2.ご協力、お願いできますか?
【主な登場人物】
篠上純夏 / 黒髪ロング。容姿端麗頭脳明晰。無表情・敬語・論理的な思考を持つが、ある日失われた時代の「恋愛と性に関する古い人間の本」に出会い、性的なことに異様な興味を抱く。
僕 / 本名・志月 緒人。主人公。やや内向的で、妄想的。いたって普通の高校生男子。
新学期は、いつだって気疲れする。
蓮ヶ崎第六学園。
僕が4月から通うことになった高校だ。
蓮ヶ崎市は蓮ヶ崎学園都市とも呼ばれる。
多くの学園が集まって賑わいを見せている。
〈殺し坂〉から振り返って街をみる。
その中でも第六学園区は山と海の挟まれた、古さと新しさを兼ね備えた……言うなれば、微妙な田舎だ。
遠くに生命樹が見えた。
僕はため息をついて、歩みを進めた。
学園に向かうにはこの殺し坂を登る必要がある。
根性で登っていると通り過ぎた女子たちの声が聞こえた。
「ねぇ、篠上純夏さんも第六らしいよ」
「偏差値高っ! 第一行かなかったの?」
「なんか、面白くなさそうだからやめたんだって」
「うわ〜完璧超人は違うわー」
「ってか六プリ決定じゃん。萎えるわ〜」
「まぁまぁあたしたちは普通に大穴だから」
あぁ、聞いたことがある。
篠上純夏。
容姿端麗頭脳明晰。
違う中学でも話題になってたやつだ。
まぁ、僕には関係ないだろ。
同じクラスだった気がするが。
「おい、餌を目の前で奪われて待てされてるパグみたいな顔してるな!」
「たとえがわかりづらいよトオル……」
正門を過ぎて声をかけてきたのは、悪友のトオル。
小学校からの友人で、長い付き合いだ。
どちらかというとゲーム内での付き合いの方が長いかも知れない。
オレンジ色の短髪で、運動神経抜群……にみえてまったく出来ない。
しかも同じ第3寮、クラスも同じという……運悪く一緒にいる友人だ。
「早く行かねーと遅刻になるぜ。中学と違って広いからな」
教室はまだ新しい友人関係を探るような、独特の雰囲気があった。
いた。
篠上純夏……静かに本を読んでいる。
長い整った黒髪。
光の角度によって銀色のような光沢が混じる。
透き通った白い肌。
瞳は琥珀色。
確かに人形のような美しさだ。
って僕は何をしているんだ。
頭を振って忘れると、担任の柊が入ってきた。
「はーいEクラス、通称イクラのみなさん。私が担任の柊しおりちゃんだよー」
「先生! それ3日連続ッス!」と中央最前列の男子が叫ぶ。
「そうだっけ? まぁいいや」
ウェーブがかったネズミ色の髪、メガネ、疲れた顔の女性……至って普通のザ・びみょーに当たりの先生。
しかし、柊がバインダーを開けて見はじめた瞬間、僕の背筋はぴんと伸びた。
実習班のペアが誰になるのか、それが決まる瞬間だからだ。
「はーい。じゃ、今月の実習班を言うよー」
「先生! 実習班てなんスか!」
「もう! 吉住直! あなたって何も聞いていないのね!」とやはり前の方の席に座っている、これまた有名人の御堂みことが声をあげた。
気だるそうに柊が続ける。
「あー。実習よ。実習。生活実習班。勉強よりも、ね、君たちは生きなきゃいけないでしょ。高校からはみんな寮生活だから、特に急いでね」
はぁーと柊は深いため息をついて、手に持ったバインダーをくるくる回した。
「生活実習は、将来家族とか? パートナーを作って子どもをもらった後とかに備えて、生活の基本を学ぶ学習だった気がします。まぁ生きる力を養うってことよ。本当もう、総合だ、道徳だ、色んなことを政府は言うけどこっちの業務が増えるだけでまったく」
「先生! 早く実習班を教えて欲しいっス!」
「わかったわかった。今月の実習班はー2名! 主に生活基礎を学びまーす。まずは……」
机上の情報端末に振られた新しいIDを確認し、担任の柊は淡々と読み上げる。
「次、三班……篠上純夏、志月 緒人。次……」
あ。
志月緒人、僕の名前だ。
一緒なのは……。
「では、この二人で、今期の生活実習を担当すること」
…………。
名前を聞いた瞬間、僕は思わず天井を見上げてしまった。
よりによって、篠上純夏――。
容姿端麗頭脳明晰……しかし、天は2物を与えない。
言葉少なで無表情、噂では「感情という概念が抜け落ちている」とまで言われる。
実際、入学以来、彼女が誰かと会話しているのを見たことがない。
どう接すればいいんだ……。
休み時間、トオルが楽しそうに僕の席に来た。
「おまえ、あの伝説の天才美少女とかよ」
「代わりたいなら代わるよ」
「おまっ、なんでだよ! 頭良いし、人形みたいだぞ」
「トオルの実習班の吉住直くんの方が良いよ。ッスッスて言いながら全部やってくれそうじゃん」
だが、班分けが覆ることはない。
さっそく午後から始まる実習で、僕は篠上と並んで調理台に立った。
「…………」
彼女は黙っていた。
運命的な絶望を感じる。
彼女は調理器具を手に取り、レシピ通りに野菜を切っていく。
動作は正確で、無駄が一切ない。
僕が「えっと、次は何を……」と声をかけても、彼女は手を止めることなく答える。
「じゃがいもの皮を剥いてください。2分以内に」
「あ、はい……!」
無機質。
だけど、どこかリズミカルな指示だった。
黙々と作業を進めながら、僕は横目で篠上の横顔を見た。
整った黒髪。
光を受けると銀が混じって見える。
琥珀色の目のその奥は、まるで湖のように静かだった。
彼女の瞳は、何を見ているんだろう。
生活実習は無事に(基本的に僕が彼女の指示通り動き)終わって、美味しくポテトサラダを食べた。
──そして、放課後。
クラスの人々は少なくなっている。
先に行ってるぞ、とトオルが僕に声をかけた。
急いで帰りの準備をする。
カバンの持ち物を整理し、一呼吸入れて立ちあがろうとしたその時。
「あの」
篠上純夏が、突然、僕の前に立った。
なんで?
僕は緊張し、体を硬直させた。
しかし、彼女の次の言葉が全てを忘れさせた。
「性交の再現に、ご協力いただけませんか?」
時が、止まった。
次回は本日の夜を予定しています。




