表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/41

39.感情と名前と彼女の答え

【主な登場人物】


僕 / 本名・志月 緒人。主人公。やや内向的で、妄想的。いたって普通の高校生男子。


篠上純夏 / 黒髪ロング。容姿端麗頭脳明晰。無表情・敬語・論理的な思考を持つが、ある日失われた時代の「恋愛と性に関する古い人間の本」に出会い、性的なことに異様な興味を抱く。


天乃天音 / ピンクのボブカット。明るく小悪魔っぽい性格で、主人公をよくからかってくるムードメーカー。その無邪気さと素直さが、逆に破壊力抜群。


花野ちとせ / ミルクティブラウンのふわふわウェーブ。何を言っても怒らず、ほんわか返してくれるその優しさに、気づけば心が溶かされていく。無自覚エロスで主人公を追い詰める。


御堂みこと / 金髪ハーフアップ。風紀委員として、制服の着こなしや問題行動を正す。と言っても、第六学園には風紀の乱れは無く、過剰に暴走気味。


白鷺ノナメ / 肩で揃えたネイビーブルーの片目隠し髪。緒人の隣の部屋の住人。学校では物静かで、話しても反応が薄い。自室から何やら声がするのだが……。



中校舎の庭園は、夜の静寂に包まれていた。


 ベンチに座る純夏の隣で、僕は空を見上げていた。


 まだ流星群は始まっていないけれど、満天の星空が二人を見下ろしている。


 いつもなら、この時間には寮に戻っているはずなのに、今夜だけは特別だ。


「今夜は、あなたとお話ししたいことがあります」


 純夏の声は、いつものように静かで落ち着いていた。


 でも、どこかいつもと違う響きがある。緊張? それとも、決意?


「もちろん」


 純夏は膝の上で手を組んでいた。


 いつものように背筋を伸ばして座っているけれど、その肩がわずかに震えているのがわかった。


「あなたと出会ってから、私の中で何かが変わりました」


 純夏の声は、夜風に溶けるように静かだった。


「変わったって?」


「はい。まず、生活パターンが変化しました」


 純夏は真面目な表情で言った。


 でも、その頬がほんのり赤くなっているのが、月明かりでもわかる。


「朝起きた時、まずあなたのことを考えます。今日はあなたと話せるだろうか、あなたは何をしているだろうか、と」


 その言葉に、僕の心臓が跳ねた。


「授業中も、あなたが何をしているか気になります。同じ教室にいるのに、なぜかもっと近くにいたいと思ってしまうのです」


 純夏は空を見上げながら続けた。


「夜眠る前には、今日あなたと話したことを思い返します。あなたの声、あなたの表情、あなたの仕草……すべてを記憶に刻んで、何度も再生してしまうのです」


「純夏……」


「これは明らかに異常な状況です」


 純夏の口角が上がる。


 恥ずかしそうに、どこか表情を隠すように。


「でも……なぜか、この異常を正したいとは思わないのです。むしろ、もっとあなたのことを考えていたいと思ってしまう」


 純夏らしい分析だけれど、その奥に隠された感情の深さに、胸が熱くなった。


「それが、私に起こった変化です」


 純夏は再び空を見上げた。


「そして、この変化について考えているうちに、ある結論に達しました」


 純夏は少し間を置いてから、ゆっくりと話し始めた。


「あなたが好きです」


 その言葉に、僕は二の句を継げなかった。


「天音さんは明るくて好き、ちとせは優しくて好き、みことさんは一生懸命で好き、ノナメさんは芸術的で好き……でも、あなたへの『好き』は、それらとは全く違います」


 純夏は僕の方を向いた。


「あなたの『好き』は、私の存在理由に近いものです」


「存在理由……?」


「はい。あなたがいない世界を想像すると、とても寂しくなります。まるで、私の一部が欠けてしまったような感覚になるのです」


 純夏の瞳が、星明かりに潤んで見えた。


「でも同時に、あなたと一緒にいる未来を想像すると、胸が温かくなります。希望という感情を、初めて理解したような気がするのです」


 僕は純夏の言葉を、静かに聞いていた。


「これが恋愛感情というものなのでしょうか?」


 その問いに、僕は答えることができなかった。


 でも、純夏の気持ちは痛いほど伝わってきた。


「最初は『好き』だと思っていました」


 純夏は続けた。


「でも最近、それだけでは表現しきれない気がするのです。『好き』では足りない何か……それを考えていました」


 純夏は手を組み直して、深く息を吸った。


「そして、この気持ちを『愛』と呼ぶことにしました」


 純夏の言葉に、僕は驚いた。愛という言葉を、彼女がこんなにも自然に口にするなんて。


「愛……」


「はい。なぜそう思うのか、説明させてください」


 純夏は真剣な表情で話し始めた。


「まず、持続性について。『好き』は一時的な感情だと思うのです。美しい花を見て『好き』、美味しい食べ物を食べて『好き』……でも、あなたへの気持ちは違います」


 純夏の声に、確信が込められていた。


「朝起きてから夜眠るまで、ずっと続いているのです。時間が経っても薄れるどころか、むしろ深くなっていく。これが『愛』の特徴なのかもしれません」


 僕は純夏の横顔を見つめた。


 迷いのない……彼女の表情。


「次に、排他性について。『好き』は複数の対象に向けられます。でも、あなたへの感情は……唯一無二です」


 僕を見つめる純夏。


「他の人といても、心の一部はいつもあなたのことを考えています。これは『好き』を超えた何か、特別な感情です。愛とは、その人だけを特別に思う気持ちなのかもしれません」


 その言葉に、僕の胸が締め付けられるような気がした。


「それから、献身性について」


 純夏の声が、少し震えた。


「『好き』は自分が満たされる感情です。でも、あなたのことを考える時、私は……あなたが幸せでいてほしいと願います」


 純夏の目に、涙が浮かんでいるのがわかった。


「あなたが悲しんでいると、私も悲しくなります。自分の気持ちより、あなたの気持ちの方が大切になりました。これが愛の本質……相手の幸せを願う気持ちなのでしょうか」


 純夏は袖で目元を軽く拭いてから、続けた。


「また、愛とは、一緒に成長していくことかもしれません」


「成長……?」


「あなたと過ごす時間で、私は変わりました。新しい感情を知り、新しい自分を発見しました。そして、あなたも私といることで何かを感じてくれていれば……それは互いを高め合う関係、愛と呼べるものなのかもしれません」


 純夏は僕の手をそっと見つめた。


「愛とは、相手をもっと知りたいと思う気持ちでもあります。あなたの考えていること、感じていること、全てを知りたいのです」


「純夏……」


「でも同時に、知り尽くせない部分があることも理解しています。完全に理解できないからこそ、ずっと知りたいと思い続ける。この永続的な探求心も、愛の一部なのかもしれません」


 純夏の言葉は、僕の心の奥深くに響いた。


「そして……」


 純夏は空を見上げた。


「『好き』は今この瞬間の感情です。でも愛は……未来を含んでいると思うのです」


「未来を?」


「明日も、来月も、来年も、あなたと一緒にいたい。一緒に時間を重ねて、共に歳を重ねていきたい。この先の人生を、あなたと分かち合いたい……愛とは、未来への約束でもあるのでしょうか」


 その言葉に、僕は言葉を失った。


 純夏の愛への理解の深さに、そして、その愛を僕に向けてくれていることに。


「持続性、排他性、献身性、成長性、理解への渇望、未来への意識……」


 純夏は指折り数えながら言った。


「これら全てを含んだ感情を、『愛』と呼ぶのだと思います。そして私は……あなたに対して、この全てを感じています」


 純夏は僕を真っ直ぐに見つめた。


「だから、この気持ちを『愛』と呼ぶことにしました」


 純夏の言葉を聞いて、激しく揺れ動いたのは……僕の心だ。


 彼女の言葉一つ一つが、心に深く刻まれていく。


「まだ不完全な理解かもしれません」


 純夏は少し不安そうに言った。


「でも、これが今の私にできる、最も正確な感情の言語化です。あなたへのこの気持ちを、私は『愛』と名付けます」


 そして、純夏は深く息を吸った。


「そして……その愛について、あなたにお伝えしたいことがあります」


 僕は純夏を見つめた。


 彼女の瞳には、強い決意が宿っていた。


「あなたに、お伝えしたいことがあります」


 純夏は立ち上がって、僕の前に立った。


 月明かりが彼女を照らして、まるで女神のように美しく見えた。


「私は……」


 言いかけて、純夏は躊躇した。

 

 でも、すぐに決意を固めたように、僕を見つめた。


 その瞬間、空に一筋の光が現れた。


 流星だった。


 そして、それに続くように、次々と光の線が夜空を横切り始めた。


 流星群……。


「あ……」


 数え切れないほどの流星が、夜空を彩っていた。


「まるで、私の気持ちを祝福してくれているみたい」


 純夏は涙を浮かべながら笑った。


 流星群の美しさに見とれながらも、僕は純夏の告白に答えなければならなかった。


「純夏」


 僕の声に、純夏が振り返った。


 その瞳には、期待と不安が混じっていた。


「僕も君に抱いてる感情は……愛だと思う」


 その言葉に、純夏の表情がぱっと明るくなった。


「本当ですか?」


「本当だよ」


 純夏は安堵のため息をついた。


「良かった……もしかしたら、一方的な感情かもしれないと思っていたので」


「そんなことない。僕も、純夏が考えてくれたのと同じような気持ちを感じてる」


 僕は純夏の手を取った。小さくて温かい手だった。


「これから、どうすればいいのでしょう?」


 純夏が不安そうに聞いた。


「一緒に、答えを見つけていこう」


「はい。一緒に」


 純夏は嬉しそうに微笑んだ。


 僕たちは自然に手を繋いだ。


 純夏の手は最初冷たかったけれど、だんだんと温かくなってきた。


「あなたと手を繋ぐと、とても安心します」


「僕も」


 流星群は続いていた。


 空一面に光の線が走り、まるで天の川が動いているかのようだった。


 手を繋いだまま、僕たちは再びベンチに座った。


 流星群を見上げながら、静かな時間が流れていく。


「とても美しいですね」


 純夏が感嘆の声を上げた。


「うん」


「流星群を見るのは初めてです。こんなに美しいものだったのですね」


 純夏の横顔が、流星の光に照らされて幻想的に見えた。


「この夜のことを、ずっと覚えていたいです」


 僕は純夏の手を握る力を少し強くした。彼女も、僕の手を握り返してくれた。


「あなたと一緒に見る流星群は、特別に美しく見えます」


「純夏と一緒だから、僕にとっても特別な夜になった」


 純夏は嬉しそうに微笑んだ。


「これから、たくさんの『初めて』を、あなたと一緒に経験したいです」


「僕も、純夏と一緒にいろんなことを経験したい」


「いつの日か『性交』しましょうね」


「それはどっちの?」


 流星が途切れることなく流れ続けている。


「秘密です」


 まるで、僕たちの新しい関係の始まりを祝福してくれているかのように。


 この特別な夜、僕たちは新しい関係を築いた。


 愛という名前をつけた感情を分かち合い、互いの気持ちを確かめ合った。


 手を繋いだまま、僕たちは流星群が終わるまで、静かに夜空を見上げていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ