21.心と考察と感覚様相
【主な登場人物】
僕 / 本名・志月 緒人。主人公。やや内向的で、妄想的。いたって普通の高校生男子。
篠上純夏 / 黒髪ロング。容姿端麗頭脳明晰。無表情・敬語・論理的な思考を持つが、ある日失われた時代の「恋愛と性に関する古い人間の本」に出会い、性的なことに異様な興味を抱く。
天乃天音 / ピンクのボブカット。明るく小悪魔っぽい性格で、主人公をよくからかってくるムードメーカー。その無邪気さと素直さが、逆に破壊力抜群。
花野ちとせ / ミルクティブラウンのふわふわウェーブ。何を言っても怒らず、ほんわか返してくれるその優しさに、気づけば心が溶かされていく。無自覚エロスで主人公を追い詰める。
御堂みこと / 金髪ハーフアップ。風紀委員として、制服の着こなしや問題行動を正す。と言っても、第六学園には風紀の乱れは無く、過剰に暴走気味。
白鷺ノナメ / 肩で揃えたネイビーブルーの片目隠し髪。緒人の隣の部屋の住人。学校では物静かで、話しても反応が薄い。自室から何やら声がするのだが……。
夕暮れ差す放課後。
空が橙色に染まり、3階からみると、街は美しく輝いてみえる。
まるで、海の延長みたいに。
学校は静かだ。
僕は風紀委員室を訪れた。
みことがまだ残っていて、書類の整理をしていた。
1年生なのに、熱心だ……。
いや、熱心すぎるかもしれないけど。
「お疲れさま、みこと」
「あ……」
みことが顔を上げた。
「何の用かしら?」
いつものツンとした口調だけれど、頬がわずかに赤くなっているのがわかった。
「心について聞きたいことがあって」
「心……?」
みことの手が止まった。
「急に何? そんなこと」
「みことにとって、心って何だろう?」
「いきなり深い……」
みことは書類を置いて、僕を見つめた。
「心に、規則はあるのかしら?」
「規則?」
「私は今まで、すべてを規則で判断してきたのよ。でも、あなたを見ていると……規則にない感情が生まれて」
みことの顔がどんどん赤くなっていく。
「べべべべべべ、別に変な意味じゃないわよ! ただ、その……」
僕は微笑んだ。
「それが心なのかもしれない」
「……そ、そうね。規則を超えた、何かよ」
みことは小声で呟いた。
「あなたといると、いつも規則が分からなくなるの……」
その言葉に、僕の胸が温かくなった。完璧主義のみことが、規則を超えた感情を認めようとしている。
日が暮れて、寮に帰る。
僕はベッドで今日のことを考えていた。
心ってなんなのだろう。
禁書の内容……性交や愛などと違い、心という言葉は昔から知っていた。
しかも、さまざまな感情は幼い頃から付き添ってきたものだ。
でも、考えれば考えるほど、わからなくなる。
心が見えれば良いのに。
そしてみんな何を考えているかわかれば良いのに。
そうすれば、お互いの気持ちなんて読み取る必要なんてない。
出口の見えない迷宮。
戦争はなくなったのに、心はまだ見えない。
気付くと、消灯時間を過ぎていた。
──ノナメの配信が始まる時間。
「今日もお疲れさまー♡ みんな、どんな一日だったー?」
いつものNØNØの明るい声が聞こえてくる。
でも、どこか……今日は違う感じがした。
「わたしね……最近考えることがあるの。心って、見えないから美しいのかもしれないって」
その言葉に、僕は耳を澄ました。
「見えない?」
僕は小声で呟いた。
壁越しでも聞こえるように。
少し間があって、ノナメの声が続いた。
「そう。全部見えちゃったら、つまらないでしょ? 少しずつ見せ合うから、もっと知りたくなる」
彼女が僕に向けて話しているのがわかった。
「心って、秘密と似てるの。大切だから隠したくなる。でも、信頼できる人には少しずつ見せたくなる」
僕は壁に手を当てた。
「だから、心に正解なんてないのかもしれない。みんな違う心を持ってて、みんな違う見せ方をしてる」
ノナメの声が少し小さくなった。
「ねえ! みんなは、どう思う?」
僕は小声で答えた。
「僕も、そう思う」
壁の向こうから、小さな笑い声が聞こえた。
翌日。
僕は生活実習室2にいた。
しかし、今度は一人ではなく、なぜか5人全員が集まっている。
「なんでみんなをここに?」
「誰かが心について悩んでるって聞きましたから」
純夏が答えた。
「心配になっちゃって〜」
天音が笑う。
「お手伝いできることがあればと思って」
ちとせが優しく言った。
「悩んで困るなら、結論を出すべきよ」
みことがツンとした口調で言ったけれど、心配そうな表情だった。
「……みんなで考えた方が良いかもと思って」
ノナメが小さく言った。
僕は5人を見回した。
それぞれ違う理由で、でもみんな僕のことを気にかけてくれている。
「じゃあ、みんなに聞きたい。心って、なんだと思う?」
「恐らく、論文にすれば理解可能です」
「理屈じゃないでしょ〜」
「みんな違って、みんな良いんじゃないかなぁ?」
「き、規則的に分類すべきよ!」
「……秘密のままでいいかも」
5人とも、全く違う答えじゃないか……。
「やっぱり、みんな違うんだな」
僕が呟くと、純夏が首を傾げた。
「それは問題ですか?」
僕はある答えに達していた。
そして、一呼吸置いて返す。
「いや……むしろ、それでいいんだと思う」
僕は5人を見つめた。
すると、彼女たちはそれぞれ思い思いの表情を浮かべた。
純夏は端末を取り出し僕のおでこに当てて、
「データ的に見ると、わたしはあなたを……いえ、なんでもありません」
天音は僕に抱きついてきて、
「あたしは理屈より行動派〜♡」
ちとせは僕の手を優しく握って、
「わたしの気持ちは、こんな風に温かいものです」
ノナメは僕の肩にそっと寄りかかって、
「……拙の秘密、少しだけ……なら」
そして、みことは顔を真っ赤にしながら近寄って
「べべべべ別に、うらやましいなんて……」
なんか雪だるまみたいになってしまったな……。
「ちょ、前……何も……触感だけが……」
なんかの本にあったっけ。
触覚は受動的、間接的である場合、情報処理に遅れが出る。
まさしく今。
僕はそれを体感した。
集まられてから、初めて、何が起こったか理解できたのだ。
これは統一の気持ち……もしかしてこれが愛の表現?
どれも確かに「心の表出そのもの」だった。
寝る前に考える想像が、1日で1番輝いている気がする。
感覚モダリティ……視覚・聴覚・身体感覚・味覚・嗅覚……いわゆる五感……それぞれの感覚器で感知する固有の感覚……。
そんなことを純夏が言っていた気がする。
なんか……。
愛ってそんな簡単じゃないな。
感覚モダリティ、全部が必要になる……そんな気がする。
っていうかそれぞれが全て愛につながってる、気がする。
思考が口をついて出る。
「そして、その感じ方は人それぞれで、それが美しいんだ」
全部違うけど、全部本当の愛なんだ。
僕はもう、一つの定義に当てはめようとはしない。
それぞれの心の表現方法を理解し、受け入れる。
そして、自分なりの心の表現方法も見つけていく。
それが、僕の新しい恋愛?……についての考えだった。
外の灯りが一つずつ消えていく。
──恋愛ってなんだ?
わからない。
でも、本当の気持ちを大切にすることが、一番大切なことなのかも。
概念形成の障壁には
・触覚的観察の不可 ・運動、視覚表現や色彩 ・3次元空間の平面化、線や形而上的なもの ・経験不足によるもの
があげられるわけですが、恋愛とか愛とか好きってこの障壁全部ですよね




