25.天音と学習室とすき
【主な登場人物】
僕 / 本名・志月 緒人。主人公。やや内向的で、妄想的。いたって普通の高校生男子。
篠上純夏 / 黒髪ロング。容姿端麗頭脳明晰。無表情・敬語・論理的な思考を持つが、ある日失われた時代の「恋愛と性に関する古い人間の本」に出会い、性的なことに異様な興味を抱く。
天乃天音 / ピンクのボブカット。明るく小悪魔っぽい性格で、主人公をよくからかってくるムードメーカー。その無邪気さと素直さが、逆に破壊力抜群。
花野ちとせ / ミルクティブラウンのふわふわウェーブ。何を言っても怒らず、ほんわか返してくれるその優しさに、気づけば心が溶かされていく。無自覚エロスで主人公を追い詰める。
御堂みこと / 金髪ハーフアップ。風紀委員として、制服の着こなしや問題行動を正す。と言っても、第六学園には風紀の乱れは無く、過剰に暴走気味。
白鷺ノナメ / 肩で揃えたネイビーブルーの片目隠し髪。緒人の隣の部屋の住人。学校では物静かで、話しても反応が薄い。自室から何やら声がするのだが……。
『キミたちは管理されてる』
その文字を目にした時、一瞬、刻が止まる感覚になった。
理解が出来ないし、頭が痛い。
夜の帳が下りる。
世界が回り始めたような、そんな。
気がした。
数時間前。
僕はまだ、学校にいた。
「……ねぇ……また……さ。手、つないじゃう?」
夕暮れの学習室。
西日が差し込む窓際で、天音が僕の制服の袖を軽く引っ張る。
いつものように明るく笑ってる。
でも、その笑顔の奥に、普段は見せない何かが隠れているのを、僕は感じ取っていた。
「また、って……」
「この前さ。純夏ちゃんと、だったよね? 手、つないでたの」
僕の胸がざわっとした。
視聴覚室で……。
「……見てたんだ」
「うん、見ちゃったー♡」
天音は相変わらず軽い調子で言う。
でも、その声に混じる微かな震えを、僕は聞き逃さなかった。
「ちょっと、ずるいって思った」
その一言が、妙にリアルで、胸の奥が重くなる。
「からかってるだけだよね?」
「……うん。そうかも。……違うかも」
返事になってない言葉。でも、それが天音らしいと思った。
「課題、手伝って〜。っていうのは、建前」
「やっぱりな」
夕暮れの学習室に、僕と天音だけ。
オレンジ色の夕日が差し込んで、机の影が長く伸びていた。
天音は僕の隣の席に座って、机に肘をついて、斜めに僕を見つめる。
ピンクベージュの髪が夕日に透けて、普段より大人っぽく見えた。
「今日はね、ふたりで喋りたかったの。理由とか、いらないでしょ?」
彼女がそう言うとき、いつものからかうような口調が、どこかしっとりとした響きを帯びていた。
「ねえ、“すき”って、どんな感じだと思う?」
突然の質問に、僕は言葉に詰まった。
「……急に?」
「うん、急に。……でもさ、考えたことない? 心臓がドキドキして、相手のことばっかり考えちゃうやつ」
僕は思わず目を逸らした。
視聴覚室での純夏との時間が頭をよぎる。
あのときの、胸の高鳴りが。
「ふふっ、やっぱり困るんだ。そういう顔するんだね、キミって」
天音がふわりと笑う。
でも、その笑顔は普段より少しだけ、儚く見えた。
「わたしさ。からかってばっかだけど……本当は、自分のことも全然わかってないんだ」
そっと僕の手に自分の指を重ねてくる天音。
暖かかった。
「ね、これって、なんなのかな。ドキドキって。わたし、さっきから心臓、うるさくて……」
「……それは、僕も」
ぽつりと返した僕の言葉に、天音はきょとんとして、次の瞬間、ちょっとだけ笑った。
「ふたりして、うるさいんだ……へんなの」
その笑顔は、いつもの茶化したものとは違っていた。
もっと素直で、もっと脆くて、もっと本当だった。
「最近さ、変なんだ」
天音が机に頬杖をついて、窓の外を見つめながら言った。
「変って?」
「キミのこと、よく考えちゃう。授業中とか、ご飯食べてるときとか、お風呂入ってるときとか」
最後の部分で、僕の顔が赤くなるのを感じた。
天音はそれに気づいて、くすっと笑う。
「あはは、また困った顔してる。かわいい」
「からかうなよー」
「からかってないもん。本当にかわいいって思ったんだから」
その言葉に、僕の心臓がまたドキンと跳ねた。
「でもね」天音は続ける。
「これって、やっぱり……禁書に書いてあった”すき”っていう感情なのかな?」
禁書。
純夏が見つけた、恋愛について書かれた古い文献。
僕たちの知らない感情について記された書物。
「……わからない」
「わたしも、わからない。だから、確かめたいんだ」
天音がゆっくりと僕の方を向く。
オレンジ色の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめていた。
「ねえ、ちょっとだけ、触れていい?」
「え?」
「手。……たぶん、確かめたいだけ」
言われるがままに頷くと、天音の両手が僕の右手を包み込んだ。
小さくて、暖かくて、少しだけ震えている。
「……キミの手、大きいんだね」
「そう?」
「うん。わたしの手、こんなに小さいんだ」
天音は僕の手のひらに自分の手のひらを合わせる。
確かに、彼女の手は僕より一回り小さかった。
「なんか、安心する」
小さく呟いた天音の声が、妙に胸に響いた。
「ねえ、禁書に書いてあったこと、覚えてる?」
天音がふいに聞いた。
僕たちの手は、まだ繋がったままだった。
「これは……好き同士の人がすること、だったっけ」
「そう。恋愛関係にある人が、お互いを大切に思って、触れ合うこと」
僕は言葉を続ける。
「恋人っていうんだって、恋愛関係にある人って」
天音の頬が、ほんのり赤くなる。
「そうなんだ」
わずかな沈黙。
「あたし、それって素敵だなって思った。誰かを大切に思って、その人も自分を大切に思ってくれるなんて」
その言葉を聞いていると、胸の奥がじんわりと暖かくなった。
「でも、それが本当に”すき”なのかって、わからなくなっちゃう」
「どうして?」
「あたしは……」
天音の声が、少しだけ沈んだ。
「でも」
遮るように僕は口を開く。
「今、僕たちが感じてること、嘘じゃないよね?」
天音がびっくりしたような顔で僕を見た。
「……そうだね。嘘じゃない」
「なら、それでいいんじゃないかな」
天音がゆっくりと微笑む。
今度は、本当に安心したような笑顔だった。
「……これって、すきなのかも」
体調を崩しました……夏が……じゃない……熱が……!




