4. からかいと動悸と嘘つき
【主な登場人物】
僕 / 本名・志月 緒人。主人公。やや内向的で、妄想的。いたって普通の高校生男子。
篠上純夏 / 黒髪ロング。容姿端麗頭脳明晰。無表情・敬語・論理的な思考を持つが、ある日失われた時代の「恋愛と性に関する古い人間の本」に出会い、性的なことに異様な興味を抱く。
天乃天音 / ピンクのボブカット。明るく小悪魔っぽい性格で、主人公をよくからかってくるムードメーカー。その無邪気さと素直さが、逆に破壊力抜群。
新学期の教室って、空気が変に乾いてる気がする。
机がちょっとずれてるだけでそわそわするし、誰が隣になるかも毎回のように気にしてる。
……まあ、今はもう、隣についてどうこう言えるテンションじゃないけど。
――昨日の篠上純夏の、あの「性交しましょう」事件のせいで。
(……いや、思い出すな。朝から心臓に悪い)
ため息混じりに席に着いたそのとき、背後から声が飛んできた。
「おっはよーう! あ、ここ私の席だよね〜」
元気な声。テンション高め。
振り返ると、明るいピンク色の髪の女の子が笑っていた。
くるんとした曲線を描いたボブカット、制服のネクタイは緩め、カーディガンは袖がちょっと伸びてる。
「へぇー、前が男子か。よろしくね〜!」
いきなりグッと距離を詰めてくる。まるで初対面じゃないみたいに、近い。
「あ、うん。こっちこそ……よろしく」
「天乃天音だよ〜! “あまのあまね”! 可愛い名前でしょ?」
「……う、うん。名前負けしてないと思う……」
「え、なにそれ褒めてる? ありがと~!」
勝手に僕の筆箱を手に取ったかと思えば、「このペン使いやすそう!」とにこにこ。
距離感がおかしい。
絶対初対面じゃないテンションだこれ。
それでも――彼女の笑顔に、教室の乾いた空気が少し柔らかくなる気がした。
去っていくあとに何か良い匂いする気がする。
天音はとっくに別のクラスの友達(キラキラした人たち)と話している。
「おま……何か憑いてるんじゃないか?」
とトオルが僕に声をかける。
「確かに憑いてるかも」
僕は横目で篠上純夏の様子を見た。
彼女は本を開いて、物憂げに窓から景色を眺めていた。
うつくしいんど。
いや待て。心の中ですら噛んでしまった。
美しいんだ。
でも。
僕の頭の中には彼女の『言葉たち』がぐるぐる回っていて、天乃天音のことも前から直視できなかった。
美しい、と思うこの感情も、何か別の意味があるのだろうか?
今までは「あいつは可愛い」の意味も「うさぎは可愛い」「フェレットは可愛い」「鳥は可愛い。鳥によるが」ぐらいの意味だった。
「あいつは美しい」も「人形は美しい」「絵画は美しい」とあんまり変わらなかった。
でも。
今はなんか、違う気がする。
昼休み。
天音は、また前席の僕にぐいぐい話しかけてきた。
「ねえねえ、セイコウしたいって思う?」
「ぶほっ!?」
思わず飲んでた水を吹きそうになった。
「え、な、なにいって……!」
「いや、何言ってんのはキミでしょ。将来さ、成功したい?」
ケラケラと笑う天音。
「え? あぁ……」
アブナイ。
セイコウする、には1つの意味しかなかった。
そう。
今までは。
でも昨日から僕の頭には2つの意味がある。
「い、いや。まぁし、したいと思うけど」
焦ったことをなんて説明すればいいのか、言葉が出てこない。
まさか2日連続で性交に関する話題をぶっこまれるとは思ってなかった。
でも彼女は悪びれもせず、いたずらっ子みたいな顔で笑ってた。
「やー、あえて聞いたら、どうなるかなーって思って」
「心臓に悪いからやめてくれ……」
「ふふっ、ごめーん。でもさ――」
ふと、彼女の笑い声が止まった。
「……昨日、そんな話してたなーって!」
ピキン。
一気に僕の背中に汗が生まれた。
4月の教室は突然汗をかくには早い。
聞かれた?
いや、会話を聞いても意味がないのだ。
あの……『禁書』を読まなければ。
それとも彼女は知っているのか?
知っていてわざと聞いている?
篠上純夏の『禁書』を読んだ……盗み読みにせよ、彼女から借りたにせよ……方法はある。
いや、『禁書』がひとつとは限らないのだ。
それにしては皆知らなすぎだが……。
「あたしはキミとならセイコウできると思う」
「……!?」
(……あれ?)
なんだ、この感覚。
からかってるようで、本気っぽくもある。
どっちの意味かはわからない。
笑ってるのに、ほんの一瞬だけ目が笑ってなかった気がする。
僕の心臓が、バクバクしてる。
(これは……怒ってるのか? いや違う。恥ずかしい? いや……たぶん、それもあるけど)
――なんか、気になる。
天音の声も、視線も、距離も。
全部がくすぐったいみたいで、まともに考えられない。
「生活実習の話ね」
突然、耳元で囁かれた。
「っ……!」
反射的に身体が硬直する。
腕につけたナノウォッチが小さく音を立てる。
《感情反応:測定失敗/対象:志月緒人》
「あはは、測定失敗だって! そんなことあるの?」
笑ってる。
けど――その笑顔の奥にあるのは、からかいだけじゃない。
気がする。
(……なんなんだよ、あの子)
彼女は自分から離れていき、誰かの机に座ってまた笑いながら話し始めた。
でも、時々こっちを見る。そのたびに、僕の心臓は、また跳ねた。
――昨日は、性交。今日は、セイコウ。
この学園、どうなってるんだろう。
けれど僕は、思ってしまった。
「……ちょっと、気になるかも」
笑いながら近づいてくる彼女の、“ほんとの顔”が。




