく小悪魔っぽい性格で、主人公をよくからかってくるムードメーカー。その無邪気さと素直さが、逆に破壊力抜群。
花野ちとせ / ミルクティブラウンのふわふわウェーブ。何を言っても怒らず、ほんわか返してくれるその優しさに、気づけば心が溶かされていく。無自覚エロスで主人公を追い詰める。
それから数日は普通(?)に過ぎていった。
あれから何故か純夏も天音もセイコウの話をしてこない。
どころか篠上純夏は他の実習でも、手が触れただけで顔を赤らめている。
意味がわからない。
天音や純夏と話をした時のドキドキした感情に、僕は理解が及ばなかった。
あわよくば、純夏の『禁書』を隅から隅まで(これは別に純夏だけに、っていうギャグではないんだけど)読み漁りたかった。
でも、僕はそんな気持ちを純夏に言えないでいた。
ある日、生物の授業中。
ちょっとした実験で使ったガラス片に、うっかり手のひらを引っかけてしまった。
傷は浅いけれど、血がじんわり滲んでくる。
「……あちゃ」
「あ」
瞬間的に天音は僕の手を取り、指を口に入れた。
「!??」
「これはね〜! あたしの小さい頃のおばあちゃんの真似!」
「ちょっ」
「これで治るよ〜! あれ?」
と天音は不思議な顔をする。
「ぼぼぼ」
「ぼ?」と天音。
「ぼ、僕は保健室に行ってくるんだな」
指先を押さえながら、先生に言って保健室へと向かうことになった。
焦り過ぎたかもしれない。
あの行動が自分の家の風習だと言われれば、あ〜そうなんですか? と思う方が普通だ。
犬に舐められた時「うひゃぁ〜〜!!」なんて言ってる方がおかしい。
いや、おかしいよな?
教室を出る時、わずかに篠上純夏の横顔が見えた。
彼女も僕と同じ、他の人と違う表情をしていた。
つまり、驚きと焦り。
何故だろうか?
僕は何故あんな焦り方をした?
冷静に考えるとわからない。
しかし、何故か焦ってしまったのだ。
ナノウォッチが叫ぶ。
《感情反応:微弱上昇/対象:志月緒人》
僕のナノウォッチは壊れているみたいだ。
全然微弱じゃないだろ。
だってあんなに焦ったのに反応が無かったんだから。
誰もいない廊下を歩く。
痛みよりも、教室を離れる気まずさが勝ってる。
この時期の保健室って、冷房が効きすぎてて独特の匂いがする。
冷蔵庫を開けた瞬間みたいな、そんな。
――けれどその扉を開けた瞬間、イメージとは違う……ふわりと甘くて、落ち着く香りが鼻をくすぐった。
「あっ……誰か来た……」
ベッドのそばに座っていたのは、ひとつ年上にも見える女の子。
制服の上にベストを羽織っていて、ロングスカート。
セミロングの髪が柔らかく揺れる。
色素の薄いミルクティブラウンの髪と、ミントグリーンの瞳が、印象的だった。
「あの……先生は?」
「さっき、職員室に行っちゃってて。……私、一応、居残り係でここにいてって言われてて……」
ゆっくりと立ち上がり、こっちに歩いてくる。
声も、仕草も、驚くほどおっとりしていた。
「手……切っちゃったんですか?」
「あ、うん……ちょっとだけ。ガラスで」
「見せてください。……あ、動かないでくださいね……」
彼女は柔らかく僕の手を取り、絆創膏を貼る準備を始めた。
「……わたし、中学は保健委員長だったので、こういうの、慣れてるんです」
そう言って、手を包みこむようにして消毒液を染み込ませる。
「……っ」
ちょっとしみた。でもそれよりも……。
その手が、柔らかくて、あたたかくて――。
「はい、終わりです。……痛くしちゃってたら、ごめんね」
「ううん、ありがとう。……あの、君は……」
「花野ちとせ、です。……あ、さっき名乗ってなかった、ですよね……?」
にこっと微笑む。
なんだろう、この感覚。誰かに撫でられてるみたいな、そんな居心地。
窓から差し込む光のせいで、彼女が何か幻想的に映る。
「よかったら、少し休んでいきますか……? ここ、静かで眠くなりますよ」
彼女の勧めに甘えて、保健室のベッドの隅に腰を下ろす。
あぁ、久しぶりに安らいだ。
この2日間、謎の感情に追われていて、謎の女の子たちに振り回されて。
かなり疲れていた。
だから、はぁ……こんな感情は久しぶりなんだ。
安らぎ。
あぁ、花野ちとせはまるで天使みたいだ。
保健室の。
このまま寝てしまおうか。
そう思っていた。
横に目をやる。
ちとせは隣の椅子に座って、本を読んでいた。
――その本の装丁が、どこかで見た気がする。
「それ、もしかして……篠上……純夏の???」
「あ、じゃ、キミは純夏ちゃんの知り合い?」
「まぁ……。で、それって……」
「……うん、純夏ちゃんの机の上にあったから。あ、わたし、純夏ちゃんのルームメイトなんだ。なんか、“昔のこと”が書いてあるって……」
ん?
でええぇぇ〜〜花野ちとせぇぇぇぇぇ。
キミも奴らの、正確には奴の、篠上純夏の影響下にあるのかァァァァア!
ページをめくる手を止めて、彼女はぽつりと言った。
「えっちなことって……おいしいの? ……ちがうの?」
「ぶっ……」
まただ。
またこの世界のどこかが壊れてる。
慣れたのだろうか。
それとも何かに気付いたんだろうか。
いつの間にか、ちとせは敬語をやめている。
「きみは、えへへ、純夏ちゃんが言ってた人でしょ?」
「いや……?」
「性交の実証実験をお願いしたって」
「あぁ……」
「性交もわたし、よくわからないんだ〜。あまり、本とか得意じゃないの。Hなことって……快楽って書いてあった。快楽って美味しいってことだよね?」
「ちょ、ちとせ……さん……? それ、たぶん、そういう意味じゃなくて……」
「そうなの? ……でも、“口でする”って書いてあったような……」
「いや、あの、あの本、どのページ見たの?」
ここ、という彼女の指し示すページにはまた理解不能の言葉の羅列があった。
性交の前、もしくは後に行う口淫のこと??
淫ってなんて読むんだ……?
でも確かに言えることがある!
この『禁書』に書いてあることはすべて危険なことなんだ!
「……よくわかんないけど、ドキドキする気がして……なんとなく、気になって……」
ちとせは頬を染めていた。
でもその表情は、どこまでも無垢で、悪意がまるでなかった。
「してみたいな……口淫……」
「いや……あの……」
なのに僕は、直視できないくらい顔が熱くなっている。
「……なんだか、君を見てると……心が、あったかくなるんです」
「えっ?」
ぽや、と笑う。
「ちとせさん……今、それ、ちょっとズルいっていうか……」
「え? そうなの?」
僕の隣にすとんと座る。
顔が、ほんの数センチしか離れていない。
「ねぇ、わたしたちって子どもを作れるの?」
「――っ!? は!?」
「だって、さっき読んでた本に“性交の末に、ふたりの愛から子どもが生まれる”って書いてあって……それって、どういうことなんだろうって……」
彼女の瞳は、曇りも濁りもない。まっすぐで、優しくて。
知りたい、ってだけの好奇心なのに。
僕の心は勝手に、暴走していく。
「……わたしも性交したい、かも」
いつもありがとうございます!
次回も明日……でも気まぐれに今日また更新するかも……テンション高まって……。




